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第十七話 旅立ちの翼

「はい、これで借金終わりーーっ!」

「うん、確かに。ご苦労さん」


 両手を上げて万歳のポーズをするミリィから、金貨を一枚受取り妖精の小箱に放り込む。

 三ツ星の冒険者に昇級、報酬も一段上がったおかげでミリィは俺への借金(=回復薬の代金)を支払いが完了した。

 誘拐事件の解決の謝礼もあったから思いの外早かった。


「あ~、良かったよ。これで借金に追われて過ごす日々ともさよならできるね!」

「人を闇金みたいな言い方しないでくれるか?」


 無利子・無期限・無催促の安心ニコニコ現物払いだっただろうが。


 ……あれ、この言い方だと闇金ぽい?



「――ミリィは借金が嫌い」

「うむ、お金にだらしないよりは良いのである」


 同じテーブルについたフォンとジェーンが運ばれてきた肉にがっつきながら言う。


 ここはミリィとフォンが拠点にしている宿屋の一階。

 宿屋部分は二階で、一階部分は食堂になっているのだが、ミリィに借金の清算と相談があると言うので来てみればフォンとジェーンまで居た。


 ジェーンはこの間の試験から、正式に俺達とパーティを組む事になった。


 どうも俺達が気に入ったらしく、更に冒険者ギルドと癒神メデュアの教会関係者からゴリ押しされてしまったのだ。

 こっそり義父であるクルドさんに話を聞いたところ、ジェーンのおかげでこのグラリオースのメデュア教会の門を叩く信者候補が減っているらしい。

 本人はいたって敬虔な信者なのだが、何も知らない周囲からはそうは見えない。


 冒険者ギルドとしても、試験官やパーティへの斡旋をしても冒険者側から高確率で断られるし、かといってジェーン自身に問題がある訳でもないのでわざわざ候補から外す事は出来ない。

 体の良い厄介払いと言う感じだ。


 加えてジェーンのメデュアの信仰の仕方にも問題がある。


『メデュアの教えは触れ合いから始まるのである!』


 ジェーン的には『触れ合い=拳の語り合い』なのだが、明らかに間違っていると思う。

 とは言え信仰魔法は発現出来ているので、その信仰が間違っていないと断言できないのがある意味厄介。

 この世界だと信仰心に陰りがあると、信仰魔法は発現できないからな。


 まぁ、悪い人ではないのでパーティを組むのに反対する人はいなかった。

 フォンはあまり気にしていないし、ミリィは治療にかかるお金が浮くと喜んでいたし。

 俺も別に悪人じゃないなら我儘を言うつもりはない……尻の穴さえ狙われなければ、だが。

 裸のガチムチさんと同室はマジ怖い。


「借金の清算は良いとして、相談って?」

「あ、うん。そろそろわたしもフォンも、グラリオースを出ようかなって考えてるんだけど……」

「え、ここを? 何で?」

「タツヤとパーティを組む前からそれなりに長くここにいるし、フォンの為にも色々な場所に行きたいなって」


 そう言えばフォンは成人の儀式の為に、大陸を回って経験を積まないといけないんだっけか。


「それにグラリオースだと冒険者の仕事が少ないから、あまりお金にならないし……」


 ハァ、と溜息を吐いて両肘をついて手の平に顎を乗せるミリィ。


「冒険者の仕事が少ないのか、ここ?」

「うむ、王都周辺は騎士団が定期巡回で魔物等を討伐するので、討伐系の依頼は少ないである。加えて治安維持の問題からも盗賊が少なく、稀に難しい依頼があっても大抵は熟練の冒険者に回されてしまうのである!」


 ジェーンの熱い講釈で理解。

 冒険者なんて言わばトラブルシューターみたいなものだ、その元となるトラブルが少ないなら必然的に依頼も少なくなる。

 特に王都周りに特定の素材が豊富にあるスポット、みたいなのも無いようだし。


「――旅、めんどい」

「もう、フォンはすぐそう言うんだから……あ、話が逸れてごめん。それでね、タツヤはどうするのかなって」

「ん? 俺?」

「うん。だってタツヤは貴族だし、次男三男とかならともかく子爵家の長男で跡取りだろうから、ここを離れられないんじゃないかって」


 憂いを帯びたミリィの目を見て、何が言いたいのか理解した。

 つまり俺がグラリオースに残る事を選べば、ミリィ達とはここでお別れと言う事になる訳だ。


 ……しかし、実際のところどうなんだろ?


 元々グラス国王にはアチコチ旅して元の世界に帰る為の手掛かりを探しますよと、最初の段階で了解を得てあるので問題は無いはずだ。

 リングラード家の跡継ぎの云々だって、エルシア姉さんが婿でも取れば問題は解決。

 そもそもこの国では女性の爵位相続は認められているので、俺にこだわる必要はないはず。


 ここでミリィ達と別れて他の冒険者を探すと言う手もあるが……いや、ないな。

 俺自身の事や魔法について色々知られたし、また別の相手に一から説明するのも面倒だ。

 ジェーンはともかくミリィやフォンは可愛いし、これ大事。


 まぁでも、一応各方面にお伺いは立てておくべきだろう。



「そうか、遂に……行ってしまうのか」


 リングラード邸、義父クルドの書斎。

 この王都を出て冒険者生活に出ても良いかと尋ねたら、いつもの温和な笑顔が消え酷く悲しげな表情を浮かべた。


「君にも帰るべき場所も家族も居るのだ、その手掛かりを探す為となれば引き止める事は出来ないね……わかった、国王陛下には私の方から伝えておこう」

「ええっと、ありがとうございます」


 国王陛下に謁見となると良くて数日、長くて一カ月以上待たされるので大変ありがたい。

 だがこの今生の別れみたいな雰囲気は何だろうか?


「短い間だったが、実の息子が出来たようで本当に嬉しかったよ。もし何かあったらいつでも帰って来て良いんだからね? この屋敷もまた、君の帰るべき家なのだから」

「はい、ありがとうございます」


 今はリングラード家の一家は家族の様に思えているし、この屋敷の使用人達も好き。

 加えて料理も美味しければお風呂もあるので、出来るだけ頻繁に帰る所存である。


「良ければ旅用の馬車を用意させよう。馬も長旅に適したものを用立てようじゃないか」

「え、そこまでしてもらう訳には――」

「な~に、息子の旅立ちの餞別と思えば安いものさ。むしろ何もしなければ私が妻や娘たちに怒られてしまうよ」


 そう言ってハッハッハと朗らかに笑うクルドさん。


「ところで何処に向かうつもりなんだい?」

「え、ええっと、最終的には転移装置を動かす魔核を得る為にラビリスに向かうつもりですけど、まずは北の国境を越えてクロスロードの方に向かってみようかと」


 グラス王国を三つ程の領地を突っ切って北へ抜ければ、大陸の中心部に近くもっとも多くの国と国境に接している国、クロスロードがある。

 別名『旅人の国』と呼ばれ、緑の旅神ビジュネラを国を挙げて信仰している国である。


 単純に転移装置を見つけるならグラス王国の南部の未開地に行き遺跡を探すのだ良いのだろうが、あっちは遺跡専門の冒険者が年中探索していると聞いているから、俺が行っても何が捗る訳も無く、余り変わらない筈だ。


 そもそもミリィ達は北に行くつもりって言ってたし。


「王都を出て最初の街まで、馬車で三日と言ったところか」

「着いたら一度こっちに報告に戻りますよ。どうせすぐに戻れますしね」

「ははは、本当にすぐ戻って来れるのなら私たち家族も嬉しいのだがね」

「え、本当に戻れますけど?」

「え?」

「え?」


 怪訝そうに眉を顰めるクルドさんの表情を見て、初めてここで互いの意識に食い違いがある事に気がついたのだった。



「と、言う訳でドキドキワクワクの冒険に出発だー!」

「応、である!」

「――おー」

「…………」


 王都グラリオースを北門から出た所で拳を上げる俺、続くジェーンとフォン。

 ミリィの呆れた視線が背中に突き刺さるのを感じる。


「元気なのは良いけど……タツヤ、本当に王都を出て良かったの?」

「大丈夫大丈夫、ちゃんと説明したら快く送り出してくれたよ。むしろ和やかな別れだったくらいだぞ?」


 むしろお土産を催促されたくらいだ。

 エルシア姉さんは気安く王都を離れられないそうで、「ずるいぞ!」と不満気に言っていたが。


 俺の明るい様子にミリィが首を捻る。

 何となくその態度の理由は判るが……ま、後で判るから良いか。


「それなら良いんだけど、ね。あともう一つ……」

「なんだ?」

「それ、どうするの?」


 ミリィが指差すのは一台の幌馬車。

 クルドさんが用意してくれた物で、二頭の馬で引く大型の馬車だ。


 もっとも、


「肝心の馬がいないじゃない」


 そう、馬車だけ。ここまで引いて来て貰っただけで、馬自体は御者のおじさんと共に帰っていった。


「馬車があるからって言うから、北への護衛の仕事も受けてこなかったのに」


 確かに街道を移動するなら、護衛の仕事などを受けて路銀を稼ぎながら進むのが合理的だ。

 ミリィの様子を見るに丁度良い依頼があったが、馬車持ちだと聞いて諦めたのかも知れない。


「ちゃんと考えてるから安心しろって。いざとなったらケルベロスに馬車引いて貰うから」


 普通に馬に引かせるより余程早いし、御者の必要も無いので便利だ。

 ただ道中すれ違う人や町では騒ぎになりそうだ。


「取り敢えず馬車は一旦しまって……ジェーン、少し離れていて人目が無い所って心当たりある? できれば少し開けてるところ」


 妖精の小箱に馬車を収納し、地元民のジェーンに質問する。


「うむ、少々歩いたところにある丘の向こう側に、森に囲まれた湖があるのである。特に何が有ると言う訳でも無いので、普段は近づく者はいないのである」


 条件的に丁度良さそうなので、ジェーンにそこまで案内してもらう事にする。

 フォンは訝しげな視線を向けてきたが言及はせず、フォンは何も考えてないのかトコトコ歩いて付いてきた。


 三時間ほど歩き、件の湖に到着する。


 湖と言うよりちょっと大きな池ぐらいの感じだが、割と開けた場所なので条件にはピッタリ合う。


「それでどうするの、タツヤ?」

「まぁ見てのお楽しみって事で。あ、ちょっと危ないかもだから離れていてくれ」


 フォンは放っておいて、断りを入れてから皆と少し距離を取る。


「さて、久し振りに呼びますかね」

「うむ、何をやらかすのか楽しみである」

「――ドキドキワクワク」

「口でドキワク言うエルフ初めてみたぜ」


 いかんいかん、ついフォンに突っ込んでしまった。

 気にせず集中集中。


「”その翼は天空に座し、いずれは宙へと至る……”」


 詠唱と共に両手を天に翳すと白い光で構築された魔方陣が現れる


「”幼くも王者の血を継ぎ者よ、その輝き纏いし体躯でこの地を圧巻せよ……”」


 更なる詠唱を続けていくと魔方陣は段々と空に昇って行き、またそのサイズも高度に比例して大きくなっていく。

 最終的に魔方陣が中空で静止した際には、魔方陣は直径二十メートルほどのサイズとなっていた。


「な、なんか凄いの出てきそうなんだけど……」

「期待に大胸筋が震えるのである!」

「――ぐぅ」


 何か寝てる人いますが。


「”猛き産声を上げよ、星竜スタードラゴンシルヴァリエス”」


 力強い呼びかけ。その呼びかけに応えて、魔方陣が目が眩むほどの閃光を放ち始める。

 そして、光を放つ魔方陣の中から巨大な物体が姿を現し、轟音と共に大地を揺らしながら目の前に降り立った。


「……うそ、でしょ……?」

「お、おおぅ、これは……」


 ミリィとジェーンの言葉にならない驚きが伝わってくる。


 俺は召喚に応じて現れた、その巨大な生き物を見上げる。


 大地を踏みしめる強靭な四肢に天を舞う一対の翼、噛み砕けぬ物は無いと言わんばかりの鋭い牙に、軽く振るうだけで木々を薙ぎ払える尻尾。

 そして太陽の光を受けて輝くのは、全身を覆う白銀の鱗。


「――ドラゴン」


 フォンの呟きに全てを物語っていた。

次回の更新は4月26日(土)の予定です。

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