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青薔薇戦記~追放された妾腹王子は、変人女騎士と王位を目指す~  作者: なすび
逃走編

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21 戦場の魔術師

 太陽が中天に昇り、若芽をつけつつある枝の隙間から、温かい日差しが降り注いでいた。

 晩冬から初春に移ろいつつある、優しくも力強い自然の薫りが、温室育ちの王子の鼻孔に新鮮な刺激を送っている。


「同じヨバ山脈だというのに、東側は随分と柔らかい印象を抱くのだな」


「不思議なものです」


 山賊の頭領を誅伐した王子一行は、山賊に与していた女共を連れ、当初の目的である山脈の南側へ出た。

 未だ孤軍であるであるリュカとアイゼは、吟遊詩人ヘリワードに同行どうぎょうをねだった。


 リュカはヘリワードの吟遊詩人として美声と諧謔かいぎゃくのセンスに評して。

 アイゼはヘリワードの射手としての卓越した技倆ぎりょうを評していたのだが――


「ありがたいお誘いでございますが、謹んで拝辞はいじさせて頂ければと」


 ――と、袖に振られてしまったのであった。


「私は風の吹くまま気の向くままに、自由気ままに流離さすらう吟遊詩人でございますので。それに、駆け落ちの二人の間に水を差す訳にも参りません。古来より、百合の間に挟まる輩は馬に蹴られて死んでしまうのが相場と決まっております故」


 などなど、吟遊詩人お得意の弁舌に丸め込まれ、反論する間も与えず去ってしまった。

 とはいえ、山賊と共存していた娘達を、余所者でも仕事にありつけるであろう大きな街まで案内する役目を買ってくれたのは、旅を急ぐ王子達にとってはありがたい申し出であった。


 曰く――山賊達が溜め込んだ装飾品等を売れば、しばらくは生活出来るだけの資金を用立てることが出来るとのことだ。


 そんな訳で。

 再び2人旅と相成ったリュカとアイゼは、ヨバ山脈の南側の麓に沿って東進した。

 そうしてヨバ山脈の東峰から、再び登攀とうはんした。


 なぜ再びヨバ山脈に入ったのか?

 それは、アイゼが助力を求めようとしているジャスパーなる人材は、ヨバ山脈東峰の山中にて隠棲いんせいしているためである。

 ヨバ山脈は非常に峻険な山々であるため、拓かれた官道以外では、土地勘のある野伏であろうと山越えは難しい故に、このようなまどろこしい経路を選んだのである。


「してアイゼ――わたしのような何の力もない無能王子に力を貸してくれるかもしれないという、物好きな知人は、どのような人物なのだ?」


 かつては木の柱を地面に埋め込み、階段となっていたであろうが、管理が行き届いておらず、土砂が降り積もって実質ただの獣道のようになった隘路あいろを昇りながら、リュカは訪ねた。


「一言で申し上げれば、稀代の天才です」


 アイゼはそう言うと、アグロに足並みを任せて、思い出すように空を縁どる木々の枝に視線を送って続けた。


「ジャスパーは被征服者――すなわちスペイド人の平民の生まれでございましたが、幼少より頭が切れて街では神童と褒めそやされており、15の時に官吏の登用試験を一発で合格、役人の道を歩むことになりました。最初に配属されたのは地方農村の税吏ぜいりでございましたが、そこの教会に務める神父が不当な手段で金を溜め込んでいることを突き止め告発、その功績を認められ中央役人――すなわち王府に務める官僚に取り立てられました」


 リュカは、なぜそこまでアイゼがジャスパーなる人物の生い立ちをそこまで詳しく知っているのか疑問を抱いたが、黙ってアイゼに続きを促した。


「奴はあらゆる知識に通暁つうぎょうしておりまして、最初は財務官、その次は書記官を務めました。まあ、その有能ぶりを買われて引っ張りだこだったというというよりも、有能過ぎるスペイド人は、殆どがハアト人で占める官僚社会ではむしろ心象が悪くなり、いずれ長官の座を奪われるのではと危惧した上司に追い出されたというのが本人の談なのですが……」


 アイゼは「また奴は、末恐ろしいことに兵法書も熟読しており、軍略にも精通せいつうしておりました」――と続ける。


「ジャスパーに最初に出合ったのは、私が鎮撫騎士団として謀反を起こした地方領主の鎮圧に向かった時です。その時あいつは、臨時の折衝せっしょう官としてヒルダ様率いる鎮撫騎士団に同行しました」


折衝せっしょう官?」


「外交や交渉を行う官吏です。つまるところ、謀反を起こした領主の元へ使者として赴き、反乱の真意を問いただし、可能であれば投降を促す役割として、弁が立ち肝の座った文官として選抜されたのです」


「なるほど……分かったぞ。そのジャスパーなる人物、巧みな交渉術で謀反人の瞋恚しんいを沈め、無血によって謀反を納めたという訳だな」


「いえ。普通に交渉は失敗しました」


「失敗したのか!?」


「しかしジャスパーの恐ろしい所はここからでした。謀反人は砦に籠り徹底抗戦の意を示しましたが、当時のヒルダ様は、ジャスパーの宮廷内での毀誉褒貶きよほうへんを面白がり、興味半分で臨時の軍師として登用しました。そこであ奴は、鎮撫騎士団5000の兵を1万に増やしたのです」


「なんと!? 無から兵を増やしたということか? ジャスパー殿は魔術師か何かか?」


「いえ。どちらかというと詭道ペテンの類です」


 アイゼは「少しばかりに大袈裟に語り過ぎてしまった……」と言葉選びを悔いながら続けた。


「実体はこうです――奴は鎮撫騎士団5000の内500を砦の北部に布陣、残り4500を南部に布陣しました。そして奴は北部の寡兵を指揮し、巧妙かつ絶妙な配置にて丘の上に陣を敷き、騎士団の御旗を全てを500側に持たせてから砦へ攻撃を仕掛けました。本来の兵法ではあり得ないまでに薄く広く敷いた、スカスカの縦陣じゅうじんでしたが、丘の上で遠近感が狂って見えた事、大量の御旗が上がっていたこと、乾季で大地が乾ききっており、行軍によって酷い土煙が巻きあがったことで――丘の下からだと、あたかも5000の軍が迫っていると錯覚させたのです」


「…………」


 リュカは無言で続きを促す。

 王子の目はキラキラと輝き、まるで戦記絵巻を読み聞かせて貰っているかのように集中していた。


「謀反人は北側から鎮撫騎士団の全勢力が攻めてきたと錯覚し、それを迎え撃つべく砦の全兵力を北門の防衛に当てました。その間に南部にいる本隊4500が防備の薄い南門を強襲。疾風迅雷の速度で門を破り、砦を鎮圧。鎮撫騎士団は攻城戦にも関わらず損傷を被ることなく謀反人を捉えるに至った――という訳です」


「そ、それは凄い……! だ、だが……アイゼにしてそこまで言わしめる程の賢者殿が、なぜこのような山奥に?」


「奇才であると同時に奇人でもありました。俗世に嫌気が差したとかなんとかで辞職し宮廷を去り、現在はこのヨバ山脈の中腹で隠遁しているとの手紙を数年前に受け取りました。とはいえ、今は一国の有事であります。引っ張り出してでもこちら側に引き入れる所存です」


「それはとても頼もしい話だが、なおさらわたしのような者の話を聞いて貰えるだろうか……所で、鎮撫騎士団の臨時折衝(せっしょう)官として顔を合わせたきりの割りには、随分と賢者殿の生い立ちについて詳しいではないか。それに手紙のやり取りもしていたのだな? もしや件のいくさ以降にもにも何か縁があったのか?」


「そ、それは……大したことない理由でございます。手紙も向こうから一方的に送られただけで、私から送ったことも一度もありませぬ。殿下のお耳に入れる程のものではございません」


「そ、そうなのか……?」


「いかさまにございます!」


 どこかはぐらかされたような気がして腑に落ちない所があるが、アイゼを斟酌しんしゃくして深く追求することは控えたリュカであった。



***



「水場がございます。ここらで休憩いたしましょう」


 賢者ジャスパーの武勇伝で無聊ぶりょうを慰めながら隘路あいろを進む。

 現在地――ヨバ山脈東峰の中腹にて。


 王子一行は小さな沢を見つけ、そこで小休止する運びとなった。

 アグロは人間一・五人分の重荷から解放されると、乾いた喉を潤すべく沢に顔を突っ込んでゴクゴクと水を飲んでいる。

 リュカもそれに倣って、小さな手で冷たい水をすくっては、まだ喉仏の薄い喉を鳴らして水分を補給した。


「ガァ、ガァ」


「ん?」


 ――その時だった。

 リュカは茂みの奥からしわがれた声を聞き、正体を突き止めるべく茂みをかき分けた。

 果たして、そこにいたのは弱ったカラスであった。


「どうした? 腹が空いているのか?」


 王室育ち故に獣に対する警戒心を育む機会のなかったリュカは、カラスをそっと抱きかかえる。

 その黒い羽は所々白いものが目立ち、ささくれ立っている。

 毛づくろいする体力もない老いた獣特有の毛並みだ。


 リュカはそんな老鳥に憐れみを覚え、革袋から黒パンを取り出し、沢の水でふやかしてからカラスに分け与えた。

 カラスは空腹だったようで、それを勢いよく啄んで嚥下したのであった。

 その後リュカは、すっかり老いたカラスから信頼を勝ち取ったのか、毛羽立った頭部を手に擦り付けてきた。


 昔からリュカは動物に好かれるきらいがあった。

 姉姫ヒルデガルドが所有する庭園でも、よくリュカの指先に野鳥が止まることがあり、ヒルダはそのたびに珍しがっていた。


 アイゼの愛馬アグロも、鎮撫騎士団時代ではアイゼ以外には一切懐かず、馬丁の世話の断るものだから、アイゼが直々に日頃の世話をしていたのだが、そんなアグロが唯一、主人アイゼ以外に背に乗せるのがリュカであった。


 とにもかくにも、リュカの性別を超越した美貌は、人間以外の動物も魅了してやまないのだった。


「はは。い奴め」


「殿下? 何をしていらっしゃるのですか?」


 リュカが人差し指で老カラスの頭部を撫でてやっていると、アイゼに声をかけられた。


「見ろアイゼ。弱っている鳥を見つけたのだ」


「殿下、悪いことは申しません。今すぐそれを放って御手をお清めください。森の獣は殿下の想像以上に穢れを纏っているもの。病魔の元になりかねません」


 リュカの蒲柳ほりゅうの質を慮り、カラスを手放すように促すアイゼ。

 しかし当のカラスは、すっかりリュカに懐いてしまったようで、ささくれた羽毛をリュカの手の平に擦り付けて甘えている。


「いや、随分と人に馴れている。もしかすると人に飼われているのかもしれない。ほれ足に札のようなものがついている」


「む?」


 見れば、カラスの足には折りたたんだ羊皮紙が結びつけられていた。

 アイゼはリュカから半ば強引にカラスをひったくると、そのまま空へとぶん投げてしまった。

 カラスは驚いたように空中で翼を広げると、「ガァガァ」としわがれた声で、空高く逃げ出してしまう。


「な、何をするのだ!?」


「不幸の象徴たるカラスを好き好んで飼育する者はおりませぬ。いたとしてもかなりの変人でござりましょう。ささ、御手をお清めください」


「む~」


 釈然としないリュカは頬を膨らませ、女騎士に批難の目線を投げかけるも、彼女は意に介さずリュカの手を沢に導き、ゴシゴシと汚れを穢れを落すのであった。


今回のおまけAIイラストは、カラスとたわむれるリュカです。

ChatGPTくんは、絵柄のパターンが少なくて、個性を出すのが難しいのですが、表現力は凄いので重宝してます。左下のアイゼがお気に入りです。

挿絵(By みてみん)

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