第56話『異変』
【登場人物】
誠:主人公。友達思いの優しい高校生。現在の姿は小学生。家族が大好きで早く元の世界に戻りたいと思っている。冬美のことが好き。悪魔が嫌いなので悪魔に対して少しだけ口が悪くなる。
冬美:元気で明るい美少女。現在の姿は小学生。家庭環境が複雑で、この空間に残ることを望んでいる。
孝志:誠の親友。現在の姿は小学生。兄貴肌で面倒見がよくて優しい性格。父子家庭で幼少期は父親から暴力を振るわれていた。誠をいつも支えてくれる存在。誠の握るおにぎりが好き。
五十嵐:誠の親友。友達のことを大切する優しい高校生。医者の家系で裕福な家育ち。放課後の悪魔と契約して皆を閉じ込めた張本人。そこにはある理由が…。悪魔が疲弊するくらいガチガチの追加契約を作った。
【登場する悪魔たち】
放課後の悪魔:この空間を創った存在。関西弁で話すが、ときどき標準語に戻るのが逆に怖い。常にテンションは軽く、距離も近い。見た目は人間のようだが、明らかに異質。誠たちを翻弄する存在。
宇佐美:誠専属の『コーディネーター』。時間や場所を問わず服を用意できる能力を持ち、寸分の狂いもなく時間を把握できるため、【時計】の役割も果たしている。
名前は『宇佐美』。白くふわふわした毛並みを持つウサギの姿をしている。
シェフ:この空間の専属『料理人』。無口で寡黙、人間があまり好きではなく、長話も嫌い。料理に対するこだわりは現実のプロと遜色なく、「料理に関しては嘘はつかない」という姿勢は本物。つい最近新しい契約者を得た。…誠たちの味方?
清掃の悪魔:常にテンションが高くノリの軽い青年。この空間の『清掃員』
軽い口調からいきなり雰囲気がガラッと変わるため油断できない。
誠が苦手意識を持っている悪魔。シェフとは古い友達らしい。
メイド:丁寧な口調で微笑む、美しいメイド姿の悪魔。
冬美専属の「レディースメイド」として身の回りの世話を担う一方でその本性は冷酷かつ策略家。「性格は悪いです」と本人も公言している。つい最近新しい契約者を得た。
整備士
部屋の整備や修理を担当する悪魔。
無骨だが気さくで、誰とでもすぐに打ち解ける“面倒見のいいおじさん”のような存在。
「嘘を見破る能力」を持つ特例の悪魔
普段は豪快に笑う気のいい兄貴分だが常軌を逸した執着と狂気がのぞく、油断できない悪魔である。
最近新しい契約者を得た。
寝室清掃の悪魔
銀髪眼鏡のメイド服を着た少女の悪魔。
主人公誠が偶然にも遭遇した裏方の悪魔。
普段は清掃が終わるとシェフの用意した食事を厨房に設置されている
従業員休憩室で食べている。
かなりのネガティブ思考で一人で突っ走り結論が出るとすぐに手持ちのナイフで自害しようとするので困る。まだまだ謎の多い悪魔である。
(以降、悪魔たちは順次追加予定)
その日は珍しく宇佐美の声じゃなくて、自然と目が覚めた。
「ふわぁ……あれ?宇佐美はって……寝てる」
僕の腕の中では白くてフワフワのウサギがくぅくぅと可愛い寝息を立てて眠っていた。
宇佐美が眠っているということは、起きるにはまだ早いのか?
「っう、この寝顔見たら、起こせないよ」
僕のベッドの中で宇佐美は時折ピンクの鼻をひくつかせて、気持ちよさそうに眠っている。
これを僕だけの都合で起こすのは、流石に心が痛む。
「あっ、食堂に行けば、シェフがいるかも」
朝の仕込みなら僕が起きてくる時間よりもきっと早いに違いない。
僕は宇佐美を起こさないように、ゆっくりと布団から出ると静かな足取りで扉に向かった。
「っ少し、寒いな」
廊下に出ると少し冷たい空気が僕の体を包んだ。
窓が無いから廊下に光が差し込むことはない。
そのせいか、人の気配を感じない薄暗い廊下がいつもより少し不気味に見えてしまう。
「やっぱり起きるのが早かったのかな……うぅ、さむっ!は、早く食堂に行こう」
食堂に行って、もし、そこにシェフがいたならきっと温かい飲み物を出してくれるだろう。
僕は肌寒さに服の上から両腕を擦ると、階段を下りて行った。
「シェフも起きてないって……え?今、本当に何時なんだ?」
しんっと静かな食堂に僕の声が大きく響いた。
厨房に行かなくても、音と匂いが無いとわかった段階でシェフが起きていないことはすぐにわかった。
わかった瞬間に感じたのは、どうしようもないほどの不安と恐怖だ。
(朝早く起きることなんて、現実世界でもあることなのに、どうして、こんなにも……不安に感じるんだ?)
「も、もう一回寝ようかな。それで、宇佐美に起こしてもらおう」
さっきから正体のわからない感情に手足が震えている。
誰も聞いていないのに独り言が止まらない。
無意識に何度も後ろを見てしまう。
怖いっていう感覚だけはわかるのに……自分が、何に恐怖しているのかわからない。
「っ気持ち悪い」
僕は何かから逃げるように食堂を出て行った。
いつも通っている絵画の並ぶ廊下も、今日は不気味に見える。
絵画の中の人物たちの顔までハッキリ見えて、僕は逃げるように階段を駆け上がった。
「はぁっ……はっ、ぼく、なんで朝からこんな、焦ってんだろ?」
階段を登りきると額にはうっすら汗をかいていた。
なにかを求めるようにずらりと並ぶ扉に目を向けたけど、そこから誰も出てくる気配はない。
「そ、そうだ。4階に行こうかな」
自室のドアノブに手を伸ばしかけたところで4階の存在を思い出す。
4階は最近作られた新しい部屋で、そこは主に紅茶やお菓子を食べる部屋だ。
紅茶やコーヒー、作り置きのデザートとある程度のものが用意されているからシェフがいなくても好きな時に利用できる。
悪魔は紅茶好きが多いのはなんとなく気づいてはいたけど、まさか専用の部屋を作るなんて思わなかった。
「一杯飲んだら、寝よう」
少しでも体を温めたかった。
僕は扉から離れると、廊下の奥にまっすぐ進んで行った。
突き当りまで歩くと3階に続く階段がある。
その階段を上ると新しく階段が作られていて、僕は迷いなく登っていった。
「階段って上るのめんどくさいんだよなぁ。エレベーターでもつけてくれれば……」
さっきから独り言が止まらない。……おかしい、いくら一人でも、こんなに喋ることなどない。
4階に続く階段を登り切った先に、人影が見えた。
「えっ、だ、だれ?」
まず一番最初に目に入るのが『アフタヌーンティールーム』という看板だ。
看板の右手には少し長い廊下があって、パーテーションの向こう側に白を基調としたテーブルやポット、巨大な冷蔵庫が設置されている。
その人物は、僕に背を向ける形でティールームの前に立っていた。
真っ白な杖に、しわの無いグレーのスーツ、紳士が被るような帽子からは白髪交じりの髪が見える。
「あ、あの……」
声をかけようとして前に足を出したつもりだった。
「あれ?」
でも、実際は僕の体は一ミリも前に進んでない。
思考と行動がバラバラで、さっきから心臓の音が鳴り止まない。
「ん?もしかして君は、誠さま?」
「えっ?」
先に気づいた紳士風な男性が後ろを振り返る。
鼻が高くて、目の色は綺麗なエメラルドの色をしている。
おじいちゃんだけど体のラインはシュッとしている。
若い頃はきっとイケメンだったのだろうとわかる、端正な顔をしていた。
紳士風の男性は、イギリスの老紳士といった感じだった。
このシェアハウスに僕たち以外の人間が追加されることは無い。
だから、目の前にいるおじいちゃん紳士も、悪魔と考えていいだろう。
「ああっ、よかった!はじめて来たものだから道に迷ってしまってね。はじめまして、私はっ……あ」
「へ?」
ニコニコと満面の笑みで僕の方に駆け寄ろうとしたおじいちゃん紳士は、足をもつれさせて僕の目の前で転んだ。
「えぇ!?ちょっ、だ、大丈夫ですか!?」
僕は慌てて駆け寄るとおじいちゃん紳士を助け起こした。
一体、何が起こった?え?ドジっ子?
「イテテッ……あ、あぁ、すまないね。私、こう見えてちょっとだけおっちょこちょいというか、ドジっ子なんだ」
「そ、それは、はい。なんとなく、今の見たらわかります」
「今日も放課後の悪魔くんが言った集合時間より早く着いちゃってね、どうしようかなって迷ってたところなんだ」
「集合って」
「私は裏方の悪魔として来たんだ」
「裏方って、あの、寝室清掃の悪魔みたいなものですか?」
「あぁ、彼も来ていたのか。そうだね、私はどちらかというと放課後の悪魔くんの手伝いかな?」
「手伝いって、アイツが仕事してるとこ一回も見たことないですけど」
ここに来てから放課後の悪魔がしていることなんて、紅茶飲んでるか、飯食ってるか、他の悪魔とオセロしてるとか、そんなものばかりだ。
「イテテっ、あぁ、もう大丈夫だよ。転ぶことなんてしょっちゅうだからねぇ、心配しなくても一人で立てるよ」
そう言っておじいちゃん紳士は僕の手を借りずにスッと立ち上がった。
こうして見上げると背が高いのがわかる。外国人だからかな?
「うーん。やっぱり早く着きすぎちゃったみたいだねぇ、流石に彼を起こすのは忍びないし、どうやって時間潰そうかなぁ」
「あ、あの。じゃあ一緒にあそこで紅茶飲みませんか?」
顎に手をやり悩むおじいちゃんに僕は遠慮がちに声をかけると、おじいちゃんの顔がわかりやすいくらいぱぁっと明るくなった。
悪魔にしては感情が表にでやすいというか、なんだか可愛く見えてしまう。
「いいのかい!」
「う、うん。実は僕も、早く起きちゃって……紅茶一杯飲んだら寝ようって思ってたんです」
「へぇ、そうだったんだね。じゃあ、お言葉に甘えさせてもらおうかな。あ、紅茶は私が淹れるから安心してね、こう見えて紅茶はたまにしか失敗しないんだ」
「そうなんで……って、え?失敗するの?」
「うん。一週間に3回くらい」
紅茶淹れるのってそんなに難しかったっけ?
僕はシェフの厳しい指導のおかげか、今ではちゃんとパックでは無く茶葉から紅茶を淹れられるようになった。
元々紅茶は好きだったから、現実世界に戻ることが出来たらこの紅茶を家族に振舞ってあげたいって思ったんだ。
「えっと、じゃ、じゃあ行きましょうか」
「うん。おいしい紅茶淹れるから期待しててね!」
「あはは……た、楽しみにしてますぅ」
嫌な予感しかしないけど、僕はおじいちゃんの一週間に3回の失敗が当たらないことを願いながらティールームに入って行った――。
◇◇◇
「じゃーん!私としてはなかなかうまく作れたと思うんだよね、ささっ、早く飲んで飲んで!」
静かなティールームにおじいちゃんのウキウキした声が響き渡る。
宇佐美ほどではないけど、このおじいちゃん見た目は紳士なのに声がでかい。
「は、はぁ。じゃあ、いただきます」
僕の目の前に置かれた紅茶は、見た目は普通の紅茶だ。
「シェフから誠くんが砂糖多めって聞いてたからね、ちゃんと甘めにしてあるよ!」
あとテンションとか喋り方が清掃の悪魔と似てるから、少し苦手かもしれない。
いつの間にか呼び方も「くん」になってるし。ま、別にいいけど……
「ありがとうございます」
僕としては砂糖の量は飲んでから決めたかった。
勝手に入れるなよとは思ったけど、僕のすぐ隣で眉を下げて見つめるおじいちゃんに、そんな強い言葉は使いたくない。
というか、知らない悪魔に僕の個人情報を教えないで欲しかった。
このおじいちゃんがもともと追加される予定の悪魔なら仕方ない。
しょうがないとわかっていても、あまり気分のいいものではない。
「いただきますね」
「うん、飲んで飲んで」
「ふぅ……んんっ!??う゛ぇっ、な、なななんだこの味!?甘くない!なんか、しょっぱい?え?ちょっ、おじいちゃん間違えて塩入れてない!?」
紅茶を飲んですぐに絨毯の上に吐き出した。いつもは感じる紅茶の香りも甘みを感じない。
よくわからない不快な後味だけが残って、不味いということだけはわかる。
「えぇ!?そ、そんなはずは……」
テーブルの脇に置かれた砂糖や蜂蜜といった瓶が並ぶカートを慌てたようにおじいちゃんが確認すると、白い瓶が綺麗に二つ並んでいた。
その瓶の一つをおじいちゃんが手に取る。
側面にはちゃんと『塩』と書かれたラベルが貼っていた。
「あ、本当だ、砂糖の隣に塩が並んでるから、その……間違えちゃったみたい☆」
「ゲホッ!……っどうやったら、そんな間違えするんだよ!?うぇ、不味い、口、うがいしたい」
「クッキー食べる?私がつくったやつじゃないけど」
「これはっ、クッキーじゃなくて、ま、マカロンがいいです。少しでも、味ごまかせるから」
「う、うん。わかった、今持ってくるよ。その、ご、ごめんね?」
「ゲホッ、別に、怒ってないよ。ただ、ビックリしただけ、です」
おじいちゃんはお皿を持って席を立つと、少し離れた場所に置かれた銀色の大型冷蔵庫の扉を開けてシェフが作り置きしているマカロンを皿に入れる。
おじいちゃんが転ばないか心配で動きを見ていたけど、おじいちゃんはゆっくりとした足取りで僕の元に戻って来た。
「はい。マカロン」
「ゲホッ……あ、ありがとうございます」
僕は皿の上からひったくるようにしてマカロンを手に取ると一気に口の中に頬張った。
よくわからない不快な味がマカロンの甘さで上書きされていく。
「こ、紅茶淹れたよ。今度はちゃんと、砂糖の方を入れたから」
「んくっ、ありがとうございます」
マカロンと、ちゃんとした紅茶のおかげで僕の口内は正常に戻った。
ほっと一息ついて紅茶を優雅に飲んでいる時だった――
「私は虫を操ることが出来るんだ。もちろんこの世界以外もね。現実世界のキミの家族が今どうなっているのか、虫の目を通してどこからでも見ることができるよ?」
「えっ?」
聞こえた言葉に驚いて顔を上げると、赤い瞳と目が合った。
僕の向かい側に座るおじいちゃんは、表情を消してテーブルに頬杖をついて僕を見ている。
「ゲホッ……っあの、なんで、いきなり……能力の、話を?」
喉が詰まったように声が上手く出せない。
さっきから、紅茶を持つ手が震えている。
僕は、僕を見つめる赤い瞳を……知っているような気がする。
「能力自体そこまで強くないから、対価もそこまで重くないんだ。片耳の聴覚を貰うくらいかなぁ」
悪魔同士でも能力が強ければ奪い合いになる。
僕はつい最近、その悪魔同士の戦いを見てきたからわかる。
悪魔の世界では動物を操る能力は、レベルが低い扱いになるのだろうか?
「あ、でも安心して!キミにはついさっき迷惑かけちゃったから、対価はいらないよ?」
「へ?対価はいらないって」
メイドに続いておじいちゃんまでと来た。悪魔にとって対価は必要な物じゃないのか?
違う悪魔と会話するたびに答えが違うから、何が正しいのかわからなくて混乱してしまいそうだ。
「私の能力ってそこまで珍しくないんだ。他の悪魔の能力は知らないけど、量産型って言うのかなぁ、結構よく見る能力だよ」
「そ、そうなんだ」
能力に量産なんてあるのだろうか?でも、シェフとかメイドの能力を考えると、おじいちゃんの動物を操る能力はそこまで特別に感じない。
それに、対価も片耳なら。現実世界に戻った時に、生活にそこまで支障はない。
つい最近メイドと契約はしたけど、僕は何も失っていない。
シェフと契約して味覚を失った孝志と比べたら、何もしてないに等しい。
「私と契約しようよ、誠くん」
「えっと、その……」
おじいちゃんが提示した内容は僕には有利でしかなかった。
対価も、味覚と指に比べたらマシな方だろう。
家族のことを気にしない日なんてなかった。
できることなら、この目で家族の姿を見たい。
それなのに――
『はい』の言葉が、すぐに出てこない。
他の悪魔と話していると意識を奪われて、体が動かないことはよくあった。
でも、これはあの時とは違う感覚だ。
強制的に動かないんじゃない、僕の体が動くことを拒んでいる。
「放課後の悪魔くんは、家族の様子を見に行ったらダメなんて言ったのかい?」
「えっ?」
おじいちゃんは頬杖をつきながらマカロンを口の中に頬張った。
くちゃくちゃと不快な咀嚼音が静かな室内に響いた。
ボロボロと口の隙間からマカロンの生地が落ちて、白いテーブルを汚す。
「私の能力はあくまでも虫を通して、外の世界を見ることだ。ルール違反にはならないよ?」
「確かに……僕が、ここから出てなきゃいいんだもんね」
「そう。ただし、今だけだよ。この家に虫はいない。私の『目』が繋がっているうちに決めてくれないかい?」
「えっ、今だけって」
「なにを迷う必要がある?あぁ、ほら、そんなに緊張しないで?私はただ、君に力を少し貸してあげたいだけなんだ」
「ちから……」
「お父さんとお母さんに会いたくないのかい?今、キミのご両親や妹さんがどうなっているのか、知りたくない?」
「し、知りたい。っ知りたいよっ、だってメイドから能力奪っても、強い悪魔なんてっ……全然見つからなくて!鍵の、悪魔だって、全然っ……」
このシェアハウスにはもう一か月以上いるだろう。
それなのに、僕の方は何も進展してなくて、何かしようとすれば僕の友達が傷つくだけだった。
家族に会える。その言葉で僕の不安は限界に達したのだろう。
僕は膝の上で拳を強く握りしめると顔を上げておじいちゃんの方を見た。
「おじいちゃんっ!僕と――っ !?」
突然ガッッ!!!と肩を掴まれて、体を強く後ろに引かれる。
耳元で感じたのは人肌の温かさと紅茶の匂い。
――その一瞬だけ、音が消えた。
カップの触れ合う音も、何も聞こえない。
静かに、背後から馴染みのある声が僕の鼓膜を揺らした。
「――コイツ、サタンや」
最後まで読んで頂きありがとうございました。




