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閑話 お狐様の庵

「……ちわっす、アルケさん。外套頂きに来ましたー」

「いらっしゃい、できてるよ……って、何だい随分とくたびれてるじゃないのさ」

「アルケさんの作品がなかなか通してくれなかったからなんですけどね……」


 『幻獣に庭』の傀儡の森、アルケさんの家へ外套を取りに来た今日この頃。

 アルケさんが中に居るってのに道を通さないあみぐるみ戦隊の隊長(?)、赤クマーと小一時間ほど拳で語り合り、ようやく通る事が出来た。


「あらら、おかしいねぇ。ちゃんと通すように言っといた筈だけど……ああ、坊やが気に入られたって事かね。普段は森にはほとんど侵入者何ても来ないから、良い遊び相手と思われてるんじゃないかい?」

「拳で語り合う歓迎なんていらない……」


 でもちょっと訓練になってると思えるのが悔しい。


「ほら坊や、頼まれていた物さ。こっちの方の包みは嬢ちゃんたちに渡してやりなよ」


 絹の様な布地で包みを渡され、それより一回り小さい包みを二つ渡される。


「二人の分まで悪いね、何だか気を遣わせたみたいで」

「坊やが気にする事じゃない、偶には違う相手に作ってみたいと思っただけさ。この『幻獣の庭』だと、アタイに頼んでくるようなのは森か狐の姐さんぐらいしかいないからね」


 カラカラ笑いながら手、じゃなくて、蜘蛛の足の一本を左右に振る。

 人間なら顔の前で手を振っている動作だろうか?


「ああ、狐の姐さんで思い出したけど、もう会いに行ったのかい?」

「……ま、まだです」


 俺が答えると半眼になって蜘蛛の足の先端で小突いてきた。


「あのねぇ、坊やが早く行ってくれないと、愚痴の矛先がこっちに向かっちまうんだよ。そこらへん分かってるかい?」

「も、もちろんですよ、あはは……」

「狐の姐さんの酒盛りに付き合わされると、酔い潰されるまで帰しちゃくれないから困ったもんさ」

「まぁ酔い潰れて起きても、迎え酒とか言われて呑まされますけどね」


 そこら辺の苦労は、俺も無理矢理付き合わされて急性アル中なりかけたから良く分かるが。


「まったく、山の爺さんと飲み比べ出来るようなザルには付き合えないよ。そういう訳で、坊やは今からさっさと会いに行ってきな」

「え、今からですか?」

「ああ、当然さ。坊やは放っておいたら、また先延ばしにしようとするだろ?」


 ひ、否定し辛いな。


「それにお嬢ちゃん達の分まで作ってあげたし、その外套も前のに手を加えた良い物だよ。別にこれ以上代金を受け取る気は無いけど、感謝の気持ちを行動で見せてくれても良いんじゃないかい?」


 普段飄々としていて、自分の作品以外と化粧品以外にはあまり拘りを見せないアルケさんにしては押しが強い。

 どうやら酒盛りに呼ばれ過ぎてて辟易としているようだ。

 そういえば傀儡の森は件の狐の姐さんの住処から割と近い位置にある。


「わかりました、わかりましたよ。今日は時間あるし、顔見せぐらいはしてきますよ」

「良いねえ、物分りが良い子は好きだよ」


 途端に上機嫌になったアルケさんとあみぐるみ戦隊に見送られ、傀儡の森を後にした。



 転移門を使いラヴィア姉さんの家に戻った後、今度は別の転移門を通って別の場所に行く。

 扉を潜るとそこはすぐ目の前に一軒の庵が佇んでいた。

 老舗の旅館を彷彿とさせる、古めかしくも手入れが行き届いた一階建ての日本家屋。

 塀に囲まれて見えない内側には、砂利を敷き詰められた地面や鯉の放してある池など、見事な日本庭園がある事を知っている。


「それはそれとして……久し振りに来ると違和感の塊だな、ここ」


 庵から目を外して周囲の森を見ると、思わず呆れた声が出る。


 ラヴィア姉さんの森の様な深い緑の森でも、傀儡の森の様な生物の気配がしない静かな森でもない。

 春を告げる桜、夏の日差しを受ける緑、秋を彩る紅葉、冷たく淡く白く染める雪化粧……庵を中心に木々や鮮やかに四色で色分けされている。


 もう何というか、節操がない。


 庵の扉を軽くノックすると、奥からタッタッタッタと軽い足音が近づいてきた。


「あらあら、どちら様でしょうか……あら~! お久しぶりでございますね、タツヤ様!」


 横に開いた扉、視線を落として出迎えた主を見て思わず頬が緩むのを止められない。

 出迎えてくれたのは、女給が着る着物姿の二足歩行する狐。

 背は百四十にも届かず小さいが、それ故に小動物感があって見ているだけで和む。


 モフモフの毛とか尻尾を触らせてくれたらもっと和むのだが、子供の頃にやって半日ほど正座でセクハラについて説教されたので微妙に逆らえない。


「久し振り。今日は……」

「主様でございますね? どうぞどうぞ、お上がりくださいませ。主様もきっと喜ぶ事でしょう……あ、今日は腕によりをかけてご馳走を用意せねばいけませんね」

「え? ああ、今日は顔見せだけで帰るつも――」

「おーい、お前たち! 今日はお客さんがお見えになるからね、宴の準備だよ! タツヤ様は主様の所にご案内するから、準備を抜かりなくやるんだよ!」


 断る前に同じ様な恰好をした狐に指示を出し、俺を笑顔で(たぶん、笑顔の筈)庵の奥へと案内してくれる。

 何となくタイミングを逸したまま、奥の庭園を一望できる縁側付の広間に通された。


「主様、タツヤ様をお連れ致しましたよ。ではタツヤ様、すぐにお飲み物をお持ちいたしますので失礼いたします」


 女給の狐が尻尾を振りながら去っていくのを見届けて、部屋の――この庵の主に久し振りの挨拶をしようとして、


「――ったく。まぁ~た、昼間っから酒飲んでんの?」


 ついつい小言が出てしまった。

 その人物は俺の小言など構う事なく、クイッとお猪口を口に傾ける。


「ふふ、久方ぶりの再会なのに随分と冷たい挨拶よのぅ、タツヤ?」


 恐ろしく整った妙齢の女性。

 光を弾く銀色の髪に瞳孔が縦に割れた金色の瞳、着崩した着物からは豊満な巨乳が今にも崩れ落ちそうで支えてあげ……ゲフンゲフン。

 あー、なにより目立つのはミリィよりも縦に長い三角耳に、ふかふかでもっふもふの九つの尻尾。


「もう……ふぅ、顔出すのが遅くなってごめん、タマモ姉さん」


 狐、九つの尻尾、タマモ――玉藻。

 

 そう、こうして座っているだけで色香を撒き散らす狐な美女こそ、日本……いや、世界に名高いあの九尾の狐、玉藻御前たまもごぜん

 かつては中国で猛威を振るい、日本に来た後は平安時代末期に鳥羽上皇に仕えた九尾の狐が化けたという伝説上の絶世の美女。


 ――いやま、同一人物か知らないけど!


 そもそも日本に伝わる史実の通りならこの人は八百年だか九百年前に退治されているらしいが、退治されたふりして『幻獣の庭』に隠居してきたのかな。


 伝わる悪行も相当なものだが、俺にとってはお酒にだらしない女性ぐらいの認識でしかないので気にしない事にしている。

 ……相当おっかない、って事は身に染みてわかってはいるが。


「そんな離れたところに居らず、もっと近くへ寄ればよかろう?」

「はいはい」


 言われたまま近づいて、いつの間にか用意されていた座布団に座ってタマモ姉さんと差し向いになる。

 この和風な雰囲気は懐かしくて気持ちが落ち着くのだが、タマモ姉さんがすぐ目の前にいると別の意味で落ち着かない。


 何せこの人、滅茶苦茶美人な上に動作の一つ一つが妙にエロい。

 着崩した着物が色々見えそうなのもそうだが、ねっとりした視線や髪を梳く動作、お酒を嚥下する喉、何故かどの動き一つ取っても情欲が刺激されてしまう。


 ラヴィア姉さんも負けず劣らずの美人だが、あちらは何と言うか美術品のような美しさであって、タマモ姉さんの様なストレートにエロい訳ではない。

 子供の頃ならともかく、受験時期にこの人に会うのは色々自制が効かなそうなので、距離を取っていたのだが……


「タツヤ、最近はどうしておる? この耳が聞いたところによれば、異界に飛ばされたそうじゃが?」

「ああ、伝えるのが遅くなってごめん」


 これまで経緯を説明すると、まるで酒の肴と言わんばかりに楽しそうに酒を口に運ぶ。


「中々に楽しい生を謳歌してようじゃ、結構結構」

「結構じゃないって。本当なら普通に受験勉強して、大学行くはずだったのに」

「良いではないか。妾の様に長く生きていると、生に飽いてくると言うものじゃ。それに比べて人の生は遥かに短く、命は脆い。ならば花火の様に美しく華やかに生きるのも一興であろう?」


 剣と魔法の世界に放り出された事も、大妖怪のタマモ姉さんに取っては人生を彩るサプライズの一つ程度の認識か。


「それから……タツヤ」

「――ッ!?」


 突如、タマモ姉さんの尻尾の一つが伸びて俺を捕まえると、ズイッとタマモ姉さんの目の前に引っ張り出された。

 直近で金色の瞳と見つめ合うこの距離こそ、まさしくキスとキスが出来そうな……


「ちょっと、タマモ姉さ――ッ!」

「お主、人を殺めたな?」


 フッと、体中の力が一瞬で抜けるのが分かった。


「……分かる?」

「当然じゃ、悲哀と決意が混じり合った良い目をしておる……ああ、その様子だと森の娘は気が付かなかったようじゃのぅ」


 確かにラヴィア姉さんの前では俺自身で人を殺していないし、殺した事も伝えていない。

 だからと言って気が付いていないかと言うと、これは聞いてみなければ分からないが。


「気付いておらぬよ。あやつは少々人の感情の機微に疎い。元々感情が希薄と言える種族じゃ、それも仕方ないと言えるが……」


 そこで言葉を切って、ニンマリと笑う。


「姉としてしっかくじゃの、妾の勝ちじゃ」


 何の勝ち負けだ、何の。


「ああもう、気が済んだら離し――」

「どれ、一つ味見してみるとするかのぅ」

「味見? なんの――むぅ!?」


 疑問を発しようとした口が、別の口――タマモ姉さんの唇で塞がれた。

 抵抗とか、疑問とか、そんな事に頭が回らない。


 柔らかい唇の感触と入って絡みついてくる舌に、目を白黒させてるしかなかった。


「んぷっ……むぅ……」

「……むちゅ…………ふぅ。ふむ、まだ少し若いがなかなかじゃな。良い男になってきた証じゃ」

「はぁ。はぁ、はぁ……」


 しっかり三分はキスしていただろうか?

 タマモ姉さんがケロッとしているのにこっちの息が荒いのが何か悔しい。


「た、タマモ姉さん、いきなり何するんだよ!」

「接吻じゃ」

「そんな平静な顔で人の唇奪うなよ!」

「別に良いではないか、減る物でもあるまいし。そもそもタツヤが良い男になるよう育ててきたのじゃ、味見くらいよかろう」


 おっとそれ初耳!

 そしてあまり育てられた覚えない!


「それとも初物じゃたのか? あの森の小娘はその手の艶事に疎いからのぅ、タツヤの唇は妾が一番乗りと言う事じゃな」

「残念だけど一番はドリューだよ」


 得意そうに含み笑いするタマモ姉さんだが、一番はドリューだったりする。


 初めて会った時、俺を蔓で捕まえていきなりディープキスしてきたのだ。

 すぐにラヴィア姉さんが止めさせたが、後日理由を聞いたところ俺の養分を口から吸い出そうとしたらしい。


 そっちの方が効率が良いかららしい。

 度々呼び出す時に蜘蛛や蛇の様なの相手でも同じようにしようとするので、口からの吸精は止めてもらっていた。


「む、あの養分娘か。先を越されていたとは不愉快じゃな」

「はいはい、不愉快不愉快。そろそろ離してくれる?」


 いきなりキスされた時は驚いたが、ある意味良かったかもしれない。

 もしこれがゆっくりと、時間を掛けて、こちらを煽るように情熱的であったなら、いくら姉の代わりとは言え色々我慢が……


「そうじゃ、まだタツヤは女を知らぬな?」

「はっ?」


 何を言い出すんだこのお狐様は。


「なに、接吻が先を越されていたのなら、筆下ろしでもしてやろうという……そう、姉心じゃな」

「違う、それは明らかに姉の領分じゃない!?」


 突っ込むもタマモ姉さんは意に介せず、尻尾で拘束されたまま押し倒される俺。

 胸の辺りに大きく柔らかいものが、ぐにゃりと形を変えて押しつぶされている。


 具体的にはおっぱい……いや待て落ち着け俺。


「大丈夫じゃ、初めてじゃから妾の手練手管で優しくしてやるからのぅ」

「それ男側の台詞っ!」


 言いながらもタマモ姉さんの感触と漂ってくる甘い匂いに、頭の芯が霧にかかったようにもやもやしてくる。


 別に見ず知らずの相手でもなし、もうこのまま流されて良いような気に……


「――これはまた、随分と楽しそうですね。タツヤに淫乱狐?」


 一瞬で体中が冷えた。

 背中に氷水ぶちこまれる感覚ってきっとこういう事をいうんだろう、はい。


 倒れたまま視線を向けると、逆さまになった視界に仁王立ちする金髪で長耳の女性――ラヴィア姉さんが立っていた。


「何じゃ、良いところで邪魔をするのぅ~」

「タツヤを放しなさい、女狐。いま、すぐ!」


 ラヴィア姉さんに睨まれ、タマモ姉さんがつまらなそうに鼻を鳴らしながら俺の上から引いて、尻尾を外してくれる。


「まったく、ドリューからタツヤがタマモの庵へのゲートを使ったからと、気になってきてみれば……」

「なに、女の扱い方を教えていただけじゃ。どこぞの生娘には出来ぬことじゃからのぅ」

「色香を振りまく淫乱狐は教育に悪いのでは?」


 両者、ニコヤカニ笑いつつ目だけは全く笑っていない。

 この二人、昔っから相性が微妙と言うか俺を引き合いに出して喧嘩していると言うか。


「……そろそろタツヤの姉としてどちらが相応しいか、決着を着けても良いころ合いかのぅ、生娘?」

「……奇遇ですね、私もそう思っていたところですよ、女狐」


 睨み合う二人の間で火花が散る……いや比喩とかじゃなくてマジで。

 何も無い空間でバチバチ火花が散り、二人を中心に風が巻き起こりドンドン激しくなっていく。


「ちょ、ちょっと、実力行使は無しって約束だろ! はいはい、いつも通りに勝負で決める! 今日はどっちだっけ!?」

「……前回は私の家で、利き羊羹でしたね」

「では今回はここで飲み比べじゃな」


 二人の間で巻き起こっていた風や火花が止み、大人しく腰を下ろした。


 まったく、この二人の喧嘩本当に心臓に悪い。

 水と油な性格の二人、その喧嘩の理由は定期的に発生する『どっちがタツヤの姉に相応しいか』だったのだが、何せ二人とも卓越した力を持っている。


 片や森の妖精と言われ、無限に近い寿命と膨大な魔力を持つハイエルフ。

 片や傾国の美女にして、知らぬ者はいないと言われる九尾の妖狐。


 互いに相手に対してメンチ切っただけでさっきの有様だ。

 初めて実力行使でぶつかった際、冗談でも何でもなくクレーターが出来て丘の一部が吹っ飛んだ。

 そして俺が死にかけた。


 お互いやり過ぎたとの事で、実力行使以外で交互に勝負条件を出すと言う形に落ち着いたのだ。


「ほら、タツヤは見届け人じゃ。妾の横に座るとよいぞ」

「いえ、タツヤは私の隣です」

「女給の狐にお酌してもらうからパスで」


 次々と広間に女給の狐達が食事を持ち込み、二人の前にお酒が積まれていく。

 ここの食事は基本的に和食だ、久し振りなので楽しみで仕方がない。

 

 ガッポガッポお酒を飲み始めた二人はもう気にしない事にして、庭園の景色を楽しみつつ舌鼓を打つ事に終始する決意をしたのだった。




 翌朝、完全に潰れて動けなくなったラヴィア姉さんを担いで帰る羽目になりながらも、いつもどおりの流れにホッとする自分がいた。


次回の更新の予定は4月24日(木)となります。

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