03 真夜中の訪問者
真夜中の訪問者は果たして――
「夜分遅くのご訪問、お許しくださいませ、ヒルデガルド王女殿下」
「あらあら。夜這いにしては随分と大所帯じゃないの。ヨハン大公ともあろう御方が、一人では蹇女一人手籠めにするのも出来ないのかしら? そして、その隣にいる立派な体躯の御仁は、ゴードン卿かしら?」
――この度の謀反の首謀者、王弟ヨハン大公であった。
その傍らには、王都の守護を担う警邏騎士団の団長が、重厚な鎧で全身を硬めながら控えており、更にその後ろには、五人もの兵隊が続いていた。
「夜這いなど、人聞きの悪いことを仰いますな」
王女の諧謔に、同様に軽い調子で返答をするヨハン。
彼はそのまま、いささかわざとらしすぎる程に慇懃な態度で腰を折ると、王女の前に跪いた。
ヨハンは美形姉弟であるリュカとヒルダの叔父というだけのことはあり眉目秀麗で、30代とは思えない若々しい顔つきをしている。
シワの殆どない顔に、緩く癖のついた茶髪は、貴公子然とした凛々しさがある。
しかし日頃の社交界では隠している、彼本来の放埓さや貪婪さも顔から滲み出しており、リュカやヒルダとは似つかない意地の悪い笑みが、ヒルダの背中を粟立たせるのであった。
「焦眉の急を馳せ参じたのです。一刻も早く、王女殿下のお耳に入れて頂きたい急報にございますれば、夜間の訪問もいたし方ないかと存じます」
「そう。それで、それはなんなのかしら?」
「兄王リヒャルト陛下が崩御なされた」
「…………」
衝撃的な報告にも関わらず、ヒルダは眉根一つ動かさずに受け止める。
そんな反応が気に入らなかったのか、逆にヨハンの方が眉を歪めながら続けた。
「己の民のことを顧みぬ兄王は、内政よりも海外との戦争に夢中で、さりとて領土を増やしたかと言えばそうでもなく、取った取られての繰り返しで国庫は圧迫されるばかり。戦争することを目的の愚王は月星上にまします月神から見捨てられ、遠い異国で虜となり、獄中死したとのこと」
ヨハンはペラペラと、よく回る舌で続ける。
「わたしは独自の情報網にて、その訃報を即座に入手することが出来ましたが、各諸侯の耳に入れば国内が混乱することは火を見るよりも明らか。そこでわたしは、兄王に代わり内政の一切を取り仕切ってきた憂国の士として、愛すべきスぺサイドの民を守るべく、こうしてあなた様に求婚に参った次第にございます」
実際のところ不在の王の代わりに内政を差配しているのは、ヨハンではなくその配下の官僚であり、ヨハン本人は放蕩に耽っているのは宮廷内でも知れ渡った話なのだが、そこを指摘しても詮無いことと承知しているので、王女は続きを促した。
「で――私に求婚することが、どうして救国に繋がるのかしら?」
「王が不在では、各諸侯が謀反を企てるのは明らか――」
「(現在進行形で謀反を起こしてんだよアンタでしょーが)」
臆面もなく忠臣面する謀反人を、心の中で罵倒するヒルダ。
「――であれば、即座に新王が必要となります。そこでヒルダ様、愚兄リヒャルトに代わり、あなたに次の王になって頂きたいのです」
「…………」
恭しく跪くヨハンは、ここから建前を捨て――本音を曝す。
「しかしその御足では王としての執務や巡幸もご苦労なさることでございましょう。なればこのわたしめが家人として、そして摂政として、ヒルダ様の御公務の補助を務めさせて頂きますればと存じます」
「文字通り手も足も出せない人形を傀儡にして、君側の奸となったあなたが国を支配すると……。そして私があなたの子を産めば、血統の正当性を保ちながら、王権はヨハンの一族に渡ると――それが本音でしょう」
「いやはや手厳しい。わたし程この国を未来を憂う臣はいないと自負しておりますのに」
「悪いけれど、それには及ばないわ。ローゼンベルク家には私の他に、王に相応しい者がいるもの」
「よもや! それはリュカ王子殿下のことではありますまいな!? あれは愚兄の一夜の過ちにより、スペイド人から生まれた汚れた混血児にございますぞ! 我らハアト人が140年もの間、王国に泰平の世を築いてきたのは、ひとえに高貴なるハアト人の血統のみによって統治してきたからこそ! スペイド人の血を引くものが王になろうものなら、禍の種となりかねませんぞ!」
「逆よヨハン叔父様」
「逆……とな?」
「この国は140年前、私達の祖先であるハアト人が征服して誕生した国。されどあれからもう4代、王が変わったわ。もう征服者と被征服者で格差を作ることで、ハアト人が甘い汁を吸う時代は終わりにしましょう。これからは共に手を取り合い、血を混ぜ合い、一つの民族としていがみ合うことなく共存するべき。その礎として、スペイド人とハアト人のハーフである、あの子が王になるべきなのよ」
「ふざけたことを仰る! 足だけでなく脳も障ったか!? この国の人口比率は未だスペイド人が大半なのですぞ。あの女装王子が王位につき、勘違いしたスペイド人が結託して叛旗を翻したら、泰平の世が揺らぎかねませんぞ!」
「この国は人種差別による支配によって、見えない負債を抱え続けてきたわ。どこかでその負債を払わないといけないの。それが今だと、私は思っているわ。だからこそ、私は弟に全てを託したの」
「無駄だ! あの雑種は既に我が部下の刃にかかっている!」
その時。
カチャカチャと――鎧を擦る音を響かせながら、1人の兵隊が入ってきた。
「申し上げます! リュカ王太子殿下の寝室に夜襲をかけた所、既にものけの空となっておりました!」
「なに!?」
「ふふっ」
面を喰らった顔で驚愕しているヨハンを見て、ヒルダはざまを見ろとほくそ笑んだ。
「ちっ! だが既に王宮の出入り口は全て封鎖している、王宮内をくまなく捜索するのだ!」
「ヨハン殿下、某も捜索に加わりまする。王太子にはあの女騎士アイゼリーゼもついているでしょう。であれば、並みの兵なら苦戦することは必須かと」
ヨハンの隣に控えている、全身を重装で固めた警邏騎士団長が進言する。
「いや待て。何かおかしい……」
そこでヨハンは、弟がこれほどの危難に晒されているにも関わらず、飄々とした態度でほくそ笑んでいるヒルダに違和を覚えた。
「ゴードン、あの侍女を検めよ」
「はっ!」
「(うーん、しまったわ)」
王弟は重騎士に指示を出すと、その太い腕で双子侍女の片割れの腕を掴む。
すると、その指先が煤で汚れているのを認めた。
「既に晩冬とはいえ、今宵は雨も強く淑女には暖炉が必要な気温。しかるに暖炉には火が入っておらず、されど侍女の手は煤で汚れている……よもや隠し通路か!? ゴードン! 次はあの暖炉を検めるのだ!」
「ぐぬぬ……」
ヒルダは余裕の表情から一変、滑らかな白い頬に冷や汗を流しながら、典雅に整った眉根を歪めるのであった。




