第67話『愛されたい子供』
【登場人物】
誠:主人公。友達思いの優しい高校生。現在の姿は小学生。家族が大好きで早く元の世界に戻りたいと思っている。冬美のことが好き。悪魔が嫌いなので悪魔に対して少しだけ口が悪くなる。
冬美:元気で明るい美少女。現在の姿は小学生。家庭環境が複雑で、この空間に残ることを望んでいる。
孝志:誠の親友。現在の姿は小学生。兄貴肌で面倒見がよくて優しい性格。父子家庭で幼少期は父親から暴力を振るわれていた。誠をいつも支えてくれる存在。誠の握るおにぎりが好き。
五十嵐:誠の親友。友達のことを大切する優しい高校生。医者の家系で裕福な家育ち。放課後の悪魔と契約して皆を閉じ込めた張本人。そこにはある理由が…。悪魔が疲弊するくらいガチガチの追加契約を作った。
【登場する悪魔たち】
放課後の悪魔:この空間を創った存在。関西弁で話すが、ときどき標準語に戻るのが逆に怖い。常にテンションは軽く、距離も近い。見た目は人間のようだが、明らかに異質。誠たちを翻弄する存在。
宇佐美:誠専属の『コーディネーター』。時間や場所を問わず服を用意できる能力を持ち、寸分の狂いもなく時間を把握できるため、【時計】の役割も果たしている。
名前は『宇佐美』。白くふわふわした毛並みを持つウサギの姿をしている。
可愛いけどやたらと声がデカいくて煩い。
シェフ:この空間の専属『料理人』。無口で寡黙、人間があまり好きではなく、長話も嫌い。料理に対するこだわりは現実のプロと遜色なく、「料理に関しては嘘はつかない」という姿勢は本物。つい最近新しい契約者を得た。…誠たちの味方?
清掃の悪魔:常にテンションが高くノリの軽い青年。この空間の『清掃員』
軽い口調からいきなり雰囲気がガラッと変わるため油断できない。
誠が苦手意識を持っている悪魔。シェフとは古い友達らしい。
メイド:丁寧な口調で微笑む、美しいメイド姿の悪魔。
冬美専属の「レディースメイド」として身の回りの世話を担う一方でその本性は冷酷かつ策略家。「性格は悪いです」と本人も公言している。つい最近新しい契約者を得た。
整備士
部屋の整備や修理を担当する悪魔。
無骨だが気さくで、誰とでもすぐに打ち解ける“面倒見のいいおじさん”のような存在。
「嘘を見破る能力」を持つ特例の悪魔
普段は豪快に笑う気のいい兄貴分だが常軌を逸した執着と狂気がのぞく、油断できない悪魔である。
最近新しい契約者を得た。
鍵の悪魔(竜胆)
放課後の悪魔の使い魔。
昼夜性別が逆転する特殊な悪魔で両方の性を謳歌するくらいポジティブ思考。
その日の気分で体の入れ墨、名前を変える。
今は、体に竜胆の入れ墨を掘っているので
名前も『竜胆』にしている。
ご主人様である放課後の悪魔が大好き。
能力の使い方は多岐に渡る。作中で登場するのは、そのほんの一部。
他にも使い方がある。油断できない悪魔。
最近、新しい契約者『ご主人様2号』を得た。
「人間って……」
「孤児院のアイツを見ただろ?あれ、人間だと思うか?」
「っ、それは……」
この水晶玉で映し出される映像は、過去を見れるだけじゃない。
その人間の『心の声』も聞こえる。
孤児院の五十嵐くんは、目の前で子供が死んでも悲しむ素振りも見せなかった。
感情の無い子供だった。
〖この日が終われば、また、ただの同級生に戻るんだよな……〗
「えっ……」
聞こえた声に水晶玉の方へと目を向けると、そこにはベッドの上に座って五十嵐くんと雑談している幼い僕の姿が映し出されていた。
この時は、ゲームの話をしていたはずだ。
じゃあ、この声は……五十嵐くんの心の声?
〖もっと、この人たちと一緒にいたいな……〗
「……五十嵐くん」
「アイツ、こんなこと考えてたのかよ」
五十嵐くんの心の声に孝志の目も自然と水晶玉に向けられていた。
〖また、父さんや母さんの時みたいに、見送るのか?……嫌だな。どうすれば、引き留められる?〗
心の声は、こんなにも孤独を恐れているのに、水晶玉の中の五十嵐くんは変わらずに僕と雑談を続けていた。
〖俺にあるのは、頭脳と金だけだ、金の子の中でも一番になれた……金?あぁ、そうか。俺が、立花と犬飼を養えばいいんだ〗
『あのさ、小林。……俺からちょっと提案なんだけど。これから、二人の夕飯…俺が用意してもいいか?』
「! この言葉って……あの時の」
五十嵐くんの心の声を聞いて胸がぎゅっと締め付けられた。
まさか、あの時の言葉は、引き留めるための言葉だったなんて……。
「あれ?でも……」
五十嵐くんの心の声に僕は少し違和感を覚えた。
「今の五十嵐くんって、両親が医者で、滅多に家に帰って来ないって思い込んでる五十嵐くんなんだよね?それなのに、なんで金の子のことを?」
「どちらも五十嵐に変わりないからだよ。まぁ、意識が混合してしまうほど、必死だったのかもしれないね」
僕の独り言に近い言葉に答えたのは、小さな五十嵐くんだった。
「必死って?」
「繋ぎ止めるためにさ。それほどまでに、キミたちの看病や、過ごした時間が楽しかったんだよ」
「五十嵐くん……」
「つーか、俺らが寝てる時に、お前らこんな会話してたのかよ」
水晶玉に目を向けながら孝志がため息交じりそう言った。
「あ、そうか。この時は、二人とも寝てたんだもんね」
「あぁ、五十嵐の飯の話も学校で聞かされた」
最初二人は驚いて、遠慮してたけど、この二人が五十嵐くんの頭に勝てるわけもなく……
『俺は迷惑なんて一つも思ってねぇよ。冬美と孝志が俺の顔見て飯食いたくねぇって言ったら諦める。いいお友達としての距離感で付き合わせてもらうわ』
『はぁ!?友達に、そんなこと言うわけねぇだろ!?』
『私だって!そんなこと思うわけないっ!』
『じゃ、いいってことだな。よかった、一人で飯食うの寂しかったんだよ』
『あっ!』
『ぐっ……最後の一言、ズル過ぎんだろっ』
ニコニコ笑顔の五十嵐くんの前で撃沈していた。
「あのさ、一つ聞きたいことがあるんだけど」
「聞きたいこと?」
映像を見ていると、小さな五十嵐くんに声をかけられた。
小さな五十嵐くんは孤児院にいた五十嵐くんと雰囲気が似ていると思った。
彼の表情は常に、感情が乗っていない。
黒いガラス玉のような瞳が真っすぐ僕らを見つめている。
「ずっと不思議に思ってたんだよ。お前たちは、五十嵐に飯を求めるけど、それ以上は求めようとしなかった」
「それ以上って?」
「……ゲームとかだよ。お前らは、学生時代ほとんどゲームしてなかっただろ?トランプとか、オセロとか、昭和の子供みたいな遊びばかりだ。五十嵐に言えば、ゲームなんて簡単に買ってもらえたのに、それが、五十嵐自身も不思議に思ってた」
「あぁ、ゲームか。うーん、それはね……」
僕は、少し苦笑いを浮かべながら孝志の方に顔を向ける。
言いたいことがわかったのか、孝志は口元をもごもごさせるて頭の後ろをかく。
「あー……。ま、話してもいいか」
「もう時効みたいなもんじゃない?」
「だな」
「2人だけで完結するなよ。ちゃんと理由があるなら話してくれ」
少しムッとした表情で小さな五十嵐くんが孝志の方を見た。
「飯以外で、五十嵐の金に頼るようなことはしない!……これはさ、五十嵐を抜いた3人で決めたことなんだ」
「僕も最初言われたときは驚いたよ。そんな考え一つもなかったのにさ」
「んなこと最初からわかってるっての!でもさ、聞くのと、聞かないのとじゃあ意識が違ってくるんだよ」
「は?頼らないって、なんで……」
孝志の言葉に小さな五十嵐くんが軽く目を見開いた。
「欲しいものは頼めばよかっただろ?お前らだって、五十嵐の異常な執着には気づいてたはずだ。アイツなら、ゲームでも旅行でも、言えばなんでも叶えた」
「それ、友達って言えんのかよ?」
「えっ」
小さな五十嵐くんに孝志が鋭い目線を向ける。
「お前の言う通りだよ。たぶん、アイツにゲーム欲しいとか、高くて美味いもん食いたいって言えば……嫌な顔一つしないで財布出したと思うぜ?」
「気づいてたなら、なんで言わなかった?」
「俺は、金が目当てでアイツと友達になったわけじゃねぇんだよ。アイツと友達になりてぇって思ったから友達になった。俺は、友達イコール友達がいいんだよ」
「わ、わからない。孝志、俺には、お前の言ってることが何一つわかんねぇよ」
孝志の説明に小さな五十嵐くんの眉間の皺が深くなっていく。
僕は、それを見て口元に笑みを浮かべる。
「もし、僕が本当に五十嵐くんにゲームを買ってもらったらさ、これから欲しいものができたときに、それが全部五十嵐くんに繋がるんだよ。一回それやっちゃったらさ……」
次も、僕は五十嵐くんを頼るんだ。
「!……そうか……お前たちは、対等な関係になりたかったんだな」
僕の話でようやく理解したのか、小さな五十嵐くんは、目を見張り、すぐに口元に小さな笑みを浮かべて頷いていた。
「難しい言葉は、俺にはわかんねぇけどさ……俺は……金で壊れた両親を、目の前で見たから、わかるんだよ」
「孝志……」
記憶の部屋に少し長い静寂が流れた。
僕は俯く孝志を黙って見つめて、孝志が話し出すのを待った。
「まだ、母さんが家に帰ってきてた頃に……家族で、外にご飯食べに行ったんだよ。そん時の、雰囲気なんてマジで最悪でさ。お通夜みたいだった」
「……」
「父さんが先に食い終わって、席を立つときに母さんに言ったんだ……」
『先に帰る。ここの支払いは任せた。俺より稼いでるんだ、こんな店の支払いなんて安いものだろう?』
「っなんだよ、それ」
孝志のお父さんとは一度も会ったことが無い。
でも、その言葉を聞くだけで、どんな人間かは、わかった。
「その父さんの言葉を聞いた瞬間に、母さんはその場で泣き崩れた。あんなに頑張ってたのにさ。……俺、今でもその時の母さんの言葉が頭から離れないんだ……」
『っ稼ぎや、お金じゃなくてっ……私を見てよぉ……ッ!!』
「っ……!」
「……たぶん、あの日、母さんは父さんを見限ったんだと思う。次の日から、母さんは帰って来なくなった」
話終わると、孝志は顔を上げて再び小さな五十嵐くんに目を向ける。
「俺にとって……金は『カビ』なんだよ。それがあるだけで、関係が腐っていく。だから、五十嵐の金には頼らねぇって決めたんだ」
「!……そうか。なるほどな……今、ちゃんと理解した」
小さな五十嵐くんは孝志の言葉を聞いて、目線を下に落とすとつぶやくように言った。
「この部屋から出たら、その話を五十嵐に教えてあげてくれ。たぶん、喜ぶと思うから」
「えっ」
「あ、誠じゃなくて、孝志が直接言ってやってくれ」
「え?俺か?まぁ、別にいいけど」
「頼んだよ。……さて、少し雑談が過ぎたな。水晶玉に戻るとしよう」
小さな五十嵐くんが再び水晶玉に触れると、見覚えのある鏡が映し出された。
「!?これって、美術準備室の鏡?」
「そうだ。幼い頃の五十嵐の純愛っぷりはお前ら自身が知っているから、わざわざ見せる必要もないだろう?」
「じゅ、純愛って」
(なんか表現間違えてない?)
「この記憶は、放課後の悪魔の儀式をした日の記憶だ」
「儀式って、やっぱり五十嵐くんはこの時には放課後の悪魔と会ってたの?」
「それは、自分の目と耳で確かめるんだな。さぁ、もう一度、水晶玉に触れてくれ」
言われるまま、僕と孝志は水晶玉に手を伸ばした――
◇◇◇
「か、鏡の前に立ってね、悪魔が声をかけてくれるまで待つの……あ!でも、必ず声が聞こえるわけじゃないからこれをやった先輩たちは『3分』って時間決めてやってたらしいよ!」
「3分?……3分、鏡の前で立てばいいんだな。……わかった」
儀式の説明を聞いて俺は、大きな鏡の前に立った。
「孝志、3分タイマー頼んだ」
室内に置かれた絵画を眺めていた孝志に声をかける。
声をかけられると思ってなかったのか、一拍、孝志の反応が遅れる。
「えっ、お前が最初にやんのかよ」
「やる。俺に何もなかったら誠たち連れて帰るから」
「……りょーかい」
(文句を言いながらもスマホを取り出すあたり本当にいいヤツなんだよな)
周りの女子たちの視線が鬱陶しいが、誠の様子も心配だ。
このくだらない遊びを早く終わらせて帰りたい。
「タイマーセットしたぞー」
「おう。ありがとな」
孝志の声に軽く返事を返して、鏡に向き直る。
それにしても、3分か……意外と長い。
3分といわず10秒でやめてしまいたい。
「俺ってこんな顔してるんだな……」
大きな鏡には俺が映っていた。
鏡なんて見る習慣が無いから、いい機会なので自分を観察することにする。
(へぇ、これが女子たちの言う『イケメン』って顔なのか?)
正直言って自分の容姿に興味を持ったことが無い。
高校に入ってからやたらと女子に呼び出しをされるのもこの顔が原因らしい。
(この顔のどこがいいんだ?こんな顔、街のどこでもいるんじゃないか?)
「……」
自分を見るのにも飽きて、少しだけ鏡から目線を友達の方に向けた時……
「……ん?」
周りの人間が瞬き一つしていない。
それに、表情も固定されたように最初に見た時のままだ。
なにより……鏡の前に立ってから、誰一人声を出してない。
それこそ、呼吸の音すら聞こえない。
「……放課後の悪魔だっけ?もしかして、来てんのか?」
『あれ?意外と冷静やね』
聞かせるつもりで言った大きな独り言は、しっかり相手に届いた。
俺は、目線を鏡の方に戻した。
「っ! お前が、放課後の悪魔?」
鏡の中、俺の肩に馴れ馴れしく肘を置く黒ぶち眼鏡をかけた顔の整った赤毛の男がいた。
さっき見た時は、そこに誰も居なかった。
これには、流石に驚いた。
『え~?これ見てもそんなリアクションなん?もっと「わぁ!」とか「ぎゃ!」とか、おじさん驚いて欲しかったわぁ』
「よくしゃべる悪魔だな。あと、俺の肩を肘置きにすんな、離れろ」
そう言って右肩を少し大きく動かすと、鏡の中の俺は左肩を動かした。
悪魔は意外と素直に離れた。
『めっちゃ冷静やん……っえ、ん?ちょお待って、キミ……もしかして」
「ん?なんだよ」
鏡の中の悪魔は俺の顔をまじまじと眺めていると、軽く目を見開いて口元に嫌な笑みを浮かべる。
『ははっ!マジか!これ、めっちゃ最高やん!!』
室内に響き渡るほど大きな声を出して笑いだす。
「うるせぇ」
「そう言わんといてや。おじさん今、めっちゃ最高な気分なんやってぇ」
「っ!」
鏡から聞こえていたエコーのかかったような声が、俺のすぐ近く、耳元から聞こえた。
耳を押さえて振り返ると、目と鼻の先に血のように赤い瞳があった。
「っちけぇよ……つか、出てこれんのかよ」
少し距離を取りながら、未だに動かない誠たちを視覚に入れる。
特に異変は起こってないようで、安心した。
「ははっ、キミやっぱ普通やないねぇ!」
「そうかもな。俺は普通ってよくわかんねぇんだよ。お前が何者かは知らねぇけど、俺の友達になんかしたら今すぐにでも鏡割るからな」
睨みつけるようにして言ってやれば、悪魔は怯えるどころか腹を抱えて笑い出した。
このタイミングで笑う理由がわからない。
「ははっ!もうっ、キミ、本当最高やん!!おじさんめっちゃテンション上がって来たわ!!」
「なぁ、アンタ。俺を笑いに来ただけなら、さっさと帰ってくんね?俺、友達の頼みで嫌々来ただけで、願いとかそんなもんねぇんだよ」
これ以上コイツに合わせていたら会話が進まない、時間の無駄だと判断した。
「嘘やん!願いないんか?おじさん今、めっちゃ機嫌いいから、なんでも叶えたるよぉ?」
「だから、ねぇって。強いて言うなら、早く帰りてぇ」
「えー、帰らんといてや。あんなぁ、願い言うてもな、自分の願いだけじゃなくてもええんやで?」
「……」
悪魔に言われて、俺は少し考える。
「俺の、願いじゃなくていいか……」
顎に手をやりながら、目線を再び誠たちに向ける。
もし、少しだけ知りたいことがあるなら――
「……アイツ等の……俺の、友達の未来が知りたい」
「お友達の未来?」
「あぁ、アイツ等がどんな仕事するのとか、ちゃんと笑ってるか、それだけでいい」
とくに、今、俺の自宅にいる冬美の未来が気になった。
「ええけど、キミのことは知りたくないん?」
「俺、自分に興味無いんだよ。でも、アイツ等のことは気になる。……友達だから」
少しでも未来がわかれば、アイツ等が困った時に俺が協力できるかもしれない。
「あぁ。なんだ、俺にとってもいい願いじゃん」
決めた。願いは、これにしよう。
そう思って、もう一度悪魔に向かって願いを口にしようとした時だった……
「残念やけど、立花冬美は、この先どう頑張っても『死ぬ未来』しかないで」
「……は?」
コイツは、今……なんて言った?
振り返ると、意外と真剣な表情があった。
「っ冬美に、死ぬ未來しか無いって……どういうことだよ」
聞き返す言葉は、酷く震えていた。
手はじっとりと汗をかいてるのに、指先から全身、どんどん体温が下がっていくのがわかる。
「こればっかりは、見せた方が早いかもなぁ。初回限定っちゅーことで、対価無しで見せたるわ。鏡の中、よーく見てな」
悪魔に言われた通り、俺は大きな鏡に顔を向ける。
鏡を静かに見ていると、鏡の中がぐにゃりと歪んで、黒い紫色の渦がゆっくりと回り始めた。
「……」
そのまま暫く見つめていると、紫色の渦がどんどん透明になって、何かが映し出される。
あれは、なんだ?室内か?薄暗くてよく見えないが、下着姿の――
「っ!?」
見えた光景に、一瞬呼吸をするのを忘れた。
視界が、思考が、見えた光景を現実のものでないと拒絶している。
鏡の中に映し出されたのは、下着姿の手足を縛られた冬美だった。
瞳孔が開いたままで、体もさっきからピクリとも動いていない。
「っし、死んでるのか?」
自分でも聞いたことのない、震えた声が吐き出された。
「この映像の冬美ちゃんは、20歳。お母さんとこの店の客に厄介な客がおったみたいでなぁ……誘拐、監禁、性的暴行されて、最終的に死んでもうた」
「は、20歳……じゃ、じゃあ、俺が卒業と同時に、冬美をこの街から連れ出せば」
「くくっ、ええよぉ。その世界線の未来も見る?」
「は?」
俺の言葉を予想していたのか、鏡の中は再び渦を巻いて、違う映像が映し出された。
そこには、俺の理解をはるかに超えた、光景が広がっていた。
『可愛いよぉ。冬美ちゃん、ぼくの……ぼくのコレクションとして、一生一緒にいようねぇ』
小太りのおっさんが、透明なショーケース中、まるで眠っているかのように目を瞑る冬美の上から赤い薔薇の花を落としていた。……冬美だけじゃない、男の部屋には綺麗な服を着せられた女性たちがケースに入れられて飾られていた。
背中に悪寒が走った。見ているだけで気分が悪くなる。
「なん、だよ……なんで、冬美が、こんなことになってんだよ」
「ちょっとコンビニ行った時にな誘拐されたんや。キミが冬美ちゃんとこの街を出ても、違う形で冬美ちゃんは殺されるだけなんや。冬美ちゃんの美しさはな、人を狂わす美しさなんや」
「嘘だ……」
「せやから、どこ逃げても……この世界に異性が存在してる限り、この子の未来は変わらないんや。ははっ、可哀想になぁ」
悪魔が笑って俺の隣に立って映像を眺めている。
「異性がいる限りって……無理だろ、そんな世界」
悪魔の話が本当なら、冬美は男のいる世界では生きて行けない。
「確かに冬美は綺麗だ。……でも、全世界の男を狂わせるほど綺麗だとは思わねぇ」
「おぉ、ええとこに気づいたなぁ。冬美ちゃんのこれはなぁ、本人が悪いんやないよ」
「え?」
「これはな、『呪い』みたいなもんや」
「のろい?」
「もー特別やで?鏡の中、もう一回見て?」
俺は小さく頷くと、鏡に向き直る。
次に鏡が映しだしたのは、ソファーに座って漫画を読んでる『今』の冬美の姿だった。
「冬美?」
漫画を読む冬美の方の近くには、真っ黒なナニかがついていた。
それを、じっと見ていると、黒い何かは上空にゆっくり上がって形を変えていく。
「っ!?っ……冬美、の、肩の……アレ、な、なんだよっ」
大人の背丈ほどの大きさになったそれの姿を見て驚いた。
鎌を持ち黒い布切れを纏った、骸骨がそこにはいた。
「っあれ、死神……か?なんで、冬美に死神が」
「あれは死神とはちゃうで」
「死神じゃないのか?」
「あれの元はな『犬神憑き』や」
「犬神憑き?……それ、なんかの本で読んだことあるよ」
人工的に作る呪いみたいなものだ。
作り方があまりにも残酷だったのを覚えていた。
犬を土に埋めて首だけ出した状態で、好物を前に置いておく。
そして仇を討つように言い聞かせ、飢えてから殺すという方法だったはずだ。
「せや。この呪いは、普通なら一族だけを呪う。でもなぁ、冬美ちゃんのご先祖さん呪ったやつは少し違くてな」
「違う?」
「一族やなくて、『魂』を呪ったんや。おまけに、呪いに使った犬が飼い主大好きな忠犬だったせいでな、魂の匂い覚えて、何度生まれ変わっても、その魂を呪いに来るようになってもうてな」
「う、生まれ変わってもって……」
もし、その話が本当なら、その犬は一体何年呪い続けているんだ?
「呪いも年月経つと形が変わってくる。もう呪いとかのレベルじゃなくなってくるんや。犬神憑きの、なれの果てが……」
『死神憑き』やねん。
最後まで読んで頂きありがとうございました。




