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悪魔のシェアハウス――悪魔は人を騙すけど嘘はつかない。《友情》《裏切り》《契約》《願い》すべてを賭けた選択の脱出劇  作者: ユキマル02
【鍵の悪魔編】

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第63話『小さな五十嵐くんと大きな冬美』



【登場人物】


まもる:主人公。友達思いの優しい高校生。現在の姿は小学生。家族が大好きで早く元の世界に戻りたいと思っている。冬美のことが好き。悪魔が嫌いなので悪魔に対して少しだけ口が悪くなる。


冬美ふゆみ:元気で明るい美少女。現在の姿は小学生。家庭環境が複雑で、この空間に残ることを望んでいる。


孝志たかし:誠の親友。現在の姿は小学生。兄貴肌で面倒見がよくて優しい性格。父子家庭で幼少期は父親から暴力を振るわれていた。誠をいつも支えてくれる存在。誠の握るおにぎりが好き。


五十嵐:誠の親友。友達のことを大切する優しい高校生。医者の家系で裕福な家育ち。放課後の悪魔と契約して皆を閉じ込めた張本人。そこにはある理由が…。悪魔が疲弊するくらいガチガチの追加契約を作った。



【登場する悪魔たち】


放課後の悪魔:この空間を創った存在。関西弁で話すが、ときどき標準語に戻るのが逆に怖い。常にテンションは軽く、距離も近い。見た目は人間のようだが、明らかに異質。誠たちを翻弄する存在。


宇佐美:誠専属の『コーディネーター』。時間や場所を問わず服を用意できる能力を持ち、寸分の狂いもなく時間を把握できるため、【時計】の役割も果たしている。

名前は『宇佐美』。白くふわふわした毛並みを持つウサギの姿をしている。


シェフ:この空間の専属『料理人』。無口で寡黙、人間があまり好きではなく、長話も嫌い。料理に対するこだわりは現実のプロと遜色なく、「料理に関しては嘘はつかない」という姿勢は本物。つい最近新しい契約者を得た。…誠たちの味方?


清掃の悪魔:常にテンションが高くノリの軽い青年。この空間の『清掃員』

軽い口調からいきなり雰囲気がガラッと変わるため油断できない。

誠が苦手意識を持っている悪魔。シェフとは古い友達らしい。


メイド:丁寧な口調で微笑む、美しいメイド姿の悪魔。

冬美専属の「レディースメイド」として身の回りの世話を担う一方でその本性は冷酷かつ策略家。「性格は悪いです」と本人も公言している。つい最近新しい契約者を得た。


整備士シンさん

部屋の整備や修理を担当する悪魔。

無骨だが気さくで、誰とでもすぐに打ち解ける“面倒見のいいおじさん”のような存在。


「嘘を見破る能力」を持つ特例の悪魔


普段は豪快に笑う気のいい兄貴分だが常軌を逸した執着と狂気がのぞく、油断できない悪魔である。


最近新しい契約者を得た。



寝室清掃の悪魔


銀髪眼鏡のメイド服を着た少女の悪魔。

主人公誠が偶然にも遭遇した裏方の悪魔。


普段は清掃が終わるとシェフの用意した食事を厨房に設置されている

従業員休憩室で食べている。


かなりのネガティブ思考で一人で突っ走り結論が出るとすぐに手持ちのナイフで自害しようとするので困る。まだまだ謎の多い悪魔である。




(以降、悪魔たちは順次追加予定)


「いつも冷めたご飯だったからさぁ、シェフの出来立てご飯食べてみたかったんだよねー」


 そう言ってニコニコ笑顔で朝食のパンを頬張る竜胆には、多方面から様々な感情が入り交じった視線が突き刺さっていた。


 あの後、壮大なネタバラシをかました竜胆は、怒りに震える僕と、放心状態の孝志の肩を組んで食堂に向かった。


 そして今はというと、呑気に朝食を食べている。


「は?ちょっと待って、もしかして、あそこでバラしたのって……シェフのご飯が食べたかったからだけ!?」


 竜胆の言葉に一番最初に反応したのは、僕だった。

 もし、さっきの言葉が本当なら――今すぐにでもこの悪魔を殴りたい。


「え?そうだけど、それ以外の理由なんてないよ?」


 しかし、残念なことに僕は竜胆を殴れる位置にいない。

 契約者の僕が一番竜胆との距離が遠いってどういうこと?


 竜胆との距離が遠い理由は――


「え~、寝起きに竜胆とか、最悪すぎん?」


 竜胆が放課後の悪魔大好きマン(ウーマン?)だからである。


 竜胆は朝食会場に入るなり「ご主人様ーっ!」と言って

 本当のご主人様のところに走り寄って行った。


 その姿は、顔の整った男女というより、じゃれる犬と飼い主にしか見えない。

 僕は、いつ男の竜胆が出てこないか心配で……


「あ、ジュースなくなった」


 さっきから飲みものばかりが減っている状況だ。

 シェフにお代わりを頼むと何か言いたげな顔を向けられて、コップを無言で受け取られた。


「ぐっ……っ僕の頑張りを返せよって言いたいけど!シェフの料理を引き合いに出されると、言い返せないっ」


 悔しいけどシェフが作る出来立てのご飯は最高だ。

 今まで竜胆が冷めたご飯を食べていたなら、出来立てご飯は一度でもいいから食べるべきだ。


 拳を握り、心に渦巻く感情に葛藤する僕を孝志が冷ややかな表情で見ているのが、視線でなんとなくわかった。


 さっきから、汗が止まらないのもそのせいだ。


 そう、竜胆だけじゃない。

 僕も、様々な視線を向けられている状況なのである。


 ……ほとんどは竜胆のせいだけど。


「寝室清掃担当ねぇ……てことは、竜胆。お前は最初からいた悪魔なのか?」


 五十嵐くんは僕から目線を外さないまま、声だけで竜胆に質問する。

 流石、五十嵐くんだ。……目が怖くて見れない。


 目の前の朝食にだけ目を向けていると、無言で中身の入ったコップが置かれる。


「はい。誠サマだけではなく、皆さんのお部屋も担当してます」


 竜胆はまるでそこが自分の定位置みたいに放課後の悪魔の膝に乗って頬ずりしながら五十嵐くんの質問にニコニコ笑顔で答える。……少し、空気を読んでくれないかな?


 その状態で朝食を食べる放課後の悪魔すごいなって思ったけど……よく見たら目が死んでいた。


 24時間たっぷり寝たのに、起きて竜胆がいるのは、確かに最悪かもしれない。

 放課後の悪魔に少しだけ同情した。


「いつもご飯食べ終わって帰ると布団綺麗になってたのは、竜胆さんのおかげだったんだね!」


 ありがとね~と言って笑う冬美は珍しく半そでタイプのパーカーを着ていた。

 それを見て僕は、誰にも気づかれないように安堵のため息をはいた。


「鍵の悪魔ってのは、本当なのか?」


 僕に向けられていた五十嵐くんの鋭い目線が、今度は竜胆へと向けられる。

 竜胆は肩をビクッと震わせると、胸の前に両手を添えて怯えたような表情を浮かべた。


「そ、そんな警戒しないでください。あんまり怖い顔してると――【rock】しちゃいますよ?」


 ――は?


 【ガチャン】と僕の中で、何かが閉まるような音が聞こえた。


 顔を上げて周りを見ると、五十嵐くんたちは動きが止まっているだけで、その表情に変化はない。


(竜胆の、鍵をかける音は、僕にしか聞こえないのか?)


 人間側の動きが止まる中、悪魔たちは皆、面白いと言わんばかりの表情を浮かべている。


「り、竜胆、お前っ……」


 流れるように能力を使われて頭が追い付かない。

 喉に張り付いたように、声がうまく出せない。


 見える方の目で竜胆の方を見ると、竜胆はゆっくり僕の方に顔を向けて

 にやりと悪い笑みを口元に浮かべていた。


「聞こえるか、聞こえないか、そこは俺の自由に出来るんだよ」

「ははっ、竜胆最高やん」


 放課後の悪魔がゲラゲラ笑いながら竜胆の頭をぐしゃぐしゃに撫でる。


 竜胆は目を見開き周りに星を散らしながら「お褒めにあずかり光栄です!!」と言って頬を赤らめて満面の笑顔をご主人様に向けた。


「あ、シェフ。パンおかわりしてもいいですか?」


 静かになった室内で初めに声を出したのは冬美だった。


「あぁ、いいぞ。他におかわりしたいやつはいるか?」

「あ、じゃあ俺もしようかな。五十嵐は?」

「っ!」


 見えない右側から孝志の声がして、不覚にも驚いてしまった。


 対価を渡した以上、この視界に慣れなきゃいけないのだと思うと辛い。

 義眼がある方の目に触れようとした手を寸でのところで、右手で押さえつけた。


「あ、あぁ。俺は、いいよ。もう食べ終わったら、食後の紅茶は欲しいかな」


 五十嵐くんが、少し首を傾げながら答える。

 他の2人と違って彼だけは、違和感を感じているのかもしれない。


 でも、答えを出すことはできないだろう、竜胆が鍵をかけた時の音は……たぶん、契約者である僕しか聞こえないから。


「おじさんも紅茶、貰おうかな」


 口元を白い布で拭きながら放課後の悪魔はシェフに注文をする。


「俺は、珈琲飲みてぇな。お前は?」

「僕はオレンジジュース~」

「珈琲のついでに持ってきてやるよ」

「え?いいの~?ありがとシンさん」


 続けてシンさんが珈琲を淹れるために席から離れた。

 さっきの会話なんてなかったかのように、止まっていた日常が動き出した。


 ――僕だけが、動けない。



 そして、あの時と同じように

 竜胆はなにを【rock】したのか宣言していない。


「わかった。今、紅茶もパンも持ってくる」


 4人からの注文を聞いてシェフが厨房に消えていく。

 僕は見える方の目で、その背中を見送った……。




◇◇◇



「は!?ぎ、疑心、警戒心、不信感を【rock】した!?」


 ちょっと待って、お前、そんな一気に施錠できるの!?


「能力ってさ、体の一部みたいなもんなんだよ。イチイチ、どこをロックします~なんて言うのめんどくせぇし」


 放課後の悪魔の前で見せた従順が嘘のように、竜胆は僕のベッドに土足で上がって寝転んでいる。


「いや、わかるけどさ。僕の時は言ってたじゃん」

「えー、あー?言ってたか?じゃあ、アレだよ、ほら、初回限定特典みたいなもんだ」

「書店員さんかよ」

「てか、あのクソ重たい空気の中シェフのうめー飯食いたくなかったんだよ」

「おい、竜胆。マッチポンプって言葉知ってる?」


 お前が早々に契約のことバラしたからでしょーがっ!


「んだよ~、だから食堂で施錠してやっただろ?それでチャラでいいじゃん!」

「は?ちょっと待って、もしかして最初から施錠するつもりだったの!?」

「そうだけど?だってしょうがねぇじゃん。シェフのご飯食べるためには、バラす必要があったんだよ!」

「いや、言ってくれれば、僕がシェフに頼んで、竜胆だけに朝食を用意してもらうこともできたけど」


 僕たちには昼にしか使えない『命令権』がある。

 使えば、できないこともないだろうけど……


「いや、シェフのご飯を命令で作ってもらうには抵抗がある。うん、やっぱり素直にお願いしよう」

「……は?俺、悪魔だけど??」


 僕の言葉に竜胆が「意味わかんねー」というように首を傾げている。

 いや、え?僕、なんか変なこと言った?


「竜胆が悪魔なのは最初からわかってるよ。僕は、竜胆と同じくらいシェフのご飯が好きだからさ。あったかいご飯食べたいって気持ちわかるんだ」

「……ん~?」


 僕の言葉にさらに竜胆は、腰を深く横に曲げて首を傾げる。

 え?待って、僕ちゃんと日本語で話してるよな?


「で、でも、助かったよ。正直、竜胆の対価のこととか皆には話せなかったから……それに、記憶の部屋は、僕一人で見るつもりだったから」


 立ちっぱなしで会話するのに疲れて竜胆の隣に僕は、左側に座った。

 そんな僕を、竜胆がジッと見つめている。


 眼鏡の奥の青い瞳が、まん丸に見開かれていた。


「……今、ご主人様2号が使えるのは、一番簡単な『鍵の施錠・解除』です。さっきボクが使った、心や感情の施錠はまだ誠サマには、早いというか……無理だな」

「あのさ、できれば最後まで女の子の声で喋ってくれない?」


 竜胆は、女の子のまま、途中で低い男の声に変わることがよくある。

 昼夜性別が逆転する悪魔に慣れてないから、できれば統一して欲しいものだ。


「むしろ、僕は今の話を聞いて安心したよ。僕は、ただ記憶の部屋の鍵を開けたいだけだから、心をどうこうするつもりは無いから」


 さっき友達に使われているのを見て、竜胆の能力が怖いと思った。

 あれは、人の意思を無視した、手錠のようなものだ。


 しかも、拘束されている側は気づくことができない。


「へ~、普通なら鍵開けよりも、お前がいらねぇって言ってる方の能力の方が欲しがるんだけどな」

「いやだよ。そんな能力、持ってるだけで怖い」

「ふーん。やっぱ変わってんな、ご主人様2号」

「そのご主人様2号もやめて。普通に、誠って呼んでいいから、サマもつけなくていいよ」


 少しため息交じりに言えば竜胆は「えー、俺のご主人様なんだから、ご主人様2号がいい!」と布団の上でだだをこねたので僕の方が折れた。


 もう、いいよ。めんどくさいからご主人様2号で。


「竜胆、今は女の子なんだから。ほら、スカート、パンツ見えるから。お行儀良くして」


「お前は俺の母ちゃんかよ」




◇◇◇




 ――深夜3時。



 僕は自室の扉をそっと開けて廊下に出た。


「うぅっ、寒いな。もしかして、夜は暖房切ってる?」


 僕の服装は薄手のパーカーに迷彩の柄の半ズボンだ。

 

 宇佐美に温かい服を頼めばよかったなんて思っていると、後ろから銀髪で長身の男が、僕の頭を支えにするように片手を置いて扉の奥からヌッと現れた。


 綺麗に割れた腹筋には、今日も竜胆の入れ墨が彫られている。


「竜胆は寒くないの?」

「ん?こんなの寒いうちに入らねーよ」


 部屋から出ると竜胆は欠伸をしながら首裏をかいた。

 夜になったから竜胆は女から男の姿になっている。


「あれぇ?なんか、ご主人様2号ちっちゃくね?」


 僕を見下ろしながら竜胆が眠そうな目を向けると、ニヤニヤと意地悪な笑みを見せた。


「それは、たぶん竜胆がデカいだけだよ。あと、僕、小学生だからね。小さいのは当たり前だよ」


 初対面の時、竜胆はソファーに座ってたから少し小柄な印象があった。

 けれど、どうやらそれは目の錯覚のようだった。


 遠近法?ってやつかもしれない。

 僕の顔は、竜胆の腰くらいにある。


「んじゃ、ま。時間ないし早く行こうぜ」


 竜胆は僕の手を当たり前に掴むともう一度大きな欠伸をして、廊下を進んで行く。

 僕の小幅を考えない歩きは子供の僕には、駆け足でついていくのがやっとだった。


 静かすぎる廊下には竜胆の迷いのない足音と、タタンッと引きずられる僕の足音が煩く響いていた。


「うぅ、なんか気持ち悪っ」


 片目の視界に慣れていないせいか、少し気分が悪い。

 痛む頭を空いた方の手で押さえていると目の前に3階に繋がる階段が見えた。


「あ?」


 一段目の階段に足を置いたところで竜胆が声を出す。


「どうしたの?」


 けれど、それも一瞬で竜胆は口元に嫌な笑みを浮かべると僕の手を強く引っ張った。

 そして、そのまま肩に乗せると駆け足で階段を上っていった。


「え?は!?竜胆!?いきなりどうしたんだよっ……っうぇ、視界がっ、気持ち悪いぃ」

「悪い悪い。でもよ、これから面白いモン見れると思うと足が止まんなくてよぉ」

「お、面白いもの?」

「そう。ほら、見てみろよ」

「見るって、なにが……」



 ――え?



 記憶の部屋の前に、人がいた。


 それは、僕のよく知る人物で……

 ここに、いて欲しくなかった人だった。


「……孝志。な、なんでいるんだよっ」


 扉の前にいたのは、孝志だった。


「っ竜胆、お前。あの時、【rock】したんじゃないのかっ!?」


 僕の悲鳴に近い怒りの声が壁に当たって響き渡る。


 怒りのまま後ろを振り返ると、意外にも真剣な表情で孝志を見据えてる竜胆がいた。

 僕はその気迫に言葉を続けることができなかった。


「あぁ、【rock】したぜ?」

「じゃ、じゃあ、なんで孝志がここにいるんだよ」


 朝食の時の孝志は、他の2人と同じように竜胆の能力で疑う心を封じられていたはずだ。


「えっ、あ、悪い……なんか、お前が、その……いつもより『静か』なのが気になって、シェフに相談したんだ」

「静か?……いや、僕は……」


 孝志に言われて今日の自分を振り返る。


「たぶんいつもより煩かったと思うけど?」


 竜胆がいたせいか、ひたすらに竜胆に向かって声を荒げていた。

 静かとは程遠い。


 孝志はなにを見て静かだと思ったんだ?


「なるほどなァ。そういう選別方法か!孝志クンだっけ?お前、意外と頭使えるやつだな」

「えっ、てか、ソイツ誰?竜胆って、確か放課後の悪魔にベッタリだった女の子だよな?」


 なぜか一人だけ納得して楽しそうな竜胆を見て、孝志が困惑している。


 僕も未だに慣れないけど、竜胆の性質を知らない孝志が、昼間の美少女を竜胆と認識することは難しいだろう。


「えっと……」


 僕としては、今一番知りたいのは孝志がこの場所にいることだ。

 でも、竜胆のことも説明しないとその話すらできないだろう。


「竜胆は……」


 ――と言いかけたところで、目の前に竜胆の背中が見えた。


 僕が疑問に思うよりも早く竜胆は孝志に近づくと、小さな体を片腕で持ち上げ、困惑して目を見開く孝志の耳元にそっと唇を寄せた。


「っ!?え、はぁ!?えっ、この声って、え……えぇえっ!?」


(あ、声を聞かせたのか)


 恐らく竜胆は、孝志の耳元で僕の時と同じように女性の声で自己紹介をしたのだろう。

 まぁ、あれが一番手っ取り早い方法なのは確かだ。


「ぎゃははっ!いい反応するじゃん!!こういう反応みれっから、この体質もやめらんねぇんだよなぁ!」


 僕と竜胆、何度も交互に見る孝志の反応を見て竜胆は歯を見せてご機嫌に笑っている。


「はぁ……。竜胆いいから、早く孝志を下ろせ」

「んははっ、承知しましたぁご主人様2号」


 僕の言葉に竜胆は素直に従って孝志を降ろすと、ついでとばかりに孝志の頭をひと撫でした。

 そして、さっと僕の隣に身を置いた。


「えっと……どう説明したらいいかな……き、聞いたからわかると思うけど。竜胆は昼と夜で性別が変わる、少し変わった悪魔なんだよ」

「っそ、そーみたいだな。ムキムキの男から、昼間聞いた可愛い女の子の声がして、マジでびびった」


 少し赤くなった片耳を押さえながら孝志がぎこちなく答える。


「あはは、僕も正直まだ慣れてないよ」


 少しの間をおいて、僕は孝志の顔を真っ直ぐ見た。



「――それで、孝志はどうしてここにいるの?さっき、僕のこと静かって言ってたけど……僕は、それだけの理由で、記憶の部屋にたどり着くとは思えないんだ」

「っそれは……」


 孝志はさっと目線を地面に向けると口元を強く結んで眉をひそめた。

 けれど、それも一瞬で、すぐに僕の方へと向き直る。


「お前が、鍵の悪魔と契約したなら……ここに来るって思ったんだよ……お前、一人でな」


「!!」


 今度は僕が言い淀むほうになった。

 力強い目をした孝志が一歩、僕に近づいてくる。


「何年お前と、友達やってるって思ってんだよ?お前はさ、俺がシェフと契約したことに負い目を感じてる。それだけじゃない、冬美の母親が殺されたのを見たことも、全部……お前は、自分のせいにしちまう奴なんだよ」

「孝志……」

「俺が選んだ選択は、俺だけのもんなんだよ。でも、俺が何回言ってもお前は背負っちまう。なら、お前の選択を俺が邪魔する権利だってある」

「な、なに意味わかんないこと言ってるんだよ」


 不安になって、隣にいる竜胆を見れば、竜胆は口元に笑みを浮かべながら孝志の方を見ている。


「俺も一緒に見るぞ。五十嵐の記憶」


 覚悟を決めた孝志は強い。そんなこと、僕が一番わかっている。


「っわかった、よ」


 僕は強く握りしめている拳をひらくと肩の力を抜いた。

 孝志がこの部屋にいる段階で、僕が孝志に勝てるわけがない。


 諦めに近いような声が出る。


 それと同時に、ずっと心に張り詰めていた緊張が静かに解けていくのを感じた。


「でも、条件がある。もし、僕と一緒に記憶の部屋に行くなら……対価のことは絶対に聞かないで欲しい。これが、一緒に行く条件だよ」


「っおう。わかった、対価のことは……一生聞かねぇ」


 孝志の表情には一瞬迷いがあった。


 けれど、そんな迷いも感じさせないほどに頷く孝志の瞳は、強く輝いていた。

 ……やっぱり孝志には勝てないなぁ。


「っじゃあ。時間も無いし、開けるよ」

「っあぁ、頼む」


『開ける』その一言で、この空間に強い緊張が走った。

 僕は呼吸を整えると、扉に向かって一歩足を踏み出した。


「竜胆。扉を開けるときは、なんて言えばいいの?」


 前に進みながら、後ろにいる竜胆に声だけで質問をする。


「言葉は全部一緒だ。 施錠は【rock】 解除は【unlock】だ」

「なぁ、なんで英語なんだ?日本語の方がカッコよくね?」

「わかってねーなぁ孝志クン。英語の方が、なんかカッコいいだろーが。なんか、悪魔っぽくていいじゃん」

「いや、なんかしか言ってねぇじゃん」


 緊張している僕とは裏腹に、後ろで二人が緊張感のない会話を繰り広げている。

 そんな二人のやり取りが、今の僕には有難かった。口元に自然と笑みが浮かぶ。


「っ開けるよ」


 部屋はそこまで広くないから扉にはあっという間に着いた。

 宇宙を模した幾重にも重なる丸い装飾が施されていた扉。


 そして、中央に飾られた対称的な二人の男女のレリーフ。


 僕は、錠前にそっと触れると呟くように解除の言葉を唱えた……



『――【unlock】』


 ――次の瞬間、【ガチャン】と音が鳴って錠前が床に落ちた。


 そして、扉に巻き付いていた鎖は扉に描かれた宇宙の中へと吸い込まれるように姿を消した。

 男女のレリーフが動き出す。


 女はハープで美しい音色を奏でて、男はハープを鳴らす女に弓矢を放った。


「えっ!?」


 男の矢がハープを奏でる女の胸を突き刺し、女の体から血が流れた。

 

 その血が中央線を描くように上下に伸びていくと宇宙を模した扉は、血の中央線が生まれたことで、美しい絵画から本当の『扉』に姿を変えた。


「っすごい……」


 僕は、目の前の光景に魅入っていた。


 どんどん赤い血が線となり、扉の形を作っていく。

 男のレリーフが涙を流し動かなくなった女の体を抱きしめて、宇宙の中へと二人消えていく……


 そして、赤い線の中央が静かに、ゆっくり開かれた――


「開いた……」


 僕は記憶の部屋を見てから、心の何処かで、この部屋の向こうを想像していたのかもしれない。

 記憶の部屋だから、図書館のように広い空間に沢山の本があるのかもしれない。


 サイバーパンクのような世界で、見たことも無い機械の中に記憶のデータがある……そんな、いろんな想像をしていた。


「……え?」


 しかし、僕が想像した世界はそこにはなかった。

 扉が開かれた先にいたのは――



「五十嵐くん……と、ふ、冬美?」



 扉の向こうは真っ白い空間だった。


 その中央には、ワイシャツにブレザー、半ズボンというやけにきちんとした格好をしている、幼い五十嵐くんが立っていた。


 そして、すぐ隣には見たこともない綺麗なドレスを着た高校生の冬美が立っている。


「は?五十嵐?……え?お前は……もしかして、冬美か?」


 遅れて部屋に入って来た孝志も二人を見て僕と同じ反応をしている。

 どうして記憶の部屋に幼い五十嵐くんと高校生の冬美がいるの?


 互いに顔を見合わせて、もう一度二人に顔を向けると小さな五十嵐くんが口元に笑みを浮かべた。


「記憶の部屋へようこそ。俺は、記憶の管理をしてる、五十嵐だよ」

「五十嵐くんが、五十嵐くんの記憶の管理してるの?」


 五十嵐くんの名前が多くて頭が混乱しそうだ。


「ははっ、混乱するのも無理ないか。ま、時間もないし、どっちか選んでよ」

「えっ、選ぶって」


 小さな五十嵐くんは僕の反応を見ると、また楽しそうに笑って左手を前に出した。


 すると、小さな手のひらに青い水晶玉が現れる。

 それは、手のひらに落ちることなく空中にふわふわ浮いていた。


「あ、私も!今、出すね!」


 そう言って隣にいる冬美も、右手を出してその手のひらの上に真っ黒な水晶玉を出した。


 どうしよう、全然、頭が追い付かない。

 この状況を理解するのに、時間がかかっている。


 さっきから見せられるものを目で追うのが精一杯だった。


「これが、お前らと会う前の五十嵐の記憶だよ」

「僕たちの会う前って……転校してくる前の五十嵐くんってこと?」

「記憶っていうのは、一番曖昧で、一番本人が自由に改ざんできるものなんだよ。本人の口から語られるものが真実とは限らない」

「それは……五十嵐くんが僕たちに、嘘をついてるってこと?」


 僕の言葉に小さな五十嵐くんが困ったように首を振った。


「うーん。嘘はついてないよ。でも、もう一人の俺のことは、誠たちの知ってる五十嵐は知らないから。だから、誠の知ってる五十嵐は何一つ嘘はついてない」

「そ、そうなんだ。じゃあ、なんで、五十嵐くんの記憶に冬美がいるの?」


 目線を少しだけ隣にいる冬美に向けて言えば、小さな五十嵐くんは横を向いてしっかりと冬美を見た。


「五十嵐が、絶対に見せたくない記憶だからだよ。俺としても……見るのはお勧めしない。最初は俺にしなよ」


「見せたくない記憶……」


 ……どうしよう。そう言われると気になってしまう。


 好きな人の記憶なら尚更だ。

 それに、あの一度も見たことのない冬美の服装も気になる。


「誠、何迷ってんだよ」


「っ孝志」


 二人を交互に見て迷っていると後ろから孝志に肩を叩かれる。

 視界の端では、竜胆が扉の入り口付近であおむけに寝そべっているのが見えた。


 いや、自由すぎない?


「五十嵐の記憶を見た後に、冬美を見ればいいだろ?今日が無理なら、明日でもいい。もうこの扉はお前が自由に開けられる。焦る必要なんてねぇだろ?」

「っうん。そうだね」


 最初の目的を忘れるところだった。


 僕たちがここまで頑張って来たのは、シェアハウスから出るため。

 そのヒントが五十嵐くんの記憶にあるかもしれないんだ。


「五十嵐くん」


 僕は、小さな五十嵐くんに向き直る。

 それを見て小さな五十嵐くんは口元に笑みを浮かべると、水晶玉を前に差し出した。


「いい選択だ。じゃあ、この水晶に触れてみなよ」


 僕と孝志は互いに一度顔を見合わせると、水晶玉に手を伸ばした――




『さぁ、ここから先は――五十嵐優介の物語だよ』



最後まで読んで頂きありがとうございました。











【お知らせ】


続きを待ってくださっている方向けに

noteで【先読み】を始めました!


最新話より少し先まで読める内容になっています。

応援も兼ねた形になりますが、興味のある方はぜひ覗いてみてください!


先読み更新はXにてお知らせします。


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