第71話『昨日と違う友達』
【登場人物】
誠:主人公。友達思いの優しい高校生。現在の姿は小学生。家族が大好きで早く元の世界に戻りたいと思っている。冬美のことが好き。悪魔が嫌いなので悪魔に対して少しだけ口が悪くなる。
冬美:元気で明るい美少女。現在の姿は小学生。家庭環境が複雑で、この空間に残ることを望んでいる。
孝志:誠の親友。現在の姿は小学生。兄貴肌で面倒見がよくて優しい性格。父子家庭で幼少期は父親から暴力を振るわれていた。誠をいつも支えてくれる存在。誠の握るおにぎりが好き。
五十嵐:誠の親友。友達のことを大切する優しい高校生。医者の家系で裕福な家育ち。放課後の悪魔と契約して皆を閉じ込めた張本人。そこにはある理由が…。悪魔が疲弊するくらいガチガチの追加契約を作った。
【登場する悪魔たち】
放課後の悪魔:この空間を創った存在。関西弁で話すが、ときどき標準語に戻るのが逆に怖い。常にテンションは軽く、距離も近い。見た目は人間のようだが、明らかに異質。誠たちを翻弄する存在。
宇佐美:誠専属の『コーディネーター』。時間や場所を問わず服を用意できる能力を持ち、寸分の狂いもなく時間を把握できるため、【時計】の役割も果たしている。
名前は『宇佐美』。白くふわふわした毛並みを持つウサギの姿をしている。
可愛いけどやたらと声がデカいくて煩い。
シェフ:この空間の専属『料理人』。無口で寡黙、人間があまり好きではなく、長話も嫌い。料理に対するこだわりは現実のプロと遜色なく、「料理に関しては嘘はつかない」という姿勢は本物。つい最近新しい契約者を得た。…誠たちの味方?
清掃の悪魔:常にテンションが高くノリの軽い青年。この空間の『清掃員』
軽い口調からいきなり雰囲気がガラッと変わるため油断できない。
誠が苦手意識を持っている悪魔。シェフとは古い友達らしい。
メイド:丁寧な口調で微笑む、美しいメイド姿の悪魔。
冬美専属の「レディースメイド」として身の回りの世話を担う一方でその本性は冷酷かつ策略家。「性格は悪いです」と本人も公言している。つい最近新しい契約者を得た。
整備士
部屋の整備や修理を担当する悪魔。
無骨だが気さくで、誰とでもすぐに打ち解ける“面倒見のいいおじさん”のような存在。
「嘘を見破る能力」を持つ特例の悪魔
普段は豪快に笑う気のいい兄貴分だが常軌を逸した執着と狂気がのぞく、油断できない悪魔である。
最近新しい契約者を得た。
鍵の悪魔(竜胆)
放課後の悪魔の使い魔。
昼夜性別が逆転する特殊な悪魔で両方の性を謳歌するくらいポジティブ思考。
その日の気分で体の入れ墨、名前を変える。
今は、体に竜胆の入れ墨を掘っているので
名前も『竜胆』にしている。
ご主人様である放課後の悪魔が大好き。
能力の使い方は多岐に渡る。作中で登場するのは、そのほんの一部。
他にも使い方がある。油断できない悪魔。
最近、新しい契約者『ご主人様2号』を得た。
「孝志、誠。飯の時間だぞ」
二人分の食事が入ったトレーを持って牢屋の中にシェフが入ってくる。
僕と孝志はベッドから離れると、シェフからトレーを受け取った。
今日のメニューは、ポトフのようだ。
「2時間後に取りに来る」
「シェフ……」
「そんな顔をしても、俺の一存では何も決められないぞ」
シェフは少し迷いながらも、僕たちの肩をそれぞれ一回叩いて、再び牢屋の外に出た。
ガチャン、と再び重たい鉄格子に鍵がかけられる。
竜胆により意識を封じられた僕たちが、次に目が覚めた時にはもう牢屋の中だった。
牢屋と言っても中は凄く広い。
食事をするためのダイニングテーブル、ベッドもトイレも完備されて、ゲームをするためだけの液晶テレビもあった。
「なんつーか、あれだな……快適すぎる牢屋だな」
トイレから戻って来た孝志が牢屋の中を見渡しながら、口元をひきつらせて皮肉めいたことを言った。
「そうだね、本当の囚人が入ったら喜びそうな牢屋だね」
意識が戻ったばかりで、頭が上手く働かない。
ただ一つだけわかるのは、僕はあの時、確実に選択を間違えた。
「ごめん、孝志……もっとちゃんと考えてから発言するべきだった」
「いや、誠は悪くねぇよ。あんな映像見た後じゃあ、冷静になれって方が無理だっての」
孝志がベッドに座るのを見て、僕も隣のベッドに座った。
まずは、誰を責めるかより、落ち着くことが先だ。
「……五十嵐くんは、どうして僕たちを牢屋に閉じ込めたと思う?」
二人しかいない静かな空間に、僕の声だけがポツリと響いた。
「えっ、どうしてって」
「僕は、そこが一番ひっかかってるんだ。冬美の記憶を見せたくないにしても、牢屋に閉じ込めるなんて選択肢普通なら出てこないよ」
「確かに……五十嵐はなんで俺たちを牢屋に閉じ込めたんだ?」
結局考えても、疑問はそこに集結してしまう。
「なんだよ。お前ら意外と冷静だなぁ」
聞き覚えのある声に二人同時に振り向くと
「!?し、シンさん!」
「よっ。どうよ、俺が作った牢屋の住み心地」
鉄格子の向こうには、椅子に浅く腰掛け背凭れの上で腕を組むシンさんがいた。
「シンさん、どうしてここに?」
「ん?暇つぶし」
「あ、そうですか」
(そうだ忘れてた。この人、こういう状況を一番楽しむ悪魔だった……!)
「いや、暇なら帰れよ」
孝志が呆れた目でシンさんを見ると、シンさんは「お前らも俺と同じ暇人だろ?」と言って軽く笑った。
「暇な時間と空間を与えられてよかったじゃねぇか。お前らはこの時間を使って、たっぷり情報の整理が出来る」
「!……情報の、整理」
確かに、言われてみればそうだ。
五十嵐くんが僕たちを牢屋に閉じ込めた理由はわからない。
でも、あの映像を見た僕たちからしてみれば、彼とどう接するべきか迷っている今のこの空間は都合が良かった。
「考えよう」
「誠?」
「僕は、五十嵐くんの過去を見て、わかったことと、まだわからないことがあるんだ」
「わかったことって……お前、あの映像からなんかヒント見つけられたのか!?」
孝志が興奮したような、期待の眼差しを僕へと向ける。
この先の言葉を孝志に伝えていいのか、迷っていた。
僕は、一つ呼吸を整えると俯いていた顔を上げて孝志を見据える。
「これは、まだ、僕の憶測でしかないけど……」
――強い悪魔は、五十嵐くんだ。
「えっ……五十嵐って」
僕の言葉に孝志の目がゆっくりと開かれる。
「孝志は、孤児院での彼を見てどう思った?」
「ど、どうって言われても」
「僕は、人間らしくないなって思ったんだ」
孤児院の五十嵐くんからは人間らしさを感じなかった。
人というより、ロボットと言われた方がしっくりくる。
「俺は、あんな環境だったら、子供の五十嵐が狂ったって仕方ねぇと思う」
孝志は、地面に目を向けたまま言葉を続けた。
「あれだけで五十嵐を悪魔だって決めつけるのは、五十嵐が可哀想だ」
「孝志……」
孝志の言いたいこともわかる。
だからこそ、僕は迷っていたんだ。
「孤児院だけじゃないんだ。孝志は、一度戻って来た時に小さな五十嵐くんが僕たちに言った言葉覚えてる?」
「言葉?」
「僕は、覚えてるよ……あの時、小さな五十嵐くんはこう言ったんだ」
今度こそ――感情を持った『人間』になったんだよ……。
「僕は、その言葉を聞いた時から違和感を覚えていたんだ」
「違和感?」
孝志が伏せていた顔を僕へと向ける。
顔を上げた孝志とは逆に、僕の目線は太ももの上で組んだ手に向けられていた。
「逆だと思ったんだ。僕たちと会ったことで五十嵐くんが人としての『感情』を持ったなら、わかる。でも、小さい五十嵐くんは『人間になった』って言ったんだ」
「確かに、でも、少し言葉選び間違っただけなんじゃねぇの?」
「五十嵐くんが普通の人なら、僕もそう思ってた。でも、彼は、頭がいい。頭のいい彼が、そんな間違いをするなんて思えないんだよ」
「……それは」
「小さな五十嵐くんは、五十嵐くんなんだよ。その人格に、もう一つ、例えば『悪魔』の人格が残っているとしたら?」
「悪魔の人格って、お前、飛躍し過ぎじゃね?」
孝志が少し呆れたようにため息を吐いた。
その声は少し震えていて、孝志の中に緊張が残っていることがわかる。
「人間には、善性と悪性があるってよく言われているけど、五十嵐くんの場合、それは『人間』と『悪魔』だって考えれば、納得できる部分があるんだ」
「納得できる部分?」
孝志が少しだけ首をかしげた。
「孝志は、覚えてる?」
「何を?」
「孤児院の時の五十嵐くん」
「え、悪い。最初の方だからちょっと、覚えてねぇかも」
「隣で人が死んでも、自分が殺されそうになっても微動だにしてなかったんだよ。僕は、あの頃の五十嵐くんは『悪魔性』が強かったんじゃないかなって思うんだ」
そして、初めて両親という、外の世界の人間と触れたことで、彼の元々あった『人間』としての人格が芽生えた。
「僕たちと友達になって、悪魔の人格よりも、彼の愛されたいという本来の人格が出てきたとしたら?」
「人格って」
「それに、僕は放課後の悪魔の反応も、少し気になった」
「放課後の悪魔?」
「うん。放課後の悪魔は、五十嵐くんと初めて会ったときに「めっちゃ最高やん!」って言ってたんだ」
「確かに、そんなこと言ってたな……?つか、お前記憶力良すぎじゃね?俺、映像は覚えてるけど、言葉なんて全然覚えてねぇんだけど」
「えっ、あぁ、……まぁ、これは僕の特技みたいなものだよ。覚えてると、色々対応できるんだ」
正直言って、この特技はいじめられたことで身に着けた特技だから、自慢できるものじゃない。
「修学旅行先で、違う学校の生徒と落語見るってなったときに、お前が列の中から小6の頃にいた藤崎見つけた時はびっくりしたわ」
「人ってそこまで顔変わらないんだよ。僕は、小学から高校で一緒のクラスになった生徒の顔は全員覚えてるよ」
「へぇ……って、は?いや、全員って」
「ははっ、全員は嘘だよ。数人は覚えてる」
それこそ、嘘だ。
僕は、本当に全員の顔を、とくにいじめっ子たちの顔は全員名前も顔も覚えている。
(道端やコンビニで会ったときに、すぐに逃げられるように――)
「ごめん。話が逸れたね、戻そうか」
「いや、俺こそ悪い」
お互い向かい合うように軽く頭を下げると、僕はゆっくり口を開いた。
「もし、五十嵐くんが普通の人なら、アイツはもっと違う反応してたと思うんだ」
「違う反応って?」
「そうだな、例えば、僕が鏡の前にいるとしたら、もっと芝居がかった口調で学校の七不思議の放課後の悪魔やでって、自己紹介的なものからはじめると思う」
「あぁ、確かに。ちょっと想像つくかも。アイツって、悪魔の中だと几帳面だし、真面目だもんな」
僕たちがシェアハウスに来てからもう三か月以上は経過している。
毎日顔を合わせていれば、悪魔だろうと癖や性格というものが少しだけわかってくるものだ。
「でも、アイツは五十嵐くんを見て、最高って言ったんだ。初対面で、最高って言葉出てくるのはおかしいって思わない?」
「確かに、普通なら最初に出てこない言葉だよな」
「これはまだ憶測でしかないけど、この時のアイツは」
――演技ができないほど驚いてたんじゃないかな?
「驚いてた?アイツが?」
「シェフが言ってただろ?長く生きているから、悪魔は人に合わせて演技が出来るって」
「あぁ、悪魔の特徴みたいなもんだよな」
「開口一番、最高って、どう考えても演技できてないじゃん」
きっと顔には出さないけど、アイツも内心驚いていたのかもしれない。
「自分の欲望とかが、優先して出ちゃった言葉なんじゃないかなって」
「……なぁ、誠。もしそれが、本当なら……っ五十嵐を悪魔と仮定して、レベルの低い悪魔相手にする反応じゃねぇって俺は思うんだけど」
「!?」
僕は反射的に顔を上げて孝志を見た。
突然顔を上げた僕に孝志は「いきなり、なんだよ」と驚いていたけど、驚いたのは僕だ。
「た、確かに……放課後の悪魔は、ベルゼブブと同じくらい強い悪魔だ。その放課後の悪魔が、最高って……違和感しかない」
僕の頭には、五十嵐=悪魔という考えしかなくて、強さのことを考えてなかった。
放課後の悪魔は、強い悪魔と契約して自分を殺せと言った。
放課後の悪魔より、強い悪魔……それは――
「サタン……」
孝志に聞こえないくらい小さく口の中で呟いて、すぐに僕はその考えを振り払った。
(いや、この結論にたどり着くには早すぎる。)
「誠、少し休憩しねぇか?」
僕の視界にペットボトルを持つ孝志の手が見えた。
牢屋には冷蔵庫も完備されているから、そこから孝志が持ってきてくれたのだろう。
「ありがと。実は、喉カラカラだったんだ」
「ははっ、俺も」
互いに無言でキャップを開けて一口飲んだ。
飲みながら目線を牢屋の外に向けると、そこにシンさんの姿はない。
「っぷはぁ、生き返る~」
「ははっ、孝志おやじくさいよ」
僕は笑いながらペットボトルのキャップを締めると、それをベットに置いて孝志の方に目を向ける。
「さっき話したのが、僕が記憶の部屋の映像を見て感じたことだよ。――だから、次は、孝志が感じたことを教えてよ」
「えっ」
孝志はキャップを締めたポーズのままピタリと動きを止めた。
「いや、俺はお前より頭良くねぇし、お前の推測で合ってんじゃねぇの?」
「……たぶん、ここに来る前の僕ならそう思っただろうね」
きっと自分の見たもの、得た情報だけで推測して完結していた。
でも、それが間違っていると教えてくれたのが孝志だ。
「さっき僕は、孝志にあの時止めてくれてありがとうって言っただろ?」
「えっ、あ、うん。言ってたな」
「このシェアハウスに来た時、僕は自分のことで精一杯で、五十嵐くんのことなんて見てなかった。
でも、孝志は違った。同じ場所にいたのに、孝志は五十嵐くんの変化に気づいてた。だから、僕を止めることができたんだよ」
記憶の部屋で五十嵐くんの真実を知ったからこそ、孝志が止めてくれない未来を考えると怖くなった。
「だからこそ、僕は聞きたいんだ。孝志が記憶の部屋で見た映像から、何を感じたのか」
「誠……」
「頭がいいとか、悪いとかそんなの関係ない。孝志の感じたものを共有させて欲しい。その上で、一緒に考えたいんだ」
「っわかった」
孝志は小さく頷くと、ペットボトルをベッドに置いて僕の方に目を向けると、ゆっくり口を開いた――。
最後まで読んで頂きありがとうございました!




