第七話 召喚術
4月14日 修正、一部文章追加しました。
「”汝、地獄の門を守護する者。汝、業火を纏いし猟犬。漆黒の体躯を駆り、三つの頭もて敵を砕き、火に沈め、冥界へと追い落とせ。我は汝に名を与えし者也”」
「何をする気は知らないが、わざわざ待つ気はないな」
俺が始めた詠唱の途中で、黒ローブが火炎蟻二匹に命令を出し、二匹は俺達に向かって走り出す。
「悪いが待ってもらうぞ、力尽でもな!」
俺が何をする気か知らないのに、エルシア姉さんは槍を構えて前に出る。
エルシア姉さんってば、絶対に槍で遊びたいだけだろう。
顔がおもちゃを与えられた子供みたいだぞ。
青ローブの少女が杖を構え、猫耳少女が引け腰ながらナイフを手に持った時。
――突如として、突風が横殴りに吹いた。
突風、いや暴風と言うべきだ。
俺達の所に吹いた風は余波の様で、少し先の火炎蟻二匹は巨体に関わらずその歩みが大幅に遅くなる。
今日はそよ風ぐらいで、雲もほとんど出てない陽気なのに……明らかに変だ。
青ローブと猫耳の少女に目を向けるも、驚いているようだから違うだろう。
エルシア姉さんは……おもちゃを取られた子供のみたいにがっかりしているから、違うか。
その時、何かが視界を塞ぐ。
「――シルフ?」
声は青ローブの少女。顔を離して見ると、確かに先ほど森の中で見た風妖精だ。
俺を見て笑っている……ひょっとして、彼女が風で足止めしてくれたのか?
確信は無いが、この隙を逃す手は無い!
「”我が元へ疾く馳せ参じよ! 地獄の番犬ケルベロス!”」
詠唱を終えた俺の前に柘榴色の光で紡がれた魔法陣が現れる。
最初は手の平サイズだったそれは、瞬く間に五メートル程の大きさとなり、光は炎へと姿を変えて燃え上がった。
そして、魔法陣を突き破るように炎を纏いながら現れる、巨大な三首の獣。
炎を払った姿は漆黒、強靱な四肢、三対の瞳は血のように赤く、口からは唸り声と共に炎が漏れる。
『地獄の番犬』の異名で有名な三つの頭を持つ獣であり、俺の『幻獣の庭』で最初の友達でもある。
「ケルベロス……迷宮で階層の主として現れることもある魔獣。召還獣として契約した者がいるとは、驚きだ」
静かながら驚きを含んだ声の黒ローブ。
エルシア姉さん達の方は驚きのあまり声も出ないようであった。
召還術。
身体強化系以外の魔法が使えない俺に、ラヴィア姉さんが教えてくれた魔法の一つ。
互いに血を交わした契約相手を、魔力を以て呼び出す秘術。
この世界の召還術と同一の物か判らないし、身体強化と違って誤魔化しが効かないので使いたくなかったが、状況が状況だから仕方がない。
「それじゃ、そうだな……あの蟻を二匹、叩き潰してくれるか?」
「「「グオオオォォォォーーーーーー!!」」」
俺の問いかけに、魂すら身震いを起こす三重の雄叫びを放つケルベロス。
そこからは、戦いと言うより一方的な蹂躙だった。
火炎蟻と同じぐらいの大きさに関わらず、二匹を同時にはね飛ばすケルベロス。
そして一匹に食いつくやいなや、その甲殻を物ともせず三つの頭の牙で噛み砕き食らい絶命させてしまう。
そんなケルベロスにもう一匹が炎を放つが、逆に三つの口から放たれた炎が火炎蟻の炎を飲み込み、逆に火炎蟻を呑み込む。
炎を放つ筈の火炎蟻、しかし地獄の番犬が放つ業火には耐え切れず、もだえながら炎の中で事切れた。
ケルベロスの炎は鉄すら溶かす、あんな火を吐くだけの蟻に耐えられるはずもない。
「お、おいどうすんだよ! やられちまったぞ、なんとかしろよ!」
目の前で一方的な蹂躙を見せつけられた禿鷹は、黒ローブに縋り付こうとするがその手を振り払われた。
「いって! なにすんだ!」
「火炎蟻を三匹もやられ既に赤字だ。これ以上損失を増やす気はない。転移発動」
黒ローブが懐から石を取り出し、魔法らしき言葉を呟くと石が砕ける。
すると黒ローブが光りに包まれ、次の瞬間にはその場から忽然と姿を消していた。
「魔法石……予め魔石に魔法を込め、使い捨てで発動できる道具だ。そう遠くへは行けないはずだが森は抜けているだろう。見つけるのは困難だな」
使い捨てに出来る魔法か、そんな物あるのか。
「ち、ちっくしょおぉぉぉぉ! 捕まってたまるか、覚えてろよーーーっ!」
物凄く三下悪役っぽい捨て台詞を上げ、走って森の中へ逃げようとする禿鷹。
それを追おうとするエルシア姉さんとケルベロスを止める。
「なぜ止めるのだ? 放っておくと、必ずまた仕掛けてくるぞ?」
「ああ、判ってる。別に逃がす気はない」
答えながら別の詠唱により召喚術を行使する。
手の先から生まれた緑色の光が魔法陣を紡ぎ、それが地面へと降りる。
魔法陣から人一人が入りそうな程の赤いつぼみの花が出現し、赤い花びらが開き開花。同時に魔法陣も花も光の粒子となって消える。
残ったのは深緑のドレスを纏った少女。先日もラヴィア姉さんの庵で会った樹木の妖精、ドライアドのドリューだ。
「若様、呼んだ?」
「ああ、ちょっと頼みがあるんだけど。この先に男が一人逃げてるんだけど、捕まえてもらえないか?」
「……いま『ラブ・ボウリング』の最新刊を456回目の読み直し中なのに」
「読み過ぎ!?」
まだ渡して数日なのに……いやま、基本的に樹木の精霊だしやる事ないんだろうけどさ。
「樹精霊……凄い」
何故か青ローブの少女がキラキラとした目で見てくる。
よくわからんが、俺との初対面の際の一言が『これ、養分?』だったんだぞ?
「若様のお願いならしょうがない」
言いながらテクテク歩き、禿鷹が逃げ去った方向にある手近な木に手を添えるドリュー。
……しばらくすると、遠くから男の悲鳴が上がった。
「若様、人間一匹捕まえた」
「ありがとう、ドリュー。後、人間は匹じゃない」
「さっそく、養分にする」
「だから駄目だ! 養分好きだなホント!」
口をヘの字に曲げたドリューは、どこからか『ラブ・ボウリング』の単行本を取り出すと、ケルベロスの背に飛び乗って読みだしてしまった。
こうなったら満足するまで反応が無いので、スルーして禿鷹の所まで行く事にする。
俺とエルシア姉さんが並び立ち、後ろに青ローブと猫耳少女で森を進む。
俺達の後ろからドリューを乗せたケルベロスが付いてくる。
あと、何故かシルフが俺の頭に乗って着いてきた。
こっちのシルフとも仲良くできそうだが、その位置は地味に重いので止めれ。
「まさか召喚術、それもケルベロスやドライアドまで喚び出せるとは驚いた。君の底は知れなさは、私の想像をはるかに超えるな!」
「ドライアドを呼び出せるのは、エルフにもなかなかいない。シルフが請われず力を貸す人間、初めて見た」
上機嫌なエルシア姉さんと、興味深げに俺の横顔を覗き込んでくる青ローブの少女。
青ローブの少女はフードを外し、名前をフォン・エルフィナと名乗った。
見た目は西洋人形のような幼い美少女で、髪は肩で切り揃えた金髪のおかっぱ。
顔は洋風なのに髪型は和風だが、ギャップがなかなか良いと思う。
そして、彼女の耳は人とは違って長くとがっていた。
彼女はエルフ。あまりエルフは自分の国からでないので注目を嫌い、フードを常用していたのだとか。
百三十歳の大人だと言われたが、よくて中学生にしか見えない。
無い胸を張られたら尚更見えないというか逆効果だ。
そういえばラヴィア姉さんも全く胸が無かった。子供の頃に一緒に沐浴した事があるから確かな情報だ。
エルフってもしかして、無い乳の種族なのかも知れない。
――口に出したら殺されそうな気がするので、心に秘めたままにしておこう。
そして猫耳少女もミリアリア・フィルドと名乗った。
さっきの戦闘や冒険者ギルドではちゃんと見る余裕はなかったが、明るく快活さを感じさせる美少女だ。
ピコピコ動き猫耳やたまに揺れる尻尾はついつい触りたくなってしまう。
彼女だけは後ろのケルベロスにビクビクしているが、たぶんそれが正常な反応だ。
「ところでタツヤ。そちらのドライアドにはドリューという名があるようだが、ケルベロスの方には名は無いのか?」
げ。
「いや、ケルベロスって名前が……」
「む、それは種族の名前。個体名と違う」
誤魔化そうとした俺をフォンが首を傾げて追求してくる。
「ええと、その、ね」
チラリと後ろを見ると、ケルベロスが「「「ウォン!」」」と自慢気に一声上げた。
その反応で名前を持っている事が皆に判ったようだ。
「何か言えない理由でもあるの?」
後ろを気にしつつミリィ――愛称で、そちらの方が呼ばれ慣れてるらしい――が聞いてくる。
どうしても聞きたい訳じゃないだろうが、誤魔化すのも変な勘ぐりをされそうなので諦めて教える事にした。
「……わん、ころ、にゃん」
「「「……え?」」」
「だから、右の頭から順にわん、ころ、にゃんって名前……」
沈黙。パラパラとドリューがページを捲る音だけが聞こえる。
――そ、そんな呆れた目で見ないでくれ!
子供だったんだよ、つい小動物感覚で付けちゃったんだよ、てか「にゃん」は明らかに猫だろ当時の俺ーーーっ!?
しかも当人というか当犬はその名前を非常に気に入ったらしく、その後に自らの過ちに気付いた俺が改名しようとしても応じやしない。
それどころか、別の名前で呼ぶとガン無視する始末だ。
「……お、いたいた」
三人の視線から逃れるように声を出し、少し先にいた禿鷹に近づく。
禿鷹は周囲の木や草から延びた枝や蔓に手足を拘束され、完全に身動きが取れなくなっていた。
「あ、くそ、てめえらの仕業か!? 離しやがれ!」
口は自由か、うるさいことこの上なし。
「ドリュー、そいつの口も塞いでくれない? あ、鼻まで塞ぐなよ」
「ん~」
漫画に目をやったまま生返事をしたドリューが、小さく指先を振ると蔓が伸び猿ぐつわの様に禿鷹の声を封じる。
「それでエルシア姉さん、こいつどうするの?」
「王都の衛兵に引き渡した後、冒険者ギルドにも報告が必要だな。事情聴取にも時間か割かれるだろう」
ふむ、成り行きとは言えそこらへんはしょうがな……
「おっと……」
「どうした? 立ちくらみか?」
「大丈夫、ちょっと長く喚び出し過ぎただけ」
俺の召喚術は喚び出している間は、継続して魔力を消費し続ける。消費し続ける量は喚び出す相手によって変わる。
ケルベロスやドリュー、どちらか単体なら俺の魔力の自然回復量と相殺ぐらいで済むのだが、同時となるとそれなりに減っていく。
体内の魔力は減るに従って体調不良を引き起こす。
ゲームみたいに数値で判る訳じゃないから体感的にだが、二割を切ると目眩などを、更に減ると酷い頭痛などを引き起こす。
最終的に魔力切れを起こすと、完全に気を失い丸一日は目を覚まさないのだ。
子供の頃に魔法を教えてもらったばかりの頃、調子の乗って使い過ぎて何度も魔力切れで倒れた事がある。
両親にとってはさぞ手の掛かる子供だっただろう……思い出したら穴に入りたくなってきた。
取り敢えず拘束を解けないので、ケルベロスを送還する。
切ない声で鳴かれて抵抗されたが、近い内に遊びに行くと約束して還ってもらった。
「さて、こいつを連行するにしても、無傷のままって理由もないよな」
ミリィとフォンに目線をやりながら言うと、二人の目に危険な光が宿った気がした。
そりゃま、俺達が来なかったら危なかっただろうし、ミリィは酷い火傷を負っていた。傷は治ったとは言え、本人の気は済まないだろう
「よくもあんな気持ち悪い虫けしかけたわね!」
「ぼっこぼこにする」
「んー! んー!」
剣呑な目つきをする二人を前に禿鷹が何か言いたそうだ。
辞世の句かも知れないし猿轡を少し緩めてもらう。
「お、お、ちょっと待て! ……ま、まさか無抵抗の相手に暴力振るったりしないよな?」
裏稼業の人間まで雇っておいてどの口が言うんだか。
「無抵抗? 何の事だ? お前が逆恨みでこの者たちを害しようとしたので応戦した、その際の正当防衛による結果だ。私が証人だ」
「ああ、その通りだ。俺も見たから間違いない」
エルシア姉さんの棒読みのでっち上げに、俺も大根役者で乗っかる。
目撃者はいない、つまり俺たちの言い分こそジャスティス。
「え、おい、ちょっと待てよ……うぎゃーーーーーっ!」
森の中に美しくない悲鳴が響き渡るのだった。
ちゃんちゃん。
□
ボロ雑巾になった禿鷹を小箱に仕舞っていたロープで縛り、引き摺りながらグラリオースへ戻り衛兵に引き渡した。
裏ギルドの構成員を雇った事で衛兵と冒険者ギルドの双方から、厳しい尋問の後に鉱山労働に送られるらしい。
それから、ミリィとフォンの二人と一緒にパーティを組む事になった。
二人は元々同じ町の出身で、フォンが何かの理由でエルファンを出る際に、外の世界に興味があったミリィが付いていって今に至るそうだ。
エルファンてエルフの国って聞いたけど、エルフ以外も居るんだな。まぁ日本だって日本人だけじゃないとの一緒か。
俺がそこに加わる事になった理由と言うのが、一言で言えばお金だ。
ミリィに使うよう渡した回復薬、それが金貨十枚する特級回復薬だと教えたらミリィが卒倒した。
現実で卒倒する人間なんて初めて見た。あ、人間ではないのか? 猫耳だし。
俺は別に代金や見返りは必要無いと言ったのだが、ミリィは青い顔しつつもお金を払うと言って聞かない。
義理固いと言うか融通が利かないと言うか、どうにも曲がった事に我慢がならない性格の様だ。
「ええと、改めて自己紹介します。ミリアリア・フィルドです。よろしくお願いします、タツヤ様」
「同じパーティで歳も近いんだから様付は必要ないよ。って言うか俺も貴族なって数日だから、実感ないし」
「……わ、わかった。よろしく、タツヤ」
「よろしく、ミリィ。早速だけど耳と尻尾触っても良い?」
「……え、えぇっ!?」
何故か驚かれた。
「だ、駄目だよそんなの!」
「そんな減るもんじゃ無し、ちょっと触ってモフモフさせてくれるぐらい良いじゃないか」
「駄目駄目、絶対ダメ!」
どうも獣人の特徴的な耳や尻尾を触る行為は、人間でいう所の胸やお尻と言った部位を触るセクハラと同義らしい。
く、モフモフしたいだけなのに……厳しいぞ、異世界!
「ちょっと猫を触る気分を味わってみたいだけなのに!」
「だったら普通に猫触れば良いじゃない……」
パーティとなって早速呆れた顔をされてる俺。
「触れるもんなら触ってるっての! 思う存分モフモフしたり、背中撫でたり、尻尾でペチペチされたりするっての!」
ケルベロスと遊んでいた所為か、子供の頃から動物が寄ってこないんだよ!
匂いか他の何かか知らないが、道端の犬猫は俺を見るや逃げ出すわ、動物園の動物は寄ってこないわ、ハムスターなどは隅に隠れて手を近づけるとガタガタ震えるわ、サファリパークでは目が合うや肉など目をくれず逃走するわ……
「け、ケルベロス……わんころにゃんを撫でてあげたら良いんじゃないかな?」
「それはもう存分にやってるけど、もっとこう、普通の動物をモフモフしてみたいんだよ!」
いやま、獣人が普通かと言われると普通じゃないが。
「と言う訳で、触らせてください」
「だから駄目!」
くっ、ここまで言っても駄目とは。
「じゃあ、触らせてくれたら借金チャラで」
「え……」
ミリィが悩みだした。
腕を組んで悩むそのお尻で尻尾がピョコピョコ揺れているのが、何とも楽しい。
是非触ってみたい……が、
「冗談だって。耳とか尻尾とか無理に触りたい訳じゃないから」
「え、あ、うん」
お金でどうこうって、そこはかとなく最低だしな。
「どうせ同じパーティだし……ククク、そのうちミリィの方から触ってくださいと言いだすように洗脳してやる」
「へ、変態貴族だーーーっ!」
しまった、声に出てしまってた。
一方、相方の幼女エルフはお金を要らないと言われて喜んでいた。
金貨十枚と言うのは大金だ。ポンッと出せるような冒険者は、それこそ一流と言われる者達だけで、ミリィやフォンが稼いで返すのとすれば結構な時間がかかる。
だからと言って、俺も大陸をアチコチ行きたいし、フォンも何か目的があって国を出ているのだから一所に拘束されるのは嫌だろう。
妥協点としてエルシア姉さんが提案してきたのが、俺とミリィとフォンでパーティを組み、その稼ぎの中から俺に少しずつ返済して行くといものだ。
それなら俺も冒険者としてアチコチ回りながらでも、いつでも返済金を受け取れる。
ミリィ達も名ばかりとは言え、貴族の俺と居れば色々と便宜を図れてお得だ。
俺も戦士然とした筋肉質の巨漢などと組むより、可愛い女の子と組んだ方が断然嬉しい。
今まで母親以外の女性と言えば、『幻獣の庭』に居る、遥か年上の異種族の女性ばかりだったからな。
え、日本の同年代の女の子? ……アーアー、ナニモキコエナーイ。
ああ、年上と言えばフォンだ。
女同士でやってきた所に男の俺が入るのを嫌がるかと思ったが、そうでもなかった。
森からずっと付いてきたシルフが懐く俺に、興味津々らしい。
成り行きとは言え仲間も出来たし……さてさて、これから忙しくなるかもな。
読んでくださっている方々、更新が遅くて申し訳ございません。
感想、誤字、駄目だし、要望のようなものでも良いので頂ければ大変励みになりますので、一言頂けると嬉しい限りです。




