38 錬金術師の意地
【前回のあらすじ】
砦の門が破れ絶体絶命の状況の中、同じく傭兵の魔の手から脱出したリュカが、天守で青薔薇の宝珠を発動させる。
兵達に力が漲り、低下していた士気を再び取り戻したのであった。
一方――天守に立って戦場を一望したリュカは、北側の胸壁の内側に、横たわっている錬金術師を発見する。
青薔薇の宝珠に力を込め、思念を届ける権能の対象を1人に絞ると、再び声を送った。
『アルフォンタス・ツギオストロ卿。聞こえていますね。わたしの指示通りに、もう1度青銅巨人を動かしてくださいますか?』
数十メートル離れた距離にいるアルフォンタスは、射貫かれて痛む肩に、幼い顔を歪ませながら答える。
「なんじゃ……頭の奥から声がする……ついにワシにもお迎えがきたか……」
『ツギオストロ卿、わたしは天守にいます。聞こえていたら合図をしてください』
「月星ではなく、天守じゃと……?」
青薔薇の宝珠による思念の権能は、発動者による送信のみの一方通行であり、受信者の返答をリュカに返すことは出来ない。
アルフォンタスは訝しりながら、天守へ目を送る。
そこには小さい体躯をぴょんぴょんと跳ねさせながら、胸壁から身を乗り出し手を振っている看板娘の姿があった。
「あの娘御……下女にしては妙に気品があると思っていたが、よもや王族の出であったとは……しかも性別まで偽っていたとはのぅ。肉体を移し替えて老眼は治ったが、審美眼に関しては耄碌したままじゃったか」
アルフォンタスは渋々といった具合に、矢傷の受けていない方の腕で、リュカに振り返した。
『良かった。まだ動けるようですね。この状況をひっくり返すには、あなたと青銅巨人の力が必要不可欠なのです。どうか今一度立ち上がってください』
「ったく……どいつもこいつも老人に無茶振りばかりしよるわい……」
『もし力を貸してくれるのであれば、先日あなたが働いた不敬は不問と付します』
「…………根に持っておったか」
件の不敬とは――ダイダロスの肩に乗せたリュカを、オークの木の上に放置したことである。
リュカとしては、王族の権威を笠に着る手段は取りたくなかったのだが、この偏屈爺を動かすにはこれくらいの虚喝が必要であるこを、これまでの付き合いから承知していたため、やむなく取った脅しであった。
『ダイダロスを使って、門を塞いでください』
「門を塞ぐ……なるほど、そういうことか。案外知恵が回る孺子じゃ」
青薔薇の宝珠には、治癒力を高める効力もある。
アイゼがかつてゴードン卿との決闘で負った頬の傷が、跡も残らず完治したことから、その効果は既に実証済みである。
アルフォンタスが負った矢傷も、多少ではあるものの痛みが和らいでおり、彼女は痛む体に鞭を打って這いあがると、胸壁の凹部に肘を乗せて身を乗り出した。
「ふんす……!」
そうしてアルフォンタスが、門の前で沈黙している青銅巨人へ向けて腕をかざすと――再びその瞳が赤く灯り、剛力無双が息を吹き返す。
しかし肩の傷の限界に近い。
武人であれば気にもしない傷ではあるが、幼女の肉体からすれば大袈裟に泣きわめいても仕方のない痛みである。
アルフォンタスは最低限の動きで青銅巨人を操り、肘を交互に匍匐させ、這うように門の前に到達すると――その巨体を擦り付けるようにして、強引に門の間にねじ込んで封をした。
『手足を展開すると、ギリギリ門に入らぬ大きさでな、よしんば入ったとしても、敵が攻めてきたとき再び外に出すのに難儀するんじゃ』
かつてこのように語ったことを、リュカは覚えており、青銅巨人を移動させることで、破られた門を塞ぐ発想に至ったのである。
「これでチャラじゃぞ……ぐふっ」
アルフォンタスの白皙の肌は、血の気が失せたことでいつも以上に青白くなり、そのまま力尽きるように意識を手放した。
「素晴らしいお手前と根性です。先ほどクソの役にも立たないという言葉は訂正しましょう」
一連の行動を見ていたヘリワードは、気絶したアルフォンタスを賞賛し、胸壁の上に上半身を預けたまま倒れたアルフォンタスを横抱きに保護する。
「さて――それじゃあそろそろ、反撃と行きますか」
ヘリワードは長いまつ毛に縁どられた伏し目の奥を光らせると、矢筒と化した三角帽子から新たに3本の矢を番え、同時に斉射したのであった。
***
「門は閉じた! 入りこんだ敵兵は文字通りの袋のネズミである! 逃げ場をなくした鼠輩共に天誅を下すのだ!」
「「「「うおおおおおおおおおおお!!!!」」」」
青銅巨人によって門が埋まれば、砦に入りこんだ敵兵は孤軍に成り果てる。
アイゼは激励を飛ばす。
青薔薇の宝珠で実力以上の力を発揮できるようになった義勇兵は、勢いづいて逃げ惑う傭兵を追い立て、剣を突き刺していく。
アイゼも負けじと馬上から刃を乱舞する。
青薔薇の宝珠はただ腕力を増幅させるだけに留まらない。
膨れ上がった腕力に振り回されないための制御力も強化され、あたかも以前からもそうであったかのように、強化後の膂力が体に馴染むのだ。
これにより、弓術のような技術も要する兵種に関しても、二十全に力を発揮することが出来た。
「(とはいえ――まだまだ数はこちらが不利。何かもう1つ、戦況をひっくり返す術はないものか……!)」
2500はいた傭兵は、第一波と二波を削ったとはいえ、未だ1500は残っている。
一方義勇兵側もその数は100から50まで減らしてしまった。
頼みの綱である青銅巨人は、今度こそ動かせない。
そして義勇兵の消耗もかなりのものであり、矢の在庫も心もとない。
月神の名を出すなどして、過剰な鼓舞で義勇兵をその気にさせているが、数々の戦場を巡ってきたアイゼは、現状が不利のままであることを悟り、内心では焦っていた。
――そんな時だった。
「アイゼ殿!」
「ヘリワード殿か!? どうした!?」
頭上――胸壁からヘリワードの声が降り注ぐ。
「東方より新手が見えます! その掲げる紋章旗は――鎮撫騎士団です!」
「鎮撫騎士団!?」
アイゼは前広場に入りこんだ最後の敵兵を斬り伏せると、胸壁に戻って東方へ目を凝らす。
丘陵の向こう側から、騎兵の一団が土埃を立てながら迫ってきている。
丘の向こう側から次々と姿を見せるその騎兵の数は――ざっと見ただけで数千は下らない数であった。
そんな騎兵の大軍が掲げる旗を、アイゼは見紛うはずがなかった。
なぜなら、かつては自分自身が掲げていた所属騎士団の御旗なのだから。
「あれは……イリアーナか!?」
その先頭で軍を率いている女騎士の横顔を見て、アイゼは思わず昔馴染みの元部下の名前を叫んだ。
件の女騎士――イリアーナは馬上より高唱した。
「我々は国王陛下に代わりスぺサイドの治安を糺す鎮撫騎士団である。アッシェンの兵団よ! 貴顕らの行いは、偉大なる国王陛下が築きし泰平を徒に紊乱する不義に他ならない! 獅子剣王の名において、獅子の牙たる鎮撫騎士団が正義を執行する!」
唱えるや否や――彼女の後ろに続く騎士達は喊声をあげながら、馬上槍を水平に掲げ、砦の南側に布陣したアッシェン正規兵軍の横腹に風穴を空けた。
「なぜここに鎮撫騎士団が!? 陛下が崩御なされた今、鎮撫騎士団を出動させられる者はおらぬはず……!?」
アッシェンの指揮官は慌てて、北門に布陣した傭兵を呼び戻す音調の角笛を吹きならさせる。
しかし――将軍が見たのは、雇い主を見捨てて散り散りに逃げていく傭兵団の背中であった。
傭兵稼業を食い扶持としている彼らからすれば、王国内の揉め事に武力介入する鎮撫騎士団の存在は恐怖の対象である。
雇い主の敗色を見るや否な、尻に帆をかけ逃げ出していくのであった。
かくしてアッシェン伯は、オクスフォードの肥沃な領土を奪うため、5000もの兵を出兵したにも関わらず、最初の砦の前に膝を屈し、その野望は潰えたのであった。
アイゼが勝ち鬨をあげる。
ガーナーゲート砦は、生き残った兵達の歓喜の声で埋め尽くされた。




