第十二話 取引現場、急襲
「アイリ、無事かっ!?」
「お父さーーんっ!」
「旦那様、申し訳ございません……!」
王都グラリオースから西へしばらく進んだ位置にある森の手前。
近くに人里も無く土地も岩石を多く含むゆえに農作にも向かず、遺跡や冒険者が狙う様な魔物も居ない事から好んで訪れる者もいない、そんな場所。
互いに呼び合うのは距離を挟むフォンデン親子と、攫われた使用人の一人らしい中年の女性。
「ぐふふふ、逃げずにちゃんと来たか。感心感心」
「ギリアムール准男爵、やはりオマエか! それにブラムス、お前が裏切るとは……!」
「申し訳ございませんねえ、旦那様。ギリアムール様は多額の報酬としかるべき地位を約束して下さいました。今までお世話になりましたが、一介の使用人で人生を終える気は無いのですよ」
たぷんたぷんのビール腹を揺らす禿げ上がった中年男と、醜い笑みを浮かべる初老の男。
前者がギリアムール准男爵、後者はルートガーさんの(元)使用人らしい。
アイリちゃんが攫われた際、店の裏口の鍵が開いていたのはこのブラムスという男の仕業の様だ。
「(何て分かり易い悪役なんだ……!)」
「(そんな事言ってる場合じゃないでしょ!)」
少し離れた茂みに潜み様子を伺っていた俺が思わず呟くと、隣にいるミリィに頭を叩かれた。
「(痛っ! ……いや、ちょっと緊張してるから気を紛らわせようと)」
「(そんな事はいいから、アイリちゃん達は大丈夫なの? ここからだとすぐに助けに入れないよ?)」
彼我の距離は百メートル程。
ギリアムール側に十人ほど手下が控えているし、これ以上は遮蔽物も無いので見つかる可能性が高い。
その顔触れには何やら見覚えがある者も含まれていた。
確か街道で襲撃してきた盗賊の一味だったはずなので、やはりあの一件もギリアムール准男爵の仕業だったのだろう。
取引現場の傍に森もあるが、実はこちらにも二十人ほどの手下が隠れている事を確認している。
ギリアムール邸から尾行してきた甲斐があり、敵の布陣は完璧に分かっている。
懸念があるとすれば、これだけ念の入りようなら生かして返すつもりは薄いだろうと言う事だ。
いつ暴挙に走ってもおかしくはない。
「(シルフとノームが控えてるから大丈夫なはずだ。フォン、エルシア姉さんと遠話を頼む)」
「(――ん、おまかせ)」
反対隣りにいるフォンが指先に小さな緑の魔方陣を生み出し、頷いたのを確認して小声で喋ってみる。
「(もしもーし、エルシア姉さん聞こえる?)」
『ん? ああ、タツヤか』
耳元で囁く様にエルシア姉さんの声が聞こえてくる。
風を利用して遠くの人物と会話できる遠話の魔法だ。
「(そっちの首尾はどう?)」
『万全だ。そちらの合図を待って行動を開始しよう』
どうやら向こうも準備は出来たようだ。
「(後はこちらがタイミングを見計って動くだけですね)」
「(ガウガウガウッ!)」
新たに召喚したミニケルベロスに乗ったミニラヴィア姉さんが言う。
ケルベロスもやる気満々だ……小型犬サイズでアニメ調にデフォルメされた姿だと可愛いだけだが。
「(…………)」
後は後方で、無言で控えているベルベラさんの使いの少女だが、必要なこと以外は喋らないので放っておくとしよう。
そんなやり取りをしている間に、アイリちゃんと使用人のおばちゃんが解放されてルートガーさんの傍に。
ルートガーさんの後ろにあった身代金が入っているらしき馬車は、ギリアムール准男爵側に移動されていた。
「――さあ、取引は済んだ。私達は帰らせてもらうぞ」
「ぐふふふ、まさか本当に交換してハイさよなら、なんて行くと思っていたのか?」
ギリアムール准男爵の手下たちが下卑た笑みを浮かべながら、斧や剣など得物を構える。
「約束を破るつもりか!」
「ふん、元より邪魔なお前を逃がすつもりはないわ! むしろ最後に娘と感動の再会をさせてやったのだ、感謝してほしいものだな!」
ぐははははーっ! と気持ち悪い笑い声を上げたギリアムール准男爵は手下達に命じる。
「さあお前たち、あいつ等を始末――」
「ぎゃあああぁぁぁーーーっ!!」
突如響き渡った叫び声がギリアムール准男爵の言葉を打ち消す。
逃げだそうとしたルートガーさん達と、走りだそうとしたギリアムール准男爵一味、双方の動きがピタリと止まる。
悲鳴はギリアムール准男爵の伏兵のいる森の中から聞こえてきた。
第一声を皮切りに、次から次へと相次いで森から悲鳴が響き渡る。
「な、なんだこりゃあぁぁーっ!?」
「やめろ、離せぇぇーーっ!」
「あ…あ…ああ・・・」
「じゃ、ジャックスの奴がミイラに……!」
姿は見えずとも尋常ならざる事態と言う事は想像に難くないだろう。
「な、何が起こっているっ!?」
ギリアムール准男爵の疑問に答えられる者はその場にいない。
……俺達を除いて、だが。
「合図だ、先に行くから援護よろしく」
身を起こし速力強化Ⅱを使用、一気に距離を詰めフォンデン一家を庇うようにして両者の間に割り込んだ。
「た、タツヤ殿っ!?」
「お兄ちゃんだーっ!」
「どうも。色々聞きたい事もあるでしょうけど、今は俺に任せて逃げてください。森の中なんてお勧めですよ」
「え、いやしかし……」
「大丈夫ですから、信じて下さい」
「……わかった。タツヤ殿も無理はしないでください」
森に逃げ込むフォンデン一家に背を向け、妖精の小箱からミスリルの剣を出してギリアムール准男爵一味に向けて構える。
「何だ貴様はっ!? これは貴様の仕業かっ!?」
ギリアムールの言う『これ』は悲鳴の事だろうが……
「はいそうですかって答えると思うのか、この三流悪役如きの豚が!」
自然と罵声交じりの言葉が俺の口からついて出る。
自分で思っていたよりこいつにたいしてフラストレーションが溜まっていたっぽい。
「な……こ、殺せ! 今更一人増えたぐらい、どうとでもなる! その小僧を殺せ!」
殺せ殺せって軽く言うなっての。
ギリアムール准男爵の言葉に、先頭を切って走り出した手下が一人……が、唐突に首から鮮血を撒き散らし、何が起こったか理解も出来ないと言った顔をして倒れ込んだ。
「こいつは……」
「魔法だ、また魔法使いが居やがるぞ!」
フォンの風斬による狙撃なのだが、どうやら盗賊として襲撃した手下は真っ先に思いついたようだ。
「ちっ、魔法使い! 高い金払ってるんだ、仕事しろ!」
魔法使い?
「言われなくとも分かってますよ、ヒヒヒ……」
手下の中から進み出たやせ細り杖を持った男が、緑色の魔方陣を展開して何事か唱えると、薄い緑色の光で出来た壁が出現した。
防御用の魔法なのだろうか? 壁は風斬を防いでいる様で、断続的にぶれているが最初の男以外に傷つく者はいない。
どうやら盗賊に扮しての襲撃を失敗した事を踏まえて、念の為に魔法使いを雇っていたって事か。
「魔法使いと三人は敵の魔法使いを始末しに行け! 四人はルートガーをさっさと捕まえてこい、死んでいても構わん! ……ザンザス!」
「あいよ」
「その小僧をわしの目の前で確実に殺せ。高い金払ってるんだ、失敗は許さんぞ!」
「へいへいっと」
ザンザスと呼ばれたのは手下の中でも一際大きいスキンヘッドの巨漢で、二の腕の筋肉だけでも俺の胴回りは有りそうな筋肉の塊だ。
「悪いな坊主。ガキの相手はなるべくしたかぁないんだが、こっちも雇われの身なもんでな。とっと潰して終わりにさせてもらうぜ!」
言いながら構えるのは、四メートルは有ろうかと言う超重量級の戦斧。
なるほど、それなら斬ると言うより叩き潰すと言う表現の方がしっくりくる。
「動体視力強化」
見ただけで判る力自慢相手に、同じく力で張り合うつもりは毛頭ない。
雄叫びを上げて振るわれる戦斧の一撃を、強化した動体視力でギリギリの所で回避する。
風圧だけで動きが体が後方に流れそうになるが、
「速力強化Ⅱッ!」
目から脚に強化を切り替え踏みとどまり、大地を蹴ってザンザスの懐に飛び込み空いた脇腹を剣で――
「なっ……!」
キィンと甲高い金属音と共に、俺の動きが止まる。
戦斧の柄の端が、ギリギリの所で俺の剣を受け止めていた。
「おらよっ!」
「ぐおわぁ!?」
腹に重たい衝撃。
蹴られたと分かったのは、数メートル吹っ飛ばされて地面にぶつかった時だった。
「がっはっは。面白い戦い方するじゃねえか坊主。チンケな仕事だと思ってたが、これなら随分とご機嫌な戦いになりそうじゃねえか。ほれ、立てよ。もっと楽しもうぜ!」
「おえ、ぐほっ……はぁ、はぁ、野郎、勝手な事言ってくれるじゃないの……っ!」
余りの衝撃に思わず胃の中を物を地面にぶちまけながらも、ザンザスを睨みつける。
このスキンヘッド、単なる筋肉お化けじゃない。
明らかに戦い慣れているし、口で坊主とか言っていても微塵も油断してないし、咄嗟の判断・反応は俺とは比べ物にならないくらい良い。
こいつは間違いなく……俺より、強い。
□
達也がザンザスと対峙している頃。
「うわ。来たよ、来ちゃったよ!」
ギリアムール准男爵が雇った魔法使いと続く手下の三人が、ミリィ、フォン、ラヴィア、使いの少女に迫っていた。
「たった四人、魔法使い以外は大した手練れでもない」
使いの少女は薄皮のグローブを装着し、両の手に一本ずつ二十センチはあろうかと言う細長い針を構える。
「――むぅ、魔法が効かない」
フォンは風斬が防がれている事で焦りを感じていた。
エルフは一般的に人間種よりも高い魔力持っており、それは魔法の威力にも加味される。
しかしフォン自身がまだ若いエルフで魔法の腕が未熟な事と、相手の魔法使いがそれなりに腕が立つ事で完全に抑え込まれていた。
「ふふ、若いですね」
「ラヴィア様……」
「確かに貴女の今の魔法の腕では、彼の者の守りは突破できないでしょう」
何故かラヴィアを様付で呼ぶフォンだが、そのラヴィアから改めて無理だと言われて落ち込みそうになる。
「……ですが、正面からの力押しだけが魔法ではありませんよ。そうですね、折角ですから先達として一つ、貴女にも使える魔法を教えて差し上げましょう」
フォンとラヴィアが何事かやり取りしている間にも、ギリアムール准男爵の手下は近づいてきている。
ミリィは両手に短刀を構え、隣の使いの少女に確認を取っていた。
「一人任せても良いかな? 二人は何とかわたしが受け持つから、倒せたら手伝ってくれると嬉しいな」
「問題ありません。むしろ、こちらが二人受け持つべきでは? 貴女では少々不安です」
「ふ、不安って……歳は同じくらいでしょう!」
「歳は関係ありません。それより……後ろの二人は何をやっているのですか? あのエルフはともかく、小人のような何かは役に立つのでしょうか?」
「ええと、ラヴィアさんだっけ? わたしも全然知らないから何とも言えないけど、タツヤが大丈夫って言うんだから、多分大丈夫……あれ?」
話しながらも敵方に視線を合わせていたミリィは、魔法使いが足を止めている事に気が付いた。
目を見開き杖を振り回しながら、何事かを大口を開けて喋っているが……
「声が……聞こえない?」
そう、魔法使いは何事かを叫んでいるようだが、その声はまったく周囲に漏れていなかった。
そして魔法使いは苦痛に顔を歪め膝を着き、同時に展開していた緑色の壁が消え……
「――いまっ!」
好機と見た使いの少女が走って距離を埋め、両手の針を投擲。
二本の針は一本が魔法使いの喉へ、もう一本がそのやや後ろに居た手下の腕に突き刺さる。
そのまま足を止めず新たな針を出した使いの少女を、ミリィは慌てて追った。
「はぁはぁ……」
「術式の構築速度も遅いですし、効果範囲も狭いですね。あの男が動き回れば容易く効果範囲外に出ていましたし、必要な魔力に対して消費した魔力が多過ぎます」
額に大粒の汗を浮かべ言葉も出ないフォンに対して、ラヴィアは笑顔を浮かべながらその未熟さを指摘する。
ラヴィアが教えフォンがその場で試した魔法、その名は無風地帯。
指定範囲の空気を極限まで薄くさせ、効果範囲に生物を呼吸困難に陥らせる恐ろしい魔法である。
本来はラヴィアが森で火事が発生した時の為に作った広範囲型の消化魔法なのだが、土壇場で使用したフォンではギリギリ人間一人を囲う空間を作るのが精いっぱいだった。
「しかし、初めてでこれだけ扱えれば上出来でしょう。貴女はシルフとの相性も良いみたいですので、これからも研鑽を重ねればこれくらいの魔法は容易に行使出来るようになるでしょう」
「――はい、ありがとうございます」
エルフのフォンとハイエルフのラヴィア。
二人の間には師弟の様な、姉妹の様な……何とも言えない不思議な雰囲気が漂っていた。
それはさておき、魔法使いが無力化された機を逃さず先手を仕掛けた使いの少女は、喉を抑えたまま倒れ込む魔法使いに構わず無傷の二人に手持ちの針を投擲する。
しかし流石に虚を突いたわけでもない投擲は、一本は避けられ一本は剣で弾かれてしまった。
「痛いじゃねえかよ、おい!」
腕に針を刺された男が、反対の手で針を抜いて地面に叩き付けながら使いの少女睨みつける。
「痛てえけどよ、こんな針の一本二本刺さっただけで勝てると思ってんのかよ。殺す前に精々おもちゃにしてやっからよ、楽に死ねると思うなよ!」
怒りを隠そうともせず剣を引き抜き、男が斬りかかろうとするが……その男の足が、ピタリと止まる。
「……っ! ……っ!」
「お、おい! どうした!」
脚を止めた男は剣を放り出し喉を押さえて地面に倒れ転げまわる。
別の手下が慌てて駆け寄ると、男は口から泡を吹いて白目を剥いて……息絶えた。
「……ど、毒だっ! そっちのガキ、暗殺者だ!」
見ると男の針が刺さった部分は赤黒く腫れ上がり、魔法使いも男と同じように既に絶命していた。
この世界において毒を戦闘に用いる者は暗殺者と称される。
毒は一歩間違えば敵味方双方に甚大な被害を与える諸刃の剣であり、また毒の抽出や精製がまだ確立されていない事などから、毒を使う者は恐れの対象であった。
毒の使い手である使いの少女により引け腰になった二人のうち一人に、ミリィが斬りかかる。
その手下は辛うじてその攻撃に反応し剣で防ぐも、意識が外れた瞬間を狙い使いの少女の毒針が脇腹に突き刺さる。
前の二人に習う様に、苦しみながら息絶える手下。
「や、やってられっかよーーーっ!」
最後に残った手下は剣を捨て背を向け逃げ出す……が、その背中が不可視の何かに引き裂かれ、鮮血を撒き散らしながら倒れ伏す。
少しだけ回復したフォンの、風斬による幕引きであった。




