第64話『金の子』
【登場人物】
誠:主人公。友達思いの優しい高校生。現在の姿は小学生。家族が大好きで早く元の世界に戻りたいと思っている。冬美のことが好き。悪魔が嫌いなので悪魔に対して少しだけ口が悪くなる。
冬美:元気で明るい美少女。現在の姿は小学生。家庭環境が複雑で、この空間に残ることを望んでいる。
孝志:誠の親友。現在の姿は小学生。兄貴肌で面倒見がよくて優しい性格。父子家庭で幼少期は父親から暴力を振るわれていた。誠をいつも支えてくれる存在。誠の握るおにぎりが好き。
五十嵐:誠の親友。友達のことを大切する優しい高校生。医者の家系で裕福な家育ち。放課後の悪魔と契約して皆を閉じ込めた張本人。そこにはある理由が…。悪魔が疲弊するくらいガチガチの追加契約を作った。
【登場する悪魔たち】
放課後の悪魔:この空間を創った存在。関西弁で話すが、ときどき標準語に戻るのが逆に怖い。常にテンションは軽く、距離も近い。見た目は人間のようだが、明らかに異質。誠たちを翻弄する存在。
宇佐美:誠専属の『コーディネーター』。時間や場所を問わず服を用意できる能力を持ち、寸分の狂いもなく時間を把握できるため、【時計】の役割も果たしている。
名前は『宇佐美』。白くふわふわした毛並みを持つウサギの姿をしている。
シェフ:この空間の専属『料理人』。無口で寡黙、人間があまり好きではなく、長話も嫌い。料理に対するこだわりは現実のプロと遜色なく、「料理に関しては嘘はつかない」という姿勢は本物。つい最近新しい契約者を得た。…誠たちの味方?
清掃の悪魔:常にテンションが高くノリの軽い青年。この空間の『清掃員』
軽い口調からいきなり雰囲気がガラッと変わるため油断できない。
誠が苦手意識を持っている悪魔。シェフとは古い友達らしい。
メイド:丁寧な口調で微笑む、美しいメイド姿の悪魔。
冬美専属の「レディースメイド」として身の回りの世話を担う一方でその本性は冷酷かつ策略家。「性格は悪いです」と本人も公言している。つい最近新しい契約者を得た。
整備士
部屋の整備や修理を担当する悪魔。
無骨だが気さくで、誰とでもすぐに打ち解ける“面倒見のいいおじさん”のような存在。
「嘘を見破る能力」を持つ特例の悪魔
普段は豪快に笑う気のいい兄貴分だが常軌を逸した執着と狂気がのぞく、油断できない悪魔である。
最近新しい契約者を得た。
寝室清掃の悪魔
銀髪眼鏡のメイド服を着た少女の悪魔。
主人公誠が偶然にも遭遇した裏方の悪魔。
普段は清掃が終わるとシェフの用意した食事を厨房に設置されている
従業員休憩室で食べている。
かなりのネガティブ思考で一人で突っ走り結論が出るとすぐに手持ちのナイフで自害しようとするので困る。まだまだ謎の多い悪魔である。
(以降、悪魔たちは順次追加予定)
――早朝5時。
「はい。では、はじめてください」
黒と白の修道服を着た女性の声と同時に室内には紙の音とペンを走らせる音が響き渡る。
誰もが真剣に数字の書かれた問題を食い入るように見つめては、ペンを走らせた。
「先生。終わりました」
試験が開始されてから5分にも満たない時間で俺は、手を上げる。
「相変わらず優秀な子で嬉しいわ。150番」
解答用紙を見て女性は目元に皺を作り笑った。
優秀な子供にしか見せない笑顔。
俺の大嫌いな顔だ。
「まぁ、飽きれたわ」
女性は俺の後ろの方に目を向けると眉間に皺を寄せて深いため息を吐いた。
振り返って見れば、何人かの子供は眠気に負けて机に突っ伏している。
一人は眠気を覚ますために自らの手に血が出るほど
ペンを突き立てて問題用紙を汚していた。
(……狂っている)
異常な空間であると普通の人なら気づくだろう。
でも、ここにいる子供たちの世界の常識はここだ。
気づくことなんてできない。
「優秀なあなたには朝食を選ぶ権利が与えられました。さぁ、150番。貴方が望むものはなんですか」
女性は教卓の中からタブレットを取り出して俺に渡してくる。
ここでは成績が優秀な順に食べ物のランクが変わる。
一位は特別で、どれでも好きな食べ物を選ぶことができる。
逆に順位が低い子供はパン一枚とか、ご飯一杯とか
最悪の場合はコップ一杯の水だけが与えられるんだ。
「ありがとうございます」
俺はタブレットを手に取ると迷わず『おにぎりとみそ汁』を選択した。
そして、女性にタブレットを返して振り返ることなく、部屋を出て行った……
◇◇◇
――夕方17時。
試験を終えた子供たちが食堂で夕飯を食べていると、一人の子供が倒れた。
さっきまで俺の隣に座って、コップ一杯の水を飲んでいた子供だった。
子供が倒れても、誰一人微動だにしない。
みんな、夢中になってご飯を食べていた。
「はぁ、またですか……277番、業者に連絡してください。88番は遺体を運んで」
食堂の中央に座る神父様が深いため息を吐いて、近くに座っていた子供に指示を出す。
番号を呼ばれた子供は目を輝かせて、嬉々として子供を運んでいく。
「今日、えらばれたのはアイツ等か」
「いいなぁ、あれでご飯ランクアップしてもらえるんだもんね」
仕事を与えられた子供は成績が低くても、食事が一つランクアップしてもらえる。
でも、その時だけだ。
試験の成績が良くなければ一生パン一枚か、水しか与えられない。
倒れた子供は、最下位で一か月水しか飲んでいなかった。
「ねぇ、ご飯食べ終わったら勉強見てくれる?」
みそ汁を飲んでいると、成績3位の女子が俺に声をかけてきた。
「別にいいけど。これ、飲み終わってからでいい?」
「うん。急ぎじゃないから大丈夫だよ」
この施設にいる子供たちは皆、年齢がバラバラだった。
俺に声をかけてきた3位の女子も俺よりも年上だ。
この歳でこの整った容姿なら、里親が出来てもいいだろうに
不思議なことに、この施設はまず里親候補が来ない。
番号で呼ばれ、里親候補の来ない施設に俺が違和感を覚えるのは早かった。
それはきっと目の前の3位の女子も同じだろう。
頭がいいやつほど、気づいてしまう。
「あのね、私……『金の子』になりたいの」
「金の子?」
食事を終えて連れてこられたのは、問題集やドリルが置かれた談話室ではなく3位の自室だった。
この施設では成績が優秀な子供にだけ部屋が与えられる。
それ以外の子供は、大部屋で雑魚寝だ。
本棚に並べられた英語の問題集を手に取りながら、彼女は目線を文字に向けたままそう言った。
「キミが来るまで、私、ずっと一位だったんだよ?」
「そうなんだ。それがどうしたの?」
「金の子には、成績が優秀な子供……一位の子供が選ばれるの」
「あのさ、要点をまとめて言ってくれない?俺もう眠たいんだけど」
3位の女子のハッキリとしないモノ言いが面倒だと思った。
彼女の愚痴に付き合うほど自分は優しくない。
「キミはさ、どうしてそんなに頭がいいの?他の子みたいに勉強とか、予習してないよね?」
「どうしてって言われても」
少し戸惑いながら、俺は自分の左手を見下ろした。
自分が普通の子供と違うことは早い段階で理解していた。
でも、明確な理由はわからない。
「俺の利き手?っていうのかな、左手を使えば大抵のことはできるんだよ。聞いたことのない英語も、数字も、紙の上であれば『触れればなんでも理解』できた」
「えっ、な、なにそれ」
俺の返答に3位の女子は、困惑と怒りが混ざったような表情で俺を強く睨みつけた。
(睨まれても困る。こればかりは、自分でもわからないんだ)
「そっか、私のこと、馬鹿にしてるんだね?」
「えっ、いや、俺は聞かれたから本当のこと言っただけで」
「もういい。やっぱり、死んでよ」
――は?
3位の女子は勉強机の引き出しからナイフを取り出すと、ゆっくり立ち上がり俺に近づいてくる。
後ずさりしながら考えるのは、暖かい布団で眠りたい、ただそれだけだった。
「キミにいいこと教えてあげる。この地獄を出る方法はね、死んで臓器売買されるか、金を産む子供として仮初の両親の下で育てられるか、その二つだけなの」
3位の女子は、瞳から大粒の涙を流して笑っていた。
感情と言葉がちぐはぐで頭が混乱しているのかもしれない。
けれど、彼女は優秀が故に正気を失うことが出来ない。
皮肉なものだと、少しだけ同情した。
「私ね、この情報引き出すために神父と寝たの」
「そ、なんだ。避妊はちゃんとしたの?大丈夫?」
「っはは、なにそれ。心配するとこ、そこ?違くない?」
「悪い。どう反応していいか、わからなくて」
この施設の前で拾われて、物心つく頃にはこういう性格だったから。
周りの子供たちからは、頭が良くて感情の無い子供だと気味悪がられた。
敬遠される中で、俺に話しかけてきてくれたのが3位の女子だった。
「俺が死ねば、あなたは、金の子供に選ばれるの?」
「っそうよ」
「じゃあ、殺していいよ」
「は?な、なに言ってるの?死ぬのが怖くないの?」
「痛いのは嫌かな。でも、死んだこと無いから、怖いとかそういうのよくわかんないから」
俺の返答に3位の女子は、顔をくしゃくしゃに歪めると声を荒げて俺に突っ込んで来た。
「っそういう態度が気にいらないのよっ!」
「痛っ……!」
狙いが定まってなかったのか、ナイフは俺の脇腹の端をかすめた。
でも、確実に皮膚は切れているから普通に痛い。
「なにをやってるんですか23番ッ!!」
3位の女子の大声が聞こえたのか修道服を着た見張りの女性が部屋に入ってくる。
女性はわき腹から血を流す俺を見ると、血の付いたナイフを握る3位の女子を睨みつけた。
「これはどういうことですか、23番」
「あっ、いや、ち、違うんですっ!」
「厨房のシェフからナイフが一本紛失したと報告がありましたが、貴方が犯人だったのですね」
「ちがうんですっ、これは、ちがくてっ……っご、ごめんなさいっ!」
言い逃れが出来ない状況。謝っても許されないのは明確だった。
刺されたところが痛い。動かない方がいいと判断して、俺は二人を黙って見つめた。
「あなたは優秀な子だと思っていたのに。なんて馬鹿なことを……残念ですが、人間を攻撃するような子はこの施設には不要です」
そう言って女性は怪我をした俺を抱きあげると、外で待機していた黒いスーツを着た男に何か言って部屋を出て行った。
肩越しから、3位の女子の部屋に黒服の男が入っていくのが見えた。
それから数秒後――
『パン!』と、何かが破裂するような音が廊下に響いた……。
◇◇◇
「はい。では、はじめてください」
黒と白の修道服を着た女性の声と同時に室内には紙の音とペンを走らせる音が響き渡る。
3位の女子が座っていた席には4位の男子が繰り上がりで座っている。
昨日までいた子供が消えても、誰も疑問に思わない。
それが、この世界の常識だった。
「先生。できました」
昨日と同じように5分とかからずに問題を解き終え提出すると、「こ、これ東大の問題よ」少し引いたような、怯えた表情で女性が俺の方を見る。
「あ、相変わらず優秀な子で嬉しいわ。150番」
採点が終わるまで、教室の窓から見える中庭をなんとなく眺めていると「150番」と呼ばれて、女性の方に目を向ける。
タブレットを渡されると思って手を差し出すと、女性は軽く笑うと小さく首を振った。
「今日は、大切なお客様を招いているの。150番、貴方はその方と食事をとってください。いつもの朝食よりも豪華よ?」
「肉ですか?」
豪華な食事と言われて真っ先に思い浮かんだのは肉だった。
「肉よりも豪華な物よ。さぁ、席先に談話室に戻って、時間になったらあなたを特別室に案内するわ」
「わかりました。では、失礼します」
すぐに食事にありつけないのは不満だったけど、滅多に食べれない肉が食べれるのは純粋に嬉しかった。
俺は女性に言われるままに部屋を出ると談話室の椅子に座って、目を閉じた。
眠りながら考えるのは女性の言っていた『特別なお客様』のことだ。
(俺の年齢から考えると、選ばれるのはもう少し後だと思っていたけど……)
恐らく、俺は3位の女子が俺を殺してまで手に入れたかった『金の子』に選ばれたのだろう。
「まぁ、殺されかけたのがきっかけになったんだろうな」
3位の女子には、左手で触れればなんでもできると言ったが……これは正しい返答ではなかった。
椅子にもたれかかりながら左手を宙へとかざす。
「わからないことは、嫌いなんだよ」
そこにたどり着くまでの過程を吹っ飛ばして得た答えは気持ち悪い。
だから俺は必ず回答が終わった後は、頭の中で復習をしている。
パズルみたいなものだ。
答えが正しいなら、それ以外をバラバラにして、その数字にたどり着くまで何通りもの数式を作る。
それを繰り返していれば、左手で触れなくても大抵の問題は簡単に解くことが出来た。
「150番。席を立ちなさい、行きますよ」
目の前には女性が立っていた。
その背後には眠そうに目をこすり食堂に向かう数人の子供たちの姿が見える。
「はい」
俺は椅子から立ち上がると背中を向けて足早に歩く女性の後を小走りでついて行った――
「ここで止まりなさい」
女性に案内された場所は孤児院にある階段だった。
ここを登ると上位の位置にいる子供たちの部屋がある。
子供部屋は建物の裏側にあるのか、ステンドグラスから光が差し込むことはなく、廊下は常に薄暗く、足音だけがやけに響いた。
「今から見ることは他言無用ですよ。もし、他の者に話した場合、一か月の断食をしてもらいます」
「はい、誰にも言いません」
「よろしい」
そう言って女性は階段の下に手を伸ばすと、壁に触れた。
すると、鈍い音を立てて、壁の一部がゆっくりと奥に沈んだ。
ほんのわずかに、俺の目が見開いた。
すぐ隣で子供が血を吐いて倒れても、逃げ出そうとした子供が男に殴り殺されてる姿を見ても大して驚かなかったのに……今までで、一番“異質”なものを見た気がした。
壁にできた隙間を、女性は軽く押した。
開いた隙間の奥に手を伸ばし、懐中電灯を取り出すとスイッチを入れる。
そして、俺の方に振り返ると顎をくいっと前に向ける。
先に行け、と言うことなのだろう。
無言で頷くと、暗闇に入っていく。
肌寒さに体を震わせていると、背後でガコンッと重い音が響いた。
「来なさい」
「はい」
暗闇で唯一の光は女性の持つ懐中電灯だ。
それでも、歩いていれば、道が真っすぐではないことがすぐにわかった。
(下っている?……向かっているのは、地下か?)
歩いていると坑道のような壁が、いつの間にか鉄に変わっていた。
天井には照明がついていて、目に光が入って痛い。
孤児院の中は、ほとんど木でできているのに、ここだけが異様に作りが新しい。
「……」
歩きながら思った。
もしかしたら、このまま地下で殺されるかもしれないって。
殺される理由に心当たりはない。
――けど、両親のいない俺は殺しても誰も困らない存在だ。
気まぐれで殺されても、不思議ではない。
しばらく歩いていると、目の前に鉄の扉が見えた。
扉に設置されている鉄の電卓のような器械を女性が慣れた手つきでボタンを押していると、静かな室内に『認証しました』という無機質で温度を感じない声が響いた。
「私の案内はここまでです。さぁ、この扉の向こうに貴方の人生を変える御馳走が待ってますよ」
そう言って女性は俺の側に行くと背中を軽く押した。
俺は「殺すなら、あまり痛くない方法で殺してほしいな」なんて考えながら、重たい鉄のドアノブを掴んでゆっくりと開いた。
扉の向こうにあったのは四角い大きなスクリーン。
その手前に沢山の食事が並んだ円卓があった。
円卓にはすでに三人の大人が座っていた。
見慣れた神父様。
いつも神父様の側にいる修道服の女性。
そして、その二人に挟まれるように座る
見覚えのない黒服の男。
ふくよかな体型をした黒い服の男性がニコニコ笑いながら俺を見ていた。
見慣れない服装だった。
黒い服には見たことのない飾りボタンが付いていた。
服を見ていたはずなのに、気づけば目が合っていた。
笑っているのに、そこに感情は無い。
気味の悪い笑みだと思った。
俺と目が合うと、ふくよかな男性は細い目をさらに細めて、ゆっくりと口を開いた……
「你好。150号」
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