48 王子の馬術
【前回のあらすじ】
かつての因縁の城主、シュタンシュテット伯との戦いから三日が経過した。
そんな中、王都より派遣された、王子軍を討伐するために組織された騎士団――征伐騎士団5000騎が、王子軍本陣の横腹を突かんと出現するのだった。
王子軍を打ち倒すために、王弟ヨハンの手によって組織された騎士団――征伐騎士団。
重装騎士ゴードンは、騎士団長自ら先陣を切ると、王子軍がどのような手法で迎え撃ってくるのかを、馬穴甲冑に空いた狭い覗き穴から見据えた。
王子軍の陣容に、騎馬の突撃を阻む逆茂木の類いは窺えない。
ならば弓兵による迎撃が来るか、それとも同様に騎馬突撃による応戦が来るか
「(さあ、どう出る表六王子!)」
しかし――王子軍の取った行動はそのどちらでもなく、ゴードンは熱の籠った甲冑の裏側で、驚きを露わにした。
なぜなら――4000の軍容から飛び出してきたのは――たった一騎の騎兵のみだったのだから。
その騎兵の馬は、短毛の高級絨毯のように、日光を反射して輝く月毛の美馬。
とはいえその月毛は、日光よりも月光の元でより生える、静謐さを帯びた毛並みであった。
王子軍の将軍を務める、アイゼリーゼの愛馬――アグロである。
だが――その騎手はアイゼに非ず。
5000の騎兵に対し、たった一騎で打って出た勇猛果敢な騎手は、王冠を模した兜を被り、背中を覆う長い青髪を垂らした子供であった。
「なっ、なっ、なっ……なにいいいい~~~~っっ!? あの青髪はまさしく妾腹王子に相違なし! 王子が単騎で応戦してきただとおおおお!?」
ゴードンは馬上で絶叫する。
既に双方の距離は100メートルを切っている。
あと数秒で接触する――と思われていたが……。
「ヒヒーンッ!!」
「なんだあの体勢は!?」
青髪の騎手は片足を鐙から外し、大きく体を傾けると――傾斜走行でもって重心を傾け、ほぼ直角に旋回してみせた!
もはや鞍上には、鐙から外した方のつま先が引っかかっているばかりであり、体は馬の側面に隠れるように、ゴードンの視界から見えなくなってしまった。
もはや妙技を超えて、曲芸の域に達している操馬術である。
そのように、正面衝突を寸前にして、月毛の駿馬はゴードンの面前を横切って、戦場から離脱してしまったのであった。
「追え追え! 王子を逃がすな!」
ゴードンは件の曲芸に瞠目させられるも、即座に正気を取り戻す。
王子を追撃するべく、旋回の合図を出した。
「いけませぬゴードン卿! 王子が単騎で我らと対峙し、挑発するように方向を転換し、背を見せて逃げている状況――どうみても罠でございます! ここは王子を無視して直進し、シュタンシュテット伯と足並みを揃えて、北と東からの同時攻撃で以て、王子軍本隊を突き崩すべきです! 何卒ご再考くだされ!」
ゴードンの隣を走る参謀が諫止を呈するも、巨躯の重騎士は一議なく斬り捨てた。
「そんなことは見れば分かる! だが奴を討てば王子軍は潰える! 奴儕の策が奏する前に王子に追いつてしまえばよいのだ! 王子の背中を指を咥えてただ見ているだけとなれば、王弟殿下に申し訳が立たぬわ!」
「……承知いたした」
参謀はゴードンの威喝に根負けし、旋回運動の指示を全軍に達した。
王子を追うように、征伐騎士団の面々もまた、横陣から縦陣の形を取りながら、王子めがけて戦場を離脱する。
かくして――征伐騎士団の増援に歓喜して、意気揚々に城門を開いたシュタンシュテット伯は、自らの兵のみで、王子軍本隊と野戦を繰り広げるはめになるのであった……。
***
出会い頭に、曲芸染みた傾斜走行を披露して見せた通り、背中一面を長髪で覆い尽くした、青髪の子供の馬術は相当なものであった。
騎手が軽く、馬も駿馬であるのも大きな理由の一つだが、その馬術もさることながら、一向にその距離が縮むことはなかった。
「ゴードン卿! 前方に森が! 見たところあの森の樹間は狭隘にて、騎馬の機動は著しく損なわれましょう! やはりアレは、我々を本隊から引き離すための罠に相違ありませぬ!」
「ここまで来て引き返せるかぁ! それに機動力が落ちるのは先方も同じことよ!」
ゴードンは再三に及ぶ部下の諫言を一刀に伏すと、愛馬の腹に力強く拍車をめり込ませる。
「ヒヒーンッッ!!」
巨馬は荒々しく嘶くと、騎手を振り落とさんばかりの加速をつけ、悪路をものともせず、青髪の騎手を追って森の中に突入した。
「ああ! いけませぬ坊ちゃま!」
先代から仕えてきた老参謀は、思わず昔の呼び名でゴードンを呼び止める。
だが、ゴードンはそのまま森の中をずんずんと進んでいく、
団長が先行してしまった手前、参謀の一存で作戦を翻す訳にはいかない。
致し方なく、後続の部下に対し、森の中へ突入する旨を伝達するのであった。
「ついに捉えたぞ! その自慢の青髪ごと馘にして、無様な切禿に断髪してくれる!」
一方――先行するゴードンは……。
先代のゴードン卿しか扱えなかった悍馬を、今代のゴードン卿は見事に乗りこなし、ついに得物の射程圏内に追いつくことに成功する。
両手剣を片手で構えると、弧を描きながら横薙ぎの一閃が迸る。
しかし、先方も背後から迫る刃の気配を見抜いたのか、咄嗟に頭を下げて斬撃の難を逃れた。
だが――咄嗟に頭部を下げたことで、長い青髪が宙に取り残され、頸の身代わりになるように断髪されてしまった。
「ちょこざいな儒子めが! む、なんだこれは……髪ではないぞ……これは……糸か!?」
断髪された長い髪が、風に乗ってゴードンの腕に絡みつく。
それを振り払おうとした重装騎士は、自身が侍らせている寵童の髪と、具合が異なることに気付いた。
それは髪ではなく、糸を青く染めたものを束ねた仮髪であった。
「もしや……王子は偽物!?」
ゴードンは己の浅慮を後悔するも、既に敵の軍師の陥穽に肩までどっぷりと浸かった後。
ざまを見ろ、今更後悔してももう遅い――といった仕儀であった。
――ビュンッ!
――カンッ!
ゴードンの肩から、金属同士が衝突する音が響く。
側面から弓撃を受けているのである。
「伏兵か!?」
ゴードンはその恵体と鍛え上げた体躯によって、非常に厚手の重装を纏っており鏃を防いだ。
だが、後続の騎兵はその限りではない。
右斜め前方と、左斜め前方から、樹間を縫って放たれる、矢の十字砲火を前に、陣形が縦に伸びきった征伐騎士団は大打撃を受けるはめとなった。
「くそっ! くそっ! おのれええええ!! 卑劣な真似を!! 騎士であれば正々堂々と勝負いたせ!!」
籠手で包まれた腕で急所を庇い、横殴りの暴雨の如く左右から飛来する矢を必死に受け止めながら、ゴードンの絶叫が森林に木霊するのであった。
そんな恨み節に呼応するように、正面より喊声が聞こえてくる。
それは――スタンス城を包囲する以前より、累計三日間もの間、森の中で息を潜め続けてきた、王子軍2000による伏兵の奇襲であった。




