15 一難去ってまた一難
「リュカ殿下、世話になっている百姓より、夕餉を分けて貰ってきました」
リュカの熱が引いてから数刻が経過した。
納屋の窓にかけられた板戸からは黄昏色の夕陽が差し込み、畑仕事に出ていた村人達の話し声が、納屋の外から聞こえてきていた。
無事に平癒したリュカの様態を見て安堵したアイゼは、共に危機を乗り越えた喜びを噛みしめ、一日ぶりの食事にありつくのであった。
しかし――
「がっ!? な、なんという堅いパンだ……つい最近ようやく生えそろった永久歯が欠けて、また歯抜けになるかと思ったぞ……!?」
――王宮生活で無自覚に奢ったリュカの舌は、初めて口にする庶民の食べ物を前にして、顔をしかめずにはいられなかった。
「それは黒パンにございます。殿下が日頃召し上がっておられる白パンとは違い、混ぜ物がされており、とにかく堅いのが特徴です。ただ保存だけは利くので、庶民は週に一度黒パンを焼き、それを一食ずつ切り分けて食べているのです」
リュカ達の前に置かれている夕飯は――五日目の黒パンに、塩で味を調えたカブと野草のスープあった。
アイゼは黒パンをちぎり、スープに浸して柔らかくしてから口に含んだ。
リュカも見様見真似でスープに浸すが。
それでもやはり、顎が発達していないリュカには飲みこむのに苦労する硬さであったのだが……。
「スープも味がないぞ……?」
「ちゃんと塩が利いておりますし、具も二つ入っております。恐らく我々の為に奮発してくれたのでしょう」
「二つでか!?」
アイゼは騎士団時代には野営は勿論、食料の現地調達の経験もあった(王国では森林は全て国王の直轄地とされ、その土地を統治している領主でさえ、むやみに伐採や狩りをしてはならない法があるが、鎮撫騎士団は兵站補給のためであれば例外に含まれていた)。
故に農奴の貧しい食生活にも馴れていたが、リュカにはいささか刺激が強すぎた――否、刺激が足りなすぎるのであった。
とはいえ――丸一日何も食べておらず、空腹が足りないスパイスを補ってくれて、かつ大量に汗をかいていたので塩が身に染みるのが幸いであった。
***
藁敷きの上に、空になった木椀が並ぶ。
食後の祈りを捧げた頃、既に日は沈み村全体は静まり返っていた。
日の入りと共に床に就く農奴の夜は、支配階層側に生きるリュカからすれば、驚くほどに早い。
付け加えてリュカは、日中にしこたま眠ったのが原因で、とても眠れそうではなかった。
それ故、腹を満たして一息ついた頃合いに、心底不思議そうにアイゼに疑問を投げかける。
「なぜ我ら王宮の貴族たちが、あれだけ満たされた生活を送っているにも関わらず、下々の民はこのように困窮しておるのだ?」
「逆でございます。彼らが食うに困る程、この国の特権階級者が税を絞り上げているからこそ、あなた方貴族が贅を尽くせているのでございます」
「そういう……ことなのか……」
リュカが頭をもたげさせたその疑問も、下々の民が聞けば、一種の怒りを買いかねない発言であっただろう。
パンがなければケーキを食べればよいではないか――と言っているようなものなのだから。
だがそれは、彼の無知がもたらした仕方のない疑問であり、決して悪意から出た言葉ではないのだ。
最も――無知であることは時に罪であることと同意であることも、確かであるのだが……。
「して殿下。話は変わりますが、今後の方針について話し合いと存じます」
「今後……そうだな。ここは我々にとって一時の宿に過ぎないのだからな」
「左様でございます。王弟ヨハンが王都を掌握した報が、スぺサイド全域に行き渡るのは時間の問題でございましょう。建国以前より国王に忠誠を誓い、直轄領の隣領を封ぜられる程に信を置かれていた、譜代の臣下シュタンシュテットまでもが返り忠した現在、殿下に与して貰える諸侯を選別するのは至難の業といえましょう」
羹に懲りて膾を吹くが如く――今度の立ち回りには慎重にならざるを得ないというのが、リュカとアイゼにとって共通認識となった。
「なにかあてはあるのか? そうだ! アイゼも騎士として叙勲を受けたのであれば、領土は持っているのであろう? そこであれば、体勢を整えられるのではないだろうか?」
「確かに私は叙勲の栄を賜りましたが、冊封されたのは小さな荘園二つのみ。自分の食い扶持を維持する程度の石高しかなく、砦もなければ訓練された兵もおりません。農奴を数十人用立てるのが関の山でございましょう。お恥ずかしい限りでございますが、そもそも自分の荘園に足を運んだことすらないのです」
「そ、そうなのか……では、アイゼの実家はどうだ?」
「そちらも期待はできぬかと。私の実家は王国北方の子爵――すなわち下級貴族であり、挙句に主人筋の伯爵は数年前より王弟派の兆候アリとの噂にございます。主人筋の方針に異を唱える程の力は持ち合わせていないのです。己の無力さに慙愧の念に堪えない所存にございます」
アイゼは自分の無能さを恥じるように歯を食いしばった。
彼女は確かに一騎当千の猛将であることに違いはない。
されど個人の武力で出来ることには限界がある。
国の情勢をひっくり返すとなれば、軍隊を組織するのは必須事項であった。
「いや、良いのだ。責めている訳ではないのだ。アイゼはよくやってくれている。アイゼがいなければ、わたしは命が百個あっても足りない事だったろうから。しかしそうなると――よもや八方塞がりか……」
「それなのですが、一つだけ当てがございます――」
――その時。
――ドドドドドッ!
彼女の二の次は、納屋の外から聞こえてきた、静寂を破る不協和音で中断されることになる。
まず最初に聞こえてきたのは、複数の馬が奏でる爪音。
その次に鎧が擦れる金属音。
最後に聞こえてくるは――剣呑な怒声。
「我々はシュタンシュテット伯爵からの辞令を受け、国家反逆の咎のある罪人を捜索している。青髪の孺子と金髪の女騎士だ。この辺りに潜伏しているのは間違いない。もし匿っている者がいれば名乗り出よ!!」
「「ッッ!?」」
リュカとアイゼは顔を合わせ、同時に息を呑む。
命からがら逃げ出してきたシュタンシュテットの追手が、すぐそこにまで迫っていたのであった。
戦記モノを書くのに、参考にした戦記小説の影響をモロに受けているシーンがいくつかありますが、生温かい目で見守ってくださると幸いです。
先に白状すると、まず戦記ラノベの第一人者である田中芳樹先生からはかなりの影響を受けています(笑)
【補足】
作中で登場した荘園というのは、ちっせぇ領地みたいな解釈で問題ないです。
主人筋が持ってる領地にある村の権利を、叙勲の際にいくつか与えられる――みたいな封建制度を取っています。
今回のおまけAIイラストは、AIくんに第一話をコミカライズして貰いました。
原稿ファイルとキャラデザ画像を提出しただけで作ってくれました……しゅごい。
コマの読む順番が左右逆になってますが、ご容赦ください(AIくんのせいです
画質が悪い場合、画像をタップ→リンク先で画像最大化をタップすれば、高画質で見れます。




