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第十一話 盗賊ギルドと誘拐犯

 女性特有の甘い匂いと香が混じり合う、何とも落ち着かない空間を進む。

 視界の隅には薄着で露出の多い女性が艶やかな笑みを浮かべ、面白そうにこちらに流し目を送ってくるので、なるべく先導するエルシア姉さんの背中だけを見るようにする。


 別に女嫌いじゃないし年相応に異性への興味があるのだが、こんな場所は明らかに色々段階をすっ飛ばしてると思う。


 ……むしろ、エルシア姉さんが女性なのに堂々としている事が驚きだ。


「エルシア姉さん、本当にここに情報持っている人が……?」

「ああ、間違いない。彼女の元にはその手の情報が集まるからな、恐らくタツヤの欲している情報も持っているはずだ」

「彼女って事は、相手は女性か……まぁ、場所が場所だしね」


 会話している間に、奥まった部屋に辿り着く。

 扉の前に守衛らしき男が二人いたが、話が通っているのかエルシア姉さんを一瞥すると無言で道を開けた。


 部屋の中に入ると、一段と強い香の匂い。そして真っ先に目に入る天蓋付きのキングサイズのベッドと、そのベッドの上で若い半裸の女性二人を侍らせた、恐らく三十手前ほどの女性。


 チャイナドレスの様な深くスリットの入った服と、濃い緑色の髪と瞳。

 肉感的な美女で、煙管を燻らせる姿は退廃的な、しかし強い色香を纏っている。


 ……正直、目のやり場に困る。


「いらっしゃい、エルシアぁ。久しぶりだねぇ~」

「久しいな、ベルベラ。旧交を温めたいところだが、生憎お前に用事があるのは私ではないのでな」

「おやおや、いつもながらせっかちさんだねぇ~。一見さんはお断りなんだけど、お前さんの紹介なら仕方ないやねぇ。それでぇ、用があるのはそちらのおチビさんかい? それとも初心うぶな坊やかい?」


 妙に間延びした話し方ながら、その目はまるで獲物を狙う蛇のような狡猾さを漂わせている。

 ベルベラと言うのが名前らしいが……ああ、おチビって言うのは俺の肩に移動したミニラヴィア姉さんだろう。


「どうも、用があるのは自分です。タツヤ・リングラードと言います、お見知りおきを」

「既に委細承知だろうが、私の弟になった者だ。タツヤ、彼女はベルベラ・ヴァイオレット。この娼館“ハルピュイア”の主人であり、グラリオース盗賊ギルドの長だ」


 ……盗賊ギルドッ!?


「え、それって……」

「まぁ裏ギルドの一つだな。もっとも、非公式ではあるが国からの認可を受けている……いや、見て見ぬ振りをしているというのが正しいか」


 エルシア姉さんが言うには各商店が盗賊ギルドにみかじめ料を収める事で、その店に同業者が盗みや強盗に入る事を防止できると言う。

 盗みに入らせない為に盗賊にお金を払う……明らかにマッチポンプだが、これらは当たり前の様に行われているとの事。


 他にも需要があるが王国が表だって扱えない事業――人身売買や規制品の取引――を取り仕切ったりもしているそうだ。

 盗賊ギルドも国に上納金を納める事で、ある程度お目こぼしされているらしい。


 言ってみれば、必要悪なんだろうか?

 ……多少思うところが無くは無いが、今は俺の些細な倫理観を振りかざしている時じゃない。


「ベルベラさん、少々お聞きしたい事があります。昨晩……」

「ルートガー・フォンデンの事かい?」

「え……知ってるんですかっ!?」

「フォンデン商会はうちの大口のお得意さんだからねぇ、そりゃ耳に入るのも早いさぁ。黒髪黒目の坊やがお嬢ちゃん二人と店から出て来たって話もねぇ」


 驚いた……ルートガーさんの一件も、俺が来た目的も既に承知していたようだ。

 どうやら盗賊ギルドの目と耳は、俺が思っているよりアチコチにあるらしい。


「だったら話は早いですね……アイリ・フォンデンを攫った相手か監禁場所、それに類する情報が有れば教えて頂けませんか?」

「そいつはお断りさねぇ」


 思ったより楽に話が進みそう……と思ったが、一言でお断りされてしまう。


「……理由を伺っても? ルートガーさんもみかじめ料は収めていたんですよね?」


 だからと言って、はいそうですかって帰る訳にはいかない。

 俺には……と言うか、アイリちゃんとルートガーさんには時間が無い。


「なぁ~に、簡単な話だよ。みかじめ料の効力はあくまで王都かこのギルドに関係する同業者に対してのみ。つまり、余所者や個人のトラブルは埒外と言う事さぁ」

「そこは判りましたけど、相手について教えられない理由にはなりませんよね?」

「悪いけど、こちらも商売なものでねぇ~」


 言いながら手の平で転がすのは、数枚の金貨。

 これはどういう意味だ? 単に情報料を寄越せなのか、あるいは既に誘拐犯から口止め料を貰っていると言う事なのか。


「ベルベラ、小さな子供の命が掛って――」

「待った、エルシア姉さん」


 エルシア姉さんの言葉を遮って一歩前に出て、外套の内側に手を入れる。

 ベルベラさんが侍らせている二人の女性の目が鋭くなり、いつの間にその手に短刀が握られていた。


 愛人兼ボディーガードかっ!?

 いや、武器出すわけじゃないから早まるなよ?


「確かに商売なら手ぶらで話すのは失礼でしたね」


 懐から出した革袋をひっくり返すと、中から九枚の金貨がじゃらじゃらと零れ落ちた。

 それを見てベルベラさんの目が妖しく光る。


「おやおや、なかなか分かってるねぇ。でも――」

「ああ、失礼。忘れてました」


 ダミー袋に手を入れ、妖精の小箱から香水瓶に入った特級回復薬を五本取り出す。


「……ほう、随分と見事な硝子細工だねぇ。中身は何だい?」

「特級の回復薬ですよ」


 その答えにベルベラの動きが、一瞬だけ止まったような気がした。


 特級回復薬は一本で金貨二十枚、五本なら百枚分の価値が有る。元々数が少ないので、捌き方よってはもっと価値は上がるだろう。

 加えて香水の瓶。この世界にも硝子はあるのだが、透明度はやや低いし形も余り複雑な物は無い。特級回復薬の価値を引いても、空の香水瓶だけで芸術的な価値はある筈だ。


「あと、これは独り言なんですが……上手くフォンデン一家を助けられたら、結構な謝礼が出る様な気がするんですよね。自分とか姉さんとか、後は案内の人とか」

「……案内人?」


 興味深げに見つめてくるベルベラ。

 食いついたか? ここで巧く話に乗ってくれれば……


「ええ、アイリちゃんがいる場所に案内してくれる人とか……まぁ、自分はアイリちゃんの安全さえ確保できればお金なんて必要ないんですけどね」

「ふむ、私もだな。別に食うに困っている訳でもない。いたいけな少女を助けるのも貴族の義務というものだ」


 こちらの考えを素早く読み取ってくれたのか、エルシア姉さんは間髪入れずに相槌を打ってくれる。


 要は『アイリちゃんの監禁場所まで案内しろ。謝礼は全部くれてやる!』……と言っているのだ。


「……ふふふ、良いねぇ坊や。ちょいと性急に事を進めたがる点はマイナスだけど、きっぷの良さは気に入ったよ」


 艶然と微笑むベルベラさん。


「坊やが欲しい情報を教えてやろうじゃないか。ついでに手伝いも付けてあげようかねぇ」

「……助かります、ありがとうございます」


 よ、良かった。取り敢えず何とかなりそうな目途が……


「おまけでうちの娼婦、誰でも一晩タダで相手させようなじゃないか。うちは貴族様も来る王都一番の高級娼館だよぉ? 坊やの気に入る子もきっといるさねぇ」

「え、ほんとっすか!……え、いや、そういうつもりで来たわけじゃないので、遠慮します。いやもうほんと、ハナノシタノバシテナイヨ? ヤラシイコトナンテカンガエテナイヨ?」


 肩をギリギリと掴むエルシア姉さんと、反対肩の上で満面の笑みを浮かべるラヴェリア姉さんが超怖い。


 そんな俺を面白そうに眺めるベルベラさん……くっ、流石は盗賊ギルドの長、侮りがたし!



 娼館ハルピュイアを出た俺達は、西街の貴族区画の一角にやって来ていた。

 なんと犯人は貴族……しかも、ルートガーさんのお店からそう遠くない場所に屋敷を構えていたのだ!


 灯台下暗しとはこの事だろう。


 誘拐犯の正体はギリアムール准男爵。王国南部の町と幾つかの鉱山を領地に持つ下級貴族なのだが、その准男爵がどうしてルートガーさんを狙っているのかと言うと、これがまた聞いて呆れてしまった。


「金で爵位を買う為に誘拐とか……」


 元々ギリアムールは商人だったそうだが、割とあくどいやり方でお金を貯め、それで准男爵と言う爵位を買ったそうだ。

 更に上の爵位を買う為に周辺の有力商人に投資を強要しようとしたのだが、商人時代のあくどいやり方もあり反発され、その中心人物であったルートガーさんに意趣返しと資金集めを兼ねて強盗・誘拐を企てたのが真相らしい。


 まぁベルベラさんに聞いた情報から推測した部分もあるが、大筋は間違っていない筈だ。

 後は屋敷の中にアイリちゃんとルートガーさんの使用人が発見できれば、確定になるんだが……


「商人上がりの准男爵とは言え、貴族の屋敷に忍び込むと言うのは拙いな。無理矢理押し入ってフォンデン氏の娘が居た場合でも、言い逃れされる可能性が高い」

「ルートガーさんの娘さんを救出して保護していたんだ、とか?」

「そうだな。そして堂々と我々を非難、そしてフォンデン氏に謝礼を要求するのだろう」


 エルシア姉さんに言葉に溜息が出る。この手の悪党は確かに面の皮が厚そうだ。


「本当にこの屋敷に監禁されてるの?」

「確認は取れていませんが、他にギリアムール准男爵の拠点は王都にありません。私兵も全て屋敷にいるはずです」


 ベルベラの言うお手伝いとして派遣された、十五・六歳頃の緑の髪と目を持つ少女が無表情を張り付けて答える。

 お手伝いと言っても精々案内人程度……と思っていたのだが、目線の鋭さや身のこなしは侮れない気がしている。


「だとしたら、取引現場を押さえるのが一番なんだけど……兎にも角にも、まずはアイリちゃんの無事を確認しないと」


 屋敷を遠くから遠眼鏡で伺っているのだが、それだけでは中の様子は伺い知れない。

 やはり屋敷に忍び込むしか無いのか? ただ、リングラード邸よりこじんまりしているとは言え、当ても無く探し回るのはリスクが大きい。


 人質がいるなら周囲の監視も多いだろうし、現実的じゃないな。


「良い方法がありますよ、達也」

「良い方法?」


 悩む俺の肩で、ラヴィア姉さんが何の不安もありませんよと言う様に優しく微笑んだ。



「……と、言う訳で中に小さい女の子が捕まってるはずだから、見つけたら様子を教えてくれ。顔はシルフが知ってるから」


 俺がギリアムール邸を監視できる位置にある路地に座り込んで言うと、シルフ、ウンディーネ、ノーム、サラマンダーの四精霊が、宙でクルクル回ったり火を吹いたりと思い思いに返事をして姿を消した。


 精霊は常人には姿が見えない上に、自分を構成する媒体(空気、水、火、土)が有れば何処にでも姿を現す事が出来る。

 これなら勘付かれることなく屋敷を調べる事が可能だ。流石はラヴィア姉さんの提案と言うべきだな。


 ……まぁエルシア姉さんとベルベラの使いの子にも見えていないので、何もない空間に懇切丁寧に説明する俺の姿は実に滑稽に映っただろうが。


 そのエルシア姉さんは考えがあるとかで一時離脱、すぐには動きが無いと悟った使いの少女はベルベラに報告に戻った。


「無事だと良いけど……はぁ、こんな時にジッとしてるだけって言うのも辛いな」

「そうですね。しかし、こういった時こそ忍耐が必要なのですよ」


 ラヴィア姉さんがもっともな事を言うが、当のラヴィア姉さんは地面にハンカチを敷き、その上で正座しながら羊羹食べている。

 二頭身のデフォルメ姿も加わり異様にほのぼのした雰囲気を纏っているが……完全にリラックスしているな、我が姉ながら凄い人だ……人じゃないけど。


「……まぁ、確かに。精霊が戻るまではやる事も無いし、腹ごしらえでもしますか」

「はい、これ。ロータス牛サンドだって。今年は牛の育ちが良いから、脂がのって凄く美味しいって評判だよ?」

「お、サンキュ」


 横合いから差し出された、パンに分厚い牛肉と野菜が挟まった物を受け取る。

 香ばしい匂いにお腹が鳴り、そういえばルートガーさんのお店に行ってから何も食べて無い事を、今更ながら思い出した。


 思い切り齧り付くと、シャキッとした野菜の歯応えに厚みの割に柔らかい肉の感触と溢れる肉汁、香ばしいソースとの一体感が何とも言えない至福を……


 …………ん?


「ふぁれふぁ(誰だ)っ!?」

「わたしわたし、わたしだよ」


 手遅れ感満載で振り向くと、そこにはどこぞの詐欺っぽい事を口にする、金髪の三角耳と細長い尻尾を持つ女の子が。


「みふぃ? ふぁんでふぉふぉに……」

「いや、食べてから喋りなさいよ」


 ごもっとも。


「んくっ……ふう。ミリィ、何でこんなところにいるんだ?」

「勿論、タツヤを尾行してきたから」


 も、勿論なのか。

 見ると青いフードを目深に被ったいつも通りのフォンも居るが、こちらは何故かラヴィア姉さんに土下座するように、地面に両膝を着いて深く頭を垂れている。


 何がどうなってああいった状態に? ……いや、それよりミリィの方だ。


「何で尾行してきたんだよ」

「だって、タツヤなら絶対アイリちゃんを助けるために行動すると思ってたし。でもわたし達を巻き込みたくなかったみたいだから、咄嗟にフォンと示し合わせて軽蔑したふりをして、後を付けてきたの」


 ……二人を巻き込むまいと演技して遠ざけたつもりが、むしろバレバレな上に相手の演技に騙されていたと。


「あれだけ露骨に態度変えたら、タツヤの事を知らない人でも分かるよ」

「――丸わかり、大根役者」

「うぐっ!?」


 ラヴィア姉さんと何やらやり取りが終わったフォンまで、グサリと肺腑を抉る言葉を下さる。


「アイリちゃんを助けたいのはタツヤだけじゃないんだから、わたし達を置いていかないでよね」

「――仲間外れはだ~め」

「あのな……いや、そうだな。二人の言う通り、素直に協力を求めるべきだったな」


 二人は俺よりも冒険者歴も長く、命のやり取りも経験済みだ。年下で女の子だからか、変に保護者みたいな気持ちが無かったと言ったら嘘になる。

 これからも一緒に冒険者として組むのなら、トラブルに見舞われた時こそ二人を信用しないでどうすると言うんだ。


「すまなかった。改めて、ルートガーさんやアイリちゃんを助けるために力を貸してくれ」

「もっちろん、だよ。言われなくともそのつもりだしね」

「――ん、まかせて」


 謝る俺と二人のやり取りを見ていたラヴァア姉さんが、いつの間にかミニサイズの湯呑みを両手で持ちながら嬉しそうに呟いた。


「良いですね、これが若いと言う事でしょうか……ああ、お茶が美味しい」

「ねぇ、この人……人で良いのかな? この人、誰?」


 恐ろしいくらい若さが無い我が姉に、ミリィが何とも言えない不思議な表情をしていたのが妙に印象的だった。



 ミリィとフォンの二人にラヴィア姉さんを紹介し、ここに来るまでの大まかな流れと誘拐犯のギリアムール準男爵について説明。

 折よく戻って来たエルシア姉さんとベルベラの使いの少女にも事情を話し、二人が加わる事を容認してもらう。


 そして精霊の中で一番に戻って来たシルフから、アイリちゃんが屋敷に居て監禁されているものの、手荒に扱われている訳じゃないという事も判明した。

 おそらくどう転ぶにせよ、取引までは無事だろうと思われる。念の為に、シルフにアイリちゃんの傍に付いて貰うよう頼んだが。


 さて、勝負は明日……取引現場で決着を着けてやろうじゃないの。

いつもご愛読頂きありがとうございます。

ふとランキングを覗いてみると、いつのまにやら日間ランキングで一位になっており、驚く限りです。

これからも頑張って更新を続けていきたいと思いますので、お付き合いくださると嬉しいです。

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