39 鎮撫騎士団団長イリアーナ
アッシェン軍5000とガーナーゲート砦300の戦いは、突如として乱入した鎮撫騎士団5000が砦側に与したことにより、後者と勝利という形で終幕した。
それに際してアッシェン軍の指揮官を虜囚することに成功し、身代金を払わせることで今回の戦の負債分を埋め立てる算段であった。
そんなガーナーゲート砦の外周部は、鎮撫騎士団の騎兵達が建てた幕舎で埋め尽くされていた。
鎮撫騎士団は砦に駐留する運びとなったものの、ガーナーゲート砦に5000もの兵を詰めるだけの広さはない。
そのため草原地帯にて宿営する形を取っている次第であった。
一方――その内側にある砦では、生き残った兵達が、砦の修繕作業並びに、戦死者の弔いを行っていた。
最も破損が激しい箇所は、破られた北門である。
破城槌により扉はひしゃげ、蝶番も歪み、挙句に灰被り姫のガラスの靴の如く、ピッタシと青銅巨人が埋め込まれており、早急の修繕が必要な状況であった。
が――青銅巨人を動かせるアルフォンタスは、負傷により寝入っており、人力で動かせるような重量でもないため、致し方なく後回しにしているのであった。
戦死者の弔いについては、たまたま通りかかった修行僧に追悼の祈りを捧げてもらった。
砦の上空では、屍肉を狙っているのか、それとも別の理由があるのか、カラスが黒い羽を広げて旋回している。
戦いで疲弊した体に鞭を打ち、多事多端な作業に追われている駐屯兵並びに義勇兵の話題は、もっぱら、今回の立役者の一人であるリュカで持ち切りとなっていた。
「しかし驚いた。まさかリュカちゃんが、行方不明だとか、殺されただとか、色んな噂が飛び交っていた、王子様だったなんてな」
「通りで品のある顔立ちだとは思ったよ。没落した貴族令嬢かもとは思っていたが、まさか王族だったとは」
「しかも男の子なんだろう? 身分だけでなく、性別まで偽っていたとは、まんまと騙されたぜ!」
「だがリュカちゃん……いや、王子は気立てがよくて、オレ達のような下民にも隔てなく接してくれていた。王様になってもらうなら、簒奪者のヨハンよりも、リュカ殿下になってもらいたいものだね」
「全くだぜ」
彼らは口々にリュカの評しながらも、手は止めることなく作業を続けるのであった。
して――件の英雄リュカ・ローゼンベルクはどこにいるかと言えば――
***
「お初にお目にかかりまする。スぺサイドの解語の花と名高き王太子殿下より、拝顔の栄に賜れたこと、祝着至極に存じ奉る。某は畏れ多いことにございますが、王女殿下より鎮撫騎士団が団長の座を預からせて頂いております――イリアーナと申す者にございます。王太子殿下の身に焦眉の急が迫っているとの報を受け、参上奉りました。お許しになるのであれば、殿下の家臣の末席に加えて頂ければ、幸いにございまする」
「…………う、うむ」
――砦の廓から場所を移して、天守に位置する指令室にて。
リュカの前で跪く女騎士は、武人特有の凛然とした声音で、心からの忠誠を感じさせる、慇懃な長口上を述べた。
やうやうしく首を垂れているのが――今回の合戦の立役者の1人でもある、鎮撫騎士団の団長、イリアーナであった。
アイゼより少し若輩の、20を少し過ぎた年頃で、凛然とした佇まいではあるが、顔立ちそのものは丸顔の可愛らしい童顔の乙女であった。
亜麻色の髪を、アイゼと同じ馬の尾のように後頭部で結んでいる。
その対面には、上座として拵えた席に、自らの身分を明かしたリュカが座り、その隣にアイゼが直立不動で控えている。
現在彼らが行っているのは、鎮撫騎士団との顔合わせと、合戦の功労者達と顔合わせを兼ねた評定である。
「おっ、おっ、おっ……おっ――」
誇らしげに拝謁の口上を済ませたイリアーナであったが……。
その一方――彼女の隣で同様に跪く騎士は、今にも泡を吹いて倒れそうな程に青ざめていた。
城代騎士ケインである。
「畏れ多くも、王太子殿下に対して働いた数々の無礼、陳謝のしようもございませぬっ! わ、わたくし一人の馘で贖えるとは到底存じませぬが、どうか此度の不義、わたくしの馘一つで御寛恕を賜りたく存じます……っ!」
リュカが自らの身分を明かした時、最も精神が揺さぶられたのは彼である。
遍歴騎士の従者であり、本人の希望とはいえ、厨房の下働きとして御三どんの真似事をさせたのだ。
彼の身分が子爵家の末子であることを考慮すれば、三族誅の連坐に付されてもおかしくない不敬罪である。
首を垂らしたことで、滝のように溢れだす汗が、鼻筋を伝って零れ落ち、水溜まりを形成するほどであった。
今にも自刎してしまいそうなまでの狼狽ぶりである。
リュカはそんな彼を安心させようと、慌てて腰を持ち上げた。
「自身を責めないでくれケイン卿! 全てはわたしが悪いのだ! 民の生活を知らずに民の心を慮ることなど出来るはずもなく、自ら望んで民草に扮したのだ。自らが騙った身分相応の扱いを受けておきながら、後になって処罰を与えるような暴君なんぞにさせないでくれ……っ!」
「我が主はかの聖女メロコティーニャに伍する慈悲深き御仁。殿下の言葉に裏などありませぬ。どうかご安心くだされケイン卿」
隣に控えるアイゼの言葉もあり、ようやくケインは胸を撫で下ろしたのであった。
「そうでしたか。それを聞いて安心しました。それならわたしもお咎めなしということでよろしいので?」
「ヘリワード! 貴様は少しくらいは恐縮せんか!」
「いや、いいのだアイゼ。同じことを言わせないでくれ。わたしが身分を騙っていた間に起きたことは一切合切不問と付す。むしろ謝罪の意を示すのはわたしの方だ」
跪く騎士二人の後ろに控えるヘリワードとも、改めて挨拶を済ませるのであった。
吟遊詩人は持ち前の想像力で、ある程度リュカの本当の身分を察していたのか、さほど驚いた様子はなく、王子の性格から咎められることもないと承知しており、ケインと比べると飄々としている。
かくしてリュカ、アイゼ、ヘリワード、ケイン、イリアーナの5人は、改めて挨拶を済ませ、次の議題へ進んだ。
「してイリアーナ卿。此度の助勢、大変痛み入る。しかし鎮撫騎士団は父王陛下が崩御したことで動かすことが叶わず、騎士団領で蟄居していると聞いたのだが、なぜここへ?」
「は。伝書鳩ならぬ――伝書烏にて、殿下の危機が届けられた故、馳せ参じた次第にございまする」
「「伝書カラス……!?」」
リュカとアイゼは同時に顔を見合わせる。
二人の脳裏には、同じ人物の顔が浮かび上がった。
キツネのような細い目をした偽神父の胡乱な顔である。
「そうか。確かにカラスを伝書鳥に使う人物については、幸いにして心覚えがある。だが、鎮撫騎士団は国王直属の部隊。わたしは王族とはいえ、わたしを助ける義理などないと心得る。なぜ国王の剣であるそなたらが、自らの意志を持ってわたしを助けたのだ?」
「獅子剣王陛下が崩御なされた現在――我らを御するのは王太子であるリュカ殿下に違わず」
それはすなわち、鎮撫騎士団は王弟ヨハン大公ではなく、王太子リュカを次の国王として支持することを意味していた。
「しかしわたしは、ただ国王の血を継いだだけの表六者だ。誇り高き鎮撫騎士団が、実力を伴わない無能な主君に忠誠を誓うとは到底思えない」
「姫将軍――もといヒルデガルド王女殿下より、殿下の美名令名はかねてより伺っておりますれば、リュカ殿下の君主としての器量を疑う余地はございませぬ」
「その……件の令名とは、具体的にどのような……?」
「あっ……そ、それは……その、獅子剣王陛下の御子息に恥じない……い、威風溢れる御仁であると……」
その時初めて、イリアーナの顔に焦りが浮かんだ。
迷いなく述べられていた舌が絡まり、歯切れが悪そうに目が泳いでいる。
明らかに嘘をついている人間の顔である。
「(恐らく、女みたいな顔なのをいいことに、ドレスを着せて弄び、羞恥で泣きそうになっている顔が愛らしいとかなんとか、姉君から聞いていたのだろうな……)」
イリアーナの態度から、姉姫ヒルデガルドが言いそうなことを予測したリュカであった。
つまるところ、元鎮撫騎士団長であるヒルデガルド直々の被後見にあたる人物であるが故に、鎮撫騎士団の信を得られたということである。
リュカ自身の名声によるものではないが、王弟ヨハンに囚われたヒルデガルドを救出したいという気持ちは同じのはずであり、リュカは鎮撫騎士団の助力を喜んで受け入れたのであった。
***
顔合わせを済ませた後の夕方。
今回の功績を土産に、オクスフォード伯との面会の約束をケインに取り付けて貰ったり、鎮撫騎士団を指揮下においてどのように王都奪還に乗り出すかなど――持ち出したい議題は山積みであるが、先の戦で将も兵も疲労困憊であり、それ以前に壊れた砦の修繕やら後始末の方が先決あると判断し、顔合わせのみで解散の運びとなった。
「鎮撫騎士団が殿下の旗下に加わったのは、僥倖でございますな。更にオクスフォード伯からの助力を取り付けることが叶えば、オクスフォード領の囷に貯蔵してある穀物により糧秣問題も解決することでしょう」
「全くもってその通りだ。しかし――鎮撫騎士団がわたしに与してくれたのは、あくまで前任者であり今もなお高い信を得ている姉君を救出するため。わたし自身が彼女らの信用を勝ち取り、主人として認めてもらうべく、より一層、王としての器量を磨かねばなるまい」
「素晴らしい御心がけにございます……しかし」
「どうしたアイゼ? まだ何か憂いがあるのか?」
リュカは一番の忠臣であるアイゼの顔に宿る、僅かな翳りを察すると、アイゼに問いただした。
「ジャスパーめが齎した、砦に潜む間者の問題が、まだ解決しておりませぬ」
アイゼは常々、そのことが気がかりだった。
合戦の最中も、内部に敵が潜んでいる中、リュカから離れて指揮を取らねばならないことに、ずっと気が気でなかったのである。
一方――そんなアイゼの不安とは裏腹に、リュカの顔は晴れ晴れとしていた。
「ああ――そのことなら、既に検討はついている。恐らく今晩、わたしの命を取りにくるやもしれぬ」
「なんですと!?」
ヘリワード達が去り、二人きりとなった司令室に、アイゼの驚愕が響き渡った。




