42 偽僧侶と偽メイド
「リュカ殿下、お久しゅうございまする。しばらくお見えにならない内に、随分と精悍な御顔立ちになられたかと驚く至りに存じます。とは申しましても、その美しきかんばぜに、一切の翳りを感じることはなく、むしろ可憐さの中に凛々しさを帯びたことで、より一層容色に磨きかかり、まさにかく青薔薇の如き美しさに感嘆するばかりに存じます」
「ほう。これはまた、随分と口達者な御仁がいらっしゃいましたな。ちょっとわたしとキャラ被ってません? 具体的には目のあたりが……」
ここにいるはずのない人物。
一度はリュカの招聘を拝辞しながらも、王の器を磨くように教示した賢者。
リュカ達に南へ行くように教唆した偽神父。
キツネのような吊り上がった弧を描く細目の美丈夫――ジャスパーがそこにいた。
顔なじみであるアイゼは、突然の元婚約者の登場に面を食らっている。
一方リュカは、砦の兵達を気がかりにしていたことから、理由を察した。
「そうか。此度の戦いで散華した者達を、丁重に葬礼してくれた修行僧というのは、あなたのことだったのですね」
「流石は殿下。ご推察の通りにございます。門前の偽僧にございますが、遺された者達への慰めになるかと存じ、習わぬ経を読ませて頂きました。まぁ、慈悲深きルナルシア月神もお許し下さることでしょう」
ちなみに付け加えれば、ジャスパーは子飼いのカラスを砦の上空に見張らせ、野良カラスが屍肉に手を出さない様、監視させる配慮も行っていた。
「して、全てを見通す賢者殿は、下手人――すなわちエフィ殿の背後にいる首謀者についても、既に推察がついているということですか?」
王族言葉が身に染みついているリュカだが――ジャスパーに対しては、老師に対する生徒のような、敬意を抱く口調を使い、続きを促した。
「…………」
ジャスパーは法衣の裾を揺らしながら、鷹揚に頷いた。
そうして――ゆっくりとリュカの座る、寝台の足元へ跪いた。
しかしその様は――主君に拝謁する家臣というよりも――刑吏に首を差し出す刑人のような佇まいだった。
ジャスパーはやうやうしく告げた。
此度の一幕の真相を。
「そこな娘――エフィに殿下暗殺を示唆した首謀者。その正体は……拙僧、ジャスパーにございまする」
「「「っ!?」」」
ジャスパーの告解に、寝室の面々は一律に驚愕を露わにした。
「とち狂ったかジャスパー!?」
その中で、最も感情を高ぶらせたのは、一番の忠臣アイゼである。
新月の夜、松明一本のみの光源でも目に見える程に、白い頬を気色ばませている。
「昔のよしみだ。殿下への弑逆謀りの由、一度のみ申し開きの機会を与えてやる! 事と次第によってはただでは済まさむ。その命はないと思え!」
アイゼは腰に佩いた剣を鞘走らせ、リュカの前に跪くジャスパーのうなじに刀身を近づけた。
壁にかけた松明の明かりが、白銀の刀身に、女騎士の瞋恚の瞳を反射させていた。
ジャスパーは怯えることなく、むしろそうなって当然と言うように続ける。
「いかさま。アイゼ殿の怒りはご尤も。これより事と次第を述べさせて頂く故、その後にて、リュカ殿下より沙汰を頂戴したく存じます」
「……分かった。続けてくれ」
エフィを差し向け、リュカの暗殺を企てた者の正体が、よしんばジャスパーであったとして、首謀者がわざわざ現場へ赴き、自白するのであれば、それ相応の理由があると推察できる。
リュカはエフィが間者であることまでは見抜いたが、背後にいる首謀者と、その理由についてまでは突き止めきれなかった。
真相を解明するべく、リュカはジャスパーへ続きを促す。
「その前に、我が弟子――エフィの過去についてお話したく存じます。エフィ、構わぬか?」
「っ!? は、はい……老師。問題ないです。それに、あたしもまた、老師同様に沙汰を待つ罪人です」
エフィは思い出したかのように口を開くと、用意された椅子を立つ。
そうして彼の隣に、師に倣うよう片膝を立てて跪いた。
それは下手人と上役というよりは、修道院長と修行僧のような、信頼の上に築かれた師弟関係を伺わせた。
ジャスパーはエフィからも許可を取り、ようやっと――本題に入る。
「エフィめは、今でこそ暗衛に手を染めてはおりますが、かつては北方にて領土を下賜されし伯爵家の御令嬢にございました」
「(なんと……!)」
リュカは驚きで、少しだけ目を見開く。
身分を偽っていたとはいえ、あの町娘然とした仕草さえも、後から作りあげた完全なる演技だとは思わなかった。
だとしたら、暗殺の腕のみならず、間者としても一流と言えた。
「殿下には及ばぬのは当然と言えども、彼女の顔容を御覧頂ければご推察できる通り、エフィの母――すなわち件の伯爵夫人は、大層臈長けし細君にございました。その髪は東洋より渡来せし黒絹の如く艶やかで、その瞳は南洋温海にのみ取れる黒真珠の如くと評されておりました」
リュカはエフィのつむじを見る。
リュカは下女として下々の生活を体験したが、それでもまだ日は浅く、出会った人々の数も少ない。
故に、エフィの顔が庶民にしてはいささか整い過ぎていることに、これまで気付けなかった。
まだ14歳といえど、これだけ可憐であれば、大人たちが放ってはおかないだろう。
それだけの将来性を、カラスの濡れ羽色の髪の下に秘めていた。
「で――この暗衛の出自が、この仕儀とどう関わるのだ?」
早く似非僧侶の首を落としたくてたまらないように、アイゼは刃を添えたまま続きを急かす。
「エフィの母親の美貌が招いた悲劇には、リヒャルト前王陛下が関わって参ります。すなわち殿下――あなたの父君です」
「…………」
「獅子剣王と畏れられし前王は、玉座を戴いてから、その在位の半分以上を戦場で過ごす仕儀となりました。されど残りの半分、平時においては、滾る肉体の熱に託ち、淫蕩に耽る悪癖がございました」
「……うむ。それに関しては、被征服民族の者に手を出した結果、わたしが生まれたことを考慮すれば、疑う必要のない事実でしょう」
妾腹のリュカは、父親とは殆ど顔を合わせたことはないが、その好色ぶりを疑うことはなかった。
むしろしっくりしたくらいである。
「そのようなリヒャルト先王が、侍らせた側室にも食べ飽き、次に触手を伸ばしたのが、件の伯爵夫人だったのです」
「…………!」
ルナルシア月教の教えに照らせば、不貞行為は戒律に背く、忌避すべき罪の一つである。
それが人妻であれば、なおさらである。
「獅子剣王は王権を行使し、夫人を献上するよう、伯爵に差し迫ったのです」
「……それで、伯爵は父王に従ったのですか?」
「いいえ。伯爵は主君への忠節よりも、愛すべき妻を選びました。伯爵は前王の要求を謝絶し、兵を集めて城に籠城しました。その行為に前王は憤慨し――鎮撫騎士団を派兵したのです」
「っ!? 鎮撫騎士団をっ!?」
リュカは思わず顔を跳ね上げ、処刑人に擬しているアイゼに目線で問うた。
「…………その伯爵家の名前は、もしや、シュヴァルツシマー家か?」
「いかさま」
「殿下。ジャスパーの言葉に偽りはございませぬ。その出兵には、当時のわたしも出陣いたしました故」
「すなわち父王は、国内における反乱や、諸侯同士の諍いを仲裁するべく組織された騎士団を、私情に――それも淫佚のために使ったということか?」
「…………」
ジャスパーは答えない。
しかし、沈黙は時に能弁に勝る。
アイゼの臍を噛んだような神妙な表情が、真相を物語っていた。
「国王の秩序を守り、正義を執行する鎮撫騎士団も、蓋を開ければ清廉潔白とは呼べない面も持ち合わせているのであります。されど剣に咎はあらず。その咎は剣を握る者にござります」
ジャスパーは暗に、リュカに再度、王としての資質を問いているように感じた。
先王――獅子剣王リヒャルトが持ち合わせず、そして簒奪者ヨハン大公も、恐らく持っていないであろう資質を。
「とんな堅牢な城も、鎮撫騎士団にかかれば赤子の手をひねるようなもの。シュヴァルツシマー伯は、裏門より夫人とまだ幼いエフィを逃がしましたが、時期は凛冽が頂点に達する睦月。母子は鎮撫騎士団から逃げる様、吹雪の中を彷徨いました。しかし二日後、母親は娘を抱きながら死に、その直後、官職を辞し流浪の旅に出ていた拙僧が、母の亡骸に抱かれる娘を見つけたのです」
「…………」
結果的――夫人はその操を生涯を通し守ることが出来た。
とはいえ、決して幸福な最後であったとは、到底呼べるものではなかったが……。
隣で跪くエフィを見れば、母のことを思い出したのか、伏せた顔の下で肩を震わせている。
その様を、リュカは痛々しさに疼きながら、見下ろすのであった。
「引き取った娘は当初、王家への憎悪と、両親の死を悼み、何度も自裁を試みまして、その都度拙僧が止めに入る錯乱振りでした。『なぜ母と一緒に死なせてくれなかった』と恨み節を吐かれたこともございましたな」
「…………っ」
ジャスパーの皮肉に、エフィの肩が更に跳ねた。
「このままではいけないと、拙僧は見様見真似で僧に扮し、エフィに生の重要さと解くと同時に生きる理由を与えました」
「生きる……理由?」
「彼女の心で最も熱を帯び、生きる理由になりえる理由――すなわち王家への憎しみを利用し、暗殺術を仕込みました」
「っ!?」
ようやっと、点と点が結ばれたのを実感する。
結ばれた線を更に広げるよう、ジャスパーは続けた。
「自死を望む哀れな娘を現世に縛り付けておくためには、詮無きことだったのです。エフィは瞋恚の炎を糧に、暗殺技術を高めはしたものの、リヒャルト陛下は戦場にて虜となり、衰弱の末に獄死の末路を辿りました。されど――彼女の憎悪はリヒャルト王個人ではなく、王家そのものへ向きました。それもまた詮無き事――これまで親の仇を討つべく現世にしがみついてきたというのに、仇の首を直接刎ねることが叶わなかったのですから」
「故に――わたしを暗殺するように差し向けたと」
「お赦しくださいとは申しませぬ。されど――リュカ殿下の素晴らしき人徳でもって、復讐に囚われたエフィが、その瞋恚を納めるに至ったのであれば、それすなわち殿下は前王よりも優れた王である証。故に試させて貰ったのです」
「そう……だったのか……」
リュカは全ての経緯を聞き終え、脳裏で整理する。
ジャスパーはリュカに対し、王に相応しき器量を磨けと助言した。
そして同時に、王家に憎悪を抱くエフィを差し向けた。
リュカの人徳により、エフィの復讐の炎を鎮めることが出来れば、王に仰ぐに相応しい者であるとジャスパーは定めた。
結果リュカは、心優しく、周囲の者を穏やかにさせる人好きの気質を発揮し、見事エフィから殺意を取り払って見せたのである。
だが――納得しない人物が一人。
アイゼである。
「ふざけるな! 殿下を試すために暗殺者を差し向けただと!? それすなわち、殿下がジャスパーの眼鏡に叶わなければ、暗殺者の手にかかっても良かったと申す訳か!?」
「それもまた、いかさまに」
「貴様ぁ!!」
アイゼが長剣を振り上げる。
処刑人の剣さながら、今にも振りかざされそうな調子であったが、リュカが慌ててそれを止めた。
「待てアイゼ!」
「しかしながら殿下!?」
「よいのです殿下」
「ジャスパー殿!? 何を言っている!?」
「このジャスパー、僭越にも殿下を試したのみならず、弑逆の謀りを企てし者にございます。信におけぬと申されるのであれば、斬首の沙汰を下されてようと、一切の弁明もございませぬ。それに、アイゼ殿の刃にかかるのであれば本望というもの――殿下、裁断を仰ぎたく存じます」
「殿下! ご采配を!」
アイゼとジャスパーが、共にリュカに決断を促す。
しかしリュカの答えは最初から決まっていた。
「アイゼ――剣を納めよ」
「…………」
アイゼは柳眉を歪め、歯を食いしばりながらも、瞋恚と剣を納めた。
チャキリと――鞘が剣環にぶつかった音が静かに響いた。
「二人共、面をあげてくれ」
「御意に」
「は、はい」
リュカに促され、跪いていたジャスパーとエフィが顔をあげる。
「ジャスパー殿の官吏を経たことで抱かせてしまった王府への不信感――父王によってエフィ殿に抱かせてしまった王家への復讐心を思えば、これもまた詮無きこと。わたしは王になると決意したのだから、王家が背負う罪もまた、わたしが贖うべき罰。故にお二人に対し、謝罪することはあれど、罰を与えることなど、できるはずもない」
リュカは呼吸を整えて寝台より立ち上がり、腰を曲げて頭を下げた。
「改めてお願いします。ジャスパー殿、どうかわたしが王位を得るため、その知恵を拝借させてください。そしてエフィ殿、改めて、わたしの友となって欲しい」
「殿下の気宇壮大な御意に、衷心より感謝いたします」
「お、同じく……です」
かくして、ジャスパーがもたらした間者騒動についても、決着がついた。
ついにリュカはジャスパーより信頼を勝ち取り、その知略を得ることに成功した。
同時にエフィという暗衛と友も獲得した。
鎮撫騎士団5000を加え、ついに王子は、王都を奪還するための軍を手に入れたのである。
「しかしジャスパー殿、最後に一つだけお尋ねしたい。なぜ、我々に南下を薦めたのですか? 予めエフィを砦に忍ばせておくことは分かりましたが、なぜガーナーゲート砦を選んだのかを教えて欲しい」
「オクスフォード領は拙僧の生まれ故郷です。一度は俗世を捨て隠者にやつしたといえども、故郷が戦禍に脅かされるのを、黙って見ていることなど、できようはずもございませんので」




