表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/9

婚約破棄された令嬢ですが、探偵役が二人になると少しうるさいです

優秀な人間というのは、だいたい声が静かだ。


自分が正しいと知っているからだろう。


逆に、無能ほどよく喋る。


不安だからだ。


だから私は、よく喋る探偵が嫌いだった。


「つまり」


女は言った。


「あなたが犯人ですね」


やっぱりうるさい。


私は紅茶を置いた。


王宮応接室。


窓際。

雨。

気まずそうなノア。


最近、この部屋で良い話を聞いた記憶がない。


「初対面でそれですか」


「ええ」


女は即答した。


白銀の髪。

青い目。

黒い魔術師衣。


年齢はノアと同じくらいだろう。


だが、空気が違う。


ノアは“人を見すぎる”目をしている。


この女は、“切り分ける”目だった。


「紹介します」


ノアが疲れた声で言う。


「宮廷魔術解析官、エレナ・クロフォード」


「探偵では?」


「不本意ですが、よくそう呼ばれます」


感じが悪い。


少しだけノアに似ていた。


かなり嫌だった。


「で?」


私は脚を組む。


「今回は誰が死んだんです」


エレナは一枚の書類を机へ置く。


「第二王子補佐官、ベルナール卿」


「また微妙な地位ですね」


「階段から転落死しました」


私は少し考えた。


「突き落とされた?」


「ええ」


エレナは頷く。


「そして現場に、あなたのイヤリングが落ちていた」


なるほど。

雑だ。


最近の犯人、もう少し芸術性を大事にしてほしい。


「ちなみに私はやっていません」


「証明できますか?」


「いいえ」


「では容疑者です」


即答だった。


私はノアを見る。


助ける気配がない。

ひどい男だ。


「あなた、前より冷たくなりました?」


「元からです」


「それは知っています」


エレナが小さく息を吐く。


「ノア」


「なんでしょう」


「なぜこの人を野放しにしているんです」


野生動物みたいに言われた。


少し心外だ。


「彼女は犯人ではありません」


ノアは静かに言う。


「根拠は?」


「もっと上手くやる」


沈黙。


私は少しだけ感心した。


人を擁護する時の言葉として、かなり最低だった。


だが、間違っていない。


エレナは呆れた顔をする。


「あなた、本当に変わりましたね」


「そうですか」


「昔はもっと“正しい側”の人でした」


ノアは答えない。


珍しい。


私は少しだけ興味を持った。


「昔の知り合いですか」


「魔術学院時代の同期です」


エレナが言う。


「当時のノアは、もっとまともでした」


「お気の毒に」


私は言った。


「それはたぶん、長続きしない性質です」


ノアが咳払いした。

笑いを堪えている。


死にかけて以降、この男は妙に感情が表に出るようになった。


人間、一度壊れると少し緩むらしい。


「話を戻します」


エレナは机へ新たな資料を並べる。


几帳面だ。


綺麗すぎる机を見ると、私は少し不安になる。


そういう人間は時々、感情を収納しすぎる。


「ベルナール卿は昨夜、第二王子派閥の晩餐会へ出席していました」


「派閥」


私はため息をつく。


「権力争いほど、人が死にやすい遊びもありませんね」


「同感です」


ノアが言った。


「ベルナール卿は会の途中で席を外し、その後、階段下で発見された」


エレナは続ける。


「頭部強打による死亡。ですが」


彼女は紙をめくる。


「転落前、軽度の麻痺毒を摂取していた痕跡があります」


私は少し黙る。


最近この国、本当に毒へ依存しすぎている。

料理文化みたいになってきた。


「つまり、まともに抵抗できなかった」


「ええ」


エレナは頷く。


「そして毒物は、会場で提供された酒から検出された」


「では犯人は給仕係」


「違います」


即答。


探偵役というのは、人の可能性を潰す時だけ妙に早口になる。


「毒が入っていたのは、ベルナール卿の杯だけです」


ああ。

なるほど。


「誰かが個別に入れた」


「そうです」


エレナは私を見る。


青い目。冷たい視線。


「そして、最後に彼へ酒を注いだ人物がいます」


沈黙。


「あなたですね。リディア・フェルナー嬢」


部屋が静かになる。


雨音だけ。


私は少し考えた。


本当に少しだけ。


「……それで?」


エレナが眉を動かす。


「釈明しないのですか?」


「だって」


私は肩をすくめた。


「最近、人が死ぬたびに私がいるので」


それは事実だった。

偶然にしては、かなり趣味が悪い。


「あなた」


エレナはじっと私を見る。


そして静かに言った。


「人が死ぬ話をする時だけ、少し楽しそうですね」


ああ。

私は理解した。


この女、かなり面倒だ。


ノアみたいに人の内側を覗こうとする。


でも、ノアほど優しくない。


「誤解です」


私は笑う。


「私はただ、死体のほうが静かで好きなだけですよ」


ノアは笑った。

エレナは笑わない。


本当に真面目らしい。


「ノア」


彼女は言う。


「あなた、この人に影響されすぎです」


ノアは少し黙った。


それから、珍しく困った顔で笑う。


「否定はできませんね」


沈黙。


私は紅茶を飲む。ぬるかった。



ノアがふと、机上の資料へ視線を落とした。


「……おかしいですね」


エレナが眉をひそめる。


「何がです」


「ベルナール卿の胃からは、毒物がほとんど検出されていません」


ノアが静かに言った。


エレナが顔を上げる。


「ですが、杯からは検出されています」


「ええ。だからおかしい」


ノアは資料を閉じる。


「もし毒殺なら、犯人は“飲ませる”必要がある。ですがベルナール卿は、ほとんど口にしていない」


沈黙。


私は少し考えた。


そして理解する。


「ああ」


私は言った。


「最初から、毒で殺す気はなかったんですね」


エレナが目を細める。


「どういう意味です」


「毒は“死因”じゃない」


私は机上の杯を見る。


「“死因らしく見せるための小道具”です。本当の死因は転落」


ノアが続ける。


「犯人はベルナール卿を階段から突き落とした。そして、その後で毒入りの杯を置いた」


「毒殺事件へ見せかけるために」


私は頷く。


「ついでに、私へ罪を着せるためでしょう」


エレナの目が細くなる。

かなり悔しそうだった。


少し安心する。


完璧な人間は、時々負けた顔をしたほうが親しみやすい。


「毒は偽装。犯人は別にいる」


エレナが腕を組む。


「ですが、それではリディア嬢のイヤリングは?」


「単純です」


私はため息をついた。


「盗まれていたんでしょう」


「いつ?」


「晩餐会」


私は紅茶を見る。


冷えていた。


「女の装飾品なんて、人混みでは案外簡単になくなります」


特に、誰も顔を見ていない場では。


社交界というのは、人を見ているようでだいたい肩書しか見ていない。


「では犯人は誰です」


エレナが問う。


少し苛立っていた。


真面目な人間ほど、答えに辿り着く直前で機嫌が悪くなる。


私は窓の外を見る。


雨。

灰色。

綺麗でもなんでもない空。


「第二王子ですね」


沈黙。


エレナが即座に否定する。


「ありえない。自派閥の補佐官ですよ」


「だからです」


私は言う。


「派閥争いは、“敵を減らす”より、“味方を整理する”ほうがよくある」


ノアが小さく息を吐いた。


当たりらしい。


「ベルナール卿は最近、横領疑惑が出ていた」


「ええ」


ノアが答える。


「第二王子派の資金流用。近く告発される可能性があった」


「だから先に処理した」


私は肩をすくめる。


「よくある話です」


権力者は、切り捨てる時だけ判断が早い。


「では、なぜあなたへ罪を?」


「悪役令嬢だからでしょう」


ノアが即答した。


エレナが少し黙る。


反論しづらいらしい。


「リディア嬢なら、多少状況が雑でも疑われる」


ノアが静かに言う。


「実績がありますから」


失礼な男だ。


だが、かなり正しい。


私は少し笑った。


「便利ですね。評判というのは」


「ええ」


ノアも笑う。


「一度悪人にされると、犯行の説明が省略できます」


エレナは長く沈黙していた。


それから小さく言う。


「……最悪ですね」


私は頷いた。


「人間関係のだいたいは、そんな感じです」


雨はまだ降っていた。


王宮も、

社交界も、

この国そのものも、

少しずつ腐っている。


だが不思議と、誰もそこまで驚かない。

人は慣れる。


死にも、

悪意にも、

そして他人の不幸にも。


最近、ノアの隣にいるとそれがよく分かる。


かなり嫌な学びだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ