第65話『温かいハンバーガー』
【登場人物】
誠:主人公。友達思いの優しい高校生。現在の姿は小学生。家族が大好きで早く元の世界に戻りたいと思っている。冬美のことが好き。悪魔が嫌いなので悪魔に対して少しだけ口が悪くなる。
冬美:元気で明るい美少女。現在の姿は小学生。家庭環境が複雑で、この空間に残ることを望んでいる。
孝志:誠の親友。現在の姿は小学生。兄貴肌で面倒見がよくて優しい性格。父子家庭で幼少期は父親から暴力を振るわれていた。誠をいつも支えてくれる存在。誠の握るおにぎりが好き。
五十嵐:誠の親友。友達のことを大切する優しい高校生。医者の家系で裕福な家育ち。放課後の悪魔と契約して皆を閉じ込めた張本人。そこにはある理由が…。悪魔が疲弊するくらいガチガチの追加契約を作った。
【登場する悪魔たち】
放課後の悪魔:この空間を創った存在。関西弁で話すが、ときどき標準語に戻るのが逆に怖い。常にテンションは軽く、距離も近い。見た目は人間のようだが、明らかに異質。誠たちを翻弄する存在。
宇佐美:誠専属の『コーディネーター』。時間や場所を問わず服を用意できる能力を持ち、寸分の狂いもなく時間を把握できるため、【時計】の役割も果たしている。
名前は『宇佐美』。白くふわふわした毛並みを持つウサギの姿をしている。
シェフ:この空間の専属『料理人』。無口で寡黙、人間があまり好きではなく、長話も嫌い。料理に対するこだわりは現実のプロと遜色なく、「料理に関しては嘘はつかない」という姿勢は本物。つい最近新しい契約者を得た。…誠たちの味方?
清掃の悪魔:常にテンションが高くノリの軽い青年。この空間の『清掃員』
軽い口調からいきなり雰囲気がガラッと変わるため油断できない。
誠が苦手意識を持っている悪魔。シェフとは古い友達らしい。
メイド:丁寧な口調で微笑む、美しいメイド姿の悪魔。
冬美専属の「レディースメイド」として身の回りの世話を担う一方でその本性は冷酷かつ策略家。「性格は悪いです」と本人も公言している。つい最近新しい契約者を得た。
整備士
部屋の整備や修理を担当する悪魔。
無骨だが気さくで、誰とでもすぐに打ち解ける“面倒見のいいおじさん”のような存在。
「嘘を見破る能力」を持つ特例の悪魔
普段は豪快に笑う気のいい兄貴分だが常軌を逸した執着と狂気がのぞく、油断できない悪魔である。
最近新しい契約者を得た。
寝室清掃の悪魔
銀髪眼鏡のメイド服を着た少女の悪魔。
主人公誠が偶然にも遭遇した裏方の悪魔。
普段は清掃が終わるとシェフの用意した食事を厨房に設置されている
従業員休憩室で食べている。
かなりのネガティブ思考で一人で突っ走り結論が出るとすぐに手持ちのナイフで自害しようとするので困る。まだまだ謎の多い悪魔である。
(以降、悪魔たちは順次追加予定)
「你好。150号」
「……それは、日本語ですか?」
聞き慣れない発音に首を傾げると、男は俺を見下ろして鼻で軽く笑った。
「あぁ、すまない。優秀なキミでも、中国語はわからなかったね。OK,これからは、キミのために日本語で話すとしよう」
「王様。お手数をおかけして、すみません」
ふくよかな男性に向かって神父様と、修道服を着た女性が深く頭を下げた。
「謝らないでください。学んでいない言葉を理解しろと言う方が無謀なのです。さあ、まずは食事の時間にしましょう」
キミも立ってないで座りなさい。そう言われて俺は小さく頷くと円卓に向かう。
椅子の近くにあった簡易的な小さな階段を上って
男性と向かい合う形で椅子に座った。
俺の目の前には、白い皿の上に冷め切ったハンバーガーが乗せられていた。
少し目線を上げると、円卓に乗せられた大皿には湯気の立つ旨そうな匂いのする料理が並んでいた。
それを口にすることが許されていないのは、目の前の皿を見れば嫌でも理解できる。
「さぁ、遠慮しないで食べなさい」
「はい。ありがとうございます。いただきます」
言われるままにハンバーガーを手に取って齧り付いた。
パンはパサパサしてて、中の肉は冷たく固かった。
これが本当に豪華な食事なのか、判断がつかなかった。
「食べながら聞きなさい。神父様たちからキミはとても優秀だと聞いている」
男性が話し出すと、神父が席を立ち、皿に料理を盛りつけて静かに男性の前に置いた。
修道服を着た女性も、白い皿の上に茶色いドロッとした液体に四角い白い塊が沈む料理をスプーンですくって盛り付けている。
「いえ、貴方が先ほど言ったように俺は知らないことがまだ多いです」
「……ほぉ、なるほど話に聞いた通りだね。子供とは思えない言葉使いだ。……キミは、一体何歳なんだい?」
「5歳ですけど」
「これは驚いた。キミと話していると、大学生と話をしている気分になるよ」
「ありがとうございます」
俺は、お礼を言って、また一口乾いたパンに齧り付いた。
視界の端に、修道服を着た女性があの謎の料理を口いっぱいに頬張る姿が見える。
食べた後に口角が少しだけ上がっている。
俺のハンバーガーよりもあの料理は美味しいものなのだろう。
「うん。いいね、決めたよ……やはり君が、次の『金の子』だ」
「金の子?」
「150番。後ろのスクリーンを見なさい」
女性が食事の手を止めて、小さなリモコンのようなものを後ろの四角い画面へと向ける。
すると、真っ白い壁に一つの絵が映された。
「これは?」
階段の絵だった。
上に向かっているはずなのに、気づけば同じ場所に戻っている。
何度見ても、構造が理解できない。
「この絵は、なんですか?」
談話室にあった膨大な本の中にも、この絵は載っていなかった。
この絵が金の子にどう関係しているのか、分からない。
「キミの、その優秀な頭脳は、金を産む、価値を生む。その価値で、また新しい優秀な子供が育つんだよ」
男性は、紅潮させながらスクリーンに映された絵を見ていた。
「育った子供は、また価値を生む。それが繰り返される。
だから、この仕組みが止まることはない」
「繰り返し……そうか、だから、この絵なのか」
「あぁ、孤児がいる限り、金が回り続ける。それは途切れることは無い。
我々の世界では、これを『エッシャー構造』と呼んでいるんだ」
素晴らしい仕組みだろう?そう言って鼻を鳴らして男性は俺へと目を向ける。
この絵は知らない。
だが――理解はできた。
「俺の頭を使って生涯をかけて、アンタたちを養う金を稼ぐんだな」
恐らくこれから俺は、今よりも難しい勉強を強いられて、沢山金の稼げる場所で働かされる。
その金は、俺の金ではない。
この男か、その後ろにいる組織の懐を蓄えさせるための金。
「理解が早くて助かるよ」
俺の返答に男性は、満足そうに口元に笑みを浮かべた。
「やはり、他の子供に殺される前に、キミを選んでよかった」
なるほど、俺が5歳にして『金の子』に選ばれた理由は――
(俺が殺されかけたから、焦ったって感じか……)
俺にとって朝の勉強は苦でもない。
上位を取り続ければ腹を満たすほどの食事はできる。
それに、これと言ってここに残りたい理由も無い。
「俺はこれから何をすればいいんですか?」
「そうだね、この後、一時間後にキミの里親がやってくる」
「里親?」
「あぁ、手続きが終われば都内のマンションにそのまま引っ越してもらう」
「わかりました」
「あぁ、我々が用意した人間だ。――おい、お前。その子に例の物例の物を渡しなさい」
「承知いたしました」
男性が指示を出すと、女性はハンカチで口元を拭くと、静かに席を立ち俺の前にタブレットを置いた。
「これは?」
タブレットを手に取ると、画面には1から数万の数字が並んでいた。
真ん中に境界線があって、上には『苗字』下には『名前』と書かれている。
なんとなく目についた数字の『880』を押した。
「……五十嵐?」
そのまま続けて『名前』の数字を少しスクロールして、なんとなく目についた数字をタップする。
「優介?」
選択が終わると、タブレットの画面には
『五十嵐 優介』という文字が大きく表示されていた。
「おめでとう150番。貴方は今日から、『五十嵐 優介』として我々のために生きるのよ」
この日、この場所で、俺に初めて『名前』が与えられた――
◇◇◇
「はじめまして、優介君。今日から、ワタシが、あなたの新しいお母さんよ」
「……お世話になります」
俺の里親は食事を終えた一時間後に来た。
二人とも顔の作りが綺麗だ。
言葉に日本語とは違う発音が混じっている。
恐らく国籍が違うのだろう。
「長い間お世話になりました」
振り返って、神父様と修道服を着た女性に頭を下げる。
「あぁ、元気で、お父様とお母様の言うことをちゃんと聞くんですよ」
「はい。では、失礼します」
挨拶もそこそこに、俺は孤児院を出て行った。
外に出ると黒い車が止まっていて、里親の待つ車に乗り込んだ。
「へぇ、よく見ると日本人にしては綺麗な顔してるじゃない」
さっきまで貼り付けたような笑顔をしていた新しい母親は車に乗るなり、煙草を取り出して吸っている。
車内に白い煙が広がって、俺は少しだけせき込んだ。
「おい。吸うなら先に言えヨ、俺は煙草の匂いが苦手なんだヨ」
悪態をつきながら車の窓を開けるのは新しい父親だ。
こっちは母親よりも喋りに特徴が出ている。
二人とも、男性が言っていた中国の出身なのかもしれない。
「子供の体に煙草はよくない。大人になるまでに病気になったらどうしてくれるんだ」
「はぁ?タバコくらいでいちいちうっさいんだよ!」
「王様の話を忘れたのか?その子は今までの金の子よりも優秀だ。それこそ、俺たちの命よりも優先しろと言われてるヨ」
「はぁ、あたしらは『鳥籠』に送るまでの運搬役でしかないってのに、なんでこんなガキに気使わなきゃなんないのよ」
母親はチッと舌打ちをして、吸っていた煙草を窓の外に捨てた。
静かに窓が閉められる。
「つーか、後ろのガキ息してる?静かすぎて怖いんだけど」
なんとなく窓の外を見ていた俺は、顔を前に戻して母親と目を合わせた。
「……なんか、あんた気持ち悪いわね」
「気持ち悪い?どうしてそう思うんですか?」
首を傾げると、母親の表情が更に歪んだ。
綺麗な顔をしているのに、もったいないと思った。
「あんたさ、生きてるのに目が死んでんだよ」
「生きてるのに……死んでる?」
(この女の人は、何を言っているんだ?)
もう一度首を傾げると、母親は舌打ちをして苛立ったように頭をかいた。
「あー。あんたさぁ、なんか食べたいモンとかないの?言っておくけど、これからアンタが行く場所に、母親の手料理なんてものはないよ」
「お腹……」
言われて脳裏を過ぎったのは、パンがパサパサした冷たくて固い肉のハンバーガーだった。
「じゃあ、本物のハンバーガー食べたいです」
気づいたら、そんな言葉が出ていた。
自分でも、どうしてそんなことを言ってしまったのかわからない。
「ハンバーガーね。ちょうどあたしらも腹減ってるし、本物のハンバーガー食わせてやるよ」
「えっ」
母親の顔を凝視していると、母親は白い歯を見せて俺に向かって笑ってくれた。
この時、俺は初めて自分の心臓の音を聞いた気がしたんだ。
「おい!時間はどうするんだよ?引っ越し作業が終わるまでに届けないと、怒られるのは俺たちなんだぞ!?」
「バーカ、テイクアウトに決まってんじゃん。ほら、早く近くのハンバーガー屋さんに行くよ!」
会話が終わると母親は前を向いてしまった。
その間も俺は何度も瞬きして、視界に入った左手に触れてみる。
(……あったかい)
知らなかった。
俺の手は温かくて、胸に手を当てると、手のひらに中の鼓動が伝わってくる。
それから俺は、しばらくの間、ただ手を触っていた。
理由はわからない。
でも、指先から感じる温かさが心地よいと思ったんだ。
「ほい、ハンバーガーって……あんたなにやってんの?自分の手見て、そんな楽しい?」
「えっ……うん。俺の手って、あったかいんだなって思って」
どうやら時間も忘れてそれに没頭していたらしい。
母親が車の扉を開けながら、呆れたような表情を浮かべていた。
「あったかいって、何当たり前なコト言ってんの?それより、ホラ。本物のハンバーガーだよ」
そう言って母親が茶色い紙袋を手渡してくれた。
「……!あったかい」
「まーた同じこと言ってんね。作り立てはあったかいに決まってんじゃん。私も、日本のハンバーガーは食材ケチってないから好きなんだよ」
「あ、ありがとうございます」
「ん。ついでにアップルパイ食いなよ。私のおすすめ。うまいよ?」
「アップルパイ?……ありがとうございます」
俺が礼を言うと母親は前の席に戻った。
運転席では父親が上手そうにハンバーガーを頬張っている。
俺も紙袋の中からハンバーガーを取り出した。
紙の上からでもパンの柔らかさと温かさが伝わってくる。
テープを剥がして包みを開ければ、食欲をそそるソースの香りが鼻孔を刺激した。
「いただきます」と言って、父親と同じようにハンバーガーに齧り付いた。
「っ!あ、あったかくて美味しい!」
久しぶりにこんなに大きな声を出した気がする。
俺の反応を見て、両親が顔を見合わせて笑っていた――。
◇◇◇
それからしばらく車を走らせて到着したのは高層マンションだった。
「到着だよ」
「ほら出て。足元気をつけるんだゾ」
「う、うん」
車から出ると、母親が前にいて、またあの貼り付けたような笑みで俺の手を握って歩き出す。
周りをよく見ると、少し興味深そうに俺たちを見る通行人の姿が見えた。
「どうもこんにちわぁ。今日からお世話になります」
「色々迷惑かけるかもしれませんが、これから息子ともどもよろしくお願いします」
父親もまた貼り付けた笑顔でここに住んでるらしき住人に挨拶をしている。
俺としては、車内にいた時の両親の方が好きだった。
「さぁ、今日からここがアンタの家だよ!」
案内された部屋は、とにかく広かった。
フローリングにはノートパソコンの置かれた丸いテーブルがポツンとあるだけで、あとは何もなかった。
「寝室は奥の方。隣の部屋は仕事部屋だヨ。パソコンとか、重要な機材がある。難しい説明はそのパソコンに送られる予定だから、あとはそいつに聞いてくれ」
「わかりました」
「じゃあ、俺たちは帰るヨ。出前のチラシも、仕事部屋にあるから」
「えっ……」
(帰っちゃうの?)
説明を終えて父親が俺に背を向けて仕事部屋から出て行く。
俺はそれをパソコンの前に置かれた椅子に座りながら見送る。
「……っ」
(さみしい……)
「っ!ま、待って……!」
俺は椅子から立ち上がり、駆け足で部屋を出て行った。
リビングに着いた時には、玄関の扉が閉まりかかっているところで、逆光の中に、二人の姿が見えた。
「あのっ……あのっ……あ、ありが――」
【バタン】
「……と……っ」
俺の言葉は、二人に届くことはなかった。
「っ……痛い」
俺は伸ばしかけた手を胸にあてた。知らない痛みだった。
痛みを感じると同時に、上手く呼吸が出来なくて苦しくなった。
「はっ……は、うっく……」
毎日当たり前にしていることができなくて戸惑った。
痛みに耐え切れなくて、その場に膝をついた。
「なんでっ……」
俺の言葉に答えてくれる人間はいない。
何度も胸に左手を当てた。
正しい答えは浮かんでこなかった――。
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