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第八話 精霊と過ごす一日

 セクハラだ。正確にはセクシャルハラスメントだ。

 英語に直すと字面はSexual Harasuumentになる。どうでも良いが。


 只今、自宅というかリングラード邸のお風呂に入浴中。

 昼間はエルシア姉さんに剣でみっちりと扱かれ、汗だくになってしまったからだが……


 見られてる。むっちゃ、見られてる。


 浴場には俺以外の人影は無い。

 使用人は浴場を使わないし、リングラード一家は子爵と俺を除けば女性なので一緒に入る事は無い。

 その子爵にしても、仕事で日が暮れる頃までは戻って来ないので、俺が入る時はいつも一人だ。


 なので広い浴場を占有出来るのはちょっとした楽しみなのだが、今日はおかしな客が来た。


 いや、居たと言うべきかなのか。


 浴槽の縁に座っている、手の平サイズの女の子。

 上半身は女性型で、下半身はお魚、髪は長く全体が水で出来て向こう側が歪んで透けている。

 完全に透明ではなく色水の様に弱冠青みが掛かっていて、その濃淡で目や鼻などを各部を見分けることが出来る。


 そして、その青色の目がお湯に浸かる俺を見てニコニコしていた。


 水の精霊ウンディーネである。浴槽の水の中から突然現れたのだ。


「え~と、じっと見られていると恥ずかしいんだけど?」

「――?」

「……言ってもわかんないよな~」


 俺が溜息を吐くと、ウンディーネが不思議そうに首を傾げた。

 ウンディーネの姿は女性体ではあるが、元々水の化身なので性別という概念が無い。

 なので異性に裸を見られる羞恥心といった感情は、よくわかっていないのだろう。


 俺もそういう相手だと判ってはいるんだが、やはり姿形が女の子の存在にじっと見られるのは気恥ずかしい。

 見られて悦ぶ性質たちでも無いし。


 そんな時、換気の為に開けていた小窓から一陣の風が舞い込んできた。

 風は湯気を飛ばし……


「なるほど、犯人はお前か」


 ウンディーネの横に現れたシルフを見て、思わずジト目で睨んでしまう。

 しかしシルフはそんな視線など何処吹く風で、俺に向かって笑顔で手を振っている。


 おそらく精霊が見える面白い人間と言うことで、シルフがウンディーネに声を掛けて呼んだものと思われる。


 エルフのフォンから教わったのだが、シルフやウンディーネと言った精霊の姿を見る事が出来る人間はまず居ないらしい。

 確かに森の中でも最初にシルフに会った際、エルシア姉さんは見えていなかった。


 最初に姿を見せた時もエルシア姉さんは気が付かなかったのではなく、単純に見えていなかったようなのだ。

 

 エルフでもその存在を感じ取れこそすれ、見ることが出来るのはほんの一握りでその力を『精霊眼』と呼び、持つ者は尊敬の対象になるという。


 エルフの国エルファンでは精霊教と言う、自然に住まう精霊を敬う宗教があり、精霊眼は特別なものとされる。

 精霊教では、精霊眼はキリスト教で言うところの聖痕みたいなもので、精霊に愛された証なのだ。


 ――と、聞いた。


 精霊に愛され云々はともかく、自分達を見る事が出来る者は少ないのは寂しいものだろう。

 クラスで一人はいる、影が極端に薄いぼっちみたいなもんだ。


 自分達を見て、気軽に声を掛けてくる、エルフではない人間……なんだろう、精霊にとって俺は珍獣みたいなものか?

 そりゃ仲間誘って見に来るわな。だからといって全裸の時に来るなと言う話だが。


 『幻獣の庭』で長年過ごした影響なんだろうが、どんどん自分が人外じみてくるような気がする。


「しかし、このままだと風呂から出られないな」


 湯船に浸かって悩みつつ、ウンディーネとシルフにじゃんけんを教えて遊ぶ。


 何故か一回も勝てない。あっち向いてホイも勝てない。

 ……それはともかく、一つ面白いことを考えてみた。


「きゃ~、痴漢ならぬ痴女よ~」


 一回言ってみたかった、現実ではまずないシチュエーションの台詞!


 ……が、ウンディーネもシルフも顔を見合わせるだけでキョトンとしている。

 

 むぅ、判ってはいたが反応ナシか。そもそも意味すら通じていないに違いな――


「お兄様大丈夫ですかっーーー!?」


 痴女釣れたっ!? ……じゃなくて、エルナ?

 浴場に乱入してきたのは、まだなりたての我が妹だった。


「エルナ、何やってるんだ?」

「え? あの、お兄様の悲鳴が聞こえましたので……」


 言いながら浴場を見回すエルナだが、当然俺以外誰もいない。

 そして、エルナには精霊は見えていない。


「あの、お兄様? 痴女は……?」

「……ほい」


 取りあえず無言でエルナを指差してみる。

 浴場には湯船に浸かっているとはいえ全裸の俺とエルナの二人、その事に気が付いたエルナは面白いぐらい顔を真っ赤に染めた。


「ご、ごごごごごごごめんなさいお兄様! 直ぐに出ていきます!」


 踵を返して走っていくエルナ。


 こらこら、そんなに急いだら――


『わひゃー!?』


 脱衣所でおかしな悲鳴と物を薙ぎ倒す音が浴場にも響いてくる。

 怪我は無かったようで、足音は直ぐに脱衣所から去って行ったが……


「あいつ、何やってたんだ?」


 俺、そんな大きな声で言ってないんだけど。聞こえたとしても、精々脱衣所辺りだと思う。

 つまり、エルナは脱衣所に居た? 乱入してくるのも間が無かったし。


「年頃の女の子考える事はよくわからんな……そう思うだろ?」


 ウンディーネとシルフに同意を求めるも、頭と肩の上に居場所を移した二人は、やっぱり小首を傾げるだけだった。


 さて、どうやってここから無事に脱出――こら待て、視線を下に落とすな!



「このっ!」


 訓練用の木剣を繰り出すも、その悉くを身軽な動きで回避される。


「やぁ!」


 そしてカウンター気味に返される相手の木剣をなんとか避けた――と思ったら、肩を掠った痛い。


 相手――ミリィは一足飛びに距離を取り、俺の出方を待っている。


 リングラード邸の庭先で、仲間となった猫耳少女改め猫獣人族のミリィと訓練の最中だ。

 初めは俺の事を一流冒険者のエルシア姉さんの弟で貴族と知り、言葉遣いが妙に固かったり挙動不審だったりした彼女。

 しかし、にわか貴族の元平民だと説明して、普段はいつも通りの態度で接して欲しいと頼み込んだ結課、こうして遠慮なく木剣を打ち込んでくれる仲となった。


 ……いや、綺麗に痣とか出来てるから、ちょっと遠慮して下さい。


 それにしても手強い。エルシア姉さんには及ばないのだろうけど、攻撃が全然当たらない。

 俺の木剣は刃渡り一m程、この国で一般的な鉄剣を模した物。

 対するミリィは刃渡り二〇cm程の短刀二つ。


 リーチは明らかに俺の方に分があるのだが、まさしく猫の様な身のこなしと、それを生かしたヒット&ウェイ戦法にやられっぱなしだ。


 身体強化すればついていけそうだが、互いの素の状態で力量を測るのと、俺の対人戦の技量を上げる為とエルシア姉さんに禁止を言い渡されている。


「どうしたの? もう終わり?」


 五メートル程の距離(たぶん、俺が何をしてもミリィが対応できる距離)から、ミリィはちょっと得意気な表情で言ってくる。


「お兄様、大丈夫でしょうか……?」

「このお菓子、おいし」


 ギャラリーのエルナは俺を心配して、同じテーブルに着いているフォンが全く俺を心配せず焼き菓子を口に次々放り込んでいる。

 実年齢はともかく、外見年齢の近い二人は仲良くなったようで何よりだ……フォンのお菓子には後で辛子混ぜてやる。


「悪いけど、やられっぱなしは趣味じゃないんだよね!」


 言いながら木剣を構えて、一気に駆け出す。

 間合いを取っても当てられないなら、いっそのこと一気に距離を詰めーーーっ!?


「っ!?」


 駆け出した足下の地面が突如盛り上がり、そこから何かが飛び出してくる。

 あわや踏みそうになった俺はなんとか回避するも、おかしな体勢になって勢いのまま地面に突っ込んだ。


「大丈夫っ!?」

「お兄様っ!?」

「むぅ、これも捨て難い……」

「痛たたっ……だ、大丈夫、なんともない」


 駆け寄ってくるミリィとエルナに無事を伝える。心身ともに面の皮が厚いので、ちょっとこけたぐらいなら平気だ。

 というか、まったくこっちを気にしてないフォンすげえ。


「でも何が……って、土妖精ノーム?」


 足下に居たのは、手乗りサイズのモグラ。しかしアニメの様にデフォルメされた姿は、なんとも可愛らしい。

 しかも、何故かスコップを担いでいる。

 モグラとしてならイメージに合うが、土の精霊として必要なのか?


「え、そこに土の精霊がいるの?」

「まったく見えません……」


 ミリィとエルナは俺と俺の視線の先を、交互に見えているがその姿はやはり捉えられないようだ。


「む、精霊から寄って来るなんて、変……実は人間じゃない?」


「失敬だね、お前さん」


 やっと来たと思ったら失礼な事を抜かすフォン。

 しかもテーブルの皿は空、つまりお菓子がなくなったから来ただけか。

 こいつから精霊は敬う存在とか言われたんだけど、気のせいだったか?


 ノームが丸っこい四肢で服をよじ登ろうとするので、手を貸して右肩に乗っけてやる。

 すると風が髪を揺らし、何故か頭に重みが……


「――シルフ?」


 精霊を感じ取れるフォンが呟く。

 目だけ上に向けると、頭上から下をのぞき込んできたシルフと目が合った。


「お嬢様方、お茶のお代わりをお持ちーーきゃぁぁぁぁ!?」


 お茶とお茶菓子の補給にやってきた屋敷のメイドの一人が、突如悲鳴を上げる。

 見ると彼女がお盆に乗せていたティーポッドの蓋が外れ、中のお茶が噴水のように吹き出していた。


「……隠し芸?」


 フォンが呟くが違うと思う。


 すると噴水の中からウンディーネが現れた。噴水はウンディーネの仕業か。

 水があるところならウンディーネは自由に行き来できるが、だからってお茶のポッドから出るか?


 紅茶を媒体にしているせいか、体色も赤っぽいし。


 こちらに向かって宙を泳いでやってきたウンディーネだが、その動きがピタリと止まる。

 おそらく先日のお風呂同様肩に乗ろうとしたのだろうが、既にノームという先客がいた。


「…っ! …っ!」


「~~~~~~♪」


 言い争いっぽい物を始めたが、何を言ってるかさっぱりだ。

 謎の言語翻訳は精霊に対して働かないらしいが、なんとなく文句を言っているウンディーネと、知らんぷりするノームというのは判る。


 そして、我関せずと狭い頭の上で器用に寝ころぶシルフ。


「お、お嬢様、も、申し訳ありません……」

「いえ、大丈夫です、貴女に責任はありませんよ? 屋敷に戻り着替えましょう、メイド長には私の方から説明します。お兄様、申し訳ありませんが先に失礼させて頂きます」

「あ、じゃあ私達も帰ろうか? もうすぐ日も暮れそうだし」

「ん、わかった。お菓子ごちそうさま」

「はい、ミリィさんもフォンさんもまたいらしてくださいね」


 何か俺を置いて和やかに解散していく三人。

 俺も帰りたいが、右肩を争うウンディーネとノームをそのままにすると、屋敷内でおかしな事になりかねない。


 ウンディーネとノームの両者を宥めて帰ってもらうまで、頭の上で気軽に寝ころんでいたシルフが、ちょっとだけ恨めしかった。



 中流以上家庭には、大体魔道具による照明が普及している。

 勿論、リングラード邸にもあるのだが、数がそう多くないので燭台に蝋燭を使う場所もある。


 俺の部屋にも照明の他に燭台があり、それが物珍しかった俺は就寝前は燭台を使っていた。


 そして、そろそろ寝ようかと蝋燭の火を消そうとした際、その小さな火が突如として大きく燃えさかった。

 かなり焦って大声を出そうとしたが、それより前に火の中から何かが這い出て、それと同時に火は消える。


 部屋の明かりは全て消えたが、現れたそれのおかげで明るさを保ったままだった。


「……今度は火精霊サラマンダーか。これで四大精霊はコンプリートだな」


 呟きながら眼下に視線を落とす。


 丸みを帯び、デフォルメされたトカゲのフォルム。全身は赤く、尾びれの部分には火が灯っている。

 『幻獣の庭』にもいる、サラマンダーと同じ姿だ。


 まったく、風はともかく水も土も火も……全裸とか訓練中とか寝る直前とか、変なタイミングで来なくともいいだろうに。


 両手でサラマンダーを持ち上げ、そのままベッドに腰掛け背中を撫でる。

 なすがままのサラマンダーは、何処か気持ち良さそうにクルクルと鳴く。

 サラマンダーの背の火は、敵意がなければ触っても熱くは無く、温かみがある程度の触れる火だ。


 子供の頃は良く触ったもんだ……今も良く触ってるか。


 まあいい、もう寝よう、今日はいろんな意味で疲れた(あるいは憑かれた)。

 サラマンダーは枕の横に置く。

 冬なら湯たんぽ代わりになるが、初夏も近いこの頃だとちょっと暑い。


「それじゃ、お休み。また明日なら遊んでやるから」


 言いながらふかふかの羽毛布団を被る。

 天使の鵞鳥エンジェルグースと言うガチョウから取れるらしい羽毛の布団は、最初は庶民故に柔らかすぎだったが最近ようやく慣れて来たところだ。


 目を閉じるとやってくる、心地よい睡魔に身を任せ……


「う!?」


 ドスッと腹に軽い衝撃を感じ、思わずうめき声が漏れる。

 おいおい何だか嫌な予感がするな、この後に及んで延長戦は勘弁して欲しい。


 恐る恐る目を開くと……お腹の辺りにシルフが乗っかっていた。更に枕の両端にはノームとウンディーネが居るのもわかった。


「おいおい、寝かせてくれよ……」


 俺がそう言っても、駄々をこねる子供のように布団や枕をぽふぽふ叩いてせがむ精霊達。

 ああもう、無視するよりちょっと遊んでやって満足させて帰らせた方が早いか。


「わかったわかった。それじゃ、そうだな……トランプでもするか」


 ベッド脇の机に置いていた妖精の小箱から、トランプを一セット取り出し掛け布団を除けてベッドに胡座をかく。

 そしてトランプを使った遊び方を精霊達に教え始めた。


 小一時間後。


「ふふふ、どっちかわかるま……あ、ちょっと! ……ま、また負けた」


 俺の手からカードをかっさらい、揃ったカードを捨てて万歳しながら喜ぶウンディーネ。

 只今、連敗街道爆進中……というか、ババ抜きで一度も勝てないってなんだよ!?


 そんなに俺の表情分かり易いのか? 最後に残るのは俺を除けば毎回バラバラだが、シルフもノームも的確にジョーカーを避けて持って行く。

  くそ、小さい手で器用に持ったり、風で浮かせたり、水で支えたりしている奴らに負けてなるものか!


「よし、次は大富豪でもやろう。これは運だけじゃなく、駆け引きが必要なゲームだ。今までのようには行かないぞ」


 ここからが本当の勝負だと説明を始める俺を、カードの束の横で丸くなっているサラマンダーが呆れたような目で見ていた様な気がした。


 翌朝。


 大富豪、ポーカー、ブラックジャック、スピード等々。

 考えつく限りのあらゆるゲームで惨敗し、白く燃え尽きた俺の姿がそこにるのだった。

読んでくださっている方々、更新が遅くて申し訳ございません。

感想、誤字、駄目だし、要望のようなものでも良いので頂ければ大変励みになりますので、一言頂けると嬉しい限りです。

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