第十五話 白の神官
「にじゅういっち、にじゅうにぃ、にじゅうさぁん、にゅうしぃ……」
「お兄様、大丈夫ですか?」
「だい、じょうぶ……さんじゅうごっ!」
「お兄様、十回増えてます!」
おっといけない。
背中にエルナを乗せ腕立て伏せ中。
身体強化の魔法は、強化する肉体の性能が高いほど効果が高いとラヴィア姉さんに教えれられたからだ。
筋力一に強化で五足すより、筋力五に強化で五足す方がそりゃ強力なのは道理だ。
エルナを乗せてるのは、単に一度やってみたかったからだがこれが結構きつい。
いや、エルナが重いって意味じゃないぞ?
「よんじゅぅぅぅう……ぐはっ」
限界、床に倒れ込む。
エルナが慌てて飛び退き、控えていた使用人に持たせていた手拭いをくれた。
「ふぅ……受験で体動かしてなかったし、こっちに来てから身体強化ばかり……」
顔を汗を拭きながら、もっと鍛えないとなと思う。
「お兄様の汗の匂い……なんでしょう、胸の鼓動が激しくなるような……」
手拭いを使用人に渡しながら、何か妹が怖いなと思う。
部屋に戻り汗で汚れた服を替え、着慣れてきたワイシャツと黒のズボンに赤いベスト姿になったところで、屋敷に戻って来たエルシア姉さんから使用人を通して呼ばれた。
最近エルシア姉さんは騎士団に出向する事が多い。
どうも騎士団に誘われているらしく、今日も王城の騎士団の詰め所に赴き他の騎士と鍛錬していたようだ。
騎士と言うのは昔から男社会だったらしいのが、今は女性騎士や段々と増えて言っているらしく、一流冒険者であるエルシア姉さんを引き込めばそりゃ後進の良き目標になるだろう。
元冒険者パーティ『竜の吐息』
その解散も原因となった最後の相手は、偶然かはたまた必然なのか、そのパーティ名そのものと言っても良い相手、ドラゴンだった。
パーティーリーダーに大怪我負わせるも、最後はエルシア姉さんが己の魔槍と引き換えに止めを刺した。
竜殺し《ドラゴンスレイヤー》という偉業を成した『竜の吐息』、特に止めを刺したエルシア姉さんはグラム王国だけでなく大陸中にも響き渡っているとかいないとか。
そんな人物を騎士団に迎えられれば、騎士団の名声も上がるだろう。
当のエルシア姉さんも口には出さないが、割と乗り気みたいに見える。
俺を鍛える事で、後進の者達を鍛えると言う事にやりがいを感じ始めているようだ。
……いや、エルシア姉さんも若さ的には”後進”の部類に入る筈なんだけど。
俺の周りの歳上の女性って、どうしてこうやたら強い人ばかりなんだろうか?
居間で待つエルシア姉さんの元に行くと、既に私服に着替えて寛いでいた。
「お帰り」
「ああ、帰ったぞ。自己鍛錬はどうだ、進んでいるか?」
「英雄譚の主役でもないし、一朝一夕で結果は出ないさ」
「そうか。やはり姉弟睦まじく鍛錬に励む方が良いのかも知れないな」
まずは加減を覚えて、倒れるまで扱くの止めてくれたらね。
「それで、何か用?」
「つれないな、用が無ければ話もしてはいけないのか?」
「まさか、そんな事はないさ。ただエルシア姉さんは、そういう雑談は稽古の中でやるだろ?」
夕飯のメニューは何だと思うとか言いながら木剣で繰り出してくるんだぜ、この人。
「ふふふ、まあそうだな」
笑みを零しながら、一通の封筒を差し出してくる。
何だろうかと思いながら受け取って見ると、蝋で封がしてある部分に見覚えのあるマークが入っていた。
「剣と杖、冒険者ギルドから?」
「ああ、所用で寄った時に君へと渡された。見てみると良い」
言われるまま蝋を剥がし、中の便箋を取り出して目を通す。
「こ、これは……!?」
「どうだ、驚いただろう? 私も教えられた時は驚いたが、同時に我が事のように嬉しく思ったものだ」
うんうんと頷くエルシア姉さん。
しかし……
「……ごめん、読んで」
すいません、驚いたフリしただけなんです。
まだ単語単位でも意味が合っているか大いに怪しく、文章を読解するにはまだまだ道のりは長い。
苦笑いするエルシア姉さんに便箋を渡して読んでもらう。
「……昇級試験?」
二ツ星から三ツ星への昇級試験の説明をしたいのでお時間ある時に顔を出して下さいね、と言う内容だった。
「昇級するのにどの程度の実績が必要なのか知らないけど、いくら何でも速すぎない?」
俺がやったのって角兎とゴブリン退治、後は見つけた薬草などを納めただけの筈だ。
「ギリアムール一味が扮した盗賊の撃退とルートガ―親子の救出が大きかったのだろう。特にあのザンザスとかいう男、なかなか名の売れた傭兵であったらしいからな」
傭兵――冒険者が何でも屋なら、傭兵は戦争屋。
対人戦での経験値は冒険者よりもずっと多いはずだ。
そりゃあ手強かった訳だ……しかい、腑に落ちない点もある。
「後者はギルドに報告してないと思うけど」
「私が助勢を請うた騎士団員達が君の戦いに大いに関心を示してな、あれで二ツ星は勿体無いと団長が代表してギルドの上層部に報告していたようだ」
「それはまた、ありがたいのかありがた迷惑なのか……」
いや、ランクが高いに越した事が無いのは確かだ。
ただ腕っぷしが強いだけで、他の知識や技術が相応かと問われれば首を捻るしかない。
「あまり考え過ぎない事だ。三ツ星まで比較的上がり易いが、四ツ星、五ツ星まで昇級するのは長い道のりと実績が必要になる。今は三ツ星に上がる事だけを考えていれば大丈夫だ」
□
エルシア姉さんに説得され、まだ時間があるからと早速冒険者ギルドにやってきた。
扉を開くと相変わらずの喧騒が出迎えてくれる。
取り敢えず手近なカウンター、冒険者登録してくれた受付嬢がいるところに並ぶ。
前には少女二人の一組だけだから、直ぐに順番は回って……
「あれ、ミリィとフォン?」
「え? あ、タツヤ」
「――おっは~」
前の二人組は同じパーティメンバーだった。
そしてフォン、もうお昼過ぎてるし、その挨拶は旬も過ぎてる。
「ひょっとして二人も昇級試験の説明に?」
「『も』って事は、タツヤにも来たんだ?」
話を聞くにエルシア姉さんは屋敷に戻る前、ミリィ達にところにも寄ってギルドから手紙を渡していたようだ。
「では、みなさんご一緒にご説明させてもらってよろしいでしょうか? 三ツ星への昇級試験はパーティ単位で受ける事も可能ですので」
否と言う理由も無く、その言葉に素直に頷く。
「ではご説明させて頂きますが……いやいや、それにしてもタツヤさんはもう三ツ星なんて凄いですね。ついこの間、冒険者になったばかりなのにあっと言う間に三ツ星への昇級試験!」
何故かテンション高く語り始める受付嬢。
「はぁ、ありがとうございます」
「それに貴族なのに偉ぶった所が無くて良い人です。最近は貴族の冒険者も増えてきてますけど、『どうしてまだ昇級できないんだ! このワタシが誰だか分かっているのか!』……なんて言う人も結構多いですから。そんなの受付に言われてもしょうがないのに」
「お、お疲れ様です……」
憤然遣る瀬無しと言った受付嬢の剣幕に、つい労いの言葉が出てしまう。
客商売(?)と言うのも大変だ。
「それに対してタツヤさんは実に紳士的で実力もお有りとは素晴らしいです。流石はエルシアさんの弟にして、既に召喚剣士の二つ名を持っているだけあります」
「はぁ……え、いや、何ですかその二つ名とか召喚剣士って」
サラッとおかしな事を言われたような。
「あ、すいません。正式に二つ名を登録できるのは三ツ星に上がってからでした。頑張ってください、応援してますから!」
「はい、ありがとうございます……じゃなくて、二つ名の説明して!」
実はこの人、天然なのか?
「ご存知ありませんでしたか? 二つ名とは特定の実績や特筆する技能を持つ者に与えられる称号の事です。大変に名誉な事なんですよ。本人による申請と第三者による推薦の上で、ギルドが審査して初めて名乗ることが出来るんです」
「ええっと、それは何となく分かるんですけど、その召喚剣士って二つ名は何処から? そもそも申請もしてないし、審査を受けた覚えもありませんよ?」
今更だけど、二つ名とか中二病みたいで恥ずかしいじゃないか。
魔法とか召喚の詠唱とか……ほんと、今更だけど。
「グラス王国騎士団、バッカス騎士団長の推薦と騎士団員数名の保障付きでしたから、審査はパスされましたよ」
何だそのお酒の好きそうな名前の騎士団長さんは。
ザンザスとの戦いを見られていたんだが、まさかこんな形で影響があるとは思わなかった。
「凄いねタツヤ、二つ名だって。有名人だよ!」
「――おめでとう」
「あ、ありがとう……二つ名の件はもういいから、昇級試験について教えてください」
受付に文句を言っても仕方がない。
取り敢えずこの問題は後日に考える事にした。
「あ、申し訳ありません。ええとですね、昇級試験はこちらが指定する魔物の討伐を行っていただきます。その際に随伴する試験官が皆様の依頼進行状況を審査し、合格を出せば見事昇級となります」
内容はそう奇天烈なものじゃないな。
「わかりました。その試験はいつ行えば良いですか?」
「三ツ星の試験に適当な魔物が居る必要がありますが、今は都合よくコボルトの群れが確認されていますので、近日受けられるなら今回はコボルト退治が試験となりますね」
コボルト、二足歩行する犬の様な魔物だ。
ゴブリンより群れる数は少ないが、足が速く鼻が利き、武器も器用に使いこなす。
三ツ星に上がる一人前なら、これぐらいちゃちゃっと倒してみろって事か。
「あの、受ける場合は試験官にはどんな人が付くんですか?」
ミリィの質問に受付嬢が手元の書類を捲り、
「――げっ」
固まった。「げっ」って何だ、「げ」って。
「え、ええっとですね。今回の皆様方の試験官は、冒険者ギルドから依託されたメデュアの神官様となります」
「メデュアの神官様っ!?」
何故かミリィが食いつく。
メデュアって確か、白の癒神と呼ばれて信者や神官も全員、白を基調とした服を着ていたはずだ。
「落ち着け、何でそんなにはしゃいでるんだ」
「あ、ごめん。でもメデュアの神官って言えば他の神に仕える神官と比べても、随一の癒しての集まりだもん。何度か会ったことがあるけど、どの人も凄く優しくて落ち着きのある人達だったよ」
ちょっと夢見る様に言うミリィ。
「それに癒しの信仰魔法があれば、怪我で薬やお金使わなくて済むしね」
付け足した方が何となく本音っぽく感じる。
「でも、どうして神官が試験官を?」
「冒険者ギルドも中々人手が足りないですし、各教会ともギルドは繋がりが有りますので」
青の法神ローズ、赤の戦神ファイティス
白の癒神メデュア、緑の旅神ビジュネラ
それぞれの教会は神官を育成するために、冒険者ギルドへ修行をする神官の派遣などを行っていると言う。
神官は基本的に癒しの信仰魔法が使えるので、パーティに派遣すれば冒険者の生存率は格段に上がる。
そして派遣された神官は癒し手としてだけでなく、様々な経験を積む事が出来る。
そう言えばギルドのカウンターの一つには、青の法神ローズの神官も居たっけ。
「時間が経てば試験官はまた別の方に代わるんですか?」
「そうですね、その時の人員次第ですので。しかしあまりに長い間試験を受けなければ、昇級する意思なしと見なされ、実績がリセットする事もあります」
「そうですか……いえ、パーティと相談して近日中に受ける事にしようと思います」
「そうですか、それは良かったです。……あ、そうだ」
ポンと胸の前で手を叩き、受付嬢が言った。
「折角ですので、お時間があればメデュアの教会へご挨拶へ行ってみたら如何でしょうか? ここから近いですし、事前に顔合わせしておくのも良いと思いますよ?」
□
「どうにも怪しいな」
「ん? どうしたの?」
王都の中心部への道中、ふと呟いた言葉に反応するミリィ。
「ああ、いや。受付の人の言った『げ』って言葉が気になってさ」
「うーん、気にし過ぎじゃないの? 特におかしなことは言ってなかったし」
「――ひのふぇい、ひのふぇい」
「フォン、食べながら喋ると行儀悪いぞ」
途中で買った焼き鳥串を頬張るフォンがマイペース過ぎる。
「あ、着いたよ」
考えるだけ無駄だったようで、すぐに目的地に到着してしまった。
王都の中心にある王城、その四方を守護するように建てられた四色――赤、青、緑、白――の建物。
そのうち、白い大理石をふんだんに使われた、背の高い白亜の建物の前に立っていた。
看板にはメデュア教会と書いてある……たぶん。
「ま、考えてもしょうがないか。挨拶するだけだしな、出来るだけ好印象を残すようにしておこう」
言いながら先頭に立ち建物の扉を開く。
閉める。
「…………」
「え、タツヤ? どうしたの?」
「――入らないの?」
――真後ろに居た二人は、俺の背で見えなかったらしい。
「ごめん、ちょっと疲れてるかも。ミリィ、俺の代わりに開けてみてくれないか」
「え、い、いいけど……」
俺の様子に戸惑いを見せながら、ミリィがゆっくり扉を開く。
「…………」
バタン、と無言で扉を閉めた。
無言でミリィと顔を見合わせる。
「ミリィ、確かメデュアって癒しを司る神様だったよな?」
「う、うん、そうだよ」
「色は白で、優しい人たちばかりだったんだよな?」
「あまり戦いとか冒険には向かなそうな、線の細い人が多かったよ」
二人で確認しながら、もう一度扉に視線を向け――
「どうして入ってこないであるかっ!」
扉が内側から弾けるように開かれた。
「うわっ!」
「でたーっ!」
「――おおう」
現れたその人物に、三者三様の声が上がる。
その人物はメデュアの神官である事を示す、白い貫頭衣を身に着けた男性だった。
ただ、何と言うべきか……メデュアの神官と言うイメージに、決定的に合わない。
膨れ上がった二の腕、服を押し上げる大胸筋、光るスキンヘッドに口元にワンポイントのちょび髭。
「あの、赤の戦神ファイティスの神官さんでしょうか?」
「見ればわかるであろう、愛で世界を癒す白きメデュアの神官である!」
見てわからねえよ、どうみてもその筋肉癒しに必要ないだろ。
あと目つきが異常に鋭く怖いって、どうみても人十人ぐらい殺ってる人相だって!
「……優しくて戦いに向かない人?」
「違う違う違う違う!」
ミリィが首を取れんばかりに横に振りながら言う。
良かった、ミリィの感性がおかしい訳ではないようだ。
「何用であるか分からぬが、この身はこれから冒険者ギルドに赴く故、用があるなら中の者に話すとよいのである」
「あ、そ、そうですか。お邪魔しました」
どうやら道を塞いでしまったようだった。
見た目は、その、あれだが、中身は案外普通っぽいのかも知れない。
「それじゃ、失礼しました。行こうか二人とも」
「あ、待ってタツヤ!」
筋肉神官の横を通って教会に入ろうとしたら、
「た、タツヤだとおおおおぉぉぉぉーーーー!」
筋肉神官が吠えた。
突然の声量に思わず耳を塞ぐ。
フォンなんかビックリして転んでしまっている。
「そなたがタツヤ・リングラードであるか!」
「……え、はい、そうですけど」
何だ、何で俺の名前を知っている?
「そちらから会いに来てくれるとは、大変嬉しいであるな。あのエルシア・リングラードの弟にして召喚剣士と呼ばれる腕前、此度の昇級試験で特と拝見させてもらうのである!」
……おい、おいおいおい!
「あの、もしかして貴方は……」
「うむ、此度のそなたらの昇級試験の試験官である!」
う、ううう、嘘だーーーーっ!
「えっと……わ、わたし達、今回の試験官はジェーンさんって方だと伺ったんですけど」
「うむ、この身の名はジェーン・ブライドと言うのである。よろしくお願いしたいのである!」
ミリィが一縷の希望を込めて言うが分かったが、筋肉神官は無情にもその希望を握りつぶす。
ジェーンって、てっきり女性かと思っていたんだが。
もうほんと、なんだこれ。
ジェーン・ブライドって名前なんなんだよ、「六月の花嫁」みたいじゃないかよ、六月って梅雨だから日本じゃお勧め出来ないんだよ!
……次回の冒険は、強制的に筋肉神官様とご一緒の様だ。
次回の更新は4月19日(土)の予定です。




