28 遍歴騎士アイゼリーゼ
「さて、最後は貴顕だな」
「うむ」
ヘリワード同様に内定を取り付けた錬金術師――アルフォンタスは再び美しいかんばぜを襤褸の頭巾で隠し、地面に座り込んだ。
そうして次に注目を浴びたのが、月毛の馬にまたがるアイゼリーゼである。
大衆の注目がアイゼに向く。
凛々しさを帯びた顔つきは美しく、男にも匹敵する長躯は、鎧の内側からでも、鍛えているのが容易に伺える逞しい佇まい。
ただ特権階級に生まれたというだけで、高慢ちきに振る舞う一般的な貴族とは一線を画す雰囲気を纏っている。
百歩穿楊の弓術を披露した吟遊詩人。
剛力無双の青銅巨人を自在に操る錬金術師。
どちらも、見た目に分かりやすく、観衆を驚かせるに足る一芸の持ち主であった。
――さてさて、次にこの厳めしい遍歴騎士様は、どのように素晴らしい武芸を披露して、我々の目を楽しませてくれるのだろうか――といった、期待に満ちた視線が集まる。
されどアイゼは珍しいことに、かつてないまでに緊張をしていた。
それもそのはず――
「(待て待て待て……あのバケモノ共の後に披露できる剣技など、持ち合わせてないぞ!?)」
――アイゼは確かに卓越した剣技を持っている。
だがそれは、たゆまぬ基礎鍛錬を重ね続けた結果身に着けた質実な剣筋であり、見世物として観客の目を楽しませる派手さはない。
しかし悲しきことに、傭兵として自分を売り込むには、時としてそのような外連味の方が効果的だったりするのである。
無論ひとたび戦場へ繰り出せば、ヘリワードの弓術に匹敵する剣術を振るい、件の青銅巨人にも引けを取らない活躍が出来ると自負している。
しかしそれを一目で理解させるのは非常に難しい。
「(我々は王都を取り戻すべく、このガーナーゲート砦を足掛かりにしてオクスフォード伯の歓心を買う必要がある。そのためには何か大きな心象を残さねば……!)」
ここまでを0.1秒で思案する。
アイゼはチラリと、助力を求めるようにリュカを横目で見る。
その視線から意図を察したリュカは、小声でアイデアを披露する。
「(アイゼ、ヘリワード殿の弓矢のように、斬撃を飛ばしてみるのはどうだ?)」
「(左様なことできませぬ!!)」
「(では、先ほどの錬金術師殿が持ち上げた巨岩を切り裂いてみてはどうだ?)」
「(それもできませぬ!!)」
「(なんと!? できないのか!?)」
「(わたしをなんだと思っているのですか!?)」
殿下はわたしを買い被りすぎだ……と、リュカの純粋な目線に耐えられないアイゼであった。
「どうした遍歴騎士殿? 貴顕は何ができるか教えてくれ」
「…………うむ」
アイゼは前髪の生え際に脂汗を流しながらも……それを悟られないように毅然に振舞い、アグロを闊歩させてケインの前に出た。
リュカもその背中を、掌中に汗を握りながら見守った。
「某、剣の腕には覚えがある。この砦に居並ぶ騎士の誰よりも比肩を取らないことが証立てられたのであれば、この身を召し抱えて頂きたく存ずる」
「剣か。よかろう、準備させる」
アイゼには斬撃を飛ばすことも岩を切り裂くこともできない。
できもしない虚言を謳ったり、奇をてらって関心を煽るより、実直に自分に出来ることを披露するべきだと、アイゼは結論付けた。
この砦に駐屯している騎士は、城代のケインのみであり、他に詰めているのは二人の従騎士。
残りは全て兵卒である。
そこでまずアイゼは二人の従騎士と徒歩にて試合を行った。
かつてヘリワードと二人で、数十人の山賊を殲滅したアイゼにとって、騎士見習い如きでは相手にもならない。
あっさりと下した後、城代騎士ケインと騎馬による一騎打ちが行われる。
ケインはアイゼと同年代でまだ若く、高い背丈に対して体格は恵まれているとは言い難かったが、それでも人並の騎士よりかは腕が立った。
しかし一騎当千を行くアイゼには敵わず、四合の打ち合いの末に落馬したのであった。
「流石だアイゼ……じゃなかった、お見事です師匠!」
「ひゅう……流石はアイゼ殿。結構なお手前で」
リュカはアイゼの従者の役割を演じながら彼女を称え、両手を握りこんで意気込む。
ヘリワードは三角帽子の鍔を掴んで口笛を吹いた。
しかしアイゼの表情は芳しくない。
「(あの得体の知れない錬金術師、どれだけの褒賞を吹っ掛けるか分からぬ。オクスフォード伯が吝嗇家であったなら、必然的に一番覚えの悪いわたしは、見送られてしまうやもしれぬ)」
ケインより強いことは証明できた。
しかし前者の二人に比べれば、派手さには劣る。
実際にケインは、アイゼを雇うべきか悩んでいるように見えた。
そこでアイゼは、リスクを承知でもう一声、自負を示すことにした。
「仔細は申し上げられぬが、某はかつて5000の兵団の副長を務めたことがあった。自身もその一翼――1000騎を直に指揮していた。守城の経験は乏しいが、城攻めの実地であれば幾度となくある。件の経験は、必ずしもオクスフォード伯に勝利をもたらす一助となるだろう」
「なんと!? 指揮の経験が!?」
アイゼの売り込みは奏功したようで、ケインは急に眼の色を変えて近づいてきた。
ついさっきアイゼに打ちのめされたことへの、恨みつらみの念は感じられない。
部下の面前で落馬し、騎士としての矜持を貶されたことよりも、自分よりも強く指揮の経験もある者が味方になってくれる喜びの方が、遥かに強かったからだ。
「先ほども申したが、この砦には騎士はわたし一人しかおらぬのだ。それに従騎士の二人にはまだ実戦経験がない。わたし一人では既存の駐屯兵を指揮するので手一杯であり、集結してくれた義勇兵を指揮してくれる者を探していたのだ!」
吟遊詩人も錬金術師も、個としての能力は百人の兵に匹敵するが、守城戦においては指揮官の命令に従う兵の連携がものをいう。
そこで的確かつ機敏な指示を出せる、熟練の指揮官を求めていたのであった。
ケインはアイゼを士官待遇で受け入れると内定を取りつけた。
そうして無事、ガーナーゲート砦の防衛に参加するに至ったのであった。
「(これを機に、わたしも必殺技の一つでも習得しておくか……)」
今回は事無きを得たが、またいつこのような機会があるか分からない。
アイゼはリュカを失望させないために、派手な技を1つくらい習得しておいて損はないと思ったのであった……。




