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23話 - 守りたい

 最初の印象は、


 『なんかよくリンゴを転がしているお姉さん』


 だった。




「ああ! 待ってリンゴさん……!」


(……また転がしてる)


 青果店の雑用をしていたダニーは、店先の木箱の上に座り、リンゴを追いかけるお姉さんを眺めていた。

 その人は、最近街でよく見るようになった人だった。


(引っ越してきたとか? 鈍そう……)


 人生でリンゴ転がすことって何回ある? とダニーは呆れたように目を細める。


 追いついた――というところで、段差につまづいた。

 

「きゃー!」


 えー、とダニーは目を丸くする。

 カゴバッグの中身を派手にぶちまけた。



「……なにしてんの、お姉さん……」


 拾ったリンゴを、目の前に差し出す。

 わあ……! ときらきら輝く大きな瞳が、こちらに向いた。


「あ、ありがとう……!」

「…………」


(…………かわ……)


 ちょっとかわいかった。




「錬金術師?」

「そう! そうなんです!」


 ミラ、と名乗ったお姉さんは、錬金術師だと言った。

 すごい? すごい?? と瞳を輝かせながら身をよじっている。


「あっ、いらっしゃーい! 今日トマト安いよ!」

「聞いてない!」


 わあっ……! と大げさに顔を覆うミラへ、冷めた目を向ける。


「怪しい」

「怪しくありません……」

「金作るんでしょ? やばいってそれ」

「違います……」


 もう……先生がちっとも街でお仕事しないから……とぶつぶつ呟きながらしゃがむミラ。

 いじいじと指で地面をいじる。


「……錬金術は、『再構築』」

「え?」


 無造作に地面をいじっている……かと思いきや、そこに、丸が描かれていた。

 その中に、星、さらには読めない文字を書き足していく。


 滑らかに動く細くて白い指に、目が惹きつけられた。


「0から1は生み出せないけど、新しく何かを再構築することはできる」


 ミラは嬉しそうに話しながら、円の中央にリンゴと木の欠片を置いた。


「万能じゃないけど、あるものを使いながら、新しい何かを生み出すって、なんか前向きで良くない? 私、錬金術好き! 私はこれで――」


 手を掲げるミラ。

 すると、リンゴを包み込むように煙のようなものが渦巻いた。

 ダニーは思わず目を見開く。

 

「――自立して、みんなの役に立つ錬金術師になりたいの!」

「――!」


 その――弾けるような笑みに、一瞬息を呑んだ。


 ふわっと煙が晴れる。

 リンゴのあった場所には、ちょんと木のカップが置かれていた。


「…………」

「…………」

「…………なにこれ?」

「……リンゴジュースです……」


 ささ、どうぞ……、とカップを控えめに差し出すミラ。

 虚を突かれ固まっていたダニーは、こらえ切れずに吹き出した。


「なんかすげーけど役に立たねー!!!」

「えー! ひどいダニー!」


 ま、まだ覚えたてだもん! と頬を膨らませるミラに、腹を抱えて笑った。


 ――ダニーの中で、『リンゴを転がしているお姉さん』から『面白いお姉さん』になった。




 なったばかりだというミラの錬金術師生活は、あまり順風満帆そうではなかった。


「――いや、いいよ。何? 錬金術って」

「その壊れたキセルも直せます!」

「だからいいって。新しいの買うから」


(……またやってる……)


 ミラが何とか役に立とうと街の人へ片っ端から話しかける様子を、ダニーは今日も店先で眺めていた。


 男性が、立ち去ろうと、ミラを突き飛ばすように軽く押しのけた。


「はいはい。どいてどいて」

「わっ――」

「――あー、はいはい。危ないっておじさん」


 ぱっとミラを背後から支える。

 えっ、と固まるミラ。


 ダニーはにっこりと笑みを浮かべながら、男性の前にリンゴを掲げた。


「すっごい美味いリンゴジュースは? 今ならタダにしとくけど。かわいいお姉さん突き飛ばした代も込み込みで」

「…………っ……わかったよ……!」




 直ったキセルを手に、男性は嬉しそうにミラへお金を手渡した。


「リンゴジュースうまかった。また頼むわ」

「……は、はい……」


 機嫌よく立ち去っていく男性の姿を、ぽかんと口を開いたまま見送るミラ。

 その横顔をダニーは、隣でじっと見つめていた。


 姿が見えなくなった瞬間――ミラがくるっと振り返る。

 どきっ! となぜか胸が大きく跳ねた。

 

 ミラは、ぱしっ! とダニーの手を取った。


「――!?!?」

「ありがとう、ダニー……! ダニーすごい! 騎士みたいだった!」


 見上げるミラの表情が、きらきらきら、と輝く。


(…………騎士?)


 ――ミラが、『なんか放っておけないお姉さん』になった。


 と同時に、この時初めて、「騎士」に興味が湧いた。




 そして、ミラのこういった危なっかしいトラブルは日常茶飯事で。

 

「す、すみません、倒しちゃった……」

「何であんた商品に突っ込むの!?」

「あーはいはい。すぐ直すから」


 だとか、


「きゃー! 落ち……」

「あーはいはい。階段足元見ようね」


 だとか。


 その度に、ミラは無垢な笑みを弾けさせて、


「ありがと、ダニー!」


 と、見上げた。


(…………かわい……)


 ――『気になるお姉さん』になるのに、時間はかからなかった。




「ダニーは、いいこだねぇ……!」


 ある日。

 お姉さん嬉しい……と遠い目をするミラを、すんと細い目で見るダニー。


「……え? 何? ダニー」

「いいこって、何。やめてよ」

「ご、ごめん」


 そう謝りながらも、怒ってる……かわいい……と慈愛に満ちた瞳を向けてくる。


(まっっったく異性として見られてねぇ……!!)

 

 5歳差……! と頭を抱えるダニー。

 なにかな? とミラは目を瞬く。


「騎士になったら覚えてろよ……!!」

「何を?」

「なんでもない……!!」


 騎士の話をすると、ミラはなぜか嬉しそうだった。


「騎士って、どうやってなるの?」

「ああ、それはもちろん選抜試験みたいのがあるんだけど」


 ダニーは大きくため息をつくと、店の壁にもたれかかった。


「……当面は無理かな」

「えっ、何で? 年齢?」

「剣がさ」

「剣?」


 ダニーは剣を振り下ろす素振りをすると、真顔を向ける。


「すっげー高い」

「……すっげーたかい」


 ピシ、と固まるミラ。


「入隊するには、剣は必須。だから、当面は小遣い稼ぎ」

「剣持ってる人とかいないのかな? 昔騎士だったおじさんとか」

「ああ、そういう意味なら、うちにあるんだけど。ひいじいさん辺りが使ってたやつ?」

「えっ! それいい――」

「母さんが、よく肉叩くのに使ってる」

「…………にくたたくのにつかってる……?」


 どんな剣……? とミラは遠くを見つめる。

 ははっ! とダニーは笑い飛ばした。


剣先(ポイント)も折れてて剣身(ブレード)もすげー欠けてる。まあ肉叩くくらいしか使い道が――」


 そこまで言いかけて、ふとミラが口に手を当ててぶつぶつと何かを呟いていることに気づく。


「……鋼……鋼だよね……? 柄は木……問題は強度……? 剣から剣への再構築なら……」

「ど、どうしたの、ミラさん――」

「ダニー!!」


 突然顔を上げたミラが、ぱし! とダニーの手を両手で掴んだ。

 はっと息を呑む。


「直してみよう!」

「えっ!?」

「剣から剣への錬成なら、私にもできるかもしれない! ほんとはあんまり得意じゃない錬金術なんだけど……やってみる!」

「えっ、ちょっ……」

「ダニー、騎士になりたいんでしょ? やってみよう? ね? 私、頑張ってみるから! 明日、その剣持ってきて!」


 私、構築式組み立ててくるねー! と手を振りながら駆けだすミラ。

 呆気に取られていたダニーは、はっと我に返ると目を見開いた。


「ちょっ…………待って、ミラさん! あー前向いて――」


 言い終わる前に、きゃー! とミラはベンチに足を引っかけてつまづく。

 あーもー! と言いながら、慌てて駆け寄った。


(何で、人に対してこんな一生懸命なんだ……!)


 何してんのミラさん……! と呆れたように笑いながら、ダニーはミラの手を取る。


(何で……こんな、目が離せないんだろ)


 真ん丸に見開かれた瞳を見つめながら、ぐいっとその手を引いた。




 翌日。

 まるで目も当てられないようなぼろぼろの剣を片手に、街を足早に歩くダニー。


(……なんか抜けてて……気になるだけ……)


 別に会う時間とか決めてないのに、進む足は速まる。


(危なっかしいし……5歳も年上なのに、頼りなくて……――)


『私、頑張ってみるから!』


 弾けるような笑みが頭から離れず、鼓動が速くなる。


(――あの、人に対して一生懸命なとこが、……なんか、かわいいだけ……――)


 視界の先には、街の若い男たち。

 途端に胸がざわつく。


 その中央に、ミラはいた。


 声は聞こえないが、あわあわと戸惑いながらも、多分錬金術で何かできないかと、話を振ってんじゃないかと思う。


(ナンパしてきた相手に、するかよ普通……!)


 ばかなの?

 いや、違うか。


(一生懸命なんだよなー……誰に対しても)



 ――それが、俺だけに向けばいいなんて――


 

 早歩きだったのが、気づけば走り出していた。

 ミラの手を掴んでいた男を、思いきり蹴り飛ばす。


 はっ、とミラが息を呑むのがわかる。

 そのミラの前に立った。


「触んな……!!!」



 怯えたように走り去る男たちを横目で見送った後、勢いよく振り返ると、がしっ! とミラの肩を掴んだ。


「なにしてんだよ!?」

「ええっ!? 話しかけられただけ――」

「無防備なんだから……! 気をつけろって……――」


 きょと、と丸い瞳で見上げていたミラの。

 口が。わずかにへの字に曲がった。

 眉が下がる。


 躊躇っていた手が、きゅ、と服を掴んだ。


「ありがとう、ダニー……!」


 その手は、小さく震えていた。


 

(……ばかだなぁ)


 ばか愛しいじゃん、そんなの。



 するとミラは、手に持っていた紙をさっと広げた。

 目を丸くしているダニーに笑みを向けると、握りしめていた剣を手に取る。

 触れる指に、胸が跳ねた。


「……私ね」


 剣を、丁寧に紙に描かれた円の中央へ置くと、真上に手をかざすミラ。

 口元に笑みを浮かべ、軽く目を伏せるミラから、目が離せない。


「錬金術を覚えたばかりで街に来て、どうしていいかわからなくて……そのとき、ダニーが声をかけてくれて、本当に嬉しかったの」


 ふわぁ……と剣が残像に包まれる。

 大きい円だからだろうか。わずかに風が舞い、ミラの髪とスカートがなびく。

 その光景を見つめながら、どきどきどき……とダニーの鼓動が速まった。


「本当に、騎士みたいだった! 優しくて親切で真っ直ぐで街の人にも好かれて、ダニーが騎士じゃなかったら、誰が騎士なんだろうって! だから、ポンコツで錬金術も得意じゃない私だけど、私もダニーのために何かしたいって、思ったの」


 ふっと残像が消えると――まるで新品かのように煌く剣が、姿を現した。

 ミラは重そうにその剣を手に取ると、ダニーの前に掲げる。


「私、ダニーには騎士になって欲しい!」


(…………そんなの……)


 剣を受け取るふりをして、ミラを引き寄せた。


(好きになるに、決まってんじゃんか……!!)



 すると。

 腕の中でミラが戸惑うように身をよじり出す。


「あ、あの……ダニー、あの、その」

「……何? ミラさん」

「剣、ど、どう? できてる?」


 あまりにも不安そうな声に笑い声を上げながら、ダニーはミラを見つめる。


「できてるよ……! ほんとすげーよ、ミラさん! ……憧れるわ」

「…………」

「……ミラさん?」

「………………すごい? できてる?」


 にこ、と微笑むダニー。


「できてる……――――!!!」


 ぱああああ……! と途端に輝く表情に、ダニーは思わず吹き出した。


「嬉しい……!!」


 やったぁ!!! と、興奮のあまりぎゅー!! と抱きついてくるミラに、ダニーは息を止める。


(敵わねぇなぁ)


 困ったように眉を下げると、強く抱き締め返した。


「俺、騎士になるよ……! ミラさんを守れるくらい強くなるから。騎士になって、絶対ミラさんを守るから……――」




 強く、1年前よりも大きな腕に抱き締められ、ミラの胸が苦しくなる。

 ダニーの速い鼓動が伝わる。

 たまたま指に剣が触れ、どきっと胸が跳ねた。


「真っ直ぐ見上げるとこも、弾けたような笑いかたも、何に対しても一生懸命なとこも、かわいいとこも。多分、全部。10年ぶりに会ったら全然変わってなくて……いつからとかもう、わかんないわ。放っておけなくて、目が離せなくて…………守りたい」


 ミラの大きく丸い瞳に、涙が滲む。


「そういう風に見られてないって、わかってる。でも……エリオットばっかり気にしちゃうとことか、ミラらしいなって思ったら…………ごめん。何か……すげー好きだなって」


 ぽろ……と、ミラの瞳から涙がこぼれた。


 ダニーは小さく微笑むと、きゅ、と再び抱き締めた。


「好きだ。ミラ。ずっと……好きなんだ」



(……なんて…………真っ直ぐなの…………言葉の1個1個が……ダニーらしくて…………なのに…………――!)



 目にいっぱいの涙を溜めながら見上げると、優しい笑みと視線が重なる。

 頬を伝う涙に、ダニーは唇で触れた。


「ずるくてごめん。好き」



(なんで…………答えられないの……――!!)



 その時。



 頭に。

 ちょっと意地悪で、甘くて艶を帯びた、あの笑みが浮かんでしまったから。

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