20 奪うか奪われるか
「さあ。残るは貴様だけだぞ」
「聖母メロコティーニャ様に祈る慈悲だけは残して差し上げましょう」
「ぐぬぬ……」
つい先ほどまで、怒号と悲鳴で埋め尽くされていた、山脈の森を切り拓いた広場は、久方ぶりの静寂を取り戻した。
晩冬の春の目覚めを感じさせる瑞々しい草木の香りは、人間の血と臓物の臭いで掻き消されて――今まさに、死体の山に新たな死体が一つ、追加されようとしていた。
「……く、くそがっ」
唯一生き残った山賊の頭領の表情からは、愉悦を帯びた驕慢な表情は消え失せ、焦燥と恐怖で引き攣っている。
正面にはアイゼが剣を構え、側面にはヘリワードが弓を構えており、その後方にはアグロに乗ったリュカがいる。
アグロもまた、鼻息をいきりたてながら、前足で地面を擦りながら威嚇している。
もはや数の利は王子一行にあった。
「ま、まて! そ、そうだ! ここは一騎打ちといこうじゃないか! な? お前が最初に提案したことだろ!?」
「おやおや――随分と分厚い筋肉だと思っていましたが、厚かったのは面の皮の方でしたか」
頭領の提案をざっくばらんに切り捨てると、ギリリ……と結弦を鳴らしながら、ヘリワードは弓を引き絞った。
彼が指先の力をほんの少し緩めるだけで、大きな的のいずこかに鏃が抉りこむことだろう。
「ヘリワード殿、弓を納めてくれ」
「正気ですか? アイゼ嬢?」
一笑に付されても詮無き提案。
されど――騎士道に生きるアイゼリーゼ・アイゼンハルトだけが、彼の提案を受け入れた。
「確かに、最初に一騎打ちを申し出たのは私の方だ。そして私は騎士である。いつなんどき、どのような状況であろうと、申し込まれた決闘を拒む気はない」
「へ、へへっ……こりゃあまだ聖母メロコティーニャ様も、オレ様を見放してはいないようだぜ」
一対一であるなら勝つつもりがあるのか、頭領は再び表情に余裕を取り戻すと、成人男性の身の丈ほどある巨大な戦斧を構えた。
並みの人間であれば持ち上げることも叶わない重量を、軽々と振り回す様は――荒くれ者の山賊の頂点に君臨する男の器量が伊達ではないことを示している。
「やれやれ、騎士様の考えることは分かりかねるが、そこがまた面白い所。面白い騎士物語が書けそうだと思って、ここはアイゼ嬢に従いましょう」
ヘリワードは弓を緩め、リュカの騎乗しているアグロの近くまで後退する。
「して――リュカ嬢、あなたは数の利を捨ててまで騎士の誇りを選ぶアイゼ殿に反対しないのですか? あなただって、アイゼ嬢にいらぬ怪我を負って欲しくはないでしょう?」
「その憂いは杞憂だヘリワード殿。アイゼは一騎打ちにおいて、あのような山賊に遅れをとるようなことは、万が一にもありえない」
「それだけ信を置いているのであれば、今日出合ったばかりのわたしがこれ以上言えることはないですな。さて、お手並み拝見といたしましょうか」
ヘリワードは展開していた弓に仕込まれた絡繰り釦を操作し――弓を再び弦楽器に戻す。
そして、決闘の合図を告げるラッパ隊のように、派手な旋律をかき鳴らし――その音色が止まったと同時――二人の戦士は同時に地面を蹴り上げた!
「うらぁ!!」
「ぬんっ!!」
頭領は巨戦斧による真っ向斬りを繰り出した。
まともに喰らえば脳天から股まで届くであろう攻撃であったが、アイゼは雄牛の構えで迎え撃ち、斧の腹の部分に衝撃を与え、最小限の腕力で攻撃をいなしていく。
「くそっ! なんで当たらねぇんだ!」
リーチも膂力も頭領の方が上のはず。
間合いに入れば、受けることも避けるも出来ない剽悍な攻撃を、これだけの時間受け流せた戦士を、彼は見たことがなかった。
にも関わらず、自慢の戦斧はアイゼの鎧に掠りもしない。
山賊は全身に滝のような汗を流しながらも、そんなはずはないと自分に言い聞かせながら、懸命に斧を振るい続けた。
「やはり見掛け倒しか。斬撃のキレも、剛剣も、ゴードン卿の方が数段上だったぞ!」
「なめるなあああああああ!!」
――斬!!
リュカ程度の子供であれば、風圧だけで吹き飛ばしかねない唐竹割り。
しかしアイゼは跳躍でもって難なく回避すると、地面にめり込んだ斧の柄に着地した。
そのまま坂を駆けあがるように、山賊の腕を蹴って――一閃。
アイゼは頭領の後方に着地すると、ゆっくりと長剣を鞘に納めた。
一方、頭領はというと――ズルり、と首だけが横にスライドし、頸椎から離れると、熟れたリンゴのように地面の上に落ちるのであった。
断末魔も、辞世の言葉も放つ暇さえなく、ヨバ山脈にて悪逆の限りを尽くした山賊の首魁は――あっけなくその生涯に幕を下ろした。
アイゼはゆっくりと深く息を吐く。
さすがに連戦の疲労が蓄積しているのか、額に汗が浮かんでいる。
「アイゼ! よくやった!」
「いかさま。素晴らしいお手並みでした」
そこでリュカとヘリワードが、勝者を称えるべく近づいてくる。
「殿下! まだそこから動いてはなりませぬ!」
「ふぇ?」
アイゼを労わろうとアグロから下馬しようとするリュカを手で制する。
一方彼女は残心を解くことなく、その眼光を広場の後方――山賊達の根城であるログハウスへ向けた。
アイゼの予想の通り――ログハウスにはまだ人が山賊の一党が残っていた。しかし……。
アイゼの予想を裏切り――戸口から姿を見せたのは、土で汚れた武装した男ではなく、まだ4、5歳と思われる幼い少女であった。
「父ちゃん!!」
「こ、子供……?」
「うわあああああん! うわあああああん! 父ちゃん! 死んじゃったあああああ!」
幼女は丸まるとした愛らしい顔を、くしゃくしゃに歪めると、首を亡くした頭領の死体に覆いかぶさり、大声で泣き出した。
更に新たな気配を感じてログハウスの方へ視線を送れば、そこには若い女性が3人、覗き込むようにログハウスの戸板からこちらを伺っている。
山での生活で肌は焼けていたものの、その衣服は町娘にしては部不相応に豪華なもので、身に着けている装飾品も華美だ。
「恐らくは山賊達によって攫われた娘達でしょう。しかし、この様子を見るに、奴隷として扱われていたというよりは……」
「アイゼ……これはどういうことだ? なぜこの子は山賊の死を悼んで泣いている? 我々は、山賊に囚われていた娘御らを救ったのではないのか?」
「…………」
状況を考察するアイゼとヘリワードは、なんともいたたまれない表情で顔を歪め、リュカもまた状況を飲みこめずに困惑した。
脳裏に蘇るのは、山賊の頭領がリュカの愛らしい尊顔を見て告げた言葉――
『逆に青髪のガキは、まさに丁度食べごろ。まさに芳紀13歳といった所か。よし、オレ様の4人目の嫁にしてやる』
「(彼女らは奴隷でもなく、売り飛ばされる予定の商品でもなく、山賊と共に生活を送っていた女手。しかも、娘までいたのか……)」
「そ、そういう……ことか……」
知見に疎いリュカも状況を察し、言葉を失った。
確かに、山賊は悪だった。
人を襲い、奪い、殺していた。
それを討伐するのは、正義のはずだった。
しかし――
「(この子にとって、山賊であろうとも……ただ1人の父親だったのだ……)」
アイゼはログハウスの中で隠れていた娘達を引きずりだし、話を聞いた。
曰く――
「確かにアタシらは、山賊達に攫われたけど、決して不自由な生活はしていなかったよ」
「勿論、おめがねに叶わなかった娘や、邪魔な男は殺されたり、売り飛ばされたりしたけども」
「少なくとも、ここで生まれてここで育った娘にとっちゃ、こいつは父親だからね、あんたらを親の仇のように見られちまうのも、仕方ないことだろうさね」
「アタシらはここに囚われていたようなもんだけど、いざ自由になっても、もう行く当てなんざないよ。もう村を離れて6年経つんだ。今更故郷に戻れるはずもない」
「とはいえ、これだけ長くいれば悪人だろうと情も湧くし、どんな形であれば自分の娘は可愛いものだ」
「アタシが山賊に襲われても助けてくれなかった癖に、ようやくここでの生活を覚えてきた時にようやく来たと思ったら、今度は男手を全員殺されて……どうすりゃいいんだい」
――つまり。
山賊達はここで小規模ながらコミュニティを築き、社会を形成していた。
多少一方的で暴力的であったのは否定しないが、彼女達はここでの生活を受け入れ、順応していた。
少なくとも、かつての生活に戻ることが出来ない程度には。
だが今となっては帰る場所もなく、頼る者もいない。
山賊と共に生きることを選んだ――いや、選ばざるを得なかった彼女たちは、今、完全に行き場を失っていた。
「アイゼ……これは、誰が悪いのだ?」
「…………」
リュカの純粋な疑惑を帯びた瞳が、アイゼを射貫く。
されどアイゼは、明確な返答をすることが出来なかった。
確かに、山賊は悪だった。
人を襲い、奪い、殺していた。
しかし――その山賊たちも、元は傭兵だった。
戦場で使い捨てられ、貴族に蔑まれ、行き場を失った者たちだった。
そして、山賊を野放しにしていたのは、役人だった。
上前を貰うことで、山賊と結託していた。
その役人を監督していたのは、領主だった。
役人の汚職を見抜けず悪を野放しにし、民の具申を無視し、それでいて特権と権益だけは貪っていた。
その領主を統治しているのは――国王だった。
海外遠征に夢中で、国内の統治を疎かにしていた。
これらを全て加味し一言で説明できるほど、単純な問題でない。
ただ1つ言えることがあるとすれば――もしリュカが王都を奪還し、獄死した国王リヒャルトに代わって王冠を継承した場合、その問題は決して、他人事ではないということは、確かであった。
かくして王子一行の旅は続く。
胸中に一抹の座りの悪さを感じながらも、背後から迫る王弟の魔の手から逃れるためには、足を動かす他手段はないのだから……。




