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27話 - 錬金術の継承

(…………あー)


 ダニーは、朝の森を重い足取りで歩いていた。


『好き』


 思わず口をついて出てしまった言葉を思い出すと、かあっと顔に熱を帯びる。

 目を真ん丸に見開いて見上げる、大好きなその顔が脳裏に浮かんだ瞬間――


 ごっ!!!


 と、木に頭をめり込ませたダニーであった。



(な、んで……言っちゃったかな、俺……!!!)


 言うつもりなかったのに……!!! とふるふる震える。


(アーヴィンの件で前向き始めたばっかのミラに、何言ってんの、俺……! ミラ、困るだけだから……! ぜっったい、今じゃなかった。まじで今じゃなかった。いや、そもそも言うつもりもなかったっていうか。いや、でも……――)


 わあわあと泣きじゃくるミラを見た瞬間、溢れてしまった。

 きょとんと見上げるミラも、眉を下げて涙を流すミラも、瞳を輝かせるミラも。

 

(――……あまりにも……かわいいから……)


 くっそぉ……、と呟くと、身体を起こす。


(ぜったい……目合った瞬間しょんって顔すんだろーな…………それはそれでかわいいけど)

 

 小さくため息をつき、前を向くと、再び歩き始める。

 ミラの家の庭が見えてきたところで、ダニーは足を止めた。


「あれ?」




「……???」


 ミラは、目の前に突如現れた見知らぬ男性に、戸惑っていた。

 大柄、茶色の短髪に、少しだけ生やした無精ひげが目を引く口元には、余裕そうな笑みが浮かぶ。


 すると、その男性が、ミラの手を取った。


「!?」

「可憐な少女だったのに、色っぽくなって……! おじさん嬉しい――」


 ――その瞬間。


 ミラを背後から抱き寄せるエリオットの前では、マオが男性の頭を背後から掴み、ミラから引き剥がす。

 男性の目の前には、2人の間に身体を滑り込ませたダニーの剣があてがわれていた。


「誰だ」


 3人の声が揃う。

 

 息を止め、動けずにいた男性。

 その口から、驚いたような声が漏れる。


「……いや、怖すぎなんだけど、ミラちゃんのボディーガード」


 無言で男性を睨んでいるエリオット、ダニー、マオ。

 すると男性は、ははっと笑った。


「っていうか、ミラちゃん大丈夫?」

「え?」


 3人の顔が、一斉にミラへ向く。

 そのミラはというと――耳まで真っ赤にした顔を両手で覆い、ひーん……! と声にならない声を上げていたのだった。



「…………」


 そのミラへ、じっと視線を向けるエリオット、ダニー、マオ。


(かわいい……)

(かわいい……)

(かわいい……)



 そして、無言でミラに見惚れている3人を、男性は代わる代わる見る。

 やだも……かっこよ……と息も絶え絶えのミラを見下ろした。


「いやほんと……魅力的に育って……」


 色々察した男性であった。




「ゲイルさん!」

「久しぶり、ミラちゃん」

「初めまして!」

「会話噛み合ってないから、ミラ……」


 思わず突っ込むダニー。

 えっ、と無意識にダニーへ顔を向けたミラの眉が、しょん、と下がる。

 あ、やっぱり、と苦笑いを浮かべる。


 すると、エリオットが再びミラに腕を回し、さっと手を森へと向けた。


「お帰りは、あちらです」

「お前も容赦ないな……」

「怖いなあ、イケメンの彼。一番怖いのは、後ろの黒い彼だけど」


 腕を組みながら、ずもももも……と背後で圧を放っているマオ。

 ははっと笑いながら、ゲイルはエリオットへ向き直った。


「で? 君が今の錬金術師?」

「え?」

「先代のひ孫の」

 

 はた、と固まるエリオット。

 ミラが、ぱちぱちと目を瞬く。


 次の瞬間、ばっ!!! とエリオットを見た。


「ええっ!?」


 そして、ばっ!!! とゲイルに向き直る。


「錬金術師はエリオットですけど、ゲイルさん! エリオットは先生とは関係がない――」

「――はい」


 エリオットの短い返答が、ミラの言葉を遮る。


 はたと動きを止めるミラ。

 その横でエリオットは、ゲイルを真っ直ぐ見た。


「そうです」




 風が吹くたび、森の草木がざわめく音が、ミラたちを包む。

 

 家の庭に立ち尽くすミラは――



 頭が真っ白になっていた。



 さっ、さっ


 と、ダニーがミラの目の前で手を上下させる。


「あ、だめだ。完全にどっか行った、ミラ」

「ミラはどうしたんだ」

「固まった」

「なぜだ」

「なぜって……」


 ダニーとマオの視線が、エリオットへ向く。

 エリオットは動かなくなってしまったミラを、くるっと自分の方へ向けた。

 さらっと頬を撫でる。


「ミラ」

「…………どう、いう…………え……? ごめん……意味が……」

「ミラ、ごめん。ちゃんと全部話そうと思ってたんだけど」

「ぜんぶって……なに……」

「その前に――」


 口元が笑っていない、冷ややかな目をゲイルへ向けるエリオット。


「――ゲイルさんは一体誰で、何しにここへ来て、何で幼い頃の絶対かわいい可憐なミラを知ってて何ミラに色っぽいとか言って勝手にミラの手を触ったのかを事細かに聞きたい」

「うん、何かごめんね。言おうとしてたこと先言っちゃってごめんって。謝るから。怖いから落ち着こう、ね?」


 若干引いたようにエリオットを見ると、ゲイルは一度息を吐いた。


「俺は、錬金術師」

「――!」

「えっ!?」


 目を見開くエリオット。

 ダニーと我に返ったミラが、同時に声を上げる。


「俺は、減っていく錬金術師がゼロにならないよう、各地の錬金術師の元を訪ねて回ってる。20年前くらいかな。ここに来た」

「20年前……今22でしょ……」


 ええっと……とミラが呟く。


「10年前ミラ21歳だったから……11歳くらいのとき?」

「かな? 覚えてないな……」


 ダニーとミラの会話に、ん? とゲイルは訝しげに眉を寄せる。


「え? 何で今ミラちゃん22歳?」

「あ、ええっと……」


 あわあわとミラは戸惑いながらも話をした。


 

 

「……異世界…………10年が1年……? え……?」


 ミラから異世界転生していた1年の話を聞いたゲイルは、しゃがみ込みながら頭を抱えていた。


「……ちょっと……おじさんに理解する時間くれる……?」

「錬金術師って、エリオットみたいにみんな天才なわけじゃねーんだな」

「ダニー君、さりげなくひどいね」

「わ、私もポンコツでしたので……」

「『も』って言わないでくれるかな?」

「で、その異世界から追って来たのが、魔王のマオです」

「ごめん、可愛い顔で畳みかけないでほしい。あと可愛いって言うたびに睨むのやめてエリオット君」


 そう言うと、よっとゲイルは立ち上がった。


「……まあ、大体わかった」

「ほんとか……?」

「錬金術に失敗して異世界へ転生したってことは、10年前の錬金術師はミラちゃんだったってことね」

「え……と、はい……」


 ミラは、歯切れの悪い返事をする。

 ダニーも首をかしげた。


「ゲイルさん。今の、とか、10年前の、とか、どういうことですか? 何でそんな交代交代みたいな?」

「交代交代なんだよ、錬金術師は」


「……え?」


 ミラとダニーが声を揃える。

 ゲイルは、苦い顔をしているエリオットへ視線を向けた。


「……君は、知ってたのかな?」

「…………」

「錬金術は『継承型』。継承すると、元の術者は使えなくなるからね」


 目をぱちぱちと瞬くミラ。

 もとのじゅつしゃはつかえなくなる……とその意味を飲み込むように、繰り返す。


 

 次の瞬間、ミラは大きく息を呑んだ。

 


「20年前ここへ来た時、先代の錬金術師……ベンさん、って言うんだけど。彼の孫に、子供が生まれたって話しててね」

「ミラが11歳の時……だよな?」

「そう。その生まれたひ孫にいずれ錬金術を継承したいって言っていた。それが……君のことかな? エリオット君」

「そうです」


 頷くエリオットの横で、ダニーが再び首をかしげる。


「え……どういうこと? じゃあ何でミラが錬金術師だったの?」

「間に合わなかったからだろう」

「!」

「かなりの高齢の錬金術師だったから、ベンさん。もう亡くなってる……ことは、ミラちゃんも知ってるよね?」


 ゲイルが、ミラを見た。

 皆の視線が、ミラに集まる。


「…………はい…………亡くなる前に、どうしても行きたい場所があるって……言って…………その前に、錬金術を教えてもらいました」

「なるほど。不器用なベンさんらしい」

「でも……それで、先生が錬金術を使えなくなったとか、そんな話は……全然……」


 ミラの声が震える。

 エリオットは、わずかに顔をゆがめた。


「ベンさんは、エリオット君に錬金術を継承したかった。でも間に合わなさそうだった。だから一旦ミラちゃんに継承した。で……ミラちゃんが、エリオット君へ継承した。そういうことかな?」

「……私が…………エリオットに、継承?」


 ミラは、ゆっくりエリオットへ顔を向けた。



『絶対に追いかけてやろうと思って、錬金術を覚え始めたんだ』



 以前告げられた言葉が、頭をよぎる。



「私が……錬金術を使えなくなったのは……エリオットが継承したから? エリオットが、錬金術を覚えたから?」

 

 静かにミラを見つめているエリオット。

 ミラの息が、途端に苦しくなる。

 言いたくないのに、言葉が口をついて出た。


「エリオットは……知ってたの?」



 エリオットは一度、目を伏せる。

 すっと開いた、水色の瞳が、真っ直ぐミラを向いた。



「知ってた」



 はっと息が止まる。

 ミラは、大きく目を見開いた。

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