46 最初の策
【登場人物紹介】
リュカ……主人公。青髪の王子。鎮撫騎士団を中心とした6000の軍勢を組織して王都奪還を目指す。
アイゼ……金髪の騎士。王子軍将軍。ショタコン。
ジャスパー……黒髪長髪の軍師。カラスを伝書鳥として扱う。
ヘリワード……茶髪の吟遊詩人。弓と弦楽器の扱いに長ける。
エフィ……黒髪のアサシン。ジャスパーの弟子。
アルフォンタス……金髪猫毛の錬金術師。見た目は幼女、中身は老爺。
イリアーナ……亜麻色髪の現・鎮撫騎士団団長。アイゼの元部下。
【前回のあらすじ】
ガーナーゲート砦での脅威を取り払った王子一行は、6000の軍勢と頼れる侍臣を味方につけ、ついに王都奪還へ向けて進軍を開始するのであった。
リュカ率いる王子軍6000が、オクスフォード領を発った二日後。
ヨバ山脈を東回りに迂回し終えると、南に聳える山脈の稜線に夕陽が溶け込んで、空が茜から藍へと変わっている最中であった。
これ以上の行軍は危険と判断し、麓で宿営をする運びとなった。
草原地帯に敷かれた宿営地。
輜重隊が糧秣を下ろすと、炊煙が立ち上り、夕餉の匂いが野営地に広がり始める。
一時の休息に気も緩み、和気あいあいとした空気が兵達の間に流れる一方――
「侵攻作戦において、道中の砦を素通りするなど言語道断! 先に待ち構える軍勢と、砦から追撃してきた軍勢とで、挟撃されたらどうするのだ!?」
――リュカを旗頭にした中枢メンバーによる評定が開かれている幕営から、張られた麻布を突き破り、外にまで響き渡る怒声が放たれた。
王都へ続く道中には、王弟ヨハンに与する諸侯が有する、城やら砦やらが点々と建っていたのだが……。
軍師ジャスパーはあろうことか、その全てを素通りするよう、リュカに進言したのである。
これに異を唱えたのが、元鎮撫騎士団の副団長として、数々の戦場を駆け抜けてきた千軍万馬の猛将――アイゼリーゼ・アイゼンハルト。
これが先の怒号の正体だった。
「わたくしもアイゼリーゼ卿に賛成です。そもヒルデガルド王女殿下より預かりし鎮撫騎士団、これまて破れなかった城など一つもありませぬ」
アイゼに賛同を示すのは、鎮撫騎士団団長のイリアーナ。
姫将軍ヒルデガルドの薫陶を直々に受け、名指しで団長職の後釜を任された精鋭の将である。
イリアーナがアイゼに賛同したのは、何もアイゼが元上官だからと贔屓している訳ではない。
正々堂々と正義を執行する現役の鎮撫騎士団として、そのような奇手に顔をしかめてしまうのは、無理からぬことであった。
「それ以前に、我々が明日通ることとなる砦は、王弟ヨハンに恭順した領主の持ち城。そもそも、素通りさせてすら貰えないかと存じますが……」
「〝兵は詭道なり〟――必ずしも正道が最善とは限らないものですよ、アイゼ殿、イリアーナ殿」
正論をぶつけるアイゼに対し、ジャスパーは奇論を弄することで反論した。
「現在の我々には、6000の騎兵がいます。これは大軍と呼んで差し支えない数ですが、王都までの全ての砦を落とすとなると、あまりにも心もとない数でしょう。反乱した諸侯の領地一つ落とすのとは、訳が違うのです」
リュカはジャスパーの次の言葉に耳を傾ける。
アイゼのように、声高らかに異を唱えることはしなかったが、それでも腑に落ちない策に不安を感じていたのは確かであった。
どのような理由があるのかを知るべく、続きを促す。
「まず1つは、落とした砦を維持するだけの兵を割いていけば、王都に着くころには、兵数は半減してしまうでしょう。3000前後の兵で堅牢なる王都を攻め落とすのは、ほぼ不可能です」
ジャスパーは淀みなく、言葉を紡ぎながら続ける。
「かといって放棄すれば、再び敵方の手に落ちてしまいますし、焼き払うなど持っての他。敵国ならまだしも、王国の国力を削るような真似を、善政を敷くべく立ち上がった殿下が行えば、臣民の心を掌握することなどできないでしょう」
「であれば、落とした砦の城代に帰順を促せばよい。その砦の兵もまたスぺサイドの臣民。殿下が正式に登極せし折には、厚く遇することを約束すれば、喜んで我らの背中を守ってくれるだろう」
「それが偽りの恭順であれば、それこそ挟撃の憂き目にあってしまいます。面従腹背を抜かりなく見抜くのは、少なくとも拙僧には不可能です」
「それなら砦を素通りしても同じことであろう!」
「いえ。それがそうでもないのですよ」
「ふむ、ジャスパー殿には何か深い考えがあると伺えますな。軍略に関しては無学なものでして。吟遊詩人にも分かりやすく説明してくださいますかな?」
「……腹が減ったのぅ」
同席している吟遊詩人ヘリワードが、続きを促す。
その隣に座っている錬金術師アルフォンタスは、興味がないのか退屈そうに耳の裏側を掻いていた。
ジャスパーはヘリワードの言葉に鷹揚に頷き、人差し指を立てて続けた。
「まずこれより先の行軍は、王旗とオクスフォード伯の紋章旗を下げ、鎮撫騎士団の紋章旗のみを掲げることにします」
「すると……どうなるのだ?」
「鎮撫騎士団が殿下に与した事はまだ、王弟ヨハンを始めとする諸侯には露見しておりません。鎮撫騎士団が官道を行軍していようとも、それを見た諸侯は、『我々は王弟殿に忠誠を誓っているから、鎮撫騎士団による正義執行を受ける謂れはない、未だ王弟殿に帰順せぬ愚か者を征旅しにいくだろう』、と思い込むはずです」
鎮撫騎士団は諸侯の謀反を鎮め、内乱を仲介する国王直属の騎士団。
つまり――鎮撫騎士団が行軍していたとして、よもやこれから王都を強襲しに向かう反乱軍には到底見えないだろう。
鎮撫騎士団が何事かの任務で北上しているものとしか、解釈しようがない――というのが、ジャスパーの談である。
「我々の御旗を盾にするとは……考えたものだな」
「鎮撫騎士団長にお褒めに預かり、光栄にございます」
最初はアイゼの論を是としていたイリアーナも、策の仔細を聞くにつれ、ジャスパー側に傾いていた。
アイゼも若干の口惜しさを露わにしながらも、異議を取り下げるのであった。
次いでジャスパーは、二本目の指を立てる。
「次に我々は、歩兵を持たず、その全てが職業軍人で構成された騎馬隊であること。騎馬による行軍速度を生かさない手はありません」
最後にジャスパーは、中指を立て、最も重要な事情を述べる。
「最後に我々は、あまりにも寡兵だということです。陣取り遊戯に例えれば分かりやすいでしょう。王弟は殿下よりも五巡も十巡も先に遊戯を初め、既に有用な駒をあらかた確保してしまいました。そして失う物が多い貴族は、自ずと勝勢のある方へ付くもの。つまり我々は下手に諸侯に接触するよりも、電撃的強行軍による最短距離でもって、王都を強襲する方法がベストなのですよ」
ジャスパーはそう述べた後――
「とはいえ、〝雲は竜に従い風は虎に従う〟という金言にある通り、賢臣は殿下のような賢君の元に、自ずと集まってしまうものなのですがね」
――と、幕営に詰めた勇者達を見渡すのだった。
元鎮撫騎士団副団長――アイゼリーゼ。
現鎮撫騎士団団長――イリアーナ。
百歩穿楊の射手――ヘリワード。
暗殺術を極めし暗衛――エフィ。
最後に青銅巨人を操る錬金術師――アルフォンタスに視線をやったものの……。
含む所があったようで、そっと目線を反らすジャスパーであった。
「おい。なぜワシだけあからさまに目を反らしたんじゃ!」
黄金の猫っ毛を振り回し、猫のような瞳を大きくして不満を呈する幼女。
「日頃の行いじゃないですかねぇ……」、とヘリワード。
「根は邪悪だからな」、とアイゼ。
「この人からお礼言われたこと一度もないです」、とエフィ。
方々から放たれる嘆息が、静かに幕営に染み込むのであった。
***
――翌朝。
ヨバ山脈の麓に敷いた幕営を片付け、再び王都へ向け北上を開始する王子軍。
朝露に湿った官道を、6000の蹄鉄が踏みしめる。
リュカは熟考の末に、ジャスパーの策を採用した。
王弟に与する兵もまた、同胞スぺサイド王国の臣民である。
流れる血は一滴でも少ない方が良い。
「さあ、最初の砦が見えてきましたよ」
王旗並びにオクスフォード旗を下げ、鎮撫騎士団の御旗のみを掲げた6000の兵団は、最初の砦の前を横切った。
リュカは内心では焦りを覚えていたが、一向に砦内がざわつく様子はない。
城壁の上で手庇を作り、訝し気にこちらを観察する様子は見えるものの、鎮撫騎士団の紋章旗を見ると安心したように警戒を解いた。
中には、楽し気に手を振る者までいる始末であった。
鎮撫騎士団は国王直属の花形騎士団。
憧れを抱く騎士や騎士見習いは少なくないのである。
砦が遥か後方に見えなくなった所で、リュカは詰まっていた息を吐き、興奮気味に頬を染め上げると、並走するジャスパーを賞賛する。
「凄いですジャスパー殿! 本当になんとかなりましたね!」
「だから言ったでしょう。さあ、この調子でどんどん先へ行きますよ」
一方――予想外な方向からも、ジャスパーを賞賛する者がいた。
「その……なんだ……ジャスパー、昨日は怒鳴って悪かったな。悔しいが、お前の方が正しかった」
「(珍しいこともあるものだ……アイゼがジャスパー殿を褒めている!)」
リュカを挟んで反対側で並走しているアイゼである。
「ふむ。明日は雪でも振るのでしょうか?」
「素直に褒めているのだから、素直に受け止めんか似非僧侶っ!!」
「ははは。照れ隠しですよ」
「貴様ぁ!」
「落ち着けアイゼ! ステイだステイ! どうどう!」
今にも愛馬を脇に寄せて掴みかかってきそうなアイゼを、リュカが必死に身を呈して守るいつもの構図が出来上がっていた。
しかし――その中で一人、並外れた観察眼を誇る吟遊詩人だけが――ジャスパーの長髪の隙間から覗く耳が、含羞で僅かに赤くなっているのを、見逃さなかった。
「(ふむふむ。軍師殿も飄々としていながらも、案外素直に褒められるのに慣れていないご様子ですな。官僚時代にスペイド人が故に冷遇されていた弊害でしょうか。なんにせよ、可愛い所もあるものです)」
ヘリワードはそれを心の中にそっとしまい込むが、新しい唄の種にしようと、胸中に書き留めるのであった。
ヨバ山脈の稜線は、いつの間にか南の空へと遠ざかっていた。
***
そうやって次々と砦を通過していく王子軍であったが、道中どうしてもスルーすることが叶わない要衝があった。
ヘリワードの提言で、件の要衝の前で鎮撫騎士団は行軍の足を止めると、これまで下げていた王旗を掲げ、件の城を攻囲する。
「ここへまた戻ってくることになるとはな……」
「雪恥を果たすまたとない機会です。あのタヌキ爺をタヌキ鍋にしてやりましょう」
奇縁なことに、件の城の城主は、リュカとアイゼにとって因縁浅からぬ相手であった。
スぺサイド王国の動脈とも呼べうる水源、エルキ大河に面するように築城された――かつてリュカ達が辛酸を舐めさせられた禿頭の老爺、シュタンシュテット伯爵が居城――スタンス城であった。




