19 楽弦よりも弓弦を
「きゃっ!? き、木の根に足を捕られて歩きづらい……」
「おら、ちんたら歩いてないでとっとと進め!」
宵の口とはいえ、背の高い木々に囲まれた山中は暗い。
包囲する無数の山賊が焚く松明を先導に、王子リュカ、女騎士アイゼ、吟遊詩人ヘリワードの三人は、山賊の根城へと連行されていた。
リュカの小さな背中には、あろうことか山賊に没収されたアイゼの愛剣の切っ先が向けられている。
歩幅の狭いリュカは、大人たちに遅れをとらないように、そして急かしたてる山賊に背中を突かれないように、必死に足元の悪い獣道を踏歩していた。
その光景を、アイゼは瞋恚の炎を燻らせながらも、断腸の思いで自重する他ないのであった。
「賊の方々、我々はあなた方に短剣一本余すことなく武器を奪われて、御覧の通り丸腰なのですから、そう邪険にせず、慈悲を持って接していただきたい」
「うるせぇ! てめえらはもう商品なんだよ。生意気な口を聞くんじゃねぇ」
恐らくは俗世に対する日頃の憂さ晴らしも兼ねているのだろう。
咎めるヘリワードの膝にローキックが叩きこまれる。
ヘリワードは「おっと……」と膝から頽れるも、商売道具であろうリュートだけは傷つけないように両手で庇った。
弦楽器は武器にはならず、それでいて大きく荷物になるだけなので、没収の難を逃れていた。
とはいえ、芸術を解さない山賊を相手に、リュートの音色がどれだけ山賊から慈悲を引き出せるかは、甚だ疑問ではあるのだが……。
そんな風に、高圧的な山賊に連行された末にたどり着いたのは――森を切り開いて地面を均した広場であった。
各所には篝火が焚かれ、煌々と周囲を照らしており、最奥には立派なログハウスが建っている。
「(どうやらここは――賊共の拠点のようだ。これだけの人数と、これだけの規模の拠点を有するまで剽盗を野放しにしていたとは、役人どもは何をしているのだ……自分達の手に負えぬのなら、鎮撫騎士団を要請すればよいものを……)」
そこには、リュカ達を連行した山賊の数倍の山賊が控えており、仲間が連れてきた戦利品を見て、下卑た笑みを浮かべていた。
その最奥にいるのは――山賊の頭領であろう、身の丈二メートル半を超す巨躯の男が岩の上に座っている。
「ほお。美女二人に馬一頭、それも結構な美馬だ。お手柄じゃねぇか」
頭領が――酒焼けをした、しゃがれた声を放つ。
欲にまみれた下品な表情をしているが、その顔は巌のように厳めしく、歯は半分程抜け落ちていたが、残った歯は全て獣のように鋭く、地獄からやってきた悪魔のような風貌であると、リュカは戦慄を覚えた。
「おや。ここに優男も1人いるのですが?」
「自分のことを優男という奴に優男はいない」
「これは一本取られました」
「男はいらねぇが、まあ奴隷くらいにはなるだろう。そっちの青髪のガキは高く売れそうだが、そっちの金髪はいささか薹が立ちすぎているが、まあそれなりの値にはなるだろう」
「私はまだ24だ!」
「24は十分行き遅れだろう」
「い、言わせておけば……っ!!」
「逆に青髪のガキは、丁度食べごろ。まさに芳紀13歳といった所か。よし、売るのはやめだ。オレ様の四人目の嫁にしてやる」
「13歳は芳紀とは言えんだろう!!」
「どうやらあの山賊、幼女趣味を拗らせているご様子。リュカ嬢、覚悟を決めた方がよいかと」
「そ、そんなことになれば殿下の穴という穴が裂けて死んでしまうぞ!?」
「穴という穴が!?」
部下が連れてきた獲物を横取りし、その処遇を一存で決めているにも関わらず、周囲の山賊どもは一切の不満を漏らしていなかった。
どうやらあの巨男を頂点とした一枚岩を形成出来ているらしい。
俗世で爪弾きにされた荒くれ共をまとめ上げる、悪のカリスマを持った首領によって組織された郎党。
自治の届かない山中といえども、これだけの規模の賊を組織出来るのも納得と言える――想像以上に厄介な剽盗に目をつけられてしまったようだと、とアイゼは臍を噛んだ。
「森林官を騙って陛下の御料林を荒らすとは、鎮撫騎士団が黙っておらぬぞ」
「はっ! 天下の鎮撫騎士団と言えども、下からの陳情がなければ知る余地もないだろうよ。それによ、何か勘違いしていないか? オレ様達は正式に、そのお役人様から仕事を委託されているんだよ。上前を納めている間は、お咎めもないという訳よ」
「ちっ……とっくに買収されていたという訳か」
「業務委託というやつよ」
スぺサイドは島国といえども広大だ。
その全てを抜かりなく管理することは不可能に近い。
彼らは時には通りかかった商人から通行料を取り、攫っても大事にはならないと思えば大胆にも命を奪ったり人身売買をしたり、こうして得た盗品を故買屋を介して銭に変えて、一部を森林官の袖の下に納める。
汚職を働く役人が山賊と癒着した結果、彼らの悪事は王宮まで届くことなく握りつぶされ、野放しされた山賊は悪逆の限りを尽す――という次第であった。
「慈悲深きルナルシア月神が見守り、御大なる陛下の統治するこの国でこれだけの狼藉――元鎮撫騎士団副団長として到底辛抱ならん! 彼と我による決闘を所望する! スぺサイドを穢す濁悪の化身めが、この私が成敗してくれる!!」
「これは傑作だ! おいお前たち聞いたか? 決闘だとよ! 状況を理解できてないおめでたい騎士様だぜ!」
「「「「ぎゃはははははははははは!!!!」」」」
アイゼは勇猛に言い放ったが、返ってきたのは広場を埋め尽くすような嘲笑であった。
「なにが可笑しい!!」
「可笑しいに決まっているだろう。どうして数の有利を捨ててまで、あんたらに有利な条件を呑まねばならんのだ?」
頭領は岩のような胸筋を震わせながら、十分に笑い終えた後に、嘲り混じりにアイゼに返す。
「オレ様はな、今はコソコソとした山賊稼業に身を落としているが、その昔は傭兵団を率いていたんだ。そこで出会った貴族という奴は、どいつもこいつもいけ好かない奴らだった。真っ先に犠牲になるのは徴兵された百姓で、ろくな装備を持たされずに矢面に立たされ肉壁にされる。それでもって当のお貴族様は安全な後方で馬に乗って偉そうに怒鳴りちらすばかり。挙句命が危ういとなれば即座に投降し、身代金を払ってしまえば再び自由の身ときたものだ。その癖騎士道だなんだと高潔ぶっては、現場で命を張る傭兵を下賎の輩だと蔑む――――そんなお貴族様がオレ様は一番嫌いなんだよ!!」
盗賊の頭領が放ったその言葉は、又聞きした受け売りなどではなく――確かな重みが乗っていた。
軽薄な笑みは消え失せ、眥を決すると、アイゼにも負けず劣らずの憤懣を露わにする。
放たれた覇気は――リュカ一同のみならず、味方であるはずの山賊達までもが尻込みする迫力であった。
どうやらアイゼは、虎口において更に虎の尾を踏んでしまったらしい。
「よし決めた! 貴様を売り飛ばすのはやめにしよう。死ぬまで野郎共に輪姦させ、騎士のなんとやらを忘れる程の廃人にするまで虐げたあと、青髪のガキの目の前で殺してやる」
「じゃあ、わたしはここで帰ってもいいですかね?」
「ダメに決まってんだろ」
「……ウス」
憤懣たる状態であったが、それでもさりげなく助かろうとするヘリワードを制するだけの冷静さは持ち合わせていた。
「(せめて……せめて射手さえなんとかなれば、こんな奴らに後れをとることもないものの……)」
アイゼは空手となった拳を握り、本来であれば負けるはずのない相手にいいようにされていることに立腹する。
彼女の口惜しさを孕んだ独語は、山賊どもの嘲笑に掻き消されたが、楽士特有の耳聡さを備えたヘリワードだけは、彼女の悔恨を確かに聞き届けた。
「(アイゼ殿……射手さえなんとかなれば、この窮地を切り抜けされる……そう申すのですか?)」
周囲の山賊は、滅多にお目にかかれない美女を相手出来る喜びで、舌なめずりの馬鹿笑いに夢中で、アイゼとヘリワードの密談に気付いていない。
「(では、射手はわたしがなんとかしましょう。その代わり、あの頭領はあなたに任せますよ)」
「(ヘリワード殿? 何を申される? 丸腰の我々に果たして何ができるというのだ?)」
「(丸腰? 何を仰る。この通り、わたしの手にはまだ大切な商売道具が残っているではございませんか?)」
芸術を解さない山賊相手に、弦楽器一つで何になるというのだ?
まさかここで自慢の演奏と美声でバラッドを奏で、山賊どもを感動させて改心させようと言うのか?
気でも狂ったかと、アイゼは切り捨てた。
――が。
一方、吟遊詩人ヘリワードはどこまでの正気であった。
「では――ご覧に入れましょうぞ! 此度の曲技、お代は見てのお帰りで!」
するとヘリワード、リュートに仕込まれていた釦を押し込むや――楽器に仕込まれていた絡繰り仕掛けが作動した。
ガコンガコンと可変を始め、リュートの底の部分を軸に鈍角の角度になるまで展開し、左右に割れて引き離された弦巻と弦巻の間には、弦が一本張られていた。
奇しくもそれは――弦の張られた弓に酷似していた。
否――それはまさしく弓であった。
「ヘリワード殿……これはいったい!?」
「おっと。手妻の種を探るのはなしです――求めるはただ賞賛のみ」
次いでヘリワードは頭に乗せた、魔女でさえもう少し自重を覚える三角帽子をひっくり返すと、腕を突っ込み、中から雁の羽があしらわれた三本の矢を引っ張り出した。
四本の指で器用に三本の矢を弦にかけると――地面と水平に構えて力強く引き絞り、広場の外に生い茂る森へ向け――三本の矢を同時に放った!
三本の矢はそれぞれ別々の木の茂みに吸い込まれ、そして――
「「「ぐえっ!?」」」
――射貫かれた鳥が地面に落ちるように、潜んでいた三人の射手が地上へ墜下した。
すかさずヘリワード、再度三角帽子に擬態させていた弓筒から新たに三本の矢を番え、反対側の茂みへ向かって射放つ。
一度に三本の矢を射る恐るべき弓勢と、その全てを目標に中てる正確無比な技巧により、あっという間に潜んでいた六人全ての刺客を射殺してしまった。
「さあ! 今です!」
「承知した!」
思わず口を開けて見入ってしまったアイゼも、好機を見て取ると正気に戻り、背後にいる山賊に裏拳を繰り出して怯ませると、奪われていた得物を取り戻した。
そのまま一閃二閃、返す刀で三閃四閃――先ほどのヘリワードの弓術に劣らない剣術でもって、周囲の山賊を膾切りにしていく。
「どういうことだ!? あの吟遊詩人、武器を隠し持っていたのか!?」
「いや、楽器が弓になったんだ!」
「んなバカな話があるか――ぐえっ!?」
射手による背中の憂いがなくなったアイゼは、まだ動揺が収まっていない山賊を斬り伏せていく。
「おい止まれ女騎士! このガキがどうなってもいいのか!?」
「アグロっ!!」
「ヒヒーンッ!!」
ヘリワードの弓で射手が六人。
アイゼの剣で歩兵が一〇人の被害が出たところで、ようやく山賊側も戦闘態勢に入った。
真っ先に行ったのは、山賊の名に恥じない人質作戦であったが、先ほどまで大人しく手綱を引かれていたアグロが急に暴れ馬の如く駆けだすと、リュカの外套の襟首を掴んで鞍の上に乗せ、そのまま広場を縦横無尽に駆けだした。
リュカは突然のことでパニックになりながら、手綱ではなく鬣を必死に掴んで、アグロの背にしがみつく。
それでもアグロは嫌な顔一つせず、主人の主人を守るべく、近づいてくる山賊を闘牛の如く撥ね飛ばしていった。
こうして射手の排除とリュカの身の安全を確保した王子勢であったが、未だ数の理では山賊勢に分があった。
「へへっ! 近づいちまえばこっちのもん――ぐっへっ!?」
まず狙われたのは吟遊詩人改め射手のヘリワード。
山賊の一人に、仲間を盾して懐に入られてしまったが、彼の得物である弓の弦溝に当たる部分、すなわちリュートのペグにあたる部分は、鋲状に加工されており――振り回したペグが山賊のこめかみに突き刺さる。
苦悶をあげる山賊は、たたらを踏んで後ずさり、その喉元に深々と矢が突き刺さった。
「吟遊詩人は世を忍ぶ仮の姿と言う訳か」
「まさか。荒事は副業。本命はあくまで楽士ですよ」
アイゼとヘリワードは、共闘を通じてお互いに背中を預けるまでに信頼を結んでいた。
こうなるともう二人の間に隙はない。
女騎士は言わずもがな、吟遊詩人の方も近距離戦闘でも敵わないと判断した山賊は、最初に撃ち落とされた射手の死体から弓を回収し、遠距離から狙撃する手段を試みた。
二人は目の前に襲い来る敵を相手するのに手いっぱいで、戦場の端で奸計を企てている山賊の存在に気付いていない。
しかし――馬上から広場全体を俯瞰して見ているリュカだけが、その光景を確かに目にしていた。
リュカは青薔薇の宝珠を通じて、ヘリワードへ声を届ける。
『ヘリワード殿! あなたから見て一時の方向、弓を番えようとしている者がいる!』
「っ!? この声はリュカ嬢のもの? しかしどこから? いや、今はそれより!」
ヘリワードは脳裏に直接届く声に不信を抱くも、それがリュカの声を見て取ると疑念を振り払い、指示通りの方角へ向けて矢を放つ。
見事――鏃は吸い込まれるように、弓を手にした件の山賊の眉間を貫いた。
「今のは一体? いつもよりはるかに弓を射る手が軽かった。それでいて普段の感覚から一切の邪魔が入らない不思議な感覚……。戦場で感覚が研ぎ澄まされになるのとは違う、心地よい気持ちだ」
ヘリワードはリュカにかけられた青薔薇の宝珠の権能に、不思議な高揚感を覚えた。
弓の技巧がはるかに向上しながらも、それでいて培った直感を一切ズラすことなく、純粋に能力を底上げする感覚に興奮を覚えながら、先ほどよりも勇ましく山賊を蹴散らしていく。
そうして――一個小隊を超す頭数を揃えていた山賊が、頭領を除き殲滅されるまで、十数分とかからなかった。




