26 吟遊詩人ヘリワード
「傭兵の皆さん、お待たせしました。わたしはガーナーゲート砦の城代を任されているケインと申します」
しばらくすると、砦の奥から一人の男がやってくる。
他の駐屯兵と比べ、ワンランク装備の品質が高く、マントを着けている。
軍靴の踵には拍車が煌めいており、マントに縫われた紋章は、砦の最上部から一段下がった場所に掲げられた紋章旗と一致していた。
身分としてはアイゼと同じ騎士であることが察せられる。
背は高くアイゼと同じ170センチ半ばほどあるものの、戦士として見るならば痩躯な方。
顔つきも、精悍さよりも柔和さの方が強く面に出ており、無頼者であるはずの傭兵に対してもどこか物腰が柔らかいのが特徴だった。
「現在このオクスフォード領は、隣領アッシェン領より不当なる侵攻の脅威に晒されおります。そこで我が主オクスフォード伯は、この危機を乗り越えるため、勇敢なる戦士を求めておられています。どうかあなた方の武芸が、わたしの眼鏡にかなうことを切に祈ります」
そう言って、城代騎士ケインは周囲を見渡す。
しかし、そこに集まっていたのはたった三組。
「(それも吟遊詩人、乞食のような者、従者一人だけ連れた遍歴騎士一人……か)」
数百人規模の傭兵団を期待していた城代騎士ケインは、目に見えて落胆の色を示す。
「(とはいえ、決して広いとは言えぬ小規模な砦。数よりも質を重視するべきだろう。なにか一芸に秀でていれば使えるかもしれない)」
ケインは被りを振って気を取り直し、まずは吟遊詩人ヘリワードに声をかけた。
「貴顕はなにができますか?」
「はい。弓の扱いが少々」
「弊砦には鍛錬の積んだクロスボウ兵がいる。生半可な腕なら報酬は期待できないものと思ってください。構いませんね?」
「無論です。丁度あちらに霞的がございますね。あれを射させて頂ければと」
「分かった。準備させましょう」
彼らが集まっている広場は、普段は訓練場として使われているようで、壁際の棚には武器や盾が積まれており――その中には丸型の縞模様で色分けされた霞的もあった。
ケインは指示を出し、周辺の兵やら義勇兵として集まった農民を退けさせる。
傭兵の弓の腕前を拝見しようと、兵たちも仕事の手を止めヘリワードに視線を向け、義勇兵として集結した農民たちも、見世物のように見学にしゃれこんでいた。
ヘリワードは得物のリュートに仕込んだ絡繰り仕掛けを作動させた。
ガコンガコンと可変を始め――リュートの底の部分を軸に鈍角の角度になるまで展開し、左右に割れて引き離された弦巻と弦巻の間には、弦が一本張られていた。
先日リュカ達が山賊と対峙したときに見た時と同じ姿。
周囲の駐屯兵や義勇兵は勿論、一度見ているはずのリュカとアイゼでさえ、何度見ても驚かずにはいられない手妻であった。
そうして今度は、ファッションに頓着する婦人でさえ、顔をしかめるサイズの三角帽子から、一本の矢を取り出した。
リュートから可変する弓、三角帽子から抜き取られる矢。
次々と繰り広げられる奇術に、観客は興奮して身を乗り出した。
しかし、ここまではただの手妻。
射手としての彼の本当の実力はここからである。
ヘリワードは多数の視線に晒されながらも、一切の緊張を見せることなく、指先は一部の震えもなかった。
吟遊詩人として日頃より大衆環視の中で演奏を続けてきたが所以だろう。
彼は耳の横まで弓を引き絞り、ヘリワードは長いまつ毛に縁どられた瞼を伏せ、泰然とした伏し目のまま――指を離した。
射られた矢は吸い込まれるように、円的のど真ん中――中白の更に中央に突き刺さった!
「おお!」
歓声とどよめきが走る。
しかし一射では偶然か実力かの判断をつけるには尚早である。
ヘリワードもそれを自覚しており――すかさず三角帽子から二の矢を取り出した。
否――それは二の矢である同時に、三の矢と四の矢も兼ね合わせていた。
すなわちヘリワード――一度に三本の矢を取り出して同時に番えたのである。
構えも、地面と垂直なものから水平のものへと切り替え、ギリギリと音をたてながら、凄まじい弓勢を発揮し、三本同時に矢を放った。
一度に複数人が同時に訓練できるよう、霞的は複数個設置されている。
放射状に放たれた三本の矢――左右の矢は先ほどヘリワードが中てた的の、それぞれ一つ隣の的に命中した。
しかも、ど真ん中の中白に。
そして最も観客を驚愕させたのは、中央に放たれた矢である。
それは一射目に中てて、突き刺さったままの矢筈に命中し、薪が左右に割れるように鏃がメリメリと食い込んでいく。
最終的に最初の矢は二つに割れ、寸分違わぬ位置に新しい矢が命中したのである。
腕力に自信のあるものが、よしんば三本の矢を同時に放ち、一人で斉射撃が出来たとしても、その命中率は信用に値しないものだろう。
牽制や乱戦でしか扱えない。
しかしヘリワードは、三本の矢全てが狙った場所に吸い込まれていくような精密射撃をしてみせたのだ。
砦の防衛戦において、その射撃の腕は100の弓兵に匹敵すると――城代騎士ケインは確信する。
「素晴らしい腕だ! ヘリワード殿、貴顕を正式に雇用させて頂きたい。報酬については後程すり合わせられればと存ずる」
「恐悦に存じます」
ヘリワードは弓を畳んで再びリュートに戻し、弦をシャランとかき鳴らし、優雅に一礼。
そうして内定を取り付けたヘリワードは、悠々とアイゼのいる傭兵組の位置まで戻ったのであった。




