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28話 - もう一度、君に会いたい

『知ってた』


 短くそう発せられた瞬間、ミラの耳から森のざわめきが遠のいた。

 頭には、エリオットの声だけが響く。


 遅れて、ミラは小さく息をした。


(…………なんで)


 その言葉しか浮かばない。


(なんで? なんで?)


 目の前のエリオットの表情は、憂いを帯びつつも、その視線は、真っ直ぐミラを見据えていた。


 ――知りたい。


 今までの記憶や話の断片を繋ぐ「何か」も、エリオットの苦しそうな表情の理由も。


(なんでなの……エリオット――)




「――話すつもりだった。ミラが戻ってきて1年と10年の時間差に慣れて僕との生活に慣れて、それからって思って…………えっと、ごめん……ミラ」


 そう言うと、エリオットは頬を染めて視線を泳がせた。

 照れたような表情で、視線を落とす。

 そこには、前のめりになるあまりエリオットにぴたっとくっついたミラが、じっと顔を見上げていた。


「ごめん…………ちょっと……近いな……」

「照れんな、そこで」


 ダニーは思わず突っ込む。

 すかさずマオに回収されるミラ。


 マオにぴたっとくっつきながらも、ミラはエリオットへじっと視線を向けている。


(……これはこれで……ちょっと)

(やだな……)


 もやるエリオットとダニーに、ゲイルが、ははっと笑った。


「話進めない? そろそろ」




「まず、ここに住んでいた先代の錬金術師……ベンさんの孫である、僕の父親のことは、僕は知らない」


 ゲイルが視線を向ける。


「知らない?」

「僕が物心ついたころには、いなかった。母親からほとんど話も聞かなかったし、どんな人なのかも知らない」

「どっかの街にいるって、ベンさんは言っていたが?」

「確かに僕は街に住んでた。ここよりも栄えた。でも……正直僕は、その時の記憶があんまりない」


 ミラの瞳が、わずかに見開いた。


「どうして?」

「思い出したくないから」




 わずかに覚えているのは、狭く日当たりが悪いせいかいつも暗い部屋と、「母親がいた」という事実だけ。


 そして母親は、エリオットの顔を嫌っていた、ということ。




「ど、どうして……? あのかわいいエリオットの顔を嫌う人が……?」


 おろおろと告げるミラに、エリオットは思わず吹き出した。


「ミラにさえ嫌われなければ、僕はどっちでもいいんだけど」

「…………」


 恥じらうと、きゃ……、とマオに顔を埋めるミラ。

 すん、とダニーは目を細める。

 

「父親に似てたから、っていう理由だったと思う」




 エリオットは、母親と2人暮らしだった。

 その母親も、朝からどこかへ行ってしまい家にはおらず、夜遅くに酔っぱらって帰ってくる、みたいな生活をしていた人だった。

 笑みを向けられた記憶は、ない。


 たまに男を連れて帰ってくると、エリオットはこっそりと家を出た。


 夜に子供が街をうろついていると、()()()()女性が大抵声をかけてきた。

 「綺麗な顔ねえ」「素敵」と嘗め回すような色の含んだ笑みを向けらるのが、嫌だった。


(髪伸ばしたら……顔が少しでも隠れるかな。父親にも、似なくなるかも)




 えっ、とミラが小さく声を漏らす。


「そういう理由で髪を伸ばしてたんだ……!」

「そう」


 ミラに微笑むと、エリオットは続けた。


「ある日、ゴミ箱に手紙が捨てられてた。ぐしゃぐしゃに丸められて」

「手紙?」

「手書きの文字が並んでるのが見えたから、手紙かなって。母親に手紙が来るなんて、今まで一度もなかったから、何だろうって興味本位で。何気なく拾い上げてみた。それが――」

「――ベンさんからだな」


 わかったように告げるゲイルを見て、エリオットは頷いた。


「そう。父親の祖父だと名乗る人からの手紙だった。僕に、錬金術を継承したいって」

「――!」


 ミラは大きく目を見開いた。


「そこに繋がるんだ……!」

「うん。でも、その時は、そっと机にしまった」

「……どうして?」


 くすっとエリオットは笑う。


「だって……死期が近い曾祖父、森の小屋、錬金術、継承……どれも、現実味がなさ過ぎて。おとぎ話かなとさえ思ったよ」

「確かに」


 思わず頷くダニー。


「で、ちょっと手紙も忘れかけてたある日……――母親が、帰ってこなかった」

 

 ミラは、はっと小さく息を呑んだ。




 捨てられた、とは思わなかった。

 感情に任せて行動するような人だったから、帰りたくないとか、男に一緒に行こうって言われてついて行ったとか。

 そんな理由だったのかもしれない。

 不思議と、悲しくはなかった。


 ぽつんと広い部屋。

 狭く、ずっと暗く重い空気だった部屋が、少しだけ明るく見えた。


 もうここに、いなくてもいいんじゃないかと思ったら、妙に視界が開けた。


 エリオットは、母親の影を振り払うように、手紙を握りしめて、家を出た。



(年も年で、死期も近い……錬金術を、おまえの子供に継承したい。……かなりのおじいさん?)


 手紙の住所を頼りに、その「錬金術師の森の小屋」へと向かう。


(錬金術……って、何……? 継承方法まで書かれてる。怪しい術だったとしたら、継承って、断れるのかな)


 馬車に揺られながら、不安と期待が入り混じる。


(錬金術師になりたくなくても、置いてもらえるかな。何でもしますからって。でも変な人だったら、どうしよう。でも……――)


 ほとんど顔を合わせていなかった母親の顔は、もうぼんやりとしか思い出せない。


(――きっと、今よりはマシなんじゃないかな)

 


 トゥルヴォーという、こじんまりとした、かわいらしい街で、馬車は止まった。

 降りると、はやる気持ちを押さえて森へと入っていく。


(森の小屋に住んでる……って、そんな魔女みたいな生活? 大丈夫なのか……?)


 視界の先に、小さく屋根が見えてきた。


(危なそうな人だったら、一旦逃げる。いやいや、逃げてどうするの。様子を見る。様子を見て――)


 木陰から、そっと覗く。


 次の瞬間――


 エリオットは、え、と小さく声を漏らした。


 古びた小さな森小屋。

 その横の、小さな庭に。


 かわいらしい女性が一人、洗濯物を干していた。


(…………????)


 まさか、おじいさん以外の人がいるとは想像もしていなかったエリオットは、固まった。


 ぱんぱん! と心地よい音を森に響かせて洗濯物をはたくと、よいしょと干す。

 次の洗濯物を取ろうとしてうっかり籠を蹴ったのか、倒れる洗濯籠。


 きゃー! と、小さな悲鳴が漏れる。


 しゃがんで、すん……と砂のついた洗濯物と見合うと、払うように一層大きく洗濯物をはたいた。


(…………なん……だ……? 誰……?)


 要領が悪そうに、あわあわしているその女性からは、なんかぽわぽわした空気が漂っていた。

 しかし妙に目が離せず、その女性が部屋に入るまで、エリオットは時間も忘れて木陰から眺めていた。


 しばらく観察を続けてみるが、出入りをしているのはあの女性一人だけで、おじいさんが小屋にいる気配はない。

 

(……場所、間違えた?)


 街で住所を確認してみるが、間違いないという。


(どういう……ことだろう? あれは誰?)



 観察して数日目。

 とうとう気づかれた。


 ぱちっと目が合う。

 その瞬間――エリオットの身体は、金縛りにあったように、動けない。


 ぱちぱち、と女性の大きな目が瞬く。

 すると、わあっと目が見開かれた。


「どうしたの!?」


 駆け寄ってきた彼女は目の前でしゃがみ、目を真ん丸に見開いて見上げる。

 その無垢な瞳に、どきっと大きく胸が弾む。

 

「え……えっと」

「迷子? 迷っちゃった?」

「(こくっ)」

「名前は?」

「……エリオット」


 すると――彼女は、花を散らすような笑みを弾けさせた。


「エリオット!」


「…………(かわいい……奥さんにしたい……)」




 ぱちぱち、と目を瞬くミラ。


「…………なんか今、おかしくなかった……?」

「……早くね? そこに行き着くのが」

「あの時のミラ、超絶かわいかった……今もだけど……ほんとあの笑顔尊――」

「エリオット10歳だったよね……?」

「もちろん」

「もちろん……?」




 小屋へ入ると、当然のように「家はどこなの?」と聞いてきた。

 至極真っ当な問いだった。

 エリオットは、小さく「ない」と答えた。


 戸惑うように、彼女の瞳が揺らぐ。

 すると、ぱっと目線を合わせた。


「ここでよければ、いる?」

「(こくっ)」


 あっさりと、エリオットは受け入れられた。



(そんなことある? 大丈夫なの、この人)


 ミラっていいます! よろしくね、エリオットちゃん! と目の前で笑みを弾けさせているミラに、頬を染める。


(ま、いっか……)


 かわいい……、とミラを見つめるエリオットであった。



 

 ミラは、錬金術師だと言った。

 そこでエリオットは、おおよその想像がついた。


(おそらく、僕のひいおじいさんは亡くなったかここを去っている。その前に、ミラに継承した)


 自分が継承しなくてよくなったことで、一層エリオットの気は楽になった。



 そして錬金術師であるミラは――

 ポンコツかわいかった。

 

「いいですか、エリオット。料理は錬金術の基本です」

「……はい」

 

 机に魔法円を描くミラ。

 その中央に置かれた皿に、リンゴや調味料を乗せる。


 ミラが得意げに手をかざすと、煙のようなものが渦巻いた。

 

 ふわっと煙が晴れると――


「…………あれ?」

「これ何? ミラ」

「リンゴパイ……みたいなやつ……」


 パイ生地とリンゴが分離したような謎の物体に、ミラはおや? と目を瞬いている。

 エリオットは、生地にリンゴを挟むと、シナモンを振った。


「こうしたら? ……うん。美味しいよ」

「えっ! エリオット天才! さすがかわいいエリオット!」


 きゃー! と抱きついてくるミラに、こっそりと頬を染める。


 ミラは、エリオットを女の子と勘違いしていた。

 

(それでもいい。「かわいい」って言うミラがかわいいから。僕が男だってことは、もっと背が高くなってから、明かせばいいし)

 

 ミラからは「打算」とか「色目」とか「欲」といったものを一切感じなかった。

 ミラはありのまま。ありのままのエリオットを受け入れてくれていた。


 屈託の無い笑顔を向けて。

 愛情を一身に向けてくれる。


 エリオットの想像する「大人」とは、まるで違った。

 かわいかった。



「かわいい!」


 ミラがかわいいって言うから、かわいいままでいよう。


「エリオット、すごい!」


 ミラがすぐ「すごい」って褒めるから、当然だよって顔で何でもやってあげる。


(僕だけに見せる、ふにゃって笑い方も。果実酒でちょっと酔ってくっついてくる甘え方も。全部好き)


 裏表なんか何もなく、ただ「大好き」って全身で表現してくれるミラの。

 全部が愛おしい。


「エリオットがずっといてくれたら、私困らないなあ!」

「(……ぜったい幸せにする……)」

 



 そしてある日。




 ミラがいなくなった。




 「街の人に頼まれた」と言って部屋へ籠ったっきり、姿を現さない。


 不審に思ったエリオットは、扉をたたいた。


「入るよ。ミラ。…………ミラ?」



 部屋には、誰もいなかった。



 頭が真っ白になる。

 ミラは、間違いなく部屋へ入っていった。

 それなのに、ミラがいない?


 途端に、影が落ちるかのように目の前が暗くなる。

 世界が捻じれたみたいに、歪む視界。

 息が苦しい。声が出ない。


 部屋の床には、大きく描かれた魔法円。

 机には錬金術の本が散乱しているが、エリオットにそれは読めない。


(…………どういう…………なんで……ミラは、どこ? もしかして、錬金術で…………どこかへ行ったの?)



 ベッドに丸まって、何日も待った。

 それでも、ミラは現れない。


 ろくなものも食べず、たまにリンゴをかじり、それ以外はミラの香りのするベッドでミラを待つ。


 今日かも。明日戻ってくるかもしれない。

 ミラが、僕を置いてどこかへ行くなんて、絶対にない。

 何で急にいなくなったの? 置いていかないでよ。

 どこにいるの? 一人にしないでよ。

 なんで。どうして。

 


「……わからない…………わからないよ、ミラ……――」



 その時。


 はっ、と気づいた。



 ――わからないなら、わかるようになればいい。



 エリオットは、勢いよくベッドから起きる。

 本棚の端に隠しておいた、ひいおじいさんからの手紙を引っ張り出した。


「…………書いてある…………継承方法……」


 隣の仕事部屋へ駆け込んだ。

 本棚の本を一冊一冊睨み、記述されている本を探す。


(あの魔法円が読み解ければ……ミラの後を追える……読み解けなくても、同じ魔法円で、同じ場所へ行けるかもしれない……!)


 最上部にある一際古びた本の背表紙を見た瞬間――一気に鼓動が速まった。


(……まさか……こんな形で…………錬金術を継承することになるなんて)


 わずかに息が浅くなる。

 ゆっくり呼吸をしながら、分厚いその本を手に取った。

 ずしっとのしかかるその重みに、手が震える。


(僕が……継承すれば、ミラは使えなくなる……――)


 嬉しそうに錬金術を使うミラの笑顔が、目の前で弾ける。

 どくん、と胸が大きく鳴った。


 後ろめたいから? 愛おしいから? ……今すぐ会いたいから?


 わからない。

 もし、あの笑顔を奪うことになったら? それで嫌われたら?


 でもまたいつもみたいに目を丸くして「すごい」って、喜んでくれるかもしれない。


 何もわからない。いいのか、悪いのか。

 でも――


(――僕は、もう一度ミラに会うためなら、何だってする……!)


 エリオットは、本を開いた。


 後悔はしない。後悔するとしたらそれは、ミラに会えなかった時だけ。

 怒られたって、嫌われたって――……。


 手紙にあった通り、魔法円をなぞる。

 途端に、自分の周囲を、煙のようなものが渦巻いた。


「ミラ、ごめん…………でも僕は、絶対に、もう一度、君に出会ってみせる……!」

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