第61話『ご主人様2号』
【登場人物】
誠:主人公。友達思いの優しい高校生。現在の姿は小学生。家族が大好きで早く元の世界に戻りたいと思っている。冬美のことが好き。悪魔が嫌いなので悪魔に対して少しだけ口が悪くなる。
冬美:元気で明るい美少女。現在の姿は小学生。家庭環境が複雑で、この空間に残ることを望んでいる。
孝志:誠の親友。現在の姿は小学生。兄貴肌で面倒見がよくて優しい性格。父子家庭で幼少期は父親から暴力を振るわれていた。誠をいつも支えてくれる存在。誠の握るおにぎりが好き。
五十嵐:誠の親友。友達のことを大切する優しい高校生。医者の家系で裕福な家育ち。放課後の悪魔と契約して皆を閉じ込めた張本人。そこにはある理由が…。悪魔が疲弊するくらいガチガチの追加契約を作った。
【登場する悪魔たち】
放課後の悪魔:この空間を創った存在。関西弁で話すが、ときどき標準語に戻るのが逆に怖い。常にテンションは軽く、距離も近い。見た目は人間のようだが、明らかに異質。誠たちを翻弄する存在。
宇佐美:誠専属の『コーディネーター』。時間や場所を問わず服を用意できる能力を持ち、寸分の狂いもなく時間を把握できるため、【時計】の役割も果たしている。
名前は『宇佐美』。白くふわふわした毛並みを持つウサギの姿をしている。
シェフ:この空間の専属『料理人』。無口で寡黙、人間があまり好きではなく、長話も嫌い。料理に対するこだわりは現実のプロと遜色なく、「料理に関しては嘘はつかない」という姿勢は本物。つい最近新しい契約者を得た。…誠たちの味方?
清掃の悪魔:常にテンションが高くノリの軽い青年。この空間の『清掃員』
軽い口調からいきなり雰囲気がガラッと変わるため油断できない。
誠が苦手意識を持っている悪魔。シェフとは古い友達らしい。
メイド:丁寧な口調で微笑む、美しいメイド姿の悪魔。
冬美専属の「レディースメイド」として身の回りの世話を担う一方でその本性は冷酷かつ策略家。「性格は悪いです」と本人も公言している。つい最近新しい契約者を得た。
整備士
部屋の整備や修理を担当する悪魔。
無骨だが気さくで、誰とでもすぐに打ち解ける“面倒見のいいおじさん”のような存在。
「嘘を見破る能力」を持つ特例の悪魔
普段は豪快に笑う気のいい兄貴分だが常軌を逸した執着と狂気がのぞく、油断できない悪魔である。
最近新しい契約者を得た。
寝室清掃の悪魔
銀髪眼鏡のメイド服を着た少女の悪魔。
主人公誠が偶然にも遭遇した裏方の悪魔。
普段は清掃が終わるとシェフの用意した食事を厨房に設置されている
従業員休憩室で食べている。
かなりのネガティブ思考で一人で突っ走り結論が出るとすぐに手持ちのナイフで自害しようとするので困る。まだまだ謎の多い悪魔である。
(以降、悪魔たちは順次追加予定)
【ガチャン】と僕の中で、何かが閉まるような音が聞こえた。
(な、なんだ?なんの音だ?)
足が地面に縫い付けられたように動かせない。
この状況を確認したいのに、頭がぼーっとして考えることがめんどうだと思ってしまう。
普段の自分ならあり得ない感覚に戸惑い、時間だけが過ぎていく。
「よしよーし、そのまま部屋入って来いよ。鍵なんてかかってねぇから」
続くように聞こえて来た声に導かれるように、僕の手が躊躇なくドアノブを回した。
さっきまでの緊張も、警戒心も全て置き去りにしたような軽やかな足取りに、今ここにいるのは本当に僕なのかと疑ってしまう。
部屋に入ると、暗闇にピンクや緑、青と言った派手な色の照明が僕の目を刺激した。
そして鼻を刺す強い酒の匂い。
眩しくて、光を手で遮りたいのに体はまったく言うことを聞いてくれない。足はゆっくりと進んで行く。
目が照明に慣れてきたのか、部屋の中にあるものの輪郭がハッキリ見えてきた。
派手な照明に照らされたバーカウンター。その後ろには、ラベルに英語が表記された見たことのないお酒が沢山並べられていた。
僕たちの部屋とは異なる構造に周りを見たいのに、頭は前に進むことしか考えていない。
自分の体なのに、自由に動かせないもどかしさに、唇を強く噛み締めることもできない。
カウンターの手前に置かれたワイン色のソファーには、上半身裸の体に入れ墨を入れた銀髪の男が一人座っていた。
ひじ掛けに頬杖をつきながら、緩く口元を釣り上げて僕を見据えている。
「っな、なんで……」
咄嗟に出てきたのはそんな言葉だった。
男に対しての言葉じゃない。無意識に出てきた言葉だ。意味なんてない。
「なんで?お前の警戒心に【鍵】をかけただけだ」
「!か、鍵って」
男の言葉を聞いて、僕は目を見開いた。
僕の反応見て、男の口元が更に吊り上がる。唇の隙間から鋭い牙が見えた。
「はじめまして。誠クン、俺の名前は竜胆。お前が探してる『鍵の悪魔』だ」
「え!?か、鍵の、悪魔……!」
男の正体を知って僕の体に緊張が走る。未だに、体の自由は効かない。
唯一動かせる目で、鍵の悪魔と名乗る男を見据えた。
「……ふ、双子じゃないじゃん」
「は?」
少しの間を置いて出てきたのはそんな言葉だった。
だって、何度見ても僕の目の前にいるのは、男一人だ。
あの記憶の部屋にあった双子座も、男女のレリーフも何一つとして男に当てはまらない。
「双子?……あぁ、くくっ……なるほどなぁ。確かに、この姿では【はじめまして】だもんなぁ。まぁ、少し待てよ、面白れぇモン見てせてやっから」
男はポカンと呆けたような表情を浮かべたかと思うと、口元に手を当てて喉の奥で笑った。
そして、首をコキコキっと鳴らして、角ばった指先でのど仏に触れる。
「お久しぶりですね。ボクのこと、覚えてますか?『寝室清掃担当』の悪魔です」
「は!?えっ、えぇええええ!?」
見た目とかけ離れた可愛らしい声に驚きすぎて、悲鳴に近い叫び声が上がる。
この声には聞き覚えがあった。僕はこの声を知っている。
知っているからこそ混乱する。
「なんっ、え!?は?あぇ、あの、見た目すごい男というか、ギャングみたいだけど女の子なんですか!?」
「混乱しすぎろ、男に決まってんだろーが。下脱いで見せてやろうか?」
「全力で遠慮させて頂きますっ!!」
「ははっ、うるせっ」
「うるさいって、そりゃあ、ズボンに手をかけて明らかに見せようと……って、なんで僕は、普通に話続けようとしてるんだ?」
さっきから自分に対して違和感しか感じない。
初対面の悪魔なのに、僕はどうしてこの悪魔に対して危機感を感じていないんだ?
まだシンさんとはじめて会ったときの方が、警戒心というものを持っていた。
(ん?警戒心……)
その言葉で僕は、先ほど銀髪の男がサラッと言っていた言葉を思い出した。
『なんで?お前の警戒心に【鍵】をかけただけだ』
「っ!? うそ、だろ。鍵って」
確信は、まだ持てない。
でも、悪魔の発言と僕自身に感じる違和感を考えれば答えは導き出せる。
長く生活していることで、シェフの時に学んだことを忘れていたのかもしれない。
「と、扉以外にも、かけられるのか!?」
――悪魔の能力の使い方は、人間の常識で考えてはいけない。
「なるほどなァ、ご主人様から聞いてはいたが、お前そこそこ頭いいみてぇじゃん」
僕の答えに銀髪の男……いや、名前を名乗ってたから、これからは竜胆と呼ぼう。
竜胆は興味深そうに体を少し前に出すと、ニヤリといやらしく目を細めた。
「あの、色々聞きたいことがあるんだけど、その前に鍵を解除してくれませんか?」
この先、契約の話をするにしても僕にとって警戒心は必要な物だ。
それを封じ込まれたまま契約の話をするのは危険すぎる。
「いいぜ。お前の警戒心を【unlock】する」
【カチャッ】と僕の中で、何かが開く音が聞こえた。
――その瞬間、僕は床に膝をついていた。
「っ!?はッ……っはっ、な、なんだ、コレぇっ」
額から大量の汗が零れ落ちて床の上にポタポタと落ちている。
心臓が早く脈を打って呼吸が苦しい。
今まで普通に会話していたのが嘘のように、足がガクガクして立つことさえできない。
一体、僕の体に何が起こったんだ?
「あー、俺はなにもしてねぇぞ?お前の蓄積された警戒心が、解除したことで一気に体に廻っただけ。つーか、どんだけビビってたんだよ?ウケるわ」
「はっ、ち、蓄積された警戒心?」
「そ。俺が鍵をかけたのはお前の警戒心であって、お前自身には鍵をかけてない。だから、表面では感じてないもんも、お前自身はずっと恐怖や不安を感じてる。鍵を解除することで、警戒心がプラスされてオーバーキル状態になってんだよ」
しばらくし黙ってれば落ち着くと思うぜ?そう言って竜胆は、にやりと笑った。
「っじゃあ、僕が落ち着くまでの間……話を、してもいいかな」
僕は震える体を無視して目線だけを竜胆に向けた。
この悪魔は、が多すぎる。
竜胆は、何か行動起こす前に動きだけじゃなくて、僕の精神的なものに鍵をかけた。
今までの悪魔と、竜胆は明らかに違う。
「り、竜胆って名前は本名?悪魔は名前を大切にしてるって聞いてるけど、そんな簡単に教えて大丈夫なの?」
「あ?聞きたいことって名前のことかよ。つくづく変わってんな」
「僕は心配なだけなんだよ。だって、僕は竜胆、キミと契約するんだ。もし、それが本名なら僕は呼び名を考えなきゃいけない。大切なことだよ」
「は?」
僕の言葉が予想外だったのか、竜胆は呆けた表情で少し口を開けて目をパチパチさせると、口元を釣り上げる。
カウンターの派手な照明が、竜胆の唇から覗く牙に光を反射したところまでは視界に捕らえることができた――
「えっ」
すぐ目の前、僕の目と鼻の先に竜胆が近づいてることに気づいたのは、微かな酒の匂いを鼻に感じた時だった。
僕の視界いっぱいに竜胆の整った顔があって、直視できない。
相変わらずというか、悪魔は距離が近いから困る。
「竜胆ってのは花の名前だよ。俺ってお洒落な悪魔だからさぁ、その日の気分で名前も、体の入れ墨も変えてンだよ」
「そ、そうなんだ」
「ほかに知りてぇことは?」
「えっ」
ヤンキー座りをしながら僕に顔だけを近づけて竜胆は楽しそうに笑う。
よくわからないけど、竜胆はさっきまでの威圧的な雰囲気が嘘みたいに機嫌がいい。
僕、悪魔を喜ばせるようなこと言ったかな?
「えっと、じゃあ、本当に僕は昼間あった眼鏡で銀髪の女の子は、竜胆なの?」
「あれは昼の俺の姿。昼と夜で、俺は性別が変わるんだよ」
「性別が変わるの?えっ、それは最初からそうだったの?」
「いや?これはご主人様が俺に与えた『罰』みてぇなもんだよ」
「罰?」
体が慣れてきたのか、僕は膝をついた状態から体育座りに体制を変えた。
まだ完全に立つことはできないけど、話を聞くにはこの体制が今のところ良さそうだ。
「そう罰だよ。俺、女とヤるの大好きで見栄えなくヤってたら魔力を持った子供が沢山出来ちまって」
「いや、ちゃんと避妊しろよ」
話の途中だが、僕はつい突っ込んでしまった。
「俺に惚れる女って大体子供欲しがるから、そんなん要らねーっていうのはあっち側なんだよ。でも、まー、ヤりすぎちゃったよね。ご主人様が怒っちまって、孕ませた女の子全員殺しながらさぁ、お前も女の子になって女の子体験したらええんとちゃう?って言われて」
「それで女の子になったと……え、自業自得じゃない?」
「うん。最初は夜しか男になれねーから不便だったけど、女になったらなったで気持ちいいし、今では二重の快楽楽しめてるからマジでご主人様には感謝しかねーけどさぁ」
「ぽ、ポジティブ思考すぎる」
というか、なんだこの性欲の塊みたいな悪魔。
見た目で人は判断するなって母さんに言われてるけど、コイツに関しては見た目通りだ。
僕は座りながら、上半身だけをそっと悪魔から遠ざけた。
僕の行動に気づいた竜胆が「あー!」と声を出して僕の膝辺りに頭をぐりぐりと押し付ける。
やめろ、お前は犬か!
「俺は見境なく襲ってるわけじゃねーからな!俺にも好みってのがあんだよ!お前なんて、全然趣味じゃねーし!!」
「大声で僕のメンタル削るようなこと言うなよ!?」
なんだこの悪魔、違う意味で疲れる。
「はぁ、やっぱりシンさん嘘ついたじゃん。なにが、鍵の悪魔と会ったときの『答え合わせ』のための情報だよ。双子関係ないじゃん」
ため息を吐きながら、そう呟くように言ったときだった。
「双子って、もしかして記憶の部屋のこと言ってんのか?だとしたら、シンは嘘ついてねーよ」
「えっ」
竜胆は僕と向かい合う形で床に胡坐をかいて真剣な表情で僕を見ていた。
「双子ってのは、似てるようで異なる存在。お前、昼に女の俺に会ってるよな?性別を別として、お前がそれ以外で俺に似てないと思う部分はあったか?」
「性別とは別で違う部分……せ、性格かな?」
寝室で出会った銀髪の少女は、なんというかネガティブ思考がすごかった。
僕が何も言ってないのに、勘違いして持っていたナイフで手首を切ろうとしたくらいだ。
どう考えても目の前にいる、自分に自信があって、与えられた罰に感謝するようなポジティブ思考の男とは真逆の性格をしている。
「そうだ。それが、似ているようで異なる存在なんだよ。俺の体は双子と同等、だからあの星座とレリーフが出現した」
「えっ!だから、あの双子座にあったレリーフは『男女』だったの?」
「その通り!空間を作る時は基本的に悪魔の性質が反映されちまうんだよ」
竜胆からの説明と、シンさんの助言を合わせたことで一つの疑問が解決した。
なるほど、確かにシンさんが言うように与えてくれたヒントは『答え合わせ』のためのヒントだった。
「記憶の部屋を解除してぇから、俺と契約しにきたんだろ?」
「うん。そうだよ」
僕は竜胆の言葉に素直に頷いた。
ここまで来て逃げるつもりはない。
「ははっ!そっか、実は俺さぁ、お前が怖気づいても泣いてもさぁ、無理やりにでも契約するつもりだったから。今スゲー機嫌いいンだよなぁ」
「そ、そうなんだ。よかった……ん?」
(なんか今、さらっと物騒なこと言わなかったか?)
竜胆は、大きな獣がのっそりと体を起こすかのようにゆっくりと立ち上がると、赤く鋭く光る瞳で僕を見下ろした。
「だって俺の大好きな放課後の悪魔様がお気に入りの人間がノコノコ俺んとこに来てくれたんだぜ?しかも、俺と契約したいって!」
「あ、あの声が大き」
「な、俺の対価知りたい?知りてぇの?」
「っ!」
明らかにテンションがおかしい。竜胆の言葉や瞳からは明らかな狂気が滲み出ていた。
竜胆の勢いに押されて体制が崩れて後ろ手に床に手をついた。
「俺、人の過去の記憶を見るのが好きなんだよ」
口元に歪んだ笑みを浮かべて、ゆっくりと足を上げる。
室内だから竜胆の足は素足だった。
綺麗に整ったつま先が、逃げ腰の僕の顔にすっと近づけられる。
親指は、あと数センチで僕の眼球に届く距離にある。
「俺の対価は――『目』だ」
「っ!?目って……」
「俺は、その人間の持つ瞳が見てきた過去の記憶を見るのが大好きなんだ」
覚悟はしていたけど、まさか対価が『目』だとは思わなかった。
呼吸が荒くなる。
背中が流れる汗は冷たくて、手足が冷えていくのを感じた。
「っそ、それは。両目?」
潰れてしまいそうな喉から絞り出した声は、とても小さなものだった。
情けなくて、泣きたくなる。
覚悟を決めても、対価の前では不安も恐怖も誤魔化すことができない。
「いや、片目」
僕の不安も葛藤も、目の前の悪魔は興味が無いのだろう。
悪魔は腰を屈めて、再びヤンキー座りになるとスッと目を細めて僕に鋭い目線を向けてくる。
「なに?怖いの?」
「っ怖いに、決まってる。人間の、心に鍵をかけられる竜胆ならわかるだろう?人は、心と体は一緒じゃないんだ、か、覚悟を決めたのは僕でも……体は違う。恐怖で動けなくなるんだ」
シェフとの契約をするときがそうだった。
僕は、不安と恐怖に押しつぶされて動くことができなかった。
僕の脳裏に、あの日、忘れることが出来ない映像がフラッシュバックする――
『大丈夫』
『ダメだ。ダメだよ……っ孝志』
『シェフ……俺と――』
『孝志っ!!!』
――『契約』してくれ。
「そうだ、今、ここで動けなきゃ……」
今でも覚えている。僕に笑顔を向ける孝志の姿。
本当は自分だって怖いのに、孝志は僕を安心させるために引きつった笑顔を浮かべていた。
「あの時と、一緒じゃないかっ」
「あ?なに一人でブツブツ言って」
「竜胆。僕の恐怖心に……」
――『鍵』をかけてくれ。
「――は?」
僕は竜胆の言葉に被せるように言った。
竜胆の目が大きく見開かれる。
「ははっ!マジかよ、お前、本気で言ってんのか?」
そして、少しの間を置いて腹を抱えて笑った。
「っ本気だよ。僕は弱い、きっとこれからも逃げたいって気持ちの方が強くなる……っ本当は、今だって逃げたくてたまらないんだ」
「逃げればいいじゃん。俺は強制はしてねーぜ?覚悟が決まった時にまたくればいい」
「っそれじゃあダメなんだ!!」
僕は激しく鼓動する心臓を押さえつけるように、胸元に手を置くと震える足でゆっくり立ち上がった。
片目を失う恐怖が頭を占めている。だから、それを振り払うように首を左右に振った。
「ははっ、なんかお前、漫画の主人公みたいだなー。かっこいいー」
「っ僕は、主人公なんかじゃないよ」
僕みたいな弱虫が主人公なわけないだろ。
「僕は、孝志、冬美、五十嵐くんのためにしか、頑張りたくない……モブだ」
ヒーローは沢山の人を救う存在だ。
それはきっと『主人公』と呼ばれる人もそうなのだろう。
だから、たった3人の友達しか救う気のない僕は、モブでいい。
「モブだから、悪魔の力だって利用してやる。悪魔相手に正攻法なんてクソくらえだ。逃げないために、僕は竜胆の力を利用するんだ」
「!ははっ、モブか。お前、モブだって自覚してるくせに、そのイカレタ思考回路に気づいてねーの、スゲーよ」
竜胆は軽く笑うとゆっくりと背を起こし立ち上がると片手を上にあげた。
すると、まるではじめからそこにあったかのように竜胆の手には小さな鉄でできた『ハンマー』が現れた。
「それは?」
「この世の中には開かない扉もあるんだよ。それは人間も一緒で、覚悟の決まった人間や決意を持った人間の感情や意思は俺でも開けられないときがある。そんなときに使うのが、感情や意思も無視して破壊することができる『虚無ハンマー』だ」
「は?感情を破壊って」
「いつも使うわけじゃねぇよ?最終兵器みたいなもんでさぁ、このハンマーの威力は強大なんだよ。
使えば、感情の鍵をぶっ壊して嘘がつけない人間にできる。しかも、これは悪魔にも使うことができる優れモノなのです~!つーわけで、ハイこれ持っててね」
「は!?」
すごくエゲツナイ効果の持つものを軽くポンっと渡された。
驚いてる暇もなく、そのハンマーは僕の手の中に消えて行ってさらに困惑する。
「えっ!?ちょっと待って、消えたんだけど!?」
「当たり前じゃん。秘密兵器って言っただろ?そんなもん表にポンって出しとけるわけねーし」
「秘密兵器をこんな、僕みたいな弱い人間に持たせるのもどうかと思いますけど!?」
「お前、これから俺と契約するんだろ?なら、ソイツを持つのも使うのも、お前だ」
「っ!」
僕はハンマーが消えてしまった手のひらを見下ろした。
そして、竜胆の言葉を頭の中で復唱すると開いていた手を強く握りしめた。
「このハンマーは危険だ。簡単に使わないようにするよ」
それは覚悟のようなものだった。
人の意思なんて無視して感情や心を壊せるハンマー。
僕は一瞬それを悪魔たちに使うことも考えたけど、否定するようにすぐに首を横に振った。
確かに悪魔たちはなにを考えているかわからないし、たまに僕たち人間を見下していると思う発言だってされる。
でも、僕はアイツらの性格には腹が立つけど、好きなんだ。
それを、こんな道具で壊したくない。
「ははっ、今のお前なら覚悟に鍵かけるの難しそーだな」
「僕の覚悟なんてミジンコみたいなものだよ。……それより、早くはじめよう。竜胆」
「……了解。じゃあ、お前の恐怖心を今から――【rock】だ」
「っ!」
【ガチャン】と僕の中で、何かが閉まるような音が聞こえた。
その瞬間、一気に体が軽くなった。
体の震えも、手足の冷たさも無くなった。
「っすごいな」
恐怖心が無くなると、こんなにも違うのか。
「お前の友達は、ほとんど痛覚有りで対価渡してたけどさぁ、お前はどうすんの?有り無し?」
「痛覚……」
それはきっと冬美のことを言ってるのだろう。
冬美はメイドと契約するときに痛覚有りの状態で指を切り落としたと言っていた。
彼女は指で、僕は……目だ。
痛みを想像することすらできない。
「消さないでいいよ。この痛みが、僕の覚悟になるんだ」
きっと鍵をかけられて向こうでは僕の恐怖心は膨らんでいることだろう。
でも、今の僕はそれを感じることは無い。
だから、竜胆の目を真っ直ぐ見ることができる。
「いいねぇ、アンタが最初の契約者で俺は楽しいよ」
トンっと強く肩を押されて、僕は後ろにしりもちをついた。
その上に竜胆が僕の胴体に跨った。
「なぁ、契約するときにはお決まりのセリフあるじゃん。それ言ってくれよ。じゃねぇと、俺もお前のことご主人様2号って呼べねぇからさぁ」
「に、2号ってなんだよ。いいよ、普通に誠で」
視界に映る狂気的な笑みを浮かべる悪魔から伸びてくる指先を見上げて
僕は、静かに悪魔の望む言葉を言った――
「僕と契約しろ――『鍵の悪魔』」
僕の言葉に悪魔は口角を上げると牙をむき出しに笑った。
〖承知しましたぁ。ご主人様2号〛
【グヂュ】という肉が潰れるような音と、頭が割れるような激痛に僕の叫びが室内にこだました――。
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