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青薔薇戦記~追放された妾腹王子は、変人女騎士と王位を目指す~  作者: なすび
傭兵編

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40/63

40 スパイの正体

 スぺサイド王国の国教――ルナルシア月教は、月を神格化し、崇拝する宗教だ。

 それ故、満月の夜は教会にて特別な説教が催され、いつもより長い祈りを捧げる習俗しゅうぞくがある。


 一方――新月の夜は、唯一神ルナルシア月神の威光が最も弱まる不吉の日とされ、どんな豪放ごうほう者であろうと、早く夜が明けるのを祈りながら早い就寝に就くのであった。


 今宵もまた――月光が途絶える新月の夜だった。

 日中は埋葬やら修繕やらで、喧騒に絶えないガーナーゲート砦は静寂に包まれ、5000の騎士団が宿営しているとは思えない静謐せいひつに包まれていた。


 誰もが自室に閉じこもる、光源の断たれた夜。

 それはガーナーゲート砦に潜伏せし間者スパイ――否、暗殺者アサシンにとっても、非常に都合の良いことであった。

 挙句――普段は遍歴騎士アイゼリーゼと相部屋になっている暗殺対象は、隠していた身分を明かしたことで、城代ケインより個室を与えられていた。


 新月の夜に、一人で眠る暗殺対象リュカ

 これだけのお膳立てをされれば、暗殺者が行動に移さない理由は他になかった。


「…………」


 リュカに与えられた個室は、砦の中で最も立派なしつらであったが、居住性よりも実用性を優先した古い砦が故に、例によって、縦に狭く横に長い矢狭間が切られていた。

 暗殺者は石積みの壁の僅かな隙間に指をねじ込み這い登ると、矢狭間に顔を近づけ、寝室の中を覗き込んだ。


 少女にしか見えない少年は、寝台の上に仰臥ぎょうがし、毛布を被り、穏やかな寝息を立てており、呼吸に合わせて緩やかに毛布が隆起している。

 滑らかな白皙はくせきの肌は、例え暗闇に包まれていようとも、どこか淡く輝いてさえ見えた。


「…………」


 暗殺者はリュカが眠っていることを確認すると、ゆっくりと矢狭間に四肢をねじ込み、侵入を試みる。

 しかし――肩の部分でつっかえてしまう。


 ――コキン。コキン。


 だが、その程度で踵を返すような刺客ではなかった。

 各部の関節を自在に外し、軟体動物のように蠢動しゅんどうしながら這い進み、見事侵入を果たしたのであった。

 暗殺者は猫のように、両手両足で同時に着地することで、衝撃を分散し、落下の際の物音を完全に消音する。


「…………」


 忍び足で室内を進み、ついにリュカの枕元に辿り着く。

 暗殺者の背丈は、リュカよりも少し高い程度で、まだ子供のサイズであった。

 闇夜に馴染むような真っ黒な衣を纏い、その髪もまた、同様に黒々としている。


 ゆっくりと懐から短剣ナイフを取り出す。

 これもまた暗殺仕様となっており、刃の部分を除いて黒漆で塗装されており、光が反射しないように艶消しが施されている。


「…………」


 しかし。

 暗殺者は何を思ったのか、目の前にターゲットがいるにも関わらず――一向に短剣を振りかざそうとしない。

 十秒、二十秒――逡巡するように硬直している。


 ゴクリ――喉が小さくなった。

 それが、暗殺者が立てた初めての音だった。


「遠慮はいらない――そなたがわたしの事を、殺したい程憎いのであれば、どうかそのまま刃を振りかざして貰って構わない」


「――――っ!?」


 一分程そうしていると――寝入っているはずのリュカは、ゆっくりと大粒のサファイアの瞳を開眼させた。

 リュカの狸寝入りに気付いた暗殺者は、動揺して短剣が零れ落ちる。

 カランと、石床の上に転がった。


 その直後――


「殿下!? ご無事でございますか!?」


 ――バンッ!


 扉が力強く開け放たれ、廊下に控えていたアイゼリーゼが突入してくる。

 リュカの寝間着の下につけている青薔薇の宝珠を使い、アイゼに合図を送ったからである。

 その後ろには、松明を掲げたヘリワードもいる。

 松明の火が、暗殺者の顔をぼうっと浮かび上がらせた。


「女騎士っ!? なぜここにッ!?」


 どういう訳か、暗殺の計画が漏れている。

 刺客は慌てて踵を返し、矢狭間に身をねじ込ませた。

 が――アイゼの方が早かった。


 彼女は馬の尾のように結んだ金髪を翻して跳躍。

 リュカの寝ている寝台ベッドを飛び越し近道ショートカットすると、逃走する刺客の足首を掴んで引っこ抜く。

 そのまま石床の上に腹臥ふくがに押さえつけると、片腕で腕を捻り上げて背中に回し、もう片方の手は肩甲骨のあたりを押さえつけて肺を圧迫した。

 自在に関節を外せる技能を持つ刺客であろうと、こうなってしまえば抜け出すことは叶わない。


「手荒な真似をしてしまい、申し訳ない」


「なんと……彼女は確か厨房の……!?」


 ヘリワードが刺客の顔に松明をかざす。

 闇夜に浮かび上がったのは、艶のある黒髪を肩口で切りそろえた活発そうな少女のかんばぜ。



「はは……なんで分かったのかな? リュカちゃん? それとも、リュカ殿下と呼んだ方がいいかな?」



 リュカと共に厨房で下働きをしていた少女――エフィであった。


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