23 王子の答え
【前回のあらすじ】
智者ジャスパーは、リュカに対し、どのような王になりたいのか尋ねる。
リュカはこれまでの旅で見てきたものを逡巡し、ジャスパーに対し返答を述べるのであった。
逡巡の末。
リュカの導き出した答えとは、果たして――
「もし王弟が名実ともに登極したとなれば、彼はどのような施政を敷くだろうか? 貴殿がかつて抱いた、スペイド人の差別を撤廃するだろうか? 民を虐げる領主を諫めてくれるだろうか? 汚職を働く官吏にしかるべき処罰を与えるだろうか?」
「そのような神の目を持つような王は、過去の歴史を紐解いても1人もおりません。ですが、そうなるように励むようなお人柄でないことは確かでしょう。己に忠義を示す諸侯を優遇し、反抗的な諸侯は冷遇し、そして民はあくまで貴族の所有物として扱う王になるでしょう」
「(…………殿下)」
ジャスパーの返答を受け、再び思案に耽るリュカ。
その幼いながらも、この旅を通して少し大人びた横顔を、アイゼはただ黙って見守り続けた。
「確かに王弟ヨハンは簒奪者だ。されど、わたしのような世間知らずよりも遥かに良い施政を行うだろう」
「…………」
固唾を飲むアイゼを尻目に、リュカは続ける。
「されど――わたしは傲慢とは分かりつつも、理不尽極まりないこの国を変えたいと思っている」
「して、どのように?」
「分からない」
「分からないのにどうやって?」
「だからこそ、ジャスパー殿の知恵を拝借したい。わたしは空っぽな王だ。父王の子というだけで王太子に取り立てられただけの無能だ。でも、それでも、わたしにしか出来ないと言うのであれば、わたしは喜んで無貌の王になろう。意思を持たぬ歯車となろう。スぺサイドという国そのものを王に戴き、わたし自身はその王冠となろう。わたしは自分が無能であると知っていて、一人では叶えられないと知っているからこそ――同じ志を持つ者の力を借りて、この国を良いものとしたい」
「…………」
リュカは一度たりともアイゼに助言を求めることなく、ジャスパーから目を反らすことなく、そう言い放った。
その目は、少女と見紛う幼いかんばせから放たれたとは思えない程の、力強い意思が込められていた。
リュカの導き出した問答の返事は、一件他力本願なように思える。
しかしジャスパーは、そのように結論付けはしなかった。
「…………」
「…………」
彼しばらく無言を貫き、リュカと目線を合わせ続けた。
リュカの言葉に嘘偽りはないか、口蜜の裏に腹剣を忍ばせていないかを見定めるように。
目と目で言葉を交わすように。
そして――ゆっくりと口を開いた。
「無知の知に、己で到達したという訳ですな」
「ムチムチだと!? おいジャスパー! 殿下の前で卑語を口にするな!」
「アイゼ殿、今は真面目な話をしているので、もう少し黙っててください」
ジャスパーは真剣そのものの顔で、アイゼを黙らせて続ける。
「〝将は智・信・仁・勇・厳なり〟――という金言がございます。君主に必要な心得というものです。そこに武力は必要ないと、かの思想家は記しました。そして拙僧の目が雲っていないとすれば、その五つの素質を、殿下から見出しました。しかしそれはまだ未熟なもの。十全に備えているとまでは断言できません」
だからこそ――と、ジャスパーは続ける。
「美徳を積みなされ。ここまでの旅路を通して見てきたものを忘れず、そしてこれからも旅を続け、人徳と見聞を深めなされ。さすればあなたは、武に傾倒し過ぎたリヒャルト王よりも、徳を欠いたヨハン王弟よりも、優れた王となりましょう。もし殿下にそれだけの知見が備わったと拙僧が判断したその時、このジャスパー、不惜身命の覚悟でもって、貴公に忠節を尽くすことを誓い奉りましょう」
「分かりました。今はそれで十分です。あなたほどの賢者に素質ありと思われただけでも、十分過ぎる程の光栄です。そして――今後も、あなたの期待を裏切らないよう励みます」
「期待していますよ」
「ただ、自分で言っておいて……他力本願が過ぎるのではないかと、思ったのですが……」
「他力本願大いに結構。親政にこだわった王朝が傾くのは過去の歴史を鑑みれば明らかな事実。拙僧は殿下の言葉に感銘こそすれ、軽蔑など微塵もしておりません」
結果的に――王子一行は遠路の果てに賢者の協力を取り付けることは叶わなかった。
しかしそれでも――全くの無駄骨ではなかった。
それによってリュカは、これまで曖昧としていた王としての覚悟が固まり――
リュカに王としての資格が備わった時、ジャスパーはリュカに忠誠を誓うことを約束した。
王子の決意に満ちた顔を見て、アイゼは思わず涙ぐんだ。
しかしそれを悟られないよう、そっと親指で目頭を拭う。
その後、ふと思うところがあってジャスパーに問いただす。
「なんだかよく分からんが……やろうと思えばヨハンめから王都を奪い返す算段があるってことか? さっきはもう勝敗は決したと言っていたではないか!?」
「まぁまぁ。そう怒らないでくださいな。元婚約者のよしみでご寛恕くださいな」
「だから! 婚約者だった話を持ち出すなと言っているだろ!」
そんなこんやで、リュカとアイゼは修道院を後にし、旅路を続けるのであった。
もはやそれは当てのない逃避の旅ではなかった。
人徳を積み、知見を深め、王の資質を高めるための遍歴の旅路だ。
「しかし……旅を続けるとはいえ、果たして次はどこへ向かえばいいのやら」
「その答えは、アイゼ殿の懐にございましょう」
「え? アイゼ、何かあてがあるのか?」
「い、いえ……恥ずかしながら、他にはもう殿下に与してくれるであろう諸侯のあては」
「文字通りの意味ですよ、手癖の悪い女騎士殿」
――バサバサ。
「ガァガァ!」
「こ、この鳴き声は!?」
応接間に切られた窓から、一羽の老カラスが入りこんで、ジャスパーの腕に止まった。
リュカは宮廷貴族や官吏の顔を覚えるのは苦手だが、動物の顔を区別する術には長けている。
それは紛れもなく、つい先刻、休憩中の沢で出会い、黒パンを与えたカラスに間違いなかった。
「ジャスパー殿が飼育されていたカラスだったのですね」
「左様。カラスは不幸の象徴とされていますが、非常に賢く、また人に馴れれば意思疎通もできる愛いやつです」
「ま、まさか……」
アイゼは老カラスを見て、思い出したように懐に手を伸ばすと、折りたたまれた羊皮紙を取り出した。
リュカからカラスを取り上げ、空に放り投げる前に、足に結ばれていたのを回収していたのだ。
「アイゼ……もしやお前……人様のものを盗んだのか……?」
「こ、これは違いまする! このカラス、伝書鳥の類と思いまして、騎士団の時の癖でつい……」
「気持ちは分かりますよ。敵方の伝書鳥を捉えれば、何か重要な情報がないかと検めるのは士官として当然の行い、ましてや常在戦場を銘にするアイゼ殿なら、むしろ検めない方が不自然というもの」
ジャスパーもまたアイゼを庇ったため、リュカも納得の意を示し、アイゼの手癖の悪さを不問にしたのだった。
アイゼは折りたたまれた羊皮紙を広げ、中に書かれてる文章を読む――
『南を目指されるが吉』
「もしやジャスパー殿、わたし達と顔を合わせる前から既に、こうなることを予見して……?」
「さあ、どうでしょう」
リュカはジャスパーに対し、尊敬を超えて畏怖さえ抱いたものだが、それをジャスパーは曖昧な笑みで受け流すのであった。
かくして王子一行――更に南へ。
これにて1章終了となります。次回から2章スタートです。
王子の旅路は、だんだんと逃避から攻めの姿勢へと変化していく予定です。
と言う訳で乞食タイム。
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