第3話『弁当と黒焦げハンバーグ』☆
【前回のあらすじ】
放課後、誠・冬美・孝志の3人は五十嵐と出会い、一緒に寿司を食べることに。
その後、体調を崩している五十嵐に気づいた誠たちは、彼を看病する。
他人からの優しさに戸惑いながらも、少しずつ心を開いていく五十嵐。
熱にうなされながらも、彼は誠に「友達になりたい」と伝えるのだった——
そして、静かに芽生え始めた4人の友情は、やがて高校生になっても続いていく……。
「ねぇ、小林君。立花さんと五十嵐くんって付き合ってるの?」
「……付き合ってないよ」
(またかこの質問か。もう、聞かれ飽きたよ……)
五十嵐くんと冬美、どちらも顔が整ってるからなのか、二人歩いてるだけで『恋人疑惑』が浮上する。
僕はこの春から都内にある私立高校に入学した。
もちろん、同じ学校に冬美も孝志も五十嵐くんもいる。
正直言って五十嵐くんまで同じ高校なのには驚いた。
だって彼は医者の家系で頭もすごくいい。どう考えても僕らの学校と彼の頭ではレベルが違い過ぎるからだ。
「難しい勉強なんてどこでもできる」
これは、僕たちが五十嵐くんに学力にあった学校に行くべきだと強く言ったときに返された言葉だ。
あまりにも迷いなくキッパリというものだから、返す言葉がでなかった。
五十嵐くんは困惑する僕たちの顔を見渡すと、にっと笑ってこう言った。
「高校もよろしくな!」
――だから、イケメンの笑顔は僕らには眩しすぎるんだって!
「誠くん!おはよー!」
噂をすればなんとやらで、教室の外から五十嵐くんと並んで歩く冬美が元気よく腕を上げて僕に手を振ってくる。
「うん。冬美、おはよ」
中学を卒業するころには、冬美はただの可愛い子じゃなくなっていた。
長く伸びた黒髪は艶やかで、目元はどこか大人びていて、ほほ笑む姿はまるでテレビドラマで見る綺麗な女優さんと並んでも遜色ないくらいだった。
制服のブレザーに模様のついたリボンも彼女の魅力を引き立てていた。
彼女とすれ違った男子が「可愛い」と言いながら頬を赤らめて振り返る。
「誠、宿題やったか?」
少し意地悪な顔で笑って教室に入って来たのは五十嵐くんだ。
孝志ほどではないけれど、彼の背はすらりと伸びて、無造作な黒髪は風に揺れるたびに光を受けて輝いている。
もともと整っていた顔立ちは、高校に入ってからますます洗練された。けれど、無表情で人を寄せつけない空気は変わらないようで、本当の笑顔見せるのは僕たちの前だけだ。
冬美と五十嵐くん、二人が毎日そろって登校しているのには理由があるんだ。
小学六年生からはじまった『五十嵐くんのおにぎり』で冬美が今も助けられているからだ。
五十嵐くんのマンションに入っていく冬美の姿が、いろんな人に目撃されている。二人は付き合っているという噂が流れているのもそれが原因だった。
無論、二人は完全否定。
『冬美は美人だけど。俺からしてみれば、妹みたいなもん』
『五十嵐くん?冬美のお兄ちゃんだよ?』
—と、まぁ、二人ともこんな感じなので、付き合うのは百パーセントない。
孝志は高校入ってすぐにアルバイトを始めた。学校の先輩にバイトを紹介して貰ったらしい。バイト代やバイト先の賄でちゃんとしたご飯を食べられるようになった孝志の背はさらに伸びて、体格もよくなった。
早い段階で五十嵐くんのおにぎりを卒業した孝志だっだけど、彼の義理堅い性格もあって――
「ほい、今日の弁当。同じ店で働いてるおばちゃんに最近卵焼きの作り方教えてもらったんだ」
高校での五十嵐くんと冬美の弁当はなんと、孝志が毎日作っているんだ。
「わ!本当だ~キレイな卵焼き入ってる!」
「お、のり弁卒業してじゃこのふりかけ、かかってんじゃん」
「海苔もうめぇけどな。流石に毎日じゃお前らも飽きんだろ?」
「お母さん」
「お母さん言うな」
「孝志くん……じゃあ、次はタラコのふりかけがいいな」
「冬美さんや、遠慮って言葉知ってる?」
「あ、おれ岩ノリ」
「たけぇわ!!どんだけの高級な弁当作らせる気だよ」
「?金なら出すぞ」
「お前の場合はできるから。本当か冗談なのか、わかりずれーんだよ!」
「……」
正直言って羨ましい。
僕の弁当は毎日母さんが作ってくれてるけど、中身のほとんどが冷凍食品だ。
それに比べて孝志の作る弁当は全部手作り。最近、ホールから厨房も任されるようになった孝志の料理の腕はどんどん伸びているらしい。
「いいなぁ」
ポツリと、呟くように言った言葉に弁当箱を開ける孝志の手が止まる。
「弁当一人で作ってわかったけど、誠の母さんってすげぇよな」
「えっ…」
「朝早く起きて、米炊いてさ。俺、弁当作るのに手一杯なのに家族の朝ごはんとか作るんだぜ?……ほんと、すごいよな」
「孝志…?」
なんで、いきなり母さんの話なんかするんだろ……?
「お前が頼めば、俺はお前に弁当いつでも作ってやるよ。でもさ――お前の母親は頼まれなくても当たり前に毎日弁当作るんだよ」
「あっ……」
孝志の言葉に朝食を食べる僕たちに背を向けて、弁当箱に作った卵焼きを詰める母親の後ろ姿が思い浮かんだ。髪なんてボサボサで、エプロンも飛び跳ねた汁や油で汚れていた。
「たぶん、それって当たり前じゃねぇんだよ。母親が作る弁当は、高校のときにしか経験できないことだと俺は思う。――だから、簡単に断ったらダメだかんな」
「!」
――驚いた。孝志は僕の心を読んでいたんだ。
僕はみんなと同じように孝志の弁当を食べたくて、帰ったら母さんに「もう弁当は作らなくていい」と言うつもりだった。
毎日、朝早く起きて僕の弁当作って、家族の朝食も作る…そんなの、当たり前にできることじゃないのに――。
(もっと感謝して、このお弁当を食べなきゃ)
誰もが、母親の作ったお弁当を食べれるわけじゃない。このお弁当も、高校の思い出にするんだ。
それだけじゃない。僕は、当たり前に孝志に弁当を作ってもらおうとしていた。
(バイトで大変なの、わかってるのに……ごめん。孝志)
「ありがと、孝志」
僕は心の中で謝って、感謝の言葉を口にした。孝志には謝るより、感謝を伝えた方がきっと喜ぶと思ったから。
「ん?俺はなんもしてねぇけど」
自慢の卵焼きを頬張りながら、孝志は優しい笑みを僕に向けてくれる。
「お母さんのお弁当か~……私は、わかんないな」
僕の隣――冬美が少し悲しそうな表情を浮かべながら孝志の弁当を眺めていた。
そうか、冬美の母親は――。
「別に、比べる必要なんてないだろ。孝志が言ってんのは、世間一般的なテンプレートな母親像だ」
孝志の隣、五十嵐くんが唐揚げを頬張り、ゆっくり噛んで言葉を続けた。
「お前は「へ~そうなんだ」って言っときゃいいんだよ」
「……五十嵐くん」
「無理に理解しようとしなくていい。環境が違うやつの生活に憧れてもいいけど、理解しようとするな。疲れるから」
五十嵐くんはそう言い切って、オレンジのパックジュースにストローを突き刺した――。
◇◇◇
「おいし~くやしぃ~!」
昼休みの教室に冬美の情けない声が響いた。
クラスが離れてしまったけど、お昼ご飯は決まって僕のいるC組の教室で四人そろって食べるようにしている。
「いや、どっちだよ」
「孝志、うまい」
「お~ありがとな」
「う~、わ、私だって孝志くんに負けないくらい、美味しい料理作れるんだからね!」
「えっ、冬美、料理できるの?」
「えっ、で、できるよ!最近は五十嵐くんのとこのキッチン借りて、料理の練習してるんだよ!」
「へ~、すげぇじゃん冬美。で?なに作ったんだ?」
おにぎりに齧り付きながら、孝志が興味深そうに冬美に顔を向ける。
正直言って、僕も気になる――冬美の『手料理』
僕と孝志の目線が冬美に突き刺さる。すると、次第に冬美の額には汗が……
(どうしたんだろう?教室が暑いのかな?)
無言の冬美を二人で見ていると、ふはっ、と孝志の隣に座る五十嵐くんが耐え切れないとばかりに笑った。
そして、僕たちにスマホを見せてくれた。
「ん?なにこれ?」
「炭の塊か?」
五十嵐くんが見せてくれた写真に写るのは、皿に盛られた色鮮やかなレタスとトマトの前に大きく陣取る――『黒い塊』
二人でスマホと冬美を交互に見ていると、冬美がすごく小さな声で料理の名前を口にする。
「………ハンバーグです」
「ハンバーグ!?」
(ごめん!冬美、ハンバーグに見えない!)
「はぁ!?お前、こんなんで俺に負けねぇとか言ったのかよ!」
「ま、まだ!練習段階だから!ってか、五十嵐くんいつの間に写真撮ったの!?撮らないでって言ったじゃん!!」
「いや、芸術点たけーなって思って」
ケラケラと笑った五十嵐くんは意地の悪い笑みを冬美に向けている。
すると、机の上に置いていたスマホが「ピロン」となった。手に取って確認すると、さっきの炭の塊の写真が五十嵐くんから送られてきていた。
――うん。何度見ても炭の塊だ。
「も~っ絶対絶対!上手くなってやるんだからね!その時は誠くん!一番に冬美の料理食べてね!」
冬美の小さくて、柔らかな手が僕の手をぎゅっと握る。
突然のことにびっくりした僕は、うん、うんと無言で冬美に向かって首を縦に揺らした。
(ふ、冬美ってこんな、いい香りしたっけ!?)
「毒見役」
「誠、お前のことは忘れないぜ」
「ちょっと孝志くん!?五十嵐君!?それどういう意味!?」
「うん、冬美の手料理。楽しみにしてる」
冬美の料理が食べられるのが嬉しくて、笑って言えば、冬美の頬が赤くなった。照れてるのだろうか?
「っ絶対だよ!約束だからね!」
顔を真っ赤にした冬美は、立ち上がりかけた体を椅子に戻すとほうれん草の和え物に箸を伸ばした。
やっぱり、この四人と一緒にいると楽しいなぁ……
最後まで読んで頂きありがとうございました!




