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第十八話 ドラゴンのお父様

「ドラゴン……」


 ミリィの呟きが宙に溶けていく。


 ドラゴン。それは火を吐き空を舞い大地を蹂躙する王者にして、想像上で語られる最強の代名詞。

 この世界においてもそれは例外ではなく、上位のドラゴンは天災とイコールで結ばれる程の力を持っている。


 故にエルシア姉さんのように討伐に成功した者は英雄と称えられる訳だ。

 もっともエルシア姉さんパーティが倒したドラゴンは、ドラゴンでも中堅どころだったらしいが。


 俺も『幻獣の庭』で初めてドラゴンに遭遇した時は思わず興奮……する暇が無かったな、そういえば。

 命の危険とかそういうのとは別の理由で。


 まぁ、その時の事はまた別の機会に語る事にしよう。


 白銀の竜が俺に人間など軽く一飲みできる頭を寄せてくるので、その白銀の鱗を優しく撫でながら言った。


「久しぶり、シルヴィ。元気にしてたか?」


 愛称で呼び掛けると、その大きな青い瞳が俺の姿を捉えながら大きな口を開いた。


「タ、タツヤ!?」


 何かミリィが慌てた声を出すが、俺が食べられるとでも思ってるのか?


『お父様、お久しぶりです。会いに来てくれなかったので寂しかったです』


 ドラゴンの口から発せられたのは、野太いながらも嬉しそうな声。


「ああ、ごめんな、色々忙しくて。でもそろそろそのお父様って呼び方はどうにかならないもんかな?」

『お父様はお父様ですから』


 頭をスリスリと寄せてくるが、気を抜くと押し倒されそうだ。

 しかし無碍には出来ず、足に力を込めながら頭を撫で続ける。


 振り向くとミリィ達が完全に固まっていた。

 この反応もしょうがないだろう。この世界のドラゴンはこの子のように喋ったりできるような知能は無いだろうし……


「お、お父様――ッ!!」


 猫耳と尻尾をピンと立てて驚くミリィ。


 そこか?驚くところはそこなのか?


「子持ちとは驚きなのである! しかもドラゴンとは更に驚きなのである!!」

「――竜殺し?」


 誰が子持ちだ誰が!

 そしてフォンの竜殺しってマダムキラー的な意味でか?


「ドラゴンといたす事の出来る猛者がいるとは……これこそまさしく、伝説になるのである!」

「タ、タツヤってそういう趣味だったんだ……だ、大丈夫! 仲間だもん、ちゃんと理解してあげるから!」

「――うん、仲間仲間」

「違うわーーーーッ!」


 そんな理解は要らない!


 放っておくと三人の間で俺への理解が著しく意味不明な方向に捻じ曲がって行くので、軽くシルヴィとの出会いの経緯を説明する事に。

 単に卵の出産、殻が割れた時にその場にいた為、刷り込み《インプリンティング》的な感じで親の様に思われているだけだ。


 ただ、シルヴィの方も生まれた瞬間から俺が親でない事は分かっている。


 『幻獣の庭』に住むドラゴンの一部は高い知能と魔法を使いこなす最上位種なのだが、シルヴィの両親がそれにあたる。

 この最上位種のドラゴンから生まれる子供は、両親の記憶や知識を一部受け継いで生まれてくる。

 したがって、生まれた子供はすぐに喋る事が出来るし、自分の両親を認識する事が出来る。


 俺がお父様と呼ばれているのは、生まれてからしばらく通い詰めて構っていた結果に過ぎない。

 それなら『お兄ちゃん』と呼んでくれた方が良いと頼んだ事もあるが、本人(本竜)的にこだわりがあるのか断られてしまった。


 だが彼女も居ないのにお父様呼ばわりはちょっと傷つく。


 それはともかく、説明する事で何とかミリィ達に理解の色が浮かんだ。


「そっか、タツヤの子供じゃなかったんだ、あははは……」

「当ったり前だろうが。まぁ、この子はまだ一歳だし、年齢的には無いとは言えないけどな」

「一歳!?」

「おお、それにしては大きいのである!」

「――うらやま」


 三人が驚きながらシルヴィを揃って見上げる。

 ドラゴンは精神の成熟は置いておくとしても、ともかく肉体の成長が早い。

 シルヴィの両親は、シルヴィよりもう二回りは大きいので見たら腰を抜かすかもしれない。


『お父様……この人たち誰?』


 視線から逃れるように俺の背中に隠れようとするシルヴィ……だが、巨体故に全く隠れていない。

 それに気づいたシルヴィの全身から、白い光が発せられる。


 なんだなんだと思っていると、光が収まったそこにドラゴンの姿は無く、俺の腰ほどまでしかない白いワンピースを着た銀の髪の幼女がいた。


「……シルヴィ? ひょっとしてもう人化の術を覚えたのか?」

「うん!」


 テテテッと駆け寄ってきた幼女姿のシルヴィが腰に抱きついて来るのを、驚きながらも受け止める。

 この子の両親が魔法で人に化けれるのは知っていたけど、たった一歳で覚えられるとは思わなかった。


「か、可愛い……」

「まさか女子とは思わなかったのである!」

「――むぅ、アイドルの座が危ない」


 取り敢えずフォン、お前がアイドルだった事があるのかと。


「あはは、シルヴィ。ちょっと力が……いや、ちょ、ち。力緩めて! 折れる折れる――!?」


 シルヴィが回した手がミシミシと俺の体を締め付ける!?

 抱きつきと思いきやサバ折りか!? 折れちゃう、折れちゃ……内臓飛び出しちゃう!?


「あ、ごめんなさい、お父様」

「……ぐふ。だ、大丈夫だピョン……」


 ……な、何とか胴体が人様に見せられない惨状になる前に解放された。

 そう言えば、人化の術は『人に化ける』のであって、『人に成る』訳じゃないので、肉体の強さはドラゴンベースだった。

 流石に元の姿よりはスペックが落ちるだろうが、まだまだ力加減は出来て無さそうなので気を付けねば。


「人間の姿にやっとなれたから、お父様に甘えられると思って……」


 視線を下げてもじもじしながら言われると、怒るに怒れない。

 ていうか本物の父親に甘えなさいと思ったが、そう言えばあの人(竜)は娘ラヴでスキンシップ大好きだったっけ。


「ええっとな、シルヴィ。この人達は俺の仲間で一緒に旅をするんだ。ほら、自己紹介して」

「……シルヴァリエス」


 俺の背に隠れながら名乗るシルヴィ。

 ちょっと人見知りの気はあるが、一歳と言う年齢を考えれば……いやドラゴンだし、どうなんだろ?


 ミリィ達も順に挨拶していくが、ミリィはシルヴィの幼女姿が気に入ったのかニコニコしながら目を向けている。

 さっきまで一番ビビっていたのに現金なやつだ。


 ジェーンは興味深げに、フォンはいつの間にか懐から焼き菓子を取り出して餌付けしようとしている。


「――あげる」

「うわぁ~……えっと、お父様?」


 貰って良いの? と言いたげに見上げてくるので、笑顔で頷くとそろそろ近づいて焼き菓子を受け取るシルヴィ。


「……ありがとう、フォンお姉ちゃん」


 たどたどしくシルヴィがお礼を言うと、フォンが「――お姉ちゃん……悪くない」と呟くのが聞こえた。


 取り敢えず三人の掴みは上々のようだ。


「それでだな、良かったらシルヴィに乗せてもらって次の町まで行こうかなって思っているんだけど」

「え、シルヴィちゃんに乗って!?」

「ああ。馬車より早いしここだと人目が無いし、あっという間に着くよ」

「ほう、ドラゴンに乗っての移動であるか! それはそれは楽しそうである!」

「――面白そう」


 ミリィは驚いているが、他の二人は大変乗り気なようだ。


「シルヴィ。そういう訳なんだけど、良かったら背中に乗せて飛んでくれないか? この人達も一緒だけど」

「――うん、お父様とお父様のお友達なら良いよ」


 ミリィ達を見て少しだけ逡巡したシルヴィだが、直ぐに明るく了解して俺から離れる。

 その小さな体が光を放つと、再び巨大なドラゴンの姿に戻っていた。


『乗って、お父様』


 巨躯を伏せ、翼をスロープ代わりに地面に伸ばすシルヴィに礼を言いながら、他の面々を促してシルヴィの背に昇る。

 まだ幼竜だから鱗は少し柔らかめだ。

 トカゲの感触ちょっと固くした、固いゴムの様な感じである。


「よし、ここら辺でいいか。ほら、命綱にこれ着けて」


 妖精の小箱からアルケさんに作って貰った命綱を出して、各人に渡しながら自分の腰に巻き、空いている片端を背中の尖った鱗に巻き付ける。

 この命綱はアルケさんの蜘蛛の糸製、細く丈夫で伸縮性もあって大変頼りになる。


「ほ、ホントに大丈夫?」

「ドラゴンに乗って旅とは、これまたオツである」

「――楽ちんできる」


 ミリィは随分と不安そうだが、むしろこれが一般的な感性なんだろうか。

 ジェーンとフォンなんかウキウキと楽しそうだが。


「あ、フォン。結構速く飛ぶと思うけど、風を防げるような魔法って使えるか?」

「――ん、たぶん大丈夫」


 命綱を着け終えたフォンが杖を構えながら緑色の魔方陣を展開させる。


気流圏エアカレントフィールド


 緑色の膜が俺達四人を包み込む。


「よっし、みんな命綱は付けたな? シルヴィ、行けるか?」

『いつでもいいよ、お父様!』

「わ、わたしは遠慮したいかな~~……」

「何時でも良いのである!」

「――おやつおやつ……」


 猫耳と尻尾を伏せるミリィだけが乗り気では無いようだが、ここは民主主義と言う事で我慢してもらう。


「それじゃシルヴィ、出発だ! まずはゆっくり……」

『はい、お父様ッ!』

「うわっ!?」


 大きく広げられた翼を一振り、それだけでシルヴィの巨体が瞬く間に天空に舞い上がった!

 その急加速に驚きシルヴィの体にしがみつくも、眼前に広がる青空についついテンションがあがる。


「あはははは、こりゃいいや!」

「よよよよ、よくなーーーいっ!」


 ミリィの叫び声が聞こえる様な聞こえないような。

 見ると突き出た鱗の一枚にしがみついている。


 ジェーンを見ると胡坐をかいて大笑い、フォンはジェーンの膝の上に陣取って固定具代わりにしている。


 飛び上がるときは驚いたが、フォンの魔法のおかげで向かい風の影響もほとんどなく、高速で景色が流れていくのに反して頬に感じる風は穏やかな物だ。


「このまま一気に次の街だ!」


 俺の言葉に応える様に、シルヴィが大きな鳴き声と共に速度を増したのであった。






 一時間後。


「すいません、調子に乗ってました……」


 魔力切れ寸前でフラフラする頭を下げて謝る俺が居た。

 空の旅をする事だけに頭がいっぱいで、召喚を持続させる消費させる魔力まで考えていなかった。


 む、無念……グフッ。

次回の更新は4月28日(月)予定です

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