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第十話 誘拐

 ルートガーさんの拠点は南部にあるのだが、王都にも支店を持っている。

 西街の貴族向けのお店が並ぶ一角にあるそのお店は、店内を白い大理石で高級感を出し、この世界では貴重なガラスのショーケースを使い宝石類を展示した高級店だった。


 この世界での宝石類とは単なる装飾品に留まらず、魔法と言う分野において非常に有用な素材となる。

 宝石のほとんどは魔力と親和性が高い事から魔法道具の素材として利用され、魔法をそのものを発動させる為の触媒ともなる。

 フォンなどは故郷で取れた古木から削り出した杖を触媒にしているが、貴族の魔法使いなどには、大粒の宝石を嵌めた指輪を魔法発動の触媒にするのも珍しくないと言う。


 要するにルートガーさんの商売は貴族や冒険者問わず需要が大きく、つまり俺が思っていた以上にお金を持っている様だった。


 俺、ミリィ、フォンは昨日の盗賊退治の謝礼を受け取るべく、昼前ほどに店前にやって来ていたのだが……


「ありゃ、閉まってるな」


 どういう訳か開店していない。周囲の店は既に営業を始めているし、そもそもこの時間を指定したのは先方だから開いてなければおかしいのだが。


「裏に回ってみようよ」


 ミリィの提案に裏に回ってみたのだが、やはり人の気配が無く一度帰ろうかと言ったところでミリィの動きがハタと止まった。


「――ミリィ?」

「血の匂いが、する」


 ミリィの表情が強張り、その視線が壁を挟んでお店の中へと向けられる。

 俺とフォンも顔を見合わせると、自然と表情が引き締まるのを感じた。


「扉は……」


 裏口のドアノブに手を掛けると、ゆっくり回すと何の抵抗も無く扉が開いた。


「フォンはここで待機な。何かあったらすぐに衛兵を呼んで来てくれ。ミリィ……」

「分かってる、行くよ」


 ミリィが腰から両手に短刀を構えるを見て、俺もミスリルの剣を右手に持ちつつ左手でゆっくりと扉を開きながら店内に侵入していく。


 ……これ、傍から見たら俺らが強盗だよな。


 益体も無い事を考えながらミリィを見ると、一つ頷いて視線で先へ進むように促してくる。

 猫獣人のミリィの嗅覚や聴覚は人間よりずっと鋭敏だ、彼女がゴーサインを出すなら俺の判断よりずっと頼りになる。


 ……って、俺も魔法使えば良かったんだった。


嗅覚強化センス・スメル


 一時的に嗅覚を強化すると、鉄の……血の匂いが鼻に飛び込んできて、思わずむせそうになる。

 こらえながら意識を集中させると、どうやらこの辺りでは珍しい二階部分から匂って来るようだった。


 背中をミリィに預け階段を慎重に昇ったところで、


「……! ルートガーさんっ!?」


 頭から血を流して倒れ込む、店の主がそこにいた。



「すいません、また君たちに迷惑を掛けてしまって……」


 ルートガーさんは頭部に傷を負っていたものの、俺が焦って回復薬を頭にぶちまけたおかげですぐに復調した。

 何やってるのよアンタ!…とミリィに怒られたが、まぁルートガーさんは気にしてないし結果良ければいいと思うんだ、うん。


「何があったんですか?」

「あれは、夜の……娘も寝てしまい、そろそろ私も床に就こうと思っていた時でした……」


 鍵を掛けていた筈の裏口から突然、複数名の賊が侵入し娘と使用人二人を攫ってしまったと言う。

 さらに『宝石類と現金を指定の場所に、明後日の正午に持ってい来い。でなければ娘の命は無い』と言って、ルートガーさんを殴りつけて去って行ったのだそうだ。


 そこからは俺達が見つけるまで気を失っていたらしい。

 ちなみに請求された宝石類や現金の総額は……およそ、金貨五万枚。


 日本円だと百億くらい、か? め、眩暈がしそうな額だ……しかも何とか払えると言うのだから開いた口が塞がらない。


「すぐに衛兵に通報しないと!」

「待ってください! もし衛兵などに通報すれば、その場で娘の命は無いとも言われました……」


 席を立とうとしたミリィを押し留めるよう、ルートガーさんが呻くように言う。


「――賄賂貰っている役人は、どこでもいる」


 合流していたフォンの言葉に、その場の空気が重くなる。


「……大丈夫です、身代金を払って娘と使用人達を取り戻します。申し訳ありませんが、皆様への謝礼はまた後日とさせてください。今から身代金を集めないと行けませんので……」


 覚悟を決めたルートガーさんの迫力に追い立てられるように、店を追い出されてしまった。


「ねえ、どうするの?」

「どうするって言ったって、なぁ……」


 ミリィに聞かれるが、俺は首を捻るしかない。


 ルートガーさんも敢えて口に出さなかったようだが、この誘拐は計画的なものじゃないかと思う。

 西街は貴族向けの施設や高級店が占めるだけあって、巡回の衛兵の数も多いし独自の警備を雇っている商店も多い。


 行き当たりバッタリで強盗を行うにはリスクが大きい。

 ひょっとしたら盗賊の襲撃事件も実は仕組まれたもので、この誘拐は襲撃が失敗した際の第二案として用意してあったものかも知れない。


「俺達が下手に動いて誘拐犯に感づかれたら、それこそアイリちゃんが危ない。ここはじっとしているしかないだろ」

「――本気?」


 フォンがその瞳に非難の色を滲ませて視線をぶつけてくる。


「そんな目で見るなよ。ルートガーさんだって俺達に指定の場所は教えてくれなかっただろ? 俺達をこれ以上巻き込むつもりは無いって事だ」

「――むぅ」

「で、でもさ、ほら。タツヤのお姉さんとか、子爵様に頼れば……」

「何処に誘拐犯の目があるか分からない以上、下手に権力動かして監視網に引っ掛かったら、アイリちゃん達を始末して姿をくらますぞ、きっと」


 そう言うとミリィは耳と尻尾を垂らして、見るからに気を落とした。


「……ったく、それ以上グダグダ言うなら俺は帰るからな」


 冷たい言葉をぶつけ、踵を返して二人に背を向ける。


「タツヤ、本当にアイリちゃん……見捨てちゃうの?」

「――見損なった」


 矢の様に刺さる言葉を背に受けながら、振り返らずにその場を後にした。



「……ああもう、きっついわ~。かんっぜんに嫌われたかな、こりゃ。でも二人を巻き込みたくないし、一人の方が色々都合が良いしな~…」


 二人と別れてしばらく道なりに進んだ後、近くの路地へ入り込み人の気配が無い事を確認すると、思わず独り言が口から出てしまった。


 アイリちゃん(とついでに使用人)を見捨てる? そんな真似が出来るなら、盗賊殺したくらいで大層悩むわけない。

 昨日会ったばかりとはいえ、自分達に懐いてくれた女の子を見捨ててのうのうと過ごせるほど割り切りは良くないんだよ、こちらとら。


 そもそもルートガーさんも気が付いてるだろうけど、身代金を払って無事にアイリちゃんが戻ってくる保証なんて何処にもない。

 むしろ誘拐犯が漫画で見る様な典型的な悪役なら、身代金だけ手に入れてルートガーさん諸共口封じに始末するだろう。


「それだけは阻止しないとな……”簡易召喚サモン・アバター:ラヴィア”」


 精神を集中させ、手の平を広げて召喚魔法を行使する。

 緑色の魔方陣が現れ、そこから見覚えのある美しい金髪に耳の尖ったハイエルフの美女、自称俺の姉であるラヴィア姉さんが姿を見せる。


 ――ただし、手の平サイズな上に、妙にアニメ調にデフォルメされた二頭身の姿だ。


 簡易召喚サモン・アバターとは、通常の召喚魔法とは違って召喚相手の意識と能力の極一部だけを呼び出すものだ。

 その受け皿として召喚相手をイメージして、魔力で構築した分身アバターを使っている。


 この召喚だと喚び出しても大したことは出来ないんだけど、消費魔力は分身を作る分だけで済むという利点もある。

 ラヴィア姉さんの本体を召喚し続けるとなると、魔力の消費が激し過ぎて三分ほども維持できない。


 カップラーメンかよ! と言いたい。


「あら、達也が私をこのような形で呼ぶとは珍しいですね。我が家に遊びに来て下さればよろしいのに」

「そっちに行く間も惜しい事態でね。ちょっとお知恵を拝借したいんだけど」


 ざっとこれまでの経緯を説明し、どうにか誘拐犯やアイリちゃんの居所を掴む方法がないかを尋ねてみる。


 手の平に乗ったラヴィア姉さんは、しばし考え込むように目を閉じ、


「蛇の道は蛇……と言う言葉が貴方の故郷にありますね、達也」


 ニッコリと微笑みながらそう言った。


「え? ま、まぁ……」

「正攻法が使えないなら奇手を、裏の人間の事は裏の人間に聞いてしまえば良いのですよ」


 あ、なるほど。裏稼業の人間ならば今回の件やルートガーさんの敵になる人物について情報を持っているかも知れない。

 情報屋と呼ばれる人種も、こんな大きな町ならいてもおかしくない。


 蛇の道は蛇、餅は餅屋……しかし、問題もある。

 この世界に来て日が浅い俺には、その手の伝手も当ても全く無いと言う事だ。

 その手の人間は大抵結束が固かったり相手を選ぶだろうから、今から探し始めて見つけたとしても若造の話を聞いてくれるか甚だ怪しい。


「……と、すると……あの人に頼るしかないか」



「よくぞ頼ってくれた、弟よ! まぁ私に任せておけば問題ない。遠くの姉より近くの姉だな、はっはっは!」

「あらあら、たかだか十数日の付き合いで、十年来の経験である私より姉として勝ると言いたいのですか? お笑い草ですね、ふふふ」

「なに、これからは同じ家で暮らし寝食を共にするのだ、その程度の差などすぐに埋まるだろうとも……遠くの姉殿?」

「……それは挑戦と受け取りましょう、近くの姉殿?」


 前を進むエルシア姉さんとその肩に乗るミニ・ラヴィア姉さん。

 最初は俺伝手で互いの存在を知っていた二人は、話すうちにいつしか俺の姉として相応しいかを張り合っていた。

 顔を見ずとも両者の顔に黒い笑みが浮かんでいるのが、何故か鮮明に想像できてしまう。


「……スーパー姉っ子対戦」


 でも怖いので介入しない、我が身が可愛いので。


 二人の会話は置いといて、只今エルシア姉さんの案内で北街にある歓楽街を歩いていた。

 切っ掛けは勿論、俺が他のリングラード家――いや、いい加減家族と呼ぶべき――に秘密裏に相談、こういった情報を聞ける場所に伝手がないか尋ねた為だ。


 他の家族に秘密で、と言うのが琴線に触れたのか妙に機嫌がよく引き受けてくれたエルシア姉さん。

 貴族だが一流の冒険者であるエルシア姉さんならと思ったが、どうやらキチンと心当たりがあるらしく太鼓判を押してくれた。


 ……行き先が歓楽街と言うのが、些か不安なのだが。


 王都は広く移動に時間が掛る所為で夕暮れも近く、いかにも風体の怪しい男が居たり、客待ちかと思われる薄着の艶やかな雰囲気な女性が居たりと、こういった場所に来たことがない身としては緊張して仕方がない。

 明らかに貴族なエルシア姉さんや身なりの良い俺は目立ってるし――自意識過剰かもだが――、ミニラヴィア姉さんは誰にも見えるので注目に拍車を掛ける。


「ええっと、エルシア姉さん? まだ目的の場所には着かない?」

「ん? ああ、もうすぐそこだ……ほら、見えてきたぞ」


 言いながら、エルシア姉さんが指差した場所を見て、


「……はっ?」

「あらあら」


 俺は言葉にならず、ラヴィア姉さんはどこか楽しそうに笑いを零した。


 エルシア姉さんが指差したのは歓楽街の中心地、周りより一際大きく甘く妖艶な匂いが漂う、男を捕えて離さない女の園。


 娼館、だった。

読んでくださっている方々、更新が遅くて申し訳ございません。

感想、誤字、駄目だし、要望のようなものでも良いので頂ければ大変励みになりますので、一言頂けると嬉しい限りです。

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