27 錬金術師アルフォンタス
【前回のあらすじ】
傭兵として雇われるべく、ガーナーゲート砦に赴いたリュカとアイゼ。
傭兵志願者には、吟遊詩人ヘリワードと外套を被った乞食めいた人物と、アイゼの三組だった。
ヘリワードは無事に内定を取り付け、次に乞食めいた人物の面接が始まるのであった。
「次は貴顕だ」
次に城代騎士が指定したのは、その体躯に対して大きすぎる襤褸をまとった乞食めいた傭兵。
「…………」
その人物はケインの呼びかけに呼応はせず、老人のような仕草でやおら立ち上がる――が、立ってもなお、その背丈はリュカより頭一つ分は小さい。
外套の裾は余りまくり、地面に引きずるように前に出た。
「貴様、まずはその頭巾を脱いで面を見せろ。顔も晒せぬ者は信用できぬ」
「…………」
「どうした? 口と耳は達者か? 聾啞を雇うような余裕はこの砦にはないぞ」
物腰柔らかなケインも、乞食めいた者には険を覚えたようで、その口調はヘリワードと時と比べて荒っぽい。
「その前に一つ、約束してもらおう」
「っ!」
数拍の沈黙のあと、襤褸外套の傭兵はようやっと口を聞いた。
もう何日も水を飲んでいないような、しゃがれた老人の声だった。
とはいえ、乞食のような気弱なものではなく、尊大な自負を孕んだ声音である。
上流階級者が自ずと身に着ける、他者を見下すような傲慢さを含んだ声に、思わずケインは竦んでしまった――が、それを悟られないように、即座に表情を引き締める。
「これからこの頭巾を脱ぐが、ワシの風貌で態度を改めぬと誓うか?」
「よかろう。聖母メロコティーニャに誓って、頭巾の奥にどのような貌があろうとも、貴様を傭兵志願として扱い続けることをここに誓おう。重要なのは信頼と能力なのだから。そこに醜美の入る余地はない」
「よろしい」
そういって、矮躯の傭兵は頭巾に手をかけた。
その所作を、周囲の駐屯兵や義勇兵は、固唾を飲んで見守る。
ケインこそ聖母に誓って、外見で偏見を抱かないことを約束したが――それ以外の観衆は、野次馬根性を隠すことができなかった。
老爺は果たしてどのような醜態を見せてくれるのか?
火傷か、発疹か、はたまた糜爛か。
祭の見世物小屋に群がる観客のように、好奇心に目をギラつかせた。
「なんと……これはこれは……」
最初に声を漏らしたのは吟遊詩人。
大衆の期待に反して――そのかんばぜは醜貌に非ず、むしろ目を疑うような美貌であった。
これには美女に目がないヘリワードも声を漏らさずにはいられない。
スぺサイドの地層に眠ると伝承される、古代都市アルビオンの外壁のような白い肌。
その瞳は大粒のルビーのように赫々と輝き、髪は緩やかな癖のあるブロンドが背中まで伸びていた。
顔つきは身長相応に幼く、一桁歳後半くらいの幼女であった。
「(か、可愛い!!)」
幼体愛好家のアイゼが、思わず心の中で絶叫する。
しかしすぐに被りを振り――
「(い、いや……! しかしどちらが美しいかと言えば、殿下の方であろう。しかし金髪もよいな……!!)」
――などと戯言を吐いている。
彼女の性癖の煮詰まり具合を考慮すれば、口に出さなかっただけ立派だと言えるだろう。
しかし周囲の目がなければ、確実に飛びついて攫っていたことは語るまでもない。
「お、おお……」
アイゼ程ではないにせよ、周囲にはどよめきが走っている。
「誓いは果たしてもらうぞ」
「う、うむ……無論だ。しかし貴様のような子供に何ができる?」
老爺改め幼女は、蝋人形めいた美しいかんばぜに反し――その声帯だけが老爺のように枯れ果てていた。
幼女は踵を返し、外套の裾を引きずりながら、砦の外へと小さい歩幅で進んでいく。
ケインを含めた残りの面子も、彼女に着いていく。
幼女が示したのは、砦の外に鎮座している青銅のオブジェであった。
無骨で飾り気のない砦にしては、奇妙な装飾だとリュカが違和を示した、件の像である。
「あれはワシが持ち込んだものじゃ」
金髪の幼女は、老爺のような声音と口調でそう言うと、余った袖をめくり上げる。
焼きたての白パンのように、白くて弾力を持った腕には――手の甲から肘にかけて、幾何学模様のような、それでいてとぐろを巻いた蛇のようでもある赤い刺青が彫られていた。
幼女が少し力むと――タトゥーが淡く輝きだす。
――ズズ。
――ズズズ。
――ズズズズ。
するとどうしたことか。
件の青銅像が動き出し、折りたたまれていた四肢が出現し、立ち上がった。
最初は海とも山とも言えない、何をモチーフにしたのか窺い知れない奇妙なデザインだと思ったが、どうやら手足が折りたたまれていただけで、巨人であることが判明する。
全長は10メートルにも達し、頭部に当たる部分には、幼女同じ赤い眼光が炯々と光っていた。
「ふんす!」
幼女が手を振り回す。
すると――ズシン、と。
小さな地響きをたてながら青銅巨人はゆっくりと歩きだした。
巨人は砦の近くにめり込んでいる、岩に目をつけた。
普段は砦の駐屯兵が、鍛錬の休憩時間に背や腰を預けるのに重宝している、ガーナーゲート砦のちょっとしたランドマークである。
青銅巨人はその巨岩を抱きかかえるように、巨木で作った丸太ような腕で掴むと、腰を屈めて力を溜め――ズルズルと引っこ抜いた!
「なんと……!?」
城代騎士ケインは勿論、肝の据わっているアイゼまでもが瞠目し、目の前の光景に目を疑っている。
巨岩は地表に露出している部分だけでも結構な大きさがあったが、地中に食い込んでいる部分も相当なサイズであり、その直径は5メートルもあった。
重量で言えば約150トンにも相当する。
青銅巨人は抱きかかえた巨岩を、ゆっくりと腕の中で半転させ、地面に空いた穴に押し込んだ。
すると今度は、地中の土で汚れた岩が露出した形で鎮座した。
ただ大きいだけの木偶ではなく、見た目相応の怪力まで持ち合わせている。
味方となれば頼もしい限りであるが、もし抱きかかえた巨岩を、砦に向けて投擲されていたと思うと――ケインは冷や汗が止まらなかった。
「ふむ……次はそうじゃな」
老爺の声帯を持つ幼女はパンパン、とまるで自分が一仕事したかのように、手を叩き、周囲を見渡す。
次に彼女が目をつけたのは、砦の上部にはためく旗であった。
「あの旗――風に煽られ絡まっておるな」
幼女が短い指で頭上を指す。
周囲の兵たちがつられて、その方向へ目をやると、一番高い位置にある領主の紋章旗が、一方的な風に晒され続けたのか、ポールに二重三重と巻き付き、その紋章が見えなくなっていた。
家臣として砦を預かっているケインからすれば、主君の紋章旗にこのような無様を晒すのは不敬に値する。
見つけ次第慌てて部下に、元に戻すように指示を出すだろう。
「どれ、ワシが直してきてやろう」
幼女は再び、タトゥーの刻まれた腕を振るう。
それに呼応し青銅巨人が翻り、今度は砦の城壁へ向かって進み始めた。
進路にいる駐屯兵と義勇兵は、踏みつぶされては叶わじと、蜘蛛の子を散らすように道を開ける。
そうして城壁に取りついた巨人は、石積みの隙間に器用に足を引っかけ、城壁を登っていく。
城壁の上部、狭間胸壁の凹部分に太い指を食い込ませると、反対側の腕を城壁の更に上へと掲げる。
そうして紋章旗を、親指と人差し指で円を作るように摘まむと、旗を破くことなく、絡まった方向とは逆方向に回転させて解いた。
そして登った時とは逆の手順で、ゆっくりと城壁を下り、元の位置に戻ると手足を折りたたんで、再びオブジェとして沈黙するのであった。
「どうじゃ? ワシの青銅巨人は、貴顕のお眼鏡にかなったかな?」
幼女はそう言うと、評価を求めるようにケインを見た。
その顔は先ほどまでの蝋人形のような怜悧なものから、怜悧狡猾な得意げな笑顔に変わっていた。
最初は無口で頑迷な性格だと思ったが、己の能力を顕示して誇らしげに頬を綻ばせてしまう程度の感情は持ち合わせていたようだ。
「……あ、ああ」
ケインは目の前に見せびらかされた魔術を見て、言葉を失っていた。
幼女に促されてもなお、喘ぐような声を漏らすことしかできない。
四肢を自在に動かし、巨岩を持ち上げる怪力を有し、更にその指先は人間のように器用ときたものだ。
売れない吟遊詩人が自棄になって紡ぐ、誇張されまくったバラッドでさえ聞いたことがない光景である。
数秒の後、ようやく呼吸を取り戻したケインは、先ほどまでの態度を改めて、深々と頭を下げて幼女を傭兵に迎え入れたのであった。
「偉大なる魔術師殿、ご芳名をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「アルフォンタス・ツギオストロ――魔術師ではない。錬金術師じゃ」
「ツギオストロ……スぺサイド中央の伯爵家。尚文の家系、錬金術の名門と聞き及んでおります。なるほどツギオストロ家の秘術であれば、理解できないこともない。しかしツギオストロ家と言えば、征服民族の家系でしょう、何故、被征服民族に助勢を?」
「今は破門の身じゃからのぅ。それ以前にワシはハアトもスペイドも興味はない。死なば等しく肉塊よ。それに青銅巨人は動かすたびに相当な金がかかる。やれやれ、石を金をするための学問を究めた先が、牛飲馬食の如く金を浪費する術に到達しようとは、なんとも皮肉なもんじゃて」
幼女の言葉の節々からは、長い年月を生きてきた愁眉を伺わせた。
見た目こそ一桁歳の子供に見えるが、実年齢とは大きく乖離しているのかもしれない。
先ほどの魔術めいた光景を見せられれば、外見を変えることさえ、彼女(もしくは彼)にとっては難しいことではないのかもしれない。
「最低でも青銅巨人の燃料費用分は払ってもらうからの」
幼女は金食い虫を罵るように青銅巨人を叩いたが、ケインの評価は真逆である。
ただそこにあるだけの金塊よりも、遥かに価値のある戦力と言えた。
ケインは二つ返事で報酬を約束し、一行は砦の中へ河岸を戻したのであった




