30話 - エリオットのため
「血のつながりが……ない?」
腹落ちさせるようにゆっくり呟くダニー。
次の瞬間、大きく頷いた。
「そんな気はしてた」
「だよね」
ははっと笑うゲイル。
ダニーは思い返すように口にする。
「両親は『いない』『知らない』しか言わなかったし、一緒に住んでるおじいさんのこと『先生』って呼んでたり……確かにミラの素性、謎だった……!」
「ベンさんも、その辺はよくわかってなさそうだったけどね。でも……——」
一瞬、ゲイルは言葉を止める。
エリオットとダニーがゲイルを注視する。
「——『家族なんて多分どこにもいないだろう』って言ってた」
はっとダニーは目を見開く。
「ミラちゃんは……多分だけど、自分が誰なのかも、何かあった時頼る人も、何もわからなかったんじゃない?」
そう言いながらゲイルは、エリオットから受け取ったベンの手紙に視線を落とした。
「『錬金術の継ぎ手がいないので、困っている。錬金術を、死ぬ前にお前の息子に継承したい。一度、話がしたい。一度でいい、来てほしい』」
「え……ミラは?」
「そう思うよね? 俺はこう見えて家族も子供もいるし、両親もいる。それって、当たり前だと思ってたけど……ミラちゃんにとっては違う。ベンさんがミラちゃんに錬金術を継承しようとしなかったのは……この手紙を口実に、誰かをここに呼びたかったんじゃないかな?」
そう言って、ゲイルはエリオットを見た。
「君を」
さわさわと葉が揺れる。
「私ね。拾われたんだって」
森に腰を落としたミラが、ぽそっと話し出した。
隣でマオが、少し驚いたような顔をする。
「1歳くらいだって」
「……ミラもだったのか」
「実はね! びっくりした?」
こくっと頷くマオ。
「それでずっと先生と森で二人暮らし。でも先生って何でも一人でやっちゃうんだよ?」
むすうっとするミラを、マオは微笑ましそうに見つめる。
「だからあんまりやることがなくて。毎日森で遊んだり丸描く練習したりして過ごしてた。それでね。小さいころ、たまたま怪我した鳥を見つけて、家に連れて帰ったことがあったの。その子をお世話して怪我が治るまで見守って……ってするのが、楽しくて。私の拾い癖は、たぶんそこから」
「それは、寂しかったから拾ったのか?」
「その時は、そんなこと思わなかったんだけど……。でも元気になって飛び立って行っちゃった鳥さんを見て寂しくなっちゃった。だからそこから、怪我したり一人でいる動物さんとか拾うようになっちゃって!」
「魔王とか」
「魔王とかね」
2人、顔を見合わせて笑う。
「ごめんね。嫌だった?」
「なぜだ」
「善意100%じゃなくて」
「私は嬉しい」
「……ありがとう、マオ」
ぽっとミラは頬を染める。
「そうやって動物さんたち拾ってお世話してたら寂しくなくなった。ほら、役に立ってるって気になれるでしょ?」
「役に立ちたかったのか」
んー、と小首をかしげ、視線を上げるミラ。
くすっと笑った。
「うん」
そうして、立てていた膝をぎゅっと抱えた。
「寂しくて拾ったエリオットに……呆れられないように」
ミラは、足元の落ち葉をかさかさと触りながら話を続けた。
「先生ね……さっきも言ったけど、エリオットみたいに何でもできて、全部自分でやっちゃって、私が手伝う隙もないような人だったの。だからね。エリオットがうちに来てくれた時……次は私がこの子のために頑張ろう! って意気込んだんだけど……結局エリオットもすっごいしっかりしてて、私のやることが全然なかった」
思わず笑うマオを、ミラはすん、と細い目で見る。
「それで……それでね。『ミラ何やってるの』って呆れられるたびに、出て行っちゃったらどうしよう、って……怖かった。しっかりしなきゃ、って」
マオはミラに優しい笑みを向けた。
「だから……しっかりした奥さんになりたいのか」
はた、とミラは手を止めた。
ゲイルは、じっとエリオットを見る。
「君は、自分にはミラちゃんしかいないって言ってたけど……君だけかな?」
エリオットは、はっと息を止めた。
背後で扉の締まる音にも、気づかなかった。
ミラは、ふと立ち返る。
(自分がポンコツだから。それはもちろんなんだけど……。ずっとエリオットのためだった。エリオットのためにしっかりしたくて、エリオットが非の打ち所がないくらい完璧だから、呆れられないようになりたかった——)
『——ミーラ! ミラ? 朝だよ?』
目の前のぼんやりとした輪郭が、少しずつ鮮明になる。
天使のように可愛い少女が視界に留まると、ミラはふにゃっと笑った。
「……おあよ、エリオット」
「コーヒー淹れたよ?」
「やだ……天才……好き」
ぎゅー! と、寝ぼけながらエリオットの首に腕を回す。
腕の中で、呆れたようなため息が漏れた。
「もう……しょうがないなあ、ミラは」
はっ!? とミラは目を見開く。
(呆れられている!? よくない!!)
「あっ、朝ごはん錬成——」
勢いよく起き上がって手をついた場所にベッドはなく、きゃー! と、そのまま落下した。
あははは! とダニーの爽やかな笑い声が響く。
すん、とミラは細い目を向けた。
「落ちる!? そこで」
「落ちます」
「落ちねー!」
「そんな日もあります」
むすっと頬を膨らませるミラに、ダニーはリンゴを2つ、差し出した。
「怪我してない?」
「してない」
「なら良かった!」
にっと笑うダニーに、爽やか……、と頬を染めるミラ。
ぽやっとしたままカゴバッグにリンゴを乗せると、重心がずれ、リンゴが転がり落ちる。
「あ——」
瞬時に手を伸ばすダニー。
リンゴはすっぽりとその手におさまった。
「あ……ありがと、ダニー!」
「慣れたもん」
ダニーはそう言って笑いながら、リンゴをバランスよくカゴに乗せた。
なんて頼りになるの……お姉さん嬉しい……、とほっこりしながら、ふと隣にくっついているエリオットを見下ろす。
すると、呆れたようにこちらを見上げていた。
「……慣れたもん、って何……? そんなにミラ、助けてもらってるの?」
「えっ」
(あっ、呆れられている——!? 大変!!!)
「そ、そんなことない——」
大きく手を横に振ると、リンゴがぽーん! と飛んで行った。
「……シェリルは……いつから、そんなにしっかり者なんですか……」
クロウ王国騎士団。
支給されたごはんをあむあむと頬張りながら、ミラはシェリルをじっと見つめていた。
シェリルも隣で食事を摂りながら、きょとんとミラを見返す。
「えっ? いつから? いつから…………ずっと?」
「生まれた星が違う……」
「違うけどね? まあ、しょーもない奴が隣にいるからさあ……しっかりするよね。どうしても」
はっ!? とミラは目を見開いた。
(私の周りがしっかりしすぎている——!?)
わなわなと震える。
「……ポンコツだと……ずっと一緒にいてもらえない……!?」
「えっ? ポンコツ? ミラは別にポンコツじゃないけど、マスコットみたいに可愛いからずっと置いておきたい」
「嬉しくない……またマスコット……」
「私は……ミラみたいな可愛さに憧れるけどなあ」
「私は、シェリルみたいにしっかりした奥さんになりたいです……」
「どうして?」
横から、シェリルおかわり! とシェリルにさりげなく肩を寄せるアーヴィンを、じっと見つめる。
(しょーもないアーヴィンは、シェリルがしっかりしてないけどマスコットみたいに可愛い人だったら、奥さんにしたかな? しっかりしたシェリルだから、奥さんにしたんじゃないかな? 私にはかわいい、守りたいって言うけど、隣で支えてほしいとは、きっと思わないよね。別に思ってほしいわけじゃないですけど。……エリオットも、そうかな)
しょぼん、とミラは眉を下げた。
「どうした?」
帰宅後。
バルコニーでまったりと紅茶を嗜んでいるマオを、じっと見つめるミラ。
「……私、マオを見ると安心する……」
「?」
不思議そうに首をかしげるマオ。
「初めて言われた」
「魔王だもんね」
マオは、こくっと頷くと立ち上がる。
ミラに近づくと、ぽんぽんと頭に触れた。
「どうした」
「一人で何でもできるエリオットは、私なんかを待っててくれてるかな……」
「私なら待つ」
「!」
ミラは口を尖らすと、こてんとマオの身体に頭を預けた。
「マオは何にもできないじゃん……」
そう言うと、マオは可笑しそうに笑った。
——異世界でそう笑ったマオが、目の前で同じ笑みを浮かべてミラを見下ろす。
「私ね……エリオットのためになりたかった。ずっと、負い目があったから。引き留めちゃってるんじゃないかって。私が……さみしいから」
マオは何も言わず、じっとミラを見つめている。
「しかも異世界から戻ってきて、大人になって超絶かっこよくなってて、余計にね。私って、傍にいる必要あるのかな……って、少しどこかで思ってた。だからちょっと焦ってたのかも。でも……——」
『ミラはありのまま。ありのままの僕を受け入れてくれていた』
『裏表なんか何もなく、ただ「大好き」って全身で表現してくれるミラの、全部が愛おしい』
『僕にはミラしかいないから』
ミラは顔を染めると、両手で覆った。
「——うれしかった……」
じわっと、ミラの目に熱がこもる。
「そのままで、いいんだよって……いてもいいんだよって、言ってくれてるみたいだった……! ずっと、そう思ってくれてたなんて……嬉しかった。私しかいないって。初めて言われた気がした。愛おしかった。……うれしい…………うれしい……——!!」
顔を覆いながらも、はわわわ……と無意識に漏れる奇声。
頬に手を当てたまま、動きを止めた。
「……だからね……——」
そう静かに呟くと、大きく顔を上げるミラ。
勢いよく立ち上がった。
少し遠めの木まで走っていくと幹に手をつき、裏を覗き込む。
「——ダニー!」
「!」
「私ね……」
そこで一度、言葉に詰まる。
喉に込み上げてくるものを、ぐっと堪えると、滲みそうになる瞳を慌ててこすった。
「……私ね、守られたいんじゃなくて…………ポンコツでもいいから傍にいて、役に立ちたいの!」
ダニーは大きく目を見開く。
ふっと一度息を吐くと、眉を下げて笑った。
「ミラらしいわ……!」




