第3話『弁当と黒焦げハンバーグ』
【前回のあらすじ】
放課後、誠・冬美・孝志の3人は五十嵐と出会い、一緒に寿司を食べることに。
その後、体調を崩している五十嵐に気づいた誠たちは、彼を看病する。
他人からの優しさに戸惑いながらも、少しずつ心を開いていく五十嵐。
熱にうなされながらも、彼は誠に「友達になりたい」と伝えるのだった——
そして、静かに芽生え始めた4人の友情は、やがて高校生になっても続いていく……。
「ねぇ、小林君…立花さんと五十嵐くんって付き合ってるの?」
「…付き合ってないよ」
(またか…もうこの質問、聞かれ飽きたよ。)
僕、小林誠はこの春から都内にある私立高校に入学した。
もちろん、同じ学校に冬美も孝志も…五十嵐くんもいる。
僕たち3人は悲しいくらいに学力のレベルが同じだった。
小学、中学と学力のレベルが同じだった二人が一緒なのはわかる。
でも、6年生の後半で友達になった五十嵐くんまで同じ高校なのには驚いた。
だって五十嵐くんは医者の家系で頭もすごくいい。
どう考えても僕らの学校と彼の頭ではレベルが違い過ぎるからだ。
僕たちが五十嵐くんに学力にあった学校に行くべきだと強く言えば、
「難しい勉強なんてどこでもできる」
――そう言って。
「高校もよろしくな!」
――と、僕らにしか見せない満面の笑顔を向けた。
「…」
「…」
「…」
(だから、イケメンの笑顔は僕らには眩しすぎるんだって!)
中学を卒業するころには冬美は、ただの可愛い子じゃなくなっていた。
長く伸びた黒髪は艶やかで、目元はどこか大人びていて、ほほ笑む姿はまるでテレビドラマで見る綺麗な女優さんと並んでも遜色ないくらいだった。
制服のブレザーに模様のついたリボンも彼女の魅力を引き立てていた。
すれ違う男子が頬を赤らめて振り返るのを僕は何度も見た。
一方で、五十嵐くんも大きく変わった。
孝志ほどではないけれど、背はすらりと伸びて
無造作な黒髪は風に揺れるたびに光を受けて輝いている。
もともと整っていた顔立ちは、高校に入ってからますます洗練されて、
無表情で人を寄せつけない空気は変わらないけど—
僕たちの前でだけ見せる笑顔は、ずるいくらいに優しかった。
小学6年生からはじまった五十嵐くんのおにぎりに、今でも冬美は助けてもらっている。
五十嵐くんのマンションに入っていく冬美の姿が、いろんな人に目撃されている。
二人は付き合っているという噂が高校でもずっと流れているのだ。
無論、二人は完全否定。
『冬美は美人だけど。俺からしてみれば、妹みたいなもん』
『五十嵐くん?冬美のお兄ちゃんだよ?』
—と、まぁ、二人ともこんな感じなので
付き合うのは100パーセントない。
孝志は高校入ってすぐにアルバイトをはじめた。
学校の先輩にバイトを紹介して貰ったらしい。
孝志はバイト代やバイト先の賄でちゃんとしたご飯を食べれるようになった。
おかげで、今では背も高くなって、体格もよくなった。
早い段階で五十嵐くんのおにぎりを卒業した孝志だっだけど、彼の義理堅い性格もあり、高校での五十嵐と冬美の弁当はなんと…!
孝志が毎日作っているんだ。
「ほい、今日の弁当。同じ店で働いてるおばちゃんに最近卵焼きの作り方教えてもらったんだ」
「わ!本当だ~キレイな卵焼き入ってる!」
「お、のり弁卒業してじゃこのふりかけ、かかってんじゃん」
「海苔もうめぇけどな。流石に毎日じゃお前らも飽きんだろ?」
「お母さん」
「お母さん言うな」
「孝志くん…じゃあ、次はたらこのふりかけがいいな」
「冬美さんや、遠慮って言葉知ってる?」
「あ、おれ岩ノリ」
「たけぇわ!!どんだけの高級な弁当作らせる気だよ」
「?金なら出すぞ」
「…お前の場合はできるから。本当か冗談なのか、わかりずれーんだよ!」
「…」
正直言って羨ましい。
僕の弁当は毎日母さんが作ってくれてる。
でも、そのほとんどが冷凍食品だ。
それに比べて孝志の作る弁当は全部手作り。最近、ホールから厨房も任されるようになった孝志の料理の腕は、どんどん伸びている。
「…いいなぁ」
ポツリと、呟くように言った言葉に弁当箱を開ける孝志の手が止まる。
「…弁当一人で作ってわかったけど、誠の母さんってすげぇよな」
「えっ…」
「朝早く起きて、米炊いてさ。俺、弁当作るのに手一杯なのに家族の朝ごはんとか作るんだぜ?…ほんと、すごいよな」
「孝志…?」
( なんで、いきなり母さんの話なんかするんだろ…)
「お前が頼めば、俺はお前に弁当いつでも作ってやるよ。
でもさ、お前の母親はさ…頼まれなくても当たり前に毎日弁当作るんだよ。
たぶん、それって当たり前じゃねぇんだよ…。
母親が作る弁当は、高校のときにしか
経験できないことだと俺は思う…
だから、簡単に断ったらダメだかんな」
「!」
驚いた。孝志は僕の心を読んでいたんだ。
僕はみんなと同じように孝志の弁当を食べたくて、帰ったら母さんに
「もう弁当は作らなくていい」と言うつもりだった。
…孝志の言う通りだ。
毎日、朝早く起きて僕の弁当作って、家族の朝食も作る…
そんなのこと当たり前じゃないんだ。
(もっと感謝して、このお弁当を食べなきゃ)
誰もが、母親が作ったお弁当を食べれるわけじゃない。
このお弁当も、高校の思い出にするんだ。
それだけじゃない。僕は――
当たり前に、孝志に弁当を作ってもらおうとしていた。
(バイトで大変なの、わかってるのに…ごめん。孝志)
「…ありがと、孝志」
僕は心の中で謝って、感謝の言葉を口にした。
孝志には謝るより、感謝を伝えた方が
きっと喜ぶと思ったから。
「ん?俺はなんもしてねぇけど」
自慢の卵焼きを頬張りながら、孝志は優しい笑みを僕に向けてくれる。
「…お母さんのお弁当か~……私は、わかんないな」
僕の隣――
冬美が少し悲しそうな表情を浮かべながら
孝志の弁当を眺めていた。
——そうか、冬美の母親は…
「別に、比べる必要なんてないだろ。
孝志が言ってんのは、世間一般的なテンプレートな母親像だ。
お前は「へ~そうなんだ」とでも、
言っときゃいいんだよ。
無理に理解しようとしなくていい。
環境が違うやつの生活に憧れてもいいけど
理解しようとするな。疲れるから」
五十嵐くんはそう言い切って、オレンジのパックジュースにストローを突き刺した。
◇◇◇
「おいし~くやしぃ~!」
昼休みの教室に冬美の情けない声が響いた。
クラスが離れてしまったけど、お昼ご飯は決まって僕のいるC組の教室で4人そろって食べるようにしている。
「いや、どっちだよ。」
「孝志、うまい」
「お~ありがとな」
「う~、わ、私だって孝志くんに負けないくらい、美味しい料理作れるんだからね!」
「えっ、冬美、料理できるの?」
「えっ…で、できるよ!最近は五十嵐くんのとこのキッチン借りて、料理の練習してるんだよ!」
「へ~、すげぇじゃん冬美。で?なに作ったんだ?」
おにぎりに齧り付きながら、孝志が興味深そうに冬美に顔を向ける。
正直言って、僕も気になる。
冬美の『手料理』
僕と孝志の目線が冬美に突き刺さる。すると、次第に冬美の額には汗が…
(どうしたんだろう?教室が暑いのかな?)
無言の冬美を二人で見ていると、ふはっ、と孝志の隣に座る五十嵐くんが耐え切れないとばかりに笑った。
そして、僕たちにスマホを見せてくれた。
「…なにこれ?」
「…炭のかたまりか?」
五十嵐くんが見せてくれた写真に写るのは、皿に盛られた色鮮やかなレタスとトマトの前に大きく陣取る——
『黒い塊。』
孝志と二人、スマホと冬美を交互に見ていると、冬美がすごく小さな声で料理の名前を口にする。
「………ハンバーグです」
「ハンバーグ!?」
(ごめん!冬美、ハンバーグに見えない!)
「はぁ!?お前、こんなんで俺に負けねぇとか言ったのかよ!」
「ま、まだ!練習段階だから!ってか、五十嵐くんいつの間に写真撮ったの!?撮らないでって言ったじゃん!!」
「いや、芸術点たけーなって思って」
ケラケラと笑った五十嵐くんは意地の悪い笑みを冬美に向けている。
そして、さっきの炭の塊の写真を僕たちのLINEに速攻送ってきた。
…うん、何度見ても…炭の塊だ。
「も~っ絶対絶対!上手くなってやるんだからね!その時は誠くん!一番に冬美の料理食べてね!」
冬美の小さくて、柔らかな手が僕の手をぎゅっと握る。
突然のことにびっくりした僕は、
うん、うんと無言で冬美に向かって首を縦に揺らした。
(ふ、冬美ってこんな、いい香りしたっけ!?)
「…毒見役」
「誠、お前のことは忘れないぜ」
「ちょっと孝志くん!?五十嵐君!?それどういう意味!?」
「うん、冬美の手料理。楽しみにしてる」
「…っ絶対、だよ!約束だからね!」
二人にいじられて顔を真っ赤にした冬美は、
立ち上がりかけた体を椅子に戻すと
ほうれん草の和え物に箸を伸ばした。
やっぱり、この4人と一緒にいると楽しいなぁ…
最後まで読んで頂きありがとうございました!