16 夜間の無双
【前回のあらすじ】
無事高熱の峠も超えたリュカは、アイゼと共に今後の立ち回りを検討する。
結論が出ない中、シュタンシュテット伯の追手が村にやってくるのであった。
「我々はシュタンシュテット伯爵からの辞令を受け、国家反逆の咎のある罪人を捜索している。青髪の孺子と金髪の女騎士だ。この辺りに潜伏しているのは間違いない。もし匿っている者がいれば名乗り出よ!!」
静謐に包まれていた農村に、剣呑な怒声が響き渡る。
村にやってきたのは、無数の騎馬兵。
掲げている紋章は、シュタンシュテット家のものと一致していた。
不躾に戸口が叩かれ、これから床に就こうとしている農奴を乱暴に引っ張り出しては、高圧的な口調でリュカ達の居場所を吐かせようとしていた。
松明の明かりが村中を照らし、点と点を結び大蛇のように連綿と広がっている様を見るに、兵数は10を優に超えるだろうと、アイゼは予測を立てた。
「我らが国家反逆の咎だと? 王太子殿下に刃を向けて王都を略奪した王弟ヨハンめに与する貴様らの方が、よほど反逆者だろうが……っ!」
納屋の戸板を持ち上げ、隙間から村の様相を覗き見ているアイゼが、怒気を漏らすように呟いた。
「な、なぜわたし達の居場所がシュタンシュテット伯に……!?」
「昨夜街道を走っている時に追手の気配はありませんでした。恐らくは手当たり次第に近隣の町村に押し入っては鎌をかけているのでしょう。自領のこととはいえ、随分な無茶をするものです」
心当たりのない事で詰め寄られる近隣の農奴を気の毒に思いながら、アイゼは続ける。
「奴らの目は、まだこの納屋までは届いておりません。幸いここにはアグロもおります。今の内に反対側の村口から脱出しましょう」
「そ、それではこの村の人達はどうなる……っ!?」
アグロに馬具を取り付けているアイゼの背に向かって、リュカは問いかけた。
「この村に我々がいないと分かれば、奴らも諦めて村から出ていくでしょう」
アイゼは義に厚い人物ではあるが、彼女の最優先事項はリュカの護衛である。
目の前で力なき農奴が虐げられている光景を見て、心を痛めてはいるが、心を鬼にしてリュカの提案を突っぱねた。
自分達がこっそり村から出ていけば、奴らもここに標的はいないと諦めて帰り、結果的に村人達を守ることに繋がると言い訳をして。
そんな時だった――野蛮な兵たちの怒鳴り声に混じって、甲高い少女の声が響いた。
「や、やめてください……離してくださいっ!」
「へへへ。寂れたスペイド人の村にしちゃあ、別嬪な娘じゃねェか。コイツは借りていくぜ」
「き、騎士様、何卒、何卒お許しください。この子はまだ15、まだ操の破られていない未婚の娘なのです!」
「スペイドの農奴如きが、指図をするな! 薄汚いスペイド人に、我ら誇り高いハアト人の血を恵んでやろうと言うのだ。なあに、半年もすりゃあ返してやるさ。まあ、つびが多少くたびれても文句は言うなよ。ハアトの子を授かれと思えば、安いものであろう!」
あまりにも下劣極まるやり取りに、思わずアイゼも、馬具を取り付ける手が止まり、手綱を握りこんでしまう。
リュカもまたその手の知識には疎いものの、兵士の戯れで村人が酷い目に遭おうとしていることは理解できた。
「アイゼ……」
心優しき村人の計らいがなければ、リュカは高熱にうなされたまま、苦痛の中で絶命していたかもしれない。
にも関わらず、自分達が招いてしまった災いを民に押し付ける忘恩の程でいられるはずがない。
リュカの青色の瞳は、強い熱意を孕んで輝き、アイゼに騎士の務めを果たせと訴える。
「頼む」
主人を守る使命を最優先にするあまり、火中の栗から目を反らしていたことに、彼女は深く恥じ入るのであった。
「わたくしめが間違っておりました。たかだが数十が寡兵――我が刃の錆にしてやりましょうぞ」
とは言ったものの、先方は数十の騎兵。
一方こちらにはたったの一騎。
どう見ても寡兵なのはアイゼ側である。
何か打つ手はないものかとアイゼは納屋を見渡し――
「これは……!」
――狩猟に使うのであろう弓と、屋根を修繕するのに使うのであろう梯子を見つけて、アイゼは活路を見出したのであった。
***
「隊長、村の西側を全て検めましたが、王子らしき者はおりません」
「この村もハズレかぁ? だが問題ない、夜勤手当分の戦利品は手に入った。残る全ての家も余すことなく捜索するのだ。多少の略奪もシュタンシュテット様もお許しいただけるであろう、貴様らも好きにやれ」
そう言って隊長格の兵士は、馬上に乗せた村娘の肌着に腕を突っ込むと、柔らかな双丘を乱雑に揉みしだいた。
娘は恐怖と恥辱で顔を歪めながら、「お許しください……」と請い続けているが、彼がそれを聞き入れる素振りはない。
「抵抗するのであれば、貴様の両親の目の前で操を散してしまってもよいのだぞ? それが嫌なら大人しくしていろ。ここよりよほど上等なベッドで相手をして欲しくば――」
――びゅん。
「――な゛っ!?」
下品に大きく口を開ける兵士の喉に、一本の矢が飛来した。
「隊長!?」
喉を一突きにされ、兵士は落馬。
そのまま絶命する。
「貴様らぁ! 農奴の分際で、自分達の領主の兵を害するか! どうなっても知ら――ぐえっ!?」
闇夜の奥から二の矢が放たれ、別の兵隊に命中。
「どこだ!? どこから放たれた!? ぐぅ!?」
シュタンシュテットの兵を次々と射貫いていく刺客の正体は――勿論アイゼである。
彼女が最も得意とする得物は剣であるが、騎士の嗜みとして弓術も心得ている。
それでもなお、馬上の上から闇夜に紛れてこれだけの精度を誇っているのは、リュカの持つ青薔薇の宝珠による恩恵の賜物であろう。
自分でも驚く程の命中率で矢を使い切ったアイゼは、狩猟弓を投げ捨てて剣を抜くと、そのまま残りの兵隊の前に躍り出る。
まずは挨拶代わりの一撃が、雑兵の脇腹の抉り裂く。
「なっ!? 金髪の女騎士!?」
「出合え出合え! 標的がいたぞ! 隊長の仇を取るのだ!」
兵隊は各々武器を構えると、躍り出てきたアイゼを包囲し、攻撃を繰り出す。
しかし月毛の駿馬に騎乗した女騎士は、その全ての攻撃をいなし、次々と騎馬を膾切りにしていった。
アイゼの剣技を前に二合と持たずに刀の錆となり、背後から奇襲を試みようとしてもアグロの後ろ足で蹴り飛ばされ、落馬した者は竿立たせた前足で踏み潰される。
まさに人馬一体となったアイゼの独壇場となっていた。
「バカな!? こちらは40騎の一個小隊だぞ!? たった一騎の騎士に――ぐえっ!?」
農村の各地に散っては、リュカを捜索していた兵隊も異変に気付いてアイゼを取り囲むが、一騎当千を地でいくアイゼの必殺剣の前に、かすり傷一つつけること叶わず果てていく。
これまでの道中、常にアイゼはリュカを庇いながら戦っていたし、慢性的な睡眠不足でもあった。
だが現在リュカは馬上におらず、十分な睡眠を取り、かつての肌艶を取り戻した元鎮撫騎士団副団長を、束になった所で雑兵が止められるはずもなく――青薔薇の宝珠による能力の底上げも手伝い、シュタンシュテットの手勢は次々とその数を減らしていった。
「これで最後!」
――斬!
***
ぽーんと、心地よく飛んだ生首が宙を舞う。
農村は死屍累々の有様となりながら、唯一立っているアイゼには、かすり傷一つついていなかった。
「す、凄い……」
そう呟いたのは、納屋の屋根の上に避難していたリュカだった。
虐げられている村人を守りたいというリュカの嘆願に、アイゼは一つだけ条件を出した。
梯子を使って安全な屋根の上で身を潜めるという条件を飲んだリュカは、こうして安全圏から、アイゼの無双の様を見て、惚れ惚れとした息を漏らした。
「っ!? あ、あれは……!?」
しかし、開けた場所で村全体を視界に収めていたからこそ、リュカは誰よりも早く、視界の端にキラリと光るものを発見した。
それは松明の光で反射した鏃であり――落馬したが辛うじて生き残った敵兵が、一矢報いるべくアイゼに向かって矢を構えているのであった。
アイゼはそのことに気付いていない。
むしろ、敵を殲滅したと思い込み、残心を解こうとしている最中であった。
「アイゼ! 後ろだ!」
リュカは大声でアイゼに警告の激を飛ばす。
しかし安全圏にいるリュカの肉声は、距離が離れすぎていてアイゼの耳には届かない。
そう――肉声なら。
しかし――
『アイゼ! 後ろだ!』
「むっ!」
――昨晩シュタンシュテットの手勢にリュカが捕えれてしまった時、リュカは青薔薇の宝珠を通じてアイゼに思念を送り、その声を聞き届けたアイゼは、森の中に息を潜めていた敵兵を見つけるに至った。
宝珠の持つもう一つの権能により――鼓膜ではなく脳裏に直接声が届いたことで、アイゼはリュカの警告を聞き届けたのである。
背後から迫る風を裂く音を正確に聞き取り、彼女は闇夜から放たれた矢を撃ち落とす。
そして即座に射手のいる方角へアグロを走らせると、蹄鉄のはめ込まれた前足で踏みつぶした。
かくして――アイゼはたった1騎で40騎の騎兵を殲滅すると、悠々とした足取りでリュカの待つ納屋へと凱旋を果たすのであった。
***
「旅の騎士様、本当にありがとうございました。なんとお礼を申し上げてよいのか」
「頭をあげてくれお百姓。元はと言えば我らが持ち込んだ厄介事、頭を下げるのはこちらの方だ」
立場の違いを利用して狼藉を働く兵隊を返り討ちにしたリュカ達を囲むように、村人が感謝の言葉を投げかけていた。
その中には慰み者にされかけた若い村娘と、その父親の姿もある。
「それでも礼をと言うのであれば、我が主に――主の命がなければ、私はあなた方を見捨てていた」
「いや、そんなことはありえないことは、わたしが1番理解している。それに、アイゼがいなければ奴らを倒すことは叶わなかったであろう。アイゼは騎士としての勤めを立派に果たしたのだ。どうか自分を責めないでくれ。そして己の正しい行いを誇ってくれ」
そんなこんなで、リュカとアイゼは共に相手を立てながら、此度の悶着に幕を下ろすのであった。
「しかし本当にあなた方には迷惑をかけた。此度の被害を補償する余裕もなく、このまま村を去ることを許して欲しい」
「なに、この兵士達の財布なり鎧なりを拝借するので問題ございません。埋葬代として受け取ってもバチは当たらぬでしょう、ははは」
「それに、日頃から威張り散らしているハアト人を懲らしめてくれてスカッとしましたよ!」
そう言って、村人達は総出て死体から装備を剥ぎ取り、埋葬していく。
その様を見て、農民もただ虐げられているだけではなく、逞しい一面も持ち合わせているのだな――とリュカは関心するのであった。
***
かくして――兵士を埋葬して無事に証拠の隠滅を果たした。
後日別の兵が村を訪ねて彼らの所在を問いてこようとも、知らぬ存ぜぬで貫き通す予定であり、少なくとも今夜の一件で村人が処罰を受けることはないだろう。
その後村ではささやかながら宴が開かれ、リュカ達はもう1泊納屋を借り――翌朝、村を出発したのであった。
二人を乗せたアグロは、その重さをもろともせずエルキ大河沿いの街道を進んでいく。
時期シュタンシュテット領を超える。
シュタンシュテットは自領における自治権と強い特権を持っていようとも、領境を超えてしまえば易々と手を出すことは叶わない。
少なくとも、他領の農村に対して昨夜のような乱暴なガサ入れを行おうものなら、そこの領主が黙っていないだろう。
「それでアイゼ、どこか行く当てはあるのだろうか?」
リュカは爽やかな朝風を顔に受けながら、背後にいるアイゼに問いかける。
「はい。昨晩言いそびれたのですが、一つだけ当てがございました」
「して――その当てとは?」
「はい。その名はジャスパー……稀代の賢人にして変人。今はスぺサイド中央に聳えるヨバ山脈の東峰中腹にて隠棲しているとのこと」
リュカはそのジャスパーなる人物について一切の知識を持っていなかったが、他に行く当てもない。
他でもないアイゼが信用に値する人物と評しているのだから、リュカはその案を受け入れた。
「それで、そのジャスパーなる人物は、アイゼとはどのような関係なのだ?」
リュカにとってアイゼは、元鎮撫騎士団の副団長という知識しか持ち合わせていない。
単純な好奇心からリュカはジャスパー何某について問うたのだが……。
「なに……ちょっと縁があって知り合っただけの、つまらない関係です」
「そ、そうか……」
と、はぐらかされてしまった。
それでいて、常にリュカに忠誠を誓っているアイゼが、珍しく触れて欲しくなさそうなオーラを出しているので、リュカもこれ以上深く問いただすことは憚られてしまったのであった。
どうせ当てもない。
ここは一か八かに賭けるしかないと、アイゼの提案を受け入れ、ヨバ山脈目指して南下を始めたのであった。




