25 吟遊詩人との再会
翌朝。
オクスフォード領が領都オールデンを発った王子一行は、アグロに乗って南下した。
南側と領地を接する、アッシェン伯が戦の準備をしている情報を捉え、その防備のために傭兵を募集しているという情報を聞き――傭兵として参戦するためである。
「凄い……どこまでも続く麦畑だ……」
「今は四月。秋播きの小麦がそろそろ穂をつける頃合いにございます」
畦道の左右には、若々しい緑色の小麦が広がり、それがなだらかな丘の斜面に沿ってどこまでも続いている。
あと三ヶ月もすれば、黄金色の美しい穂をつけるだろう。
リュカは都育ち故、窓の外を見ても見えるのは石とレンガと玻璃で作られた建築物ばかりで、このように人の手によって生み出された農作物の力強さを見るのは、とても新鮮なことだった。
「もしアッシェンがオクスフォードを侵攻することになれば、この麦畑は収穫前に踏みつぶされてしまう可能性があると思うと……胸が悼むな」
「いかさま。だからこそ、我々が守らねばなりませぬ」
アイゼはリュカに同調した。
されど――彼女の場合、その真意はオクスフォード伯に恩を売って、王子派に与して貰う所にあった。
昨日領都で集めた情報を見るに、オクスフォード伯爵は中立を貫いているとのことだった。
そしてオクスフォード領はこの国有数の穀倉地帯。
エルキ大河から分流した川によって水源に恵まれ、肥沃な農地によって毎年大量の小麦が産出される。
それを忠義の証として王宮に献上することで、オクスフォード家は被征服民族でありながら、140年もの間伯爵の地位を維持してきたのである。
もし此度の一件で手柄を立て、オクスフォード伯から歓心を得ることができれば、領地からもたらされる膨大な穀物によって、いずれ組織するであろう王子軍の糧秣問題は解決する――というのがアイゼの思惑であった。
彼女はかつて姫将軍の右腕として、5000の兵を率いて国内を東奔西走してきたがため、輜重の重要性は重々承知しているのであった。
***
「見えて来ました。あれがオクスフォード領の南境を守護するガーナーゲート砦です」
「ガーナーゲート……オクスフォードと似て、不思議な発音だな」
「ここはスペイド人の領土ですので、地名もスペイド由来のものが多く残っているのですよ」
途中小さな宿場町にて一泊挟み、一行は募兵している砦へと到着した。
ガーナーゲート砦。
140年前のスぺサイド征服戦争以前よりあったであろう、古めかしい無骨な印象を抱く砦であった。
とはいえ、定期的に補修作業が行われている模様で、老朽化している様には見えない。
老いてなお矍鑠とした貫録を見せる砦である。
石造りの天守には、オクスフォード家の紋章が描かれた旗が翻っており、その一段低い位置にも違う紋章旗が風に煽られていた。
アイゼはその紋章に見覚えはなかったが、恐らくは砦の城代を任された騎士の家紋であろうと予想する。
「(む? あれはなんだ? 像のように見えるが?)」
その一方、なぜが門の前には青銅で作られたオブジェが鎮座しており、飾り気のない砦には似つかわしくない装飾であると違和を覚えたアイゼであった。
「そろそろわたしはアグロから降りた方がよいだろう」
「殿下を歩かせること、誠に心苦しい限りですが……よろしくお願いいたします」
砦から数百メートル手前にて、予め示し合わせていた通り、リュカはアグロから下馬する。
そしてまるで従者がするようにアグロの手綱を取って引率した。
二人は王弟ヨハン大公から身を隠さなくてはならない身である。
堂々と王太子一行でございますと、姿を見せる訳にもいかない訳であり……。
そこで二人は偽の身分を考えた。
アイゼは遍歴騎士として。
リュカはその従者として装った。
従者を相乗りさせる騎士はいない――かく訳で、リュカは馬を降りて徒歩で砦に赴いた次第であった。
主人――それも天上人であらせられる王族に、馬を引かせるなど畏れ多いことであったが、これも祖国を守るためと言い聞かせ、アイゼは主人然とした態度で、毅然に振る舞いながら砦に顔を出した。
砦には既にそれなりの数の募兵希望者が集まっていた。
北門は開門しており、砦の駐屯兵と思わしき兵卒が、大声をあげて列を誘導している。
「勇気と愛国精神に富んだオクスフォード領が領民はこちら側、我々に助力を申し出る傭兵はあちら側から入られよ」
列の殆どは領民による志願者――義勇兵であり、傭兵側の受付口は閑散としていた。
リュカは傭兵側の入り口に手綱を誘導し、賢いアグロも意図を察してそちらへ馬脚を動かした。
「某、旅の誓いにより身分は明かせぬども、遍歴の騎士なり。オクスフォード伯の激に応じ馳せ参じ候。ぜひに取り立てて頂ければと存ずる」
アイゼは可能な限り厳めしい態度を作り、馬上より駐屯兵に申し出た。
身分を明かせない場合、騎士の身分を証明するのは、身に着けている戎衣と所作がものをいう。
アイゼの肩肘を聳やかした姿勢と、仰々しい口上の前に、平民あがりの兵卒は竦みあがるも、「これは頼もしい騎士様が来てくれたぞ」と期待を露わにしながら、門を潜る許可を出した。
しかし同時に――その手綱を引く従者に対しては違和を覚えた。
旅の共として同行する従者にしては随分と幼く、またその顔が典雅で溢れ、思わず見とれずにはいられないほどに整っていたからだ。
思わず息を呑んでしまう程の美貌を、その幼さの中に内包していた。
とはいえ――騎士の従者というのは、召使いではなく騎士見習いである。
今は小姓の身なれども、修行を積んでいずれは騎士になる身分であり、その殆どが貴族階級出身。
それに騎士の中には夜の無聊を慰めるために、見目の良い従者を選び、寵童の役割も担わせることもある。
アイゼを見送った兵卒は、彼女の背中が砦の中に消えた後に、「質実剛健な態度とは裏腹に、随分と良い趣味を持っている女騎士様なことで」、と半分嘲弄、半分羨望を抱いたのであった。
なお、彼女が幼い少年に欲情を覚えるという点において、彼らが評した良い趣味という言葉は、かなり的を得ているのだが……。
***
砦の中。
普段は修練場や閲兵場として使われるであろう、土を踏み鳴らした広場に通された。
そこでリュカは、懐かしい顔に再会する。
「おやおや――これはこれは、またお会いしましたね……アイゼリーゼ殿。これも月神と守護聖人の思し召し。星座に召されし聖女メロコティーニャに至上の感謝を」
「ヘリワードか!? なぜここに!?」
緑色の旅装。
伊達を極めた結果逆に滑稽に映る奇抜な三角帽子。
吟遊詩人の商売道具である弦楽器。
この奇異なる装いと、豊かなまつ毛に縁どられた伏し目を見紛うはずがない。
先日ヨバ山脈にて、共に山賊退治に勤しんだ吟遊詩人、ヘリワードであった。
「不景気なご時世、吟一本で食べていける程、生温い業界ではないものでして、たまにこうして傭兵の真似事をして路銀を稼いでいる訳です」
「確かにお前程の腕であれば、傭兵としても十分に食べていけると思うが……。いっそそっちを本業にしてはどうだ?」
「何を仰りますか。弓の腕はあくまで旅の護身に身に着けたまで。出来るものなら振るわないに越したことはないのです。この指は弓弦ではなく楽弦を弾くために――この弦は心臓ではなく心情を射貫くためにあるのですから」
「相変わらず口だけは達者だな」
「(ふむふむ……これはまた、面白いことをなさっておられる)」
ヘリワードは吟遊詩人特有の観察眼で、リュカとアイゼが現在どのようなロールをプレイしているのかを、即座に把握した。
どうやら駆け落ちの姫と騎士ではなく、麗しい女騎士と女従者という身分を演じている――そう判断したヘリワードは、空気を読んで従者であるリュカには挨拶をしなかった。
しかし、周囲の兵にバレないように、さりげなくリュカにウインクで合図をした。
その気障な行動にアイゼは不機嫌を示したが、リュカは自分のことを気にかけてくれるヘリワードに好感を抱いて頬を綻ばせた。
そのせいで、アイゼはヘリワードに妬心を抱き、女騎士と吟遊詩人の間に刻まれた溝は、更に広がってしまうのであったが……。
***
知った顔を見て、若干緊張がほぐれたリュカは、改めて周囲を見渡す。
どうやら傭兵として馳せた者は、アイゼとヘリワードの他には一人だけのようで――その人物は地面に腰を下ろして、石のように鎮座していた。
背を曲げて座っているので、正確な背丈は測れないものの、13歳(しかも同年代よりも小柄)のリュカよりも矮躯に見える。
しかしたった一人でいるのを見るに、従者ではないのだろう。
成人丈の裾余りな外套を羽織っており、頤まで覆い隠すように頭巾を被っているため、その様相は伺えなかったものの、リュカ達同様に曰く付きの身であることは容易に察することができた。
「…………?」
「っ!?」
リュカの好奇な視線を察し、矮躯がゆっくりと向けられる。
深く被った襤褸の頭巾の奥から、赤い眼光が煌めいたような気がした。
リュカは人見知りを発し、即座に視線をそらして知らんぷりを決め込んだのであった。




