18 この二人いつも難にあってるな
ヨバ山脈の山越えを試みるリュカとアイゼは、ヘリワードと名乗る吟遊詩人と邂逅する。
彼の奏でるリュートの音に、リュカはすっかり心を許し、共に野宿することになるのであった。
「して吟遊詩人殿」
「ヘリワードとお呼びください」
「ではヘリワード殿、慮外を承知に、先ほどのようにもう一曲吟じてはくれぬだろうか?」
「お望みとあればいくらでも」
日が完全に暮れ、闇が周囲を支配する刻がやってきた。
リュカとアイゼは吟遊詩人と共に焚き火を囲んで腰を下ろし、夜の森の不気味さを紛らわせるように、吟遊詩人ヘリワード奏でる旋律に耳を傾けた。
それは愛の唄であったり、騎士の唄であったり様々ではあるが、そのどれもにリュカは虜になっている。
リュカは元々バラッドや詩を愛していたが、いかんせん読み聞かせてくれるアイゼには、歌の才能がなかった。
アイゼは尚武の家系に生まれたが故、7歳で騎士となるべく奉公に出された。
そのため武芸百般に精通はしていても、それ以外のことはからっきしであったのだ。
言葉を選ばなければ音痴であり――リュカは他に従者もいないため、渋々アイゼに読み聞かせて貰っていたのである。
勿論、そんなことを本人に直接言うリュカではなかったが……。
「殿下! この程度の唄、私が毎晩吟じて差し上げます故、もうこのくらいに」
「アイゼ、今ちょっとそういう冗談を聞いている場合ではないので、少し黙っていてくれ」
「冗談ですと!?!?」
アイゼはアイゼで、日頃リュカに唄をせがまれていたため、自分の唄には一定の技量があったのだと自惚れていた所があり――しかし本職を前にして冷たい言葉で突き放され、ショックを受ける。
「(こ、これだから吟遊詩人は好かんのだ……!)」
完全に嫉妬からくる逆恨みであったが、リュカが逃避の旅を忘れて楽しそうにしているのを見て、なんとか溜飲を下げたのであった。
***
「さて、駆け落ちの御令嬢も満足頂いたことですし、ここらで夕餉にいたしましょうか。丁度野兎を狩ってありますので、馳走させてください」
「何から何まで世話になるな、ヘリワード殿」
たっぷり五曲は奏でた所で、吟遊詩人ヘリワードは夕餉の提案をした。
そんなヘリワードは、リュカのことを完全に少女だと勘違いしていた。
しかし腰まで届く青髪と、その可憐な面を見せられて、更に高貴な令嬢の如くコロコロと人好きのする笑顔を向けられれば、人を惑わす吟遊詩人の観察眼を持ってしても、彼の性別を見定めるのは無理からぬことだろう。
むしろ素性を知られては厄介なので、彼が最初に思い浮かべた、身分の違いと同性愛に苦しみながら駆け落ちを選んだ騎士とその従者という設定を、否定も肯定もせずに曖昧に誤魔化しながら演じることを選んだ次第であった。
さて。
吟遊詩人ヘリワードの手元を観察すれば――既に血抜きが済んでいる野兎の死骸を、馴れた手際で捌き終えており、枝で作った串を通して焚き火にかけていた。
「ひ、久々の肉だ……!」
今は晩冬の季節。
冬眠から目覚めたばかりであろう痩せこけた野兎であったが、先の農村から分けて貰った黒パン生活を送っていた今のリュカからすれば、十分過ぎる程のご馳走である。
「あぁ~~――」
――ん、と。
リュカは小さな口を命一杯広げ、数日振りの新鮮な肉を頬張る――直前。
「貴様ら! ちょっと待ちな! なんということをしてくれたんだ!」
「にゃわっ!?」
藪を掻き分けながら、一人の男が闖入してくると、三人の夕餉を妨げた。
年季の入った革の鎧を纏っており、頭髪は全て剃り落としており、顔には大きな刀傷のある、なんとも剣呑な風貌の男である。
リュカはその大声にビクリと身体を震わせ、その拍子に串焼きを地面に落としてしまった。
一方アイゼは即座に警戒態勢に入り、剣柄に手を置く。
「失礼ながら、あなたは?」
吟遊詩人ヘリワードがリュートを持ちながら、まつ毛を伏せたまま問うた。
「オレは領主様よりこの御料林の管理を任された森林官だ。貴様ら知らんのか! この森の獣は一匹残らず全て領主様の所有物! それを無断で仕留めるとは言語道断! 貴様らを今ここで拘束して連行する。森林長官による厳しい沙汰が下るだろう!」
森林官――森林の治安を維持するための役人である。
森林官を名乗る男は、有無を言わさない態度で、3人に立つように命じた。
荒々しい態度とは裏腹に、随分と役人のような単語選びであった。
とはいえ、どこかぎこちないというべきか、予め用意した台詞を頑張って覚え、意味も分からず唱えているだけのような、イントネーションの怪しさを、アイゼは見逃さなかった。
「お役人。その前にあなたが本物の森林官であるか否かを確認したい。この森を治める領主様の名は存じ上げておるか?」
「んなもん当然よ。ストロゼル様よ」
「たわけが。例え国王陛下より下賜された領土であろうとも、森林に関しては陛下の管轄となる。すなわち陛下の名が出ない時点で偽物。付け焼き刃のお粗末極まりない知識で、山賊風情が役人を騙るとは――万死に値するのは貴様の方だ!」
鬼の首を取ったように偽役人の嘘を暴くと立ち上がり、串焼きを食べ損ねたリュカを手繰り寄せて背中に庇いつつ、今度は実際の首を取らんと抜剣。
焚き火の光が反射し、銀色に輝く切っ先を、森林官改め剽盗へ向けた。
「ちっ! 小癪な真似をしやがる」
開き直った山賊は、負けじと腰に差した剣を抜く。
「その言葉、そっくりそのままお返ししますよ」
そしてヘリワードもまたアイゼに倣って立ち上がると、軽蔑の流し目を送るのだった。
「へっ、だがよ、オレ達は本物の森林官が不甲斐ないからこそ、こうやって代わりに森の治安を守ってやっているんだぜ? 業務委託ってやつよ」
「どうやらまだ自分の立場が分かっていないようだな」
「それはあんたの方だぜ、騎士様?」
――ビュンッ!
「なっ!?」
夜風を切り裂く音と共に、先ほどリュカが落っことしてしまった串焼きに、一本の矢が突き刺さった。
それを合図に、周囲の藪から大量の山賊が姿を見せた。
「(他にも仲間がいたのか……しかも、厄介なことに射手までいるとは……こんなことなら、例え遠回りでも山脈を迂回すべきだった)」
官道の前後と、その左右に広がる藪から姿を見せた山賊に包囲される三人。
その剣呑な空気にあてられ、アグロもまた興奮を露わにする。
しかし平地と違い山中の森林では、騎馬は取り回しが悪く分が悪い。
それに山賊は山の賊であるからして、山中での戦闘に限っては、騎士をも上回る技量を持っている。
おまけに樹上には、枝を足場にして射手まで潜んでいるときた。
しかも始末の悪いことではあるが、地面に落ちた串焼きに命中させるという、結構な手練れである。
リュカとヘリワードを守りながらこの包囲を突破できるかは、博打であった。
「分かった。投降する。だから我が主へ危害を加えないでくれ」
アイゼは苦虫を嚙み潰したような顔で、渋々と剣を捨てた。
逡巡の末、ここは素直に山賊に従って、逃げ出す機会を探るのが吉と判断したのであった。




