29話 - 私だけだと思ってた
『なんで?』
なんて、もう言えなかった。
突然現れて、家がないからって拾うことになった美少女。
大人びてしっかりもので、見惚れるほどかわいい。
でもそれが完璧すぎて、ずっと、どこかにあった、「非現実的感」。
それは異世界から戻ってきて、20歳になっていても同じ。
かっこよくて天才で、まだ少しだけ年下なのに余裕で、隙のないように見えていたエリオット。
そのエリオットが、一気に輪郭を帯びた気がした。
(……本当に……何も知らなかった。エリオットのこと。髪が長い理由も、家の前にいた理由も。私が何気なく言っていた「かわいい」とか「すごい」が、エリオットにはそんな魔法みたいにきらきらとしたものに映ってたなんて)
「錬金術を継承してからは、前ミラに話した通り」
言葉一つ一つに血が通って。
エリオットの過去が宿っているよう。
「魔法円を読み解いて、ミラが10年後に戻ることがわかって」
そのすべてに、ミラへの想いが滲む。
「その日は、本当に嬉しすぎて……眠れなかった。絶対に埋められないと思っていた、差……――」
熱を帯びた瞳、不安げに下がる眉。
それでも、心の奥底にそっと留めていた嘘偽りのない全てを伝えてくれようと、逸らさない視線。
弱いところも、全部。包み隠さず見せてくれたエリオット。
(…………うれしい……)
「――大人のミラに、近づけるなんて」
(嬉しい…………いとしい)
ミラはエリオットから目が離せず、大きな脈を打つ胸に手を当てながらじっと見つめる。
「ずっと話さないとと思ってた。ミラの錬金術を奪う形になったこと。本当にごめん。謝っても、謝りきれないかもしれない。怒ってもいい。でも……ごめん、ミラ。僕は後悔もしていない」
ミラの視界がわずかに滲む。
何で? わからないけど――
「錬金術を知らなかったら、あの魔法円を読み解けなかったら。絶対に10年も待てなかった。僕にはミラしかいないから」
完璧だった時よりも、余裕の色を滲ませていた時よりも。
(愛しい……――!)
「――だから、ミラ」
エリオットが、すっとミラの頬に触れた。
はっと息が止まる。
「僕は絶対にミラを諦めない。ミラに怒られようと嫌われようと、僕はミラをあい」
「きゃ――!!!」
その瞬間。
ミラは無意識のうちに、全力でエリオットの口を塞いだのだった。
突然ミラに口を覆われたエリオットは、固まっていた。
(…………??)
ちら、と視線を落としてみる。
すると――見た事もないほど顔を真っ赤に染めたミラが、目を真ん丸にして見上げていた。
エリオットは、わずかに目を見開く。
「ミラ――」
「きゃ――!!」
遮るようにミラは丸い目を向けたまま、今度は自分の頬に手を当てる。
隣で、マオが不思議そうに首を傾げた。
「どうした――」
「きゃ――!!」
驚いたような顔でマオを見る。
ダニーも、戸惑いながらミラに手を伸ばした。
「なに――」
「きゃ――!!」
今度はダニーへ顔を向ける。
もう一度わなわなとエリオットを見ると、勢いよく顔を覆った。
「きゃ――――!!!」
そうしてミラは、叫びながら森へと走り去っていった。
「…………?」
はい……? と、3人は呆気にとられたまま動けない。
「…………???」
「……どうしたんだ、ミラは」
「過去イチ挙動不審……」
すると、少し後ろではゲイルがうずくまっていた。
笑いを堪えてるのか、ふるふると震えている。
「…………いや、かわい……ミラちゃん……突然の小動物感……!」
笑いすぎて涙を浮かべながら、ゲイルは立ち上がった。
「いいねえ若いって。でもエリオットくん、ストレートでかっこいいけど空気は読もうね。女の子は、そういうことは静かな2人きりの場所で――」
「お帰りはあちらです。おじさん」
さっと街の方へと手を向けるエリオットであった。
「…………」
ちら、ちら、とダニーとエリオットを交互に見たマオは、ぱっと踵を返す。
それに気づくダニー。
「マオ?」
「見てくる」
「えっ」
ふっと微笑むと、マオはそのままミラの後を追っていった。
普段であれば「俺が行く」と言い出しそうなダニーへ、エリオットは視線を向ける。
その視線に気づいたのか、ダニーが振り返る。
一瞬見合う2人。
直ぐにダニーは視線を逸らした。
その様子を見ていたゲイル。
「君たちが行かなくていいの?」
「……あー」
「いや――」
「ま、行くって言っても引き留めたけどね?」
「…………」
ゲイルはお茶目にウィンクをして、ぐっ! と親指を立てる。
(……苦手なタイプだな……)
(……すげー腹立つ……)
エリオットとダニーは揃って、ものすごく嫌そうな顔を向けた。
ははは、顔に出てるよ君たち、とゲイルは飄々とした態度で笑う。
小さくため息をつくと、エリオットはゲイルの前に立った。
「前任の錬金術師の話ですか?」
「それもある。今の君の話を聞いてね。ちょっと色々話したいことがあって。ベンさんの手紙のこととか。ミラちゃんのこととか」
「!」
エリオットとダニーは、はっとした表情でゲイルを見た。
一方。
きゃーきゃー言いながらミラは、森を疾走していた。
ごっ!!!
「うっ」
木に激突し、跳ね返るミラ。
ううう……、と唸りながらミラはその場にうずくまった。
しばらく顔を覆ったままうずくまっていたミラ。
次の瞬間――ばっ! と顔を上げた。
(逃げてきちゃった……!!!!)
逃げたってばれちゃったかな!? と震えるミラであった。
(心臓がばくはつしそうで……エリオットの言葉を遮っちゃった。感じ悪くなかったかな。エリオットが、あんな風に自分のことを話してくれて、色んなことが繋がって、嬉しくて……って思ったら……――)
もうだめ、と落ち葉に倒れ込むミラ。
どきどきどき……、と耳に響く自分の速い鼓動を聞きながら、ミラは軽く目を伏せる。
(……私だけだと思ってた)
天使のようなかわいい10歳のエリオットを思い起こす。
少し無愛想なところもあったけど、嬉しさや戸惑いが視線に滲み出て、じっと見上げてくるところが好きだった。
(私だけが、天使みたいに舞い降りてきたエリオットにきゅんきゅんして、かわいい! 大事! ずっといてほしい! って思ってたんだと思ってた。ずっと好きだったとは言ってたけど、あんな……)
きゃ……、とまた顔を覆う。
(……私しかいないって、思ってくれてるなんて……全然知らなかった。家がないって、ほんとかなって、聞きたいけど聞けなくて。何か嫌なことがあるんなら、じゃあ楽しく過ごしてたらいいかなって。それが気づいたらほんとにかわいくて、ずっといてほしいって、私が思うようになって……――)
「――どうしたんだ、ミラ」
「!」
ぱちっと目を開く。
そこには、心配そうに覗き込むマオの姿があった。
ぱあっとミラの表情が輝く。
「マオ!」
「大丈夫か」
「どうしたの、マオ!?」
「ミラが」
「えっ?」
「……走って行ったから」
目を丸くして、ミラは起き上がる。
ふっと小さく吹き出すとマオは、ミラの頭へ手を伸ばす。
頭の上にちょんと乗っている葉っぱを、優しく取った。
ぽ、とミラは頬を染める。
頭をそのままよしよしと撫でながらマオは、ミラを見下ろした。
「倒れて、どうした」
「……何も」
「そうか」
「…………マオを拾った時は、マオが森で倒れてた」
「そうだ」
「勇者に負けて」
「そうだ」
嬉しそうな笑みを浮かべるマオを、ミラはじっと見上げる。
「…………本当は、マオもね」
「何だ」
「私が…………ちょっと、さみしくて」
「!」
「拾った……のかも」
仕事小屋へ移動してきたエリオット、ダニー、ゲイル。
エリオットは、ごそごそと引き出しを漁っている。
「俺がベンさんに会ったのは、さっきも言ったけど20年前。その時ミラちゃんは『11歳くらいです』って言ってた」
ダニーは首をかしげる。
「何、その言い方……? くらいです?」
「ベンさんに『11歳です、でいい』って訂正されていた。あまり自己紹介し慣れてない子なのかなって思った。考えてみれば、そうだよね。街から少し離れた森に、錬金術師っていう謎のおじいさんと住んでて。そのベンさんも難しい人だし。友だちなんていなさそうだった」
エリオットとダニーが、気づけばゲイルを注視していた。
「ミラちゃん。別にベンさんと血の繋がりはないんだよ」




