第72話『牢屋の中の推理劇』
【登場人物】
誠:主人公。友達思いの優しい高校生。現在の姿は小学生。家族が大好きで早く元の世界に戻りたいと思っている。冬美のことが好き。悪魔が嫌いなので悪魔に対して少しだけ口が悪くなる。
冬美:元気で明るい美少女。現在の姿は小学生。家庭環境が複雑で、この空間に残ることを望んでいる。
孝志:誠の親友。現在の姿は小学生。兄貴肌で面倒見がよくて優しい性格。父子家庭で幼少期は父親から暴力を振るわれていた。誠をいつも支えてくれる存在。誠の握るおにぎりが好き。
五十嵐:誠の親友。友達のことを大切する優しい高校生。医者の家系で裕福な家育ち。放課後の悪魔と契約して皆を閉じ込めた張本人。そこにはある理由が…。悪魔が疲弊するくらいガチガチの追加契約を作った。
【登場する悪魔たち】
放課後の悪魔:この空間を創った存在。関西弁で話すが、ときどき標準語に戻るのが逆に怖い。常にテンションは軽く、距離も近い。見た目は人間のようだが、明らかに異質。誠たちを翻弄する存在。
宇佐美:誠専属の『コーディネーター』。時間や場所を問わず服を用意できる能力を持ち、寸分の狂いもなく時間を把握できるため、【時計】の役割も果たしている。
名前は『宇佐美』。白くふわふわした毛並みを持つウサギの姿をしている。
可愛いけどやたらと声がデカいくて煩い。
シェフ:この空間の専属『料理人』。無口で寡黙、人間があまり好きではなく、長話も嫌い。料理に対するこだわりは現実のプロと遜色なく、「料理に関しては嘘はつかない」という姿勢は本物。つい最近新しい契約者を得た。…誠たちの味方?
清掃の悪魔:常にテンションが高くノリの軽い青年。この空間の『清掃員』
軽い口調からいきなり雰囲気がガラッと変わるため油断できない。
誠が苦手意識を持っている悪魔。シェフとは古い友達らしい。
メイド:丁寧な口調で微笑む、美しいメイド姿の悪魔。
冬美専属の「レディースメイド」として身の回りの世話を担う一方でその本性は冷酷かつ策略家。「性格は悪いです」と本人も公言している。つい最近新しい契約者を得た。
整備士
部屋の整備や修理を担当する悪魔。
無骨だが気さくで、誰とでもすぐに打ち解ける“面倒見のいいおじさん”のような存在。
「嘘を見破る能力」を持つ特例の悪魔
普段は豪快に笑う気のいい兄貴分だが常軌を逸した執着と狂気がのぞく、油断できない悪魔である。
最近新しい契約者を得た。
鍵の悪魔(竜胆)
放課後の悪魔の使い魔。
昼夜性別が逆転する特殊な悪魔で両方の性を謳歌するくらいポジティブ思考。
その日の気分で体の入れ墨、名前を変える。
今は、体に竜胆の入れ墨を掘っているので
名前も『竜胆』にしている。
ご主人様である放課後の悪魔が大好き。
能力の使い方は多岐に渡る。作中で登場するのは、そのほんの一部。
他にも使い方がある。油断できない悪魔。
最近、新しい契約者『ご主人様2号』を得た。
「俺が、少しだけ気になったのは……放課後の悪魔の『対価』かな」
「対価?」
「五十嵐は命以外ならなんでもくれてやるって言ってただろ?それに、仮契約でアイツを側に置いたり、冬美のことも頼んでた」
「そうだね」
僕は、相槌を打ちながらペットボトルに口を付けた。
緊張していたせいか、今になってようやく中身がオレンジジュースだとわかった。
「仮契約も含めたら、その……俺がもし悪魔なら、もっと対価を貰うと思う」
「……確かに、よく考えてみたら、契約前にあれだけ頼んでるのに左腕だけが対価に選ばれるのは、少し違和感あるかも」
孝志に言われて初めて気づいた。
別視点からの話を聞くことで、五十嵐くんと放課後の悪魔の初対面の時の言動は不自然だという可能性が出てきた。
「左腕といえば……」
僕は両手に持つペットボトルに目線を落とし、少し前に見た映像を思い出した。
「孤児院だ。確か、五十嵐くん本人が左腕に関して話してた気がする」
「そんなのあったか?」
「あったよ。ちょっと待って、今思い出すから」
「思い出すって、やっぱお前の記憶力ってスゲーな」
更に集中するために両目の瞼をゆっくり閉じた。
幸い、映像を見たのは数時間前のことだから簡単に思い出すことができた。
「……左手を使えば大抵のことはできる。頭のいい女の子に対して、五十嵐くんはそう言ってたはずだよ」
「左手って、アイツ普段からポケットに入れてるよな」
「うん。小学生の頃からね。僕は、あれは彼の癖なんだと思ってたけど、もしかしたら違うのかもしれない」
それに、あの後、五十嵐くんはこうも言っていた。
「聞いたことのない英語も、数字も、紙の上であれば『触れればなんでも理解』できたって」
「触れればなんでもって……なんつーか、ちょっと変じゃね?」
「変というか、異質だと思うよ。自分の利き手なのに、その利き手が本人の持つ知識の上を行ってるんだから」
孝志の疑問を聞いたことで、僕の憶測が、確信に近づいている。
そんな気がした。
「今の孝志の話を聞いて、僕、思ったんだ。五十嵐くんの左手に……」
――悪魔の力が宿ってるんじゃないか?
「悪魔の力って」
僕の言葉に孝志の体が前のめりになる。
「それだと納得がいくんだ。アイツが、たった一つの対価を選んだ理由」
「い、五十嵐の持つ悪魔の力が欲しかったって、ことなのか?」
孝志が信じられないと言ったように眉をひそめる。
「違うよ、ただの悪魔の力じゃない……悪魔の頂点に立つサタンの……サタンの末裔の力が欲しかったんだ」
「サタン!?お前、サタンなんてありえねぇだろ!?その発想、どっから来てんだよ」
孝志からしてみれば僕の結論は、唐突に聞こえたかもしれない。
でも、僕には、五十嵐くんがサタンの末裔だと思った明確な理由があった。
「孝志は、メイドの能力を奪うための作戦会議の時の会話覚えてる?」
「メイドって……は?いや、お前、あれはもう一か月前とかの話じゃねぇか」
「……」
「!? いや、マジか?う、嘘だろ?お前、覚えてんのか?」
口元をひくつかせながら、孝志が僕の方を見た。
僕は苦笑いを浮かべると、ジュースを一口飲んで喉の渇きを潤した。
そして、飲み終わったペットボトルをベッドの近くに置かれたゴミ箱に投げ入れる。
「サタンには悪魔界と人間界、それぞれに『嫁候補』――つまり、後継ぎとなる子供の母親候補が沢山いるんだよ」
「!?嫁候補って……」
これは、清掃の悪魔が言っていた話だ。
続けて、アイツはこうも言っていた。
『特に人間は未知数、可能性の塊だ。……サタンの魔力を注いだ時、どんな魔物が生まれるのか。
まぁ、それも、サタンにとっては、実験でしかないけどね~』
「僕は、実際にサタンに会ったからわかるんだ。アイツは、強い息子が生まれたとしても、わざわざ迎えに行くような、そんな親としての感情なんて持ってないって」
「それって、どういう意味だ?」
「サタンにとっては子作りも全て実験なんだよ。だから、サタンと同じくらい強い力を持った人間が生まれていたとしても、本人は気づいてない可能性が高い」
「!それが、五十嵐なのか?」
孝志はまだ納得してないのか、眉間にずっと皺が寄っている。
「もし、サタンに匹敵するくらい強い魔力を持った人間が、放課後の悪魔の前に現れたら、アイツはこう言うだろうさ」
最高に面白い!……ってね。
悪魔たちの行動原理は――
面白いか、面白くないか、それだけで動いてる気がする。
「ちょ、ちょっと待て誠。お前の言いたいことは、わかった。少し、納得できるとこもあった」
「えっ、う、うん」
「その上で聞きたいんだけど、五十嵐の左腕に悪魔の力が宿っているとして、アイツはなんでそれを欲しがった?放課後の悪魔って、サタンより強くなりたいとか、そんな欲望は持ってねぇ気がするんだけど」
孝志は左手を前に出して「STOP」のポーズを取りながら、空いた方の指先で眉間の間を揉んでいた。
僕は腕を組んで少し考えるように目線を地面に向ける。
「うーん……たぶんだと思うけど、ゲームを面白くするためだと思う」
「ゲームを面白く?」
「うん。だって五十嵐くんの左手は彼の知識の上をいくものだ。それは、悪魔にも通用する可能性もあったんじゃないかな?」
「例えば?」
「えっ、そうだな……悪魔に触れただけで、能力がわかるとか?」
本当にこれは創作に近い想像でしかない。
けれど、悪魔は人間の無限の可能性を信じている。
「冬美の映像を見せられて五十嵐くんは冷静じゃなかった。たぶん、もっと彼が冷静だったら、このシェアハウスを回避できる作戦を考えられてたと思うんだ」
「確かに、鏡の映像見てた時のアイツ、ヤバかったもんな」
「五十嵐くんは死神憑きの話を聞いた時から、このシェアハウスの構想ができてたって言ってたろ?なら、本当の悪魔はもっと上を行く速さでこのシェアハウスのことも、五十嵐くんの左手の可能性も考えてたんじゃないかな?」
「……悔しいけど、アイツならあり得るなって思ったわ」
孝志は、一度目線を地面に向けると、すぐに僕へと向き直る。
その表情は真剣だった。
瞳には、目を逸らせない強さがあった。
「なら、悪魔だって自覚してねぇ五十嵐とどうやって契約するんだよ」
「っ、それは」
この会話の結論が、そこに行き着くことはわかっていた。
会話をしながら、僕がずっと考えていたことでもある。
「ごめん、それはまだわからないんだ。……さっきの仮定の話が真実だとしても、放課後の悪魔が左手を奪った段階で、僕たちの負けは決定してる」
今の五十嵐くんは魔力の無い人間だ。
もし、契約するなら――
魔力の宿った左腕を放課後の悪魔から取り戻す必要があった。
「このゲームは、出来レースだったんだよ」
「誠……」
僕は悔しさに拳を強く握りしめた。
頭の中には、ここにくるまでの作戦会議や契約の際の映像が走馬灯のように流れている。
(ここまで、頑張ってきたのに……っ全部、無駄なことだった)
視界の端からどんどん世界が歪んでいって、見えないはずなのに
握りしめた拳が震えていることだけは、わかった。
「っごめん!!」
「……えっ」
長い静寂が続いた室内に、孝志の謝罪の言葉が大きく響いた。
顔を上げると、歪んだ視界には孝志が僕に向かって深く頭を下げている姿が目に入る。
「い、いきなりどうしたんだよ、孝志」
「俺……誠に秘密にしてたことがあるんだ」
「秘密って」
「シェフの指示だった。最初は、なんでこんなことするんだろうって思ってたけど……誠と話して、気づいたんだ」
「シェフの指示?僕と話してって、え?孝志、ごめんどういうこと?話が見えないよ」
孝志が何を言いたいのか、わからなかった。
「たぶん、もし、俺と話したやつが五十嵐のもう一つの人格なら……」
孝志がゆっくりと顔を上げて、覚悟を決めたような強い瞳を僕へと向ける。
「五十嵐の魔力は、アイツの体の中に残ってる」
「は?の、残ってるって、どういうこと?アイツって、誰のことを言ってるの?」
頬に残った涙を拭って、孝志へと向き直る。
孝志は少し迷ったように目線をベッドに向けると、ゆっくり瞼を閉じた。
「シェフには、このことは誠にも秘密にしろって……っでも、俺は、無理だっ」
「孝志……」
「だって、お前は、俺のこと置いて行かないで、ちゃんと聞いてくれただろ?それなのに、俺だけ、知ってるとか……っお前は、頑張ってんのにっ、だから話す!」
「話って、なにを……」
迷いが消えたのか、孝志は瞼を開けると真剣な表情で僕の方を見た。
「シェフと契約してから、俺は影の能力でずっとアイツの影と繋がって監視してたんだよ」
「か、監視!?な、なんでそんなこと」
「それは、俺も最初はわかんなかった。でも、すぐにわかった。……というか、あっちから接触してきたんだ」
「接触?」
「五十嵐の中には、もう一人の別人格がいるんだ。しかも、ソイツは、俺が影を繋げていることに気づいてた」
孝志はその時のことを思い出しているのか、酷く顔色が悪い。
両腕を擦って、自分の身を何かから守ろうとしているような仕草で話を続けた。
「俺、アイツが五十嵐だってわかってても、五十嵐だって思えなかった。っ喋り方とかじゃなくて、アイツと話してると心が寒くなるんだ」
「もう一人の五十嵐くんは、孝志になんて言って接触してきたの?」
「アイツが現れたのは夜だった。五十嵐の寝息が聞こえて、俺も寝ようかなって思ったときに――」
『ボクとお話しようよ。孝志くん』
「――っ!」
孝志の話を聞いた瞬間、僕の背筋に悪寒が走った。
「お、俺、怖くて、最初は何も話せなかった。五十嵐の声なのに、違うんだっ。しかも、アイツは別人とか、そんなレベルの奴じゃない気がするんだっ」
「孝志、落ち着いて」
「アイツ、言ってたんだ。五十嵐の人間性が強くなりすぎて、自分まで引っ張られそうだから、わ、分けたって」
孝志の顔色がどんどん悪くなっていく。
僕はベッドから離れると、孝志の隣に座って落ち着かせるために背中を撫でた。
「孝志、大丈夫。焦る必要はないから、ゆっくりでいいから。ね?落ち着いて」
「っあぁ。ありがとう、誠……」
「少し休憩しよう。僕も、頭使いすぎて疲れちゃったんだ」
僕は、話し始めてからずっと孝志の反応に違和感を感じていた。
予想ではもっと、孝志が五十嵐くんが悪魔だという僕の推測に対してもっと怒ると思っていたのに……
『ちょ、ちょっと待て誠。お前の言いたいことは、わかった。少し、納得できるとこもあった』
(納得するの早かった。それは、孝志がもう一人の五十嵐くんの存在を知っていたからだったのか)
僕に対する質問も、孝志の中にあった疑問を少しでも少なくするためのものだった。
あるいは、もう一人の五十嵐くんの話を僕にするか迷っていたからなのかもしれない。
「孝志、ごめん。孝志にまた、怖い思いさせるかもしれないけど……お願いがあるんだ」
「お願い?」
僕は孝志から体を離すと、孝志の影へと目線を向ける。
「今日の夜、僕と孝志でもう一人の五十嵐くんと話をしよう」
最後まで読んで頂きありがとうございました!




