44 反撃の狼煙
ガーナーゲート砦でのアッシェン軍との合戦から半月後。
城代騎士ケインの計らいによって、王太子リュカはオクスフォード伯との会合の内諾を取り付けることに成功した。
オクスフォード伯は王家の内乱について、これまで中立を保ち続けてきた。
しかしガーナーゲート砦にて、リュカ一行が命を賭してアッシェンの軍勢を追い返した恩義に応えるよう、誼を通じることに成功した。
その理由の一つには――オクスフォード伯と同じ被征服民族の血が半分流れていることも、一役買ったことは間違いなかった。
また、オクスフォード領北方のヨバ山脈に根城を築く山賊を退治した功績も大きい。
ヨバ山脈はオクスフォード領と隣接しているとはいえ、領境を跨いだ他領であり、山賊退治のために出兵すれば、領境を侵すことになってしまう。
オクスフォード伯は山賊の被害に対し胸を痛めており、山賊の存在は、良しとしない所であった。
リュカは加えて、正式に国王として戴冠した暁には、オクスフォード伯を厚く遇すること、そして長年に及ぶ悪習――スペイド人への差別意識――を撤廃することに尽力を掲げることを誓い、かくしてオクスフォード伯もまた、リュカに恭順を示した。
その証として、領都の穀物庫から王子軍が半年間行軍できるだけの糧秣を提供した。
それに加えて、糧秣を運搬する牛車と牛、それを運搬する輜重段列部隊。
更に騎兵1000騎を供出した。
それによって、鎮撫騎士団5000に1000騎が加わり、6000騎の軍となる。
リュカ一行は練兵を中心とした戦備を整えるべく、オクスフォード領都オールデンにて一ヶ月の蟄伏の末――ついに王都奪還へ向けて進発したのであった。
***
うららかな春も過ぎ去り、気付けば初夏が訪れていた。
青々とした麦も少しずつ穂をつけはじめ、来たる実りの秋を静かに約束するかのように、青い穂首をつけ始めている。
そんな折である。
王太子リュカ・ローゼンベルクは、騎兵6000騎と輜重部隊を伴い、ついにオクスフォード領を発ち、王都目掛けて進発した。
ヨバ山脈を東回りに迂回するルートを取っている。
山脈を横断しないのは、道幅が狭く大軍を率いるのには向いていないからだ。
その先頭を往くのは、姫将軍ヒルデガルドの意志を継ぎ、鎮撫騎士団の団長を務めるイリアーナ。
総大将リュカは、行軍する縦陣の中央にて、一人で馬に乗って、真っすぐ前を見据えている。
オクスフォード領に滞在していた一ヶ月で、乗馬の訓練に明け暮れ、なんとか一人でも騎乗できるだけの腕を磨いたのである。
リュカの全身は豪奢な鎧で彩られ、頭部には王冠にも似た意匠の施された兜を被っている。
とはいえ、長い青髪は結ばずに垂らしており、その様は王子というよりも姫のような様相であったが……。
そんな王子と並走するのは、月毛の駿馬に騎乗し、王子軍の将軍職を賜ったアイゼリーゼ。
これまで相乗りしていたリュカが、独り立ちしてしまったことに一抹の侘しさを覚えるも、リュカに対する忠誠心は少しも揺らいでいない。
むしろリュカの成長を喜び、誇らしるように、胸を張ってリュカの真横に侍べている。
その反対側で半馬身後ろに並走するのは、王子軍が軍師ジャスパー。
彼の肩にはのべつ幕なしに、伝書鳥に調教した子飼いのカラスが訪れ、ジャスパーに様々な情報をもたらしてくる。
伝書カラスを駆使することで、縦に伸びた行軍中の他の部隊や、早馬で先遣させた斥候隊などと、密に連絡を取り続けているのである。
キツネ目の軍師は、それを読むと、馬上で筆を執って一筆したため、カラスの脚に結び付けると、再び空へと放っていく。
彼の脳裏には、既に王都を奪還するために数十の策が巡らされており――その策達は、どれが選ばれるのかを、今か今かと待ちわびていた。
行軍中にも執務を続けるジャスパーの勤勉ぶりを揶揄するように口笛を吹くのは、リュカの背後に控える弓箭隊長兼、慰安楽士のヘリワード。
彼は無聊を紛らわすように、手慰みに弦楽器を爪弾いては、周囲の兵達の耳を楽しませていた。
一方――リュカの少し前を先行するのは、見た目こそ愛らしい少女であるが、その実態は暗殺術を極めし、亡爵家シュヴァルツシマー家の姫――兵を指揮するアイゼに代わって、リュカの護衛を譲り受けたエフィであった。
リュカもエフィも、お互いに行軍の暇をつぶすために、雑談に興じたいと思いながらも、周囲の兵に示しがつかないからと、遠慮して声をかけられないでいた。
そんないいじらしい感情を募らせながらも、周囲への警戒を怠るのは忘れていない。
一方リュカの後方には、特注の四頭立て牛車に青銅巨人を乗せ、更にその上で胡坐をかいている錬金術師アルフォンタスがいる。
青銅巨人ダイダロスは、動かすのに非常に多くの燃料を要し、そのエネルギーを充填するのにも金と手間がかかるため、行軍の際は牛に轢かせているのである。
アイゼリーゼ、ジャスパー、ヘリワード、エフィ、アルフォンタス、イリアーナ。
以上の近臣を侍らせながら、リュカはおとがいを持ち上げ、まだ馴染まない兜を傾けると、胸の中で強く誓った。
「(姉上……もうしばし御辛抱ください。必ずや、御助けに参ります)」
朝露を含んだ初夏の爽やかな風が、リュカの頬を優しく撫でた。
西側に横たわる迂回中のヨバ山脈――その向こうにあるであろう王都へ、決意と郷愁を募らせるのであった。




