35 日頃の行いが悪すぎて誰も同情してくれない件
ついに先端は開かれた。
進軍を告げる角笛の甲高い調べが、戦場と化したガーナーゲート砦を震撼させる。
「「「「うおおおおおおおおおおお!!!!」」」」
「「「「うおおおおおおおおおおお!!!!」」」」
それと同時――アッシェン軍の第一軍が、喊声をあげて突撃してくる。
負けじとガーナーゲート砦の義勇兵も、鬨の声で対抗する。
双方の雄叫びが鯨波し、陵丘草原一帯が震撼する。
「打ち方用意――――撃て!!」
「こちらも、放て!」
射程距離ギリギリまで接敵したタイミングを見計らい、クロスボウ隊を指揮するアイゼと、ロングボウ隊を指揮するヘリワードが号令を放つ。
驟雨の如く降り注ぐ矢の雨は、空を埋め尽くし、アッシェン兵に突き刺さっていく。
「装備に統一感がない……傭兵団か。これは厄介だ」
バタバタと敵兵が矢の雨に斃れていく。
しかし後ろに続く集団が、その背中を踏みつけて剽悍に近づいてくる。
アイゼが墨守している北門側に布陣した軍は、装備に統一感がない。
オクスフォード伯がアイゼ達傭兵を雇ったように、先方もまた傭兵団を雇ったことを悟る。
正規兵のような足並みそろった攻撃ではなかったものの、恐れを知らない飢えた獣のような攻撃には、末恐ろしい迫力があった。
しかし――士気であれば義勇兵側も負けていない。
アイゼの指揮の元、完全な一枚岩が形成された義勇兵は、練度は甘さが残るものの、連携に関しては立派なもので、息のあった連携から繰り出されるつるべ撃ちにて、傭兵団の接近を防いでいる。
しかし敵の数は北門だけで2500。
死を恐れないジャッカルの如き攻勢に、数十のクロスボウ兵でいつまでも防ぎ続けるのには無理があった。
「城壁に取り付かれた! 落石で奴らの頭蓋をカチ割ってやれ!」
数十の屍を超えた傭兵団が、ついに砦の城壁に到達した。
胸壁に次々に梯子がかけられ、城壁をよじ登ってくる。
それは獣の腹を這いあがる軍隊アリを連想させた。
次いで――――ズゥゥゥゥン!
胸壁の下部から、不気味な地響きが鳴る。
破城槌が門戸に振り下ろされたのだ。
閂と蝶番が悲鳴をあげる。
攻城戦において、城の内部に侵入するために、指揮官は複数の策を講じる。
坊城側は、その全てに対応を追われることになってしまう。
どのようにして限られたリソースを分配し、敵の攻めを防ぐのかもまた、指揮官の腕の見せどころであった。
敵方の指揮官は、せいぜい100強の犠牲で門を破ることが出来そうな事実に、ほくそ笑んでいることだろう。
しかし――戦に慣れた傭兵団だからこそ、通常の戦ではありえない状況に、度肝を抜かれることになる。
「ふんす!」
ひらり、ひらり――と。
胸壁の凸部に舞い降りるように、長い外套の裾を翻しながら、1人の幼女が着地した。
黄金の猫っ気と、赤い目をした、愛らしい顔の幼女はしかし――ルビーの瞳を炯々と輝かせ、凄惨な笑みを浮かべながら、腕に彫られた刺青を赫々と光らせた。
――ズズ。
――ズズズ。
――ズズズズ。
「おい! なんだありゃあ!?」
「巨人だ!? いきなり巨人が出てきたぞ!?」
北門の脇に鎮座していた、趣味の悪い青銅の巨象が動き出し、傭兵団に動揺が走る。
折りたたまれた手足が展開し、顔に当たる部分が主人と同様に炯々と輝くと、神話の怪物のような怪力で持って暴れ出した!
「あ、ほれ! そいや! せいせいせい! けひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!」
青銅巨人を操作する幼女は、舞い踊るように手足を動かし、胸壁の凸部から凸部へと飛び移ったりとしながら、峻酷な哄笑を響かせる。
すると――そんな狂気に感化されるように――青銅巨人ダイダロスは、大地を踏みしめた。
城壁にかかっていた梯子を薙ぎ払い、枝を揺らして朝露が弾かせるが如く、敵兵が宙を舞って地面に激突する。
次いで祈るように両指を組み、頭上に掲げ、破城槌を目掛けて振りかざす。
すると破城槌は紙細工のようにひしゃげた。
その後もアルフォンタスは無双の働きを見せた。
青銅巨人が一歩踏みしめるため、その足元に血煙が吹きあがり、腕を振るうたびに投石器にかけられた岩のように兵隊が空を舞う。
たちまちアッシェン軍に属する傭兵団の第一波は、浮足立った。
「カーッカッカッカ! どうじゃ! 造作もないわい!」
愛らしくも蠟人形のようにどこか酷薄で、子供特有の無邪気さを一切感じられない狡猾な笑み。
それが戦場の真ん中で舞を踊っている。
それはあたかも、異国の地の魔術師――シャーマンのような不気味さがあった。
己の指先一つで歴戦の戦士達がいとも簡単に命を落す事実が愉快でたまらないのか、アルフォンタスは血に酔いしれるように残忍に笑った。
到底、二桁も生きていない幼子が見せてよい表情ではなかった。
周囲の義勇兵は、味方であるアルフォンタスを気味悪がるも、それでも功労者であることに変わりなく、複雑な視線を向けている。
しかし――そんなアルフォンタスの快進撃は、草原から放たれた一矢で堰き止められることとなる。
――ビュンッ!
一条の矢が、鋭い風鳴りを伴いながら飛来すると――胸壁の上で飛び跳ねているアルフォンタスの肩に突き刺さった!
「ぴぎっ!?」
アルフォンタスは一転変わって苦渋の表情を作り、舌を出しながら胸壁の内側へと滑落する。
「うぎゃああっ!! 弓兵めっ! こんないたいけな顔した幼子に容赦なく矢を射おったぞっ!? 奴らに人の心はないんか!?」
「そりゃあれだけ暴れてたら射られますよ!」
アルフォンタスが纏う大人丈の外套――肩の部分に赤い染みが滲み、みるみる広がっていく。
それと同時に、青銅巨人の瞳も光を失い沈黙した。
アルフォンタスの嘆きに正論の突っ込みを返したヘリワードは、並外れた明視を働かせ、即座に狙撃手を発見する。
矢頃にして一と半分の距離。
あの距離からアルフォンタスを狙ったのであれば、並みの射手ではない。
放置すれば厄介な障壁となり続けるであろう。
しかし――弓術の腕であれば、ヘリワードも負けてない。
とっておきの矢を番えたと思うと、次の瞬間には鳴弦のみを残し、既に矢は消えていた。
恐るべき弓勢によって、風声を帯びて放たれた矢は、ルナルシア月神の落涙――すなわち流星の如く一直線に、敵の狙撃手の喉を貫いた!
百歩穿楊の技量でもって、文字通り一矢報いたヘリワードは、足元で倒れている幼女に駆け寄った。
「アルフォンタス殿! 大事ございませんか!?」
「ワシはもうダメじゃぁ……志し半ばで夢破れてしまうとはな……」
「良かった。急所は外れています。薄い体なのが幸いしたのでしょう、鏃が貫通しているので、抜くのは容易ですよ」
ヘリワードはアルフォンタスの背中から飛び出している、返しのついた鏃をへし折ると、矢を引き抜いて包帯を巻いていく。
「うぎゃああああっっ! 莫迦モンッ! もっと優しく手当せんかぁ! 年配者は労われ!」
「どうみても幼女でしょうがあなたは!」
「曾孫の肉体に精神を移し替えているだけで、こう見えても既に齢は100を超えておる!」
「吟遊詩人として聞き捨てならない台詞ではありますが、今はとにかく青銅巨人を動かしてください。もう門が持ちません」
「ぴぎゃああ!?」
先ほどまでの狡猾な笑みが嘘のように、幼女のように泣き喚くアルフォンタスに嘆息しながら、手当を完了させる。
ヘリワードは梯子から昇りつめ、胸壁の縁に指をかけた敵兵を、鋲状になっている弦溝の部分で叩き落としながら、アルフォンタスの尻を叩いた。
既にいくつかの梯子からは、先登を許してしまっており、それをアイゼリーゼが、胸壁の端から端を駆け巡って斬り伏せていっているものの、だんだんと間に合わなくなっている。
加えて二台目の破城槌に関しても、既に片手では数えきれないほどの攻撃を許してしまっている。
既に閂には亀裂が入り、ささくれ立っていた。
槌撃をあと一回、耐えられるかどうかといった具合である。
ヘリワードもアイゼを援護するように、味方の間隙をすり抜けるようにして、胸壁に降りたった敵兵を射ながら、アルフォンタスに青銅巨人の再起動を急かす。
「む、無理じゃぁ……痛くてとても動けぬぅ……ぴえーんっ、痛いよぉ……痛いのは嫌いじゃぁ!」
「ふ、普段あれだけの大口を叩いておきながら、なんと情けない……!」
外見相応に――実年齢不相応に泣きじゃくるアルフォンタスに、流石のヘリワードも優男の表情が崩れ、伏し目の奥から侮蔑を送らずにはいられなかった。
声はしわがれた老爺のものなので、子供に対する庇護欲は生まれてこない。
完全に自業自得である。
「ヘリワード殿! アルフォンタス殿の具合はどうだ!?」
「ダメです! クソの役にも立ちません!」
美辞を弄する吟遊詩人が、下品なスラングを使うほど余裕のなくなっている様が、現状の逼迫具合を物語っていた。
「もう門が持たん! ヘリワード殿! 胸壁は任せるぞ!」
「わたし一人には荷が重いですが、引き受けましょう! 下は任せましたよ!」
アイゼは弓兵のみならず、弩兵もヘリワードに預けると、階段を降りる手間も惜しんで胸壁の内側へ飛び降りた。
「アグロッ!」
「ヒヒーンッ!!」
城門の前に落下する直前――主人の元へ駆けつけた月毛の愛馬の鞍に着地する。
アイゼの秀麗なかんばぜは、精悍猛々しい表情で引き締められており、既に限界を迎えている閂の奥を睨みつけ、う敵兵を待ち構えるのであった。
――ドゴンッ!
ついに、槌が城門を貫いた。
破られた門から、吶喊をあげながら、雪崩をうつように無数のアッシェン傭兵が闖入してくる。
「いくぞアグロ!」
「ヒヒーンッ!!」
アイゼは拍車をかけて、驍勇に躍り出る。
馬上より、目にも留まらぬ斬撃を、右へ左へ乱舞する。
そのたびに、敵兵の腕やら首などが宙を舞い、アイゼの青いマントを赤々と染めていった。
「例え門が破れようとも、これより先は一歩も通さぬぞ!」
積み重なった死体が前広場の均された地面を悪路に変え、それが敵軍の侵攻を食い止める一助となる。
されど、アッシェンの傭兵は怯まない。
堰の切られた濁流の如くなだれ込んでくる傭兵は、味方だった者の背中を踏みつけながら、アイゼの脇を次々と抜けていく。
そしてついに、後方に控えている、剣を携えた義勇兵との正面衝突と相なった。
安全な上方からクロスボウで射続けていた時と違い、乱戦になった場合、戦慣れしていない義勇兵はあまりにも分が悪い。
アイゼも並外れた驍将であるものの、個の力で軍を相手取るのは限界がある。
周囲の傭兵を薙ぎ払うのに手一杯で、指揮を執るだけの余裕がない。
「くっ! よもやここまでかっ!?」
アイゼは凛然とした美貌を歪め、臍を噛んだ。
そして――真っ先に思浮かべるのは、親愛なる主君の顔であった。
「(リュカ殿下! どうかご無事で!)」




