47 因縁の城主
140年前における侵略戦争の御代よりローゼンベルク王家の譜代として仕え続けてきたシュタンシュテット伯爵家。
その居城スタンス城が、南方より突如として飛来した4000の大軍に包囲されたと聞いた城主――シュタンシュテット伯爵は動転を隠せなかった。
見張りの兵より注進を受けたシュタンシュテット伯は――
「鎮撫騎士団の旗だと!? 奴らは玉座不在を理由に謹慎させられていると聞かされていたのに、これでは話が違うではないか!? そも、ワシは確かにかつて王子を取り逃がしてしまったものの、王弟殿下に誓った忠節に偽りはなく、鎮撫騎士団をけしかけられる謂れなどないぞ!」
――と憤慨してみせた。
顔面部のみならず、禿頭の部分まで茹でダコの如く憤懣して見せたものの――件の兵団が掲げる御旗の中に、王旗が混ざっているのを認めるや、みるみると顔を青ざめさせ、心胆寒からしめたのであった。
かの晩冬の夜に取り逃がした王子が、兵団という土産を引っ提げ、かつての饗応の御礼参りにやってきたのである。
「い、い、急いで王宮に御座す王弟殿下へ急使を送るのじゃあ!」
「しかし伯爵、見たところ敵方の兵数は4000程度。一方こちら詰めている兵数は1000にも及びます。領内の砦へ檄を飛ばせば2000は集まりましょう。堅牢な城塞を有している点を考慮すれば、十分に撃退可能かと。ここで王子軍を返り討ちにし、ヨハン大公への手土産とするのはいかがでございましょうか?」
「莫迦もん! 鎮撫騎士団相手に、城塞一つと1000ぽっちの守衛でどうこうなる訳がなかろう! 挙句、先方にはあのアイゼリーゼ・アイゼンハルト卿までおるのじゃぞ!」
かつてのスタンス城での一件は、シュタンシュテット伯にとって、忘れがたい凶事であり、今なお禿頭の中に詰まっている脳を蝕むトラウマになっているのである。
たった一人の女騎士相手に、伯は手塩にかけて育て、自らの手で叙勲した騎士を三人も殺され、騎士見習い含めた兵卒に至っては、一個小隊強を屠られているのである。
可能であれば、自身の与り知らぬ所で野垂れ死んでいて欲しいと、願ってやまない心情であった。
「それに奴らは南からやってきた、道中の砦は全て落されているに違いないだろう。それに、ここまで急使が一人も来ておらぬと言うことは、降伏してもお皆殺しに付されておる可能性がある……!」
真相は違うのだが……。
何の前触れもなく、王弟派閥の諸侯が治める南より進軍してきた兵団の様子を見るに、そのような誤謬を犯してしまうのも、無理からぬことであった。
そんなシュタンシュテット伯の記憶の引き出しから飛び出したのは、地獄に住まう悪魔の如き形相で、己が騎士を一刀に伏した――アイゼの眼光である。
禿頭の上を、とろりとした脂汗が滑っていく。
――かく訳で、シュタンシュテット伯は、無礼を承知に乱文で、救援を求める文を書き殴ると、王弟に宛てて急使を出した。
幸いなことに、王子軍の攻囲は南側の門だけで済んだため、王都方面の北門から、早馬を脱出させることに成功したのであった。
***
シュタンシュテット伯が当初に抱いた慄然を裏切るように、鎮撫騎士団を麾下に置いた王子軍の攻城は、生温いものであった。
リュカ王子は南門より矢頃にしてたっぷり三つ分(約600メートル)の距離に陣を敷き、攻城のために突出させた兵も、矢頃にして二つ分(約400メートル)の辺りで足を止めると、ちまちまと長弓や弩を放ってくるばかりで、城壁に取りつこうとしてくる様子は見られない。
とはいえ――城壁という高さを利用してもなお、スタンス城側の弓兵も王子軍に殆ど矢を命中させることができないでいた。
そこで胸壁から身を乗り出して、少しでも距離を稼ごうとしようものなら――矢頃二つ分の距離から放たれた、奇天烈ななりをした弓を操る狙撃手の遠矢によって、眉間を貫かれてしまうのであった。
かくして、適度な緊張感を残しながらも、双方決め手に欠ける戦いが、二日間続いた。
そして――来る三日目の正午。
王都の王弟ヨハンによって送られた、5000の騎兵による援軍が到着したのであった。
***
「ついにこの時が来た! 亡き父上と同じ名を賜りしゴードンが、必ずや仇討ちを果たし、悪しき女騎士の馘を墓前に献上してご覧にいれましょうぞ!」
スタンス城の北方より駆けつけた王弟ヨハンの援軍5000。
その騎兵団は、鎮撫騎士団に寄せて征伐騎士団と名付けらた。
総指揮官として、かつての王弟の腹心――警邏騎士団団長ゴードンと同じ名を継ぐ息子、ゴードンジュニアが率いている。
ゴードンは亡父より引きついた大柄な悍馬に跨り、馬穴のような冑を始めとする重装鎧に、両手剣を装備し、瞋恚の炎を兜の隙間から燻らせていた。
王都より強行軍でもってスタンス城へ到着したゴードンは、王子軍4000の側面――東側に陣を敷くや否や、行軍の疲れを癒す間もなく全軍突撃命令を下す。
「総員! 突撃いいいい!! 未来の国王陛下による素晴らしき御代を築くべく、僭越にも国王の兵である鎮撫騎士団を誑かし、恣意に動かす雑種の王子を征伐するのだ!!」
「「「「うおおおおおお!!!!」」」」
ゴードンの磊落とも落雷とも喩えられる大音声の吶喊に倣うよう、配下の騎馬兵による喊声が響き渡った。
幾千にも折り重なった雄叫びは、スタンス城の城壁の内側にまで届き、三日間の籠城を持ちこたえた守衛に勇気を与えた。
「よし! ワシらも打って出るのじゃ! 開門せよ!」
征伐騎士団の全軍総突撃に合わせて、王子軍を挟撃すべく、シュタンシュテット伯も攻勢に出るのであった。
***
さて――一方、王子軍とは言えば。
「ふむふむ。ここまでは作戦通り。それでは頼みましたよ――――王子殿下」
王子軍の本陣にて采配を振るう、ルナルシア月教の法衣に身を包んだ長躯の神父は、キツネのような吊り目を更に吊り上げながら、青髪を垂らした子供にそう告げるのであった。
禿頭の老爺シュタンシュテットは6話から9話。
ゴードンの父親は5話に登場します。
(そんな昔のキャラ誰も覚えてないと思うので補足)




