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青薔薇戦記~追放された妾腹王子は、変人女騎士と王位を目指す~  作者: なすび
傭兵編

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43/58

43 これからも、あなたの隣で

 軍師ジャスパー並びに、暗衛あんえいエフィを麾下きかを加えた翌日。

 次いでリュカは、吟遊詩人ヘリワードと、錬金術師アルフォンタスにもまた、招聘しょうへいの声をかけた。


「わたしは流浪の吟遊詩人。されど――殿下の行く末を見届け、その結末を唄にしないのは詩人の恥。喜んで殿下の臣となりましょう。吟遊詩人として、行軍の無聊ぶりょうの慰めの足しにして頂ければと」


「わたしとしては、ヘリワード殿の弓術を宛てにしたいのだがな……」


 ヘリワードは涼し気な伏し目で、やうやうとリュカに一礼した。


「とはいえ、恩に着る。もし王都奪還の暁には、改めてヘリワードを宮廷楽士として迎え入れたい」


「それは素晴らしい。その際には、殿下の武勇が1000年後の世においても、老若男女問わず愛され続ける唄を吟じましょうぞ」


「ふん。こんな変な帽子の奴に宮廷楽士など勿体ない。貴様には精々宮廷道化師がお似合いだ」


 睦まじげに笑みを交わす二人に妬心を抱いたアイゼが、そんな横槍を入れる。


「道化師も悪くありませんな。その折には、是非ともアイゼ殿に道化棒ボーブルを見繕って頂ければと存じますよ」


「確か道化棒ボーブルには、持ち主の顔を彫る習わしがあるんだったな。丁度良い糸目が目の前にいる、その生皮を剥いで張り付けてやろう」


「やめないかアイゼ! ヘリワード殿も、あまりアイゼを揶揄からかわないでやってくれ」


「しかしながら殿下!」


「これ以上言うなら、今晩は一人で寝てもらうぞ。護衛はエフィに任せるから心配には及ばぬ。髪を梳かしてもらう必要もない」


「くぅ~ん……で、殿下ぁ……わ、わたくしめが間違っておりました……! どうか寛大なご慈悲をぉ……!」


「ふふっ。冗談だ」


 皮肉に対して皮肉で返され、気色けしょくばむアイゼ。

 しかしリュカの叱責で態度を改め、弱々しい態度で許しを乞う女騎士であった。


「(アイゼ殿の扱いを完璧に弁えておられる……!!)」


 かつては飼い主に守られるだけの子犬のようだと思っていたリュカは、気付けば立場が逆転し、立派な猛獣使いの風格を備えていることに、ヘリワードは感嘆するのであった。



***



 ヘリワードを弓箭きゅうせん隊長として召し抱えた後、次にリュカが訪れたのは、錬金術師アルフォンタスの個室であった。

 命に別状はない傷と言えども、子供の肉体が災いし、未だに一日の殆どを寝台の上で過ごしている。


 そんなアルフォンタスの元、リュカは昼食を携えて、ヘリワード同様に勧誘を行う。


「もし王都を奪還し、わたしが正式に戴冠した暁には、アルフォンタス殿を宮廷錬金術師の席を用意させていただく。いかがか?」


「ほう。それは気前がよいことじゃな。よかろう。たまには使役さる側に立つのも悪くない」


 しかし、ここでもリュカの人事に水を差す女騎士が一人……。


「考え直し下さい殿下! わたしはこやつと共にアッシェン軍の攻囲に対抗いたしましたが、人形のような見かけとは裏腹に、その正体はヘドロさえも甘く感じる程のとんでもない腹黒にございます。このような奴を宮廷錬金術師にしては、スぺサイドの国庫はあっという間に濫費の末に底を着いてしまいますぞ」


「酷い言われようじゃな……」


 現在のアルフォンタスは、いつもの襤褸は部屋の隅に畳まれており、現在は病衣を纏っている。

 いつもと違って露出した、人形のように整った顔をひくつかせるアルフォンタスであった。


「アルフォンタス殿が必ずしも善人でないことは存じている。同時に、悪人でもないことも知っている。それにわたしは王となることを誓ったのだ。いつまでも清廉潔白ではいられぬ。清濁併せ吞めずに一国を治めることなど出来ようものか。もしアルフォンタス殿が忘恩にもスぺサイドに仇なすことがあれば、それすなわち王であるわたしの責だ」


 アイゼの諫言に対し、ここまで思慮を働かせた末の返答をされれば、アイゼは口を紡ぐことしかできない。

 アイゼはリュカの成長を喜ばしく感じると同時に、一抹の寂寥せきりょうに胸を刺されるのであった。


 口先では立派な王になれるよう、諫言を呈し続けたアイゼだが……。

 その実態は蝶よ花よと、箱入りに育ててきたきらいがある。


 御主君は自分が守る故、「殿下はただそこにいるだけで十分である」というスタンスを取っていたことに、アイゼはリュカの成長を面前にして、ようやく気付いたのであった。


「(そうか……わたしは殿下の御為ではなく、自分のために、殿下の成長を妨げていたのか……)」


 不羈奔放ふきほんぽうの傭兵だったアルフォンタスが、リュカに対し家臣としての忠誠を誓う様を、横から眺めながら、アイゼは気付かれないよう、そっと目尻の雫を拭う。


「(親離れしようとしている雛を、いつまでに引き留めておくわけにはいかぬ。殿下にはもう、わたしは必要としないのであれば、わたしは今後、ただ殿下の剣として己の武を振るうのみ)」


 そう決意するアイゼであった。


 ――――だったのだが……。



***



 その日の晩。

 食事と沐浴もくよくを済ませ、寝る支度をする時間帯。

 新月も無事に過ぎ去り、ルナルシア月神の瞼が僅かに開き、ここから半月かけて徐々に増していく月光に人々が期待を膨らませる夜。


「アイゼ……わたしの選択は本当に正しかったのだろうか?」


 寝台の上にて。

 スぺサイドの地脈に広がる、清潔かつ栄養豊富な地下水で身を清め、白い肌をしっとりと湿らせたリュカ。

 眉の下まで垂れた前髪の隙間から、憂色を帯びた宝瞳が揺れている。


「わたしはただ、殿下の御意に従うまでにございます。どのような施政を敷かれようとも、殿下に対する忠節が崩れることなどございません」


 リュカの長い青髪を丁寧にくしけずりながら、アイゼは答えた。

 しかし判を押したような中身の伴わない言葉では、リュカの憂慮を拭い去ることは出来なかった。

 その華奢な肩に一国を背負うことになる王子は、アイゼに背を向けたまま、艶やかに湿った薄い唇を開いた。


「怒っているのか?」


「なんのことですか?」


「わたしが、アイゼの反対を押し切り――ヘリワード殿とアルフォンタス殿に、重臣の席を用意して招聘しょうへいしたことをだ」


「…………とんでもないことございます。もし知恵をお求めであれば、ジャスパーめに相談するのが適任でしょう」


 リュカの日中の裁断さいだんについて、アイゼは猜疑さいぎの念に関しては、一切抱いていなかった。

 アイゼが抱いているのは、これまで傅育ふいくしてきた尊い王子が、自分の手から離れてしまうことへの寂寥感と、他の臣に対する妬心である。

 彼女はそれを自覚しているからこそ、あえて突っぱねるような返事をした。


 自分は意志を持たず、主君の勅に従い放たれる刃に過ぎないと言い聞かせながら……。


「わたしはっ、アイゼに問うているのだっ!」


「っ!?」


 だが――アイゼが寂寞せきばくに喘いでいるように、リュカもまた寄る辺のない侘しさに苦しんでいた。


 すぐそこに、最も信頼に値する侍臣じしんがいるはずなのに――

 その距離は触れ合える程近いなのに――

 なぜか心の距離が遠いことに――リュカは耐えられなかった。


「わたしがっ! わたしがこうして、王たらんとする重責に耐えられているのは、アイゼが隣にいるからだ! アイゼが抱きしめてくれるからだ! アイゼが守ってくれるからだ! だから頼む……わたしを見捨てないでくれ……わたしにはアイゼがいないとダメなのだ……そんなわたしを、軟弱者だと蔑むか……?」


 リュカは寝台の上で振り返り、櫛を持つアイゼの手首を掴んで、上目遣いに問うた。

 王都を出奔し、数々の苦難を乗り越え、成長したと言えども、リュカはまだ、たった13歳の子供だ。


 ふとした時に――つかのまの閑暇かんかが心臓を撫でる度に、自分の行いは正しいのかと戦慄してしまう。


 王弟ヨハンは確かに弑逆を企てし簒奪者であるが――少なくとも、政事のなんたるかを何も知り得ないリュカよりは、良い施政を敷くだろう。

 それに――リュカが王都奪還の旗を掲げれば、決して少なくない血が流れる事となる。


 王弟に就く将兵もまた、スぺサイド王国に生きる同族である。

 その中には己の信念とは関係なく、諸侯の命で無理やり徴兵される窮民も混じっている。


 自分の一挙手一投足で、たった多くの命が失われてしまう。

 それを気にしない程、リュカは不感ではいられなかった。


「頼むアイゼ……これから先、例え数万の兵と、数百の官を得ることになろうとも、わたしが最も信頼する者は、これまでもこれからもアイゼに他ならないことを、聖母メロコティーニャの名において誓う。だから……わたしを、見捨てないでくれ……お前が背中から見守ってくれるから、わたしは歩き続けることができるのだ……」


「で、殿下ッ!! 申し訳ござりませぬ!!」


 アイゼの母性が爆発した。

 女騎士は櫛を投げ捨てると、涙目で訴えるリュカを、己の胸の内に抱きしめた。

 胸元が濡れることも厭わず、自身も滝のような涙を流しながら、アイゼはリュカに赦しを乞いた。


「殿下は何も間違っておりませぬ。全ては妬心に振り回される我が未熟のせい。醜い妬婦とふだと罵りくだされ!」


「全て許す。だから……もう少し……このままでいてくれ」


「…………御意に」


 リュカもまた、ゆっくりとアイゼの蜾蠃すがる腰に手を回す。

 幼き王と、忠節な女騎士は、しばらくの間こうしていた。


 二人の間に会話はなかった。

 しかし、触れ合うことで聞こえてくる互いの心臓の鼓動を聞くだけで、共に通じ合っていた。


 矢狭間の向こう。

 薄目を開けたような繊月(三日月)を形どるルナルシア月神が、そんな二人を静かに見守っていた。


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