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少女は選ぶ


 ふかふかのベッドの上で朝日を浴びながら、少女は、今日もきっと良い日になるだろうと確信していた。

 ここが生まれ育った世界ではないこと、元の世界には帰れないことを知った時には、ひどく落ち込んだりもした。が、少女を保護した者たちの優しさが、少女に生来の明るさを取り戻させた。

 笑顔で接すれば、好意が返ってくる。

 今までもそうだったし、これからもそうだ。

 少女はだから笑みを絶やさない。

 優しさに包まれていれば、嘆いている方がおかしく思えた。

 そして今や、周囲の人々や、この以前だったら気後れしてしまいそうになる豪奢な部屋にも、少女はすっかり慣れていた。

 それが、周囲の者には、健気に見えていたのかもしれない。

 異なる世界から来た少女の側には、誰かの姿が共にあるのが自然だった。

 ここに連れてきてくれた青年たちは、時間があれば顔を出してくれる。仕事は大丈夫なのかと、心配になるくらいだった。

 それにこの世界で最初に目覚めた時から、ずっと傍にいてくれた侍女のシーナ。

 彼ら三人を筆頭に、少女に笑いかけられて者は、日に一度は会いに来てくれた。

 だが、彼らは『ウケイ』という場所からここに移ってからは、会いに来てくれる頻度が減った。

 少女にはよくわからなかったが、大事な仕事があると、会いに来れない謝罪をする彼らを、自分は大丈夫だと許した。

 だから、最近の少女は一人でいる時間が多い。

 部屋から出るのを咎められたりしないが、異世界から来た自分を心配する彼らのために少女は彼らと訪れた場所以外に足を向けることはない。

 そうなると、必然と建物の敷地内しかなくなってしまい、厳しい顔つきの兵士が居ない場所に行くことが多くなった。

 少女は、戦いを生業とする兵士が怖かった。

 『ウケイ』で見た青年に襲いかかった男を、あっさりと斬り殺した兵士の姿が今ここで働く兵士の姿に重なって、ひどく怖かった。

 今日も、誰も訪れない部屋に寂しさを感じ、兵士を避けながら足をすすめる。

 向かう先は、この敷地内で一番のお気に入り。

 少女は一人、かつてここで暮らしていた女性が、何よりも愛したという庭に向かう。

 建物と建物の間に、隠されるように存在する庭は、小さな噴水と色とりどりの花々がとても綺麗で、愛らしい。

 少女は花に詳しいわけではなかったが、それでも時間を忘れて見とれてしまうほど庭に咲く花々は素晴らしかった。

 だが、それだけで少女が何度もそこを訪れたわけではない。

 そこで、少女は出会ったのだ。

 空へと溶け込むように蒼い髪を持つ男に。

 一人でここを訪れた時にだけ、見計らったかのように現れる男。


「知りたいことがあるなら、教えてあげようか。」


 大事にされてはいたが、それでも埋められない世界の違いに落ち込んでいた少女の内心を見透かすような、どこか冷めた言葉が始まりだった。

 気になった。

 それだけの理由で、少女は男と会うべく、何度もここへ足を運んだ。

 

「帰りたいとは、もう思わない?」


 出会ってから今まで、去り際に確認のように紡がれる問い。

 穏やかな笑みを浮かべながら、ただ返事を待つ男に少女はいつもと同じ答えを返す。


「いいえ。だって、ここが好きだもの」


 帰れる術があると、一度、男は少女に言った。

 でも、それに苦痛が伴う可能性があるなら、少女はその術を要らないと思った。

 ここに来てから、ずっと自分を守ってくれたクリストフ達との別れだけでも辛い。なのに、さらに苦痛に耐えるほどの価値が元の世界にあるとはは、もう少女の中に思えなかったのだ。ここに来てからの短くも長い時間が、少女の心を、家族も友人もすでに過去の思い出へと変えていた。

 誰かに内心を明かせば、薄情と言われるかもしれないが。少女にとっては都合のいい事に、その質問をする者はいなかった。

 男も少女からの質問に答えはするが、去り際の言葉以外に問いかけることはしなかった。

 誰もが少女の決断を褒め、帰れない少女を憐れみ愛おしんでくれた。

 優しいこの世界を離れるなんて、少女にはできなかった。


「そうか」


 少女の返事に、男は少し寂しげに目線を下にする。

 何故そんな顔をするのか。少女にはわからなかった。

 探ろうにも蒼い髪が顔に影を作り、少女から男の表情を隠す。

 普段なら、穏やかな笑みのまま、自分の返事を受け取る男に少女は不安な気持ちになる。

 薄情だと、嫌われてしまったのだろうか?

 そろそろと上目遣いに、男を伺う。

 覗きこむには、いつだって男と少女の間の距離は少しばかり遠かった。

 瞬きほどの間の後、男は顔を上げた。あらわになった顔には、いつもの笑みがあった。


「また、会える?」


 男の美しい笑みに、少女はホッと安堵する。

 嫌われることが、何よりも嫌だった。


「ああ、今度はこの木に花が咲くころに」


 少女は知らない。

 男が指した木が、ここを愛した女性亡き後、花をつけなくなったことを。





「答えは変わらず。選択肢は消えたか。」


 己が器量を超えた地位につかざるを選なかった初老の男は、信頼する男の報告にため息を吐く。

 かつて愛した人との約束から、与えた救いの手はどうやら少女にはいらぬ世話だったようだ。

 あの人が自分の手を取りながらも、故郷を思い泣いていたから。

 だから、不肖の息子のせいで、あの人よりも遠い場所から連れて来られた少女に、あの人には出来なかったことをしてあげたかった。

 初老の男は目を伏せ、自分はやはり愚かなのだと苦笑する。


「王よ。自分を卑下なさるな。選んだのは乙女自身。それに、あの人は決して不幸ではなかった。」


 男の呼びかけに、王と呼ばれた初老の男は目を開ける。


「お前が優しい言葉を俺にかけるとは、明日は雷雨にでもなりそうだな。」


「仕事を放置し、遊びほうけていなければいくらでも望む言葉を掛けて差し上げますよ。従兄殿。」


 怠けて迷惑をかけていることを自覚している初老の男は、皮肉げに笑う彼に笑い返した。


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