22話 - 騎士の告白
年上なのに、どこか抜けていて、頼りない。
無防備に見上げ、ふわっと笑う、その笑みが危なっかしい。
『ありがとう、ダニー……!』
わずかに震えながら、きゅ、と服を掴むその華奢な手に、ああ守りたいな、と自然に思った。
「――……の。 あの、守備隊員さん?」
「――!」
はっと我に返るダニー。
目の前では、お年寄りの女性が不思議そうにダニーを見上げていた。
「あっ! すみません! どうしました?」
「ですから、お財布をね……どこかで失くしたみたいでねぇ」
「ああ、それでしたら、一度本部で届け出ておきましょうか。今日行った場所とか、財布の特徴、わかります?」
「ありがとうねぇ。ごめんなさいね、お手を煩わせてしまって」
「いーえ!」
笑みを浮かべると、ダニーは女性を誘導するように前方へ手を向ける。
孫のプレゼントを買いにねぇ、とのんびり話す女性に相槌を打ちながら、陽が少しだけ傾き始めた街を歩き始めた。
談笑しながらゆっくり守備隊本部へ向かう途中だった。
見慣れた姿が視界の端に留まり、どきっと胸が跳ねる。
ミラが物をいっぱいに詰めたカバンを手に、 森へと駆けて行くところだった。
(ミラ)
昼間、街中で堂々エリオットに抱きつかれ、真っ赤になっていたミラが頭に浮かんだ。
(エリオットと、もしかしてもう……)
わずかに表情を曇らせる。
一方は一緒に住んで仕事も共にして、一方では朝しか会えない。
勝ち目はないだろうということは――ミラが10年ぶりに姿を見せた、あの瞬間から、薄々感じていたことだった。
それでも。
(……見つけちゃうし、目で追っちゃうんだよなぁ……――!)
重そう……何で走ってんだろ、かわい、と無意識に表情を緩める。
「――隊員さん? 聞いてます? でね、孫がね」
「また孫……! どんだけ孫好きなの、おばあちゃん」
「かわいいんだから。どれだけでも好きなのよ」
はたと目を丸くするダニー。
ははっ! と思わず笑った。
「なるほど……!」
再び前を向いた、その時。
ミラが女性と会話する姿が、一瞬視界に映った。
あれ? とダニーは小さく呟く。
『突然現れたらしいわよ。不釣り合いよねぇ』
昼間、噂話に花を咲かせていた女性が脳裏をよぎる。
(似てるような気も……気のせい?)
わずかに気に留めながらも、ダニーは守備隊本部へ向かっていった。
(長引いた……!)
おばあちゃん、すっげー話長い……! と笑いながら、ダニーは来た道を戻っていた。
さすがにもういないよな、と森の入り口に目を向け、その違和感に、足を止めた。
道から外れた斜面に、何かが落ちていたのだ。
毎日のように森にあるミラの家へ向かっているダニーは、首をかしげる。
(斜面に……物なんて落ちてたっけ?)
何気なく近づくと、斜面を覗き込んだ。
「――!」
一瞬、息が止まる。
どくん、と大きく脈打った。
そこには、レースのリボンが括られた、見覚えのあるカゴバッグが捨てられたように落ちていた。
野菜などがわずかに散乱している。
徐々に込み上げてくる、ざわりと胸を圧迫する息苦しさ。
(これ…………ミラの、買い物バッグ?)
このバッグを手に、街を歩くミラの姿が頭をよぎる。
先ほど見かけた時は、手に持っていたはず。
嫌な汗がにじむ手で、無意識に剣の柄を強く握る。
弾かれたように、ダニーは斜面を駆け降りていった。
ばん!!!
「――!?」
勢いよく扉を開く。
そのエリオットの視線の先で、驚いたのか、マオが目を丸くして固まっていた。
頭に鳥を乗せ、手にリスを乗せている、そのあまりにも気の抜ける光景に、エリオットは崩れ落ちた。
「……なにしてんの、おまえ……!!」
「? いや、何も」
「腹立つな……!」
「なぜだ」
ピ、と鳥が暢気に鳴く。
イライラしながらも身体を起こすと、眩暈でふらついた。
よろけた身体を、扉の縁に預け、頭を抱える。
「……? どうした」
「…………」
「毒でも受けたのか――」
「異世界基準なの、やめてくれる?」
「そうか」
ほんと合わない……! とエリオットは顔を歪めると、マオへ目を向けた。
「ミラは?」
ミラ、の言葉に反応したのか、マオがすっとエリオットを見た。
静かに見合う。
するとマオが小さく息を漏らし、視線を逸らす。
ぼそっと呟いた。
「……おまえもか」
「え?」
「わからない。ここにはいない」
(…………いない?)
エリオットは言葉に詰まった。
呼吸がうまくできない。息が苦しい。
「…………なんで」
何とか絞り出した言葉は、消え入りそうだった。
――ミラは、家のどこにもいなかった。
残る可能性があるとすれば、マオの家。
いてほしくないけど、いたらいたで幾分かは安心する。
(……そう思って……――)
ぐらあ、と大きく眩暈がして、エリオットは再び身体を壁に預けた。
ミラ……、と無意識に声を漏らすと、その身体が小さく震えだす。
もう外は暗い。
どこかへ出かけてるだけ。そう思おうにも、身体が、頭が言うことを効かない。
――まるで…………突然姿を消した、10年前みたいな――
「心配はいらない。と思う」
じ、とエリオットへ視線を向けていたマオが、さらっとそう口にした。
一瞬意味が解らなかった。
遅れて、エリオットはゆっくり顔を向ける。
「……どういう」
するとマオが、見慣れたカゴバッグを机へ置いた。
はっ、と息を呑む。
「エリオットへ渡してくれと言われた。これをここへ置いて、探しに行った」
誰が、と言わなくても、察しがついた。
この時間は仕事中だろう。
それでも、迷わずミラを優先させるであろう、自分とは正反対で真っ直ぐな――
「ダニーが」
(…………ダニー)
ダニーを見上げる、真っ赤な顔が、頭をよぎった。
その少し前。
森の奥深く。
「きゃ――!!!」
薄暗い中、大きな叫び声が響き渡る。
ざざざ!
どしゃっ!
渦中のミラは――
「…………うう……いたい……」
――斜面を滑り落ちていた。
ミラは、涙目になりながら丸くなった。
「い……ったぁ……! 1年前、こんな斜面あった……? あ、10年前か」
ばっとスカートを膝までまくる。
じんわりと滲む血。
すん、と目を細める。
(血なんて、向こうで見慣れましたから)
ふと、膝に手を当て、目を伏せてみる。
ぽわ……と全身が光った。
が、案の定、傷は癒えない。
しょぼん、とわずかに気落ちしながら、小さく笑う。
(やっぱりだめか。何度もやってみてるもんね。……はっ!? でも光ってたらエリオット見つけてくれるかも!?)
これいいんじゃない!? と瞳を輝かせた。
『素材を探しに森へ行った』
『石』
という女性の発言を頼りに、森の道を通り、真っ直ぐこの川を目指して歩いて来たミラ。
途中出会えるかも、という目論見は外れ、川までたどり着いてしまった。
(……石か……石……? 何を錬成するつもりだったのか、聞けばよかったな)
手元に転がる何でもない石を手に取り掲げると、これかな? と呟く。
(石を探す場所なんて……この辺りしかない気が……? 他に鉱石とか採れる場所とかがあったとか? そんなの、今まで聞いた事ないけど。それとも、まだこの辺で探してるのかな? 大丈夫かな…………というか)
ミラは、じと……と川を睨み見た。
暗くてよくは見えないが、川幅は広そうで水の流れる音も思いのほか大きい。
記憶の中の森の川は、さらさらと穏やかな、水量の少ない川だったはず。
(なんで……こんなに水量増えてるの……?)
10年って怖い……と呟くミラ。
すると、はっ!? と再び目を見開く。
(これって……――)
ミラの頭に、不穏な想像がよぎった。
石探すエリオット→眠くてふらつく→ざばーん!→流される
ミラはわなわな震えた。
(大変!!!!)
がばっ! と勢いよく立ち上がる。
その瞬間――足に猛烈な痛みが走った。
「いたっ!!」
身体を支えきれず、再び倒れる。
すると今度は、手首に痛みが走った。
顔を歪めると、うっ……と小さな呻き声が口から漏れる。
「いった……! ……うそ、さっき落ちたとき痛めちゃった!?」
さ――……、と血の気が引いた。
ずきずきずき……と至るところが痛む身体。
言いようのない無力感に、じわ……と涙が滲む。
(エリオットを……探さないといけないのに……! エリオット……どこにいるの……?)
泥で汚れた、エリオットが用意してくれたかわいい服に視線を落とす。
朝、嬉しそうに自分の髪を結っていたエリオットが頭に浮かぶ。
すっかり崩れてしまったその髪に手を触れると、ぽた、と涙が落ちた。
(エリオットに……早く元気になってもらいたいのに……私、何でこんなエリオットの足を引っ張ってばっかりなの……!? 怪我なんて……治せもしないのに、してる場合じゃあ……!)
足首に手を当て、何度もぽわぽわ光るミラ。
治ってよ……! と祈るように固く目を伏せた、その時――
「――ミラ!!!」
大きく名前を呼ぶ聞き慣れた声に、ミラは目を見開いた。
胸に、一気に安堵感が込み上げる。
年下だったときも、再会してからもいつも心配してくれる、優しくて力強い騎士。
きゅうっと口をへの字に曲げると、顔を上げた。
「……ダニー……!」
「ミラ!」
焦燥感の滲んでいたダニーの表情が、一気に緩む。
その安心したような表情に、ミラの瞳に、涙が溢れた。
「ダニー……」
「ははっ! いた! よかった、光ってて!」
すぐわかったわ! と声を弾ませながら、斜面を颯爽と駆け下りてくる。
「ダニー……なんで」
「どうしたのミラ? 怪我でもした?」
「怪我した……」
「まじで!? どこ!?」
「足首と手首……ううっ」
慌てて駆け寄るダニー。
一気に溢れ出した涙は、止まらない。
「エリオットが……!! エリオットがね、素材探しに森に……! でも、全然見つからなくて……!」
ダニーはミラの目の前でしゃがみ込むと、じっとミラを見つめる。
「エリオット、寝不足で倒れたんだよ……! 私のせいなの……! 私のせいで倒れたのに、もう仕事して、何でエリオット、そんな無茶するかわかんない! 私、ちっともエリオットのためになってなくて……でも心配で…………エリオット、どこにいるの……?」
ずっと溜め込んでいた想いが、堰を切ったように溢れ出す。
エリオット、エリオット、と何度も名前を呼ぶミラに、困ったような表情を浮かべるダニー。
小さく息を吐くと、ミラを軽く抱き寄せた。
目を丸くするミラ。
よしよし、と頭を撫でられると、再び溢れた涙を拭うように、ミラはダニーの肩に顔を埋めた。
「うっうっ……エリオット……」
「……あ――……なるほど? なんとなく、わかったかも」
「そうなの……私、ちっともエリオットの役に――」
「いや、それじゃなくて」
はた、とミラの動きが止まる。
「?」
不思議そうに上げた顔が、よっぽど酷かったのか、吹き出すダニー。
再び困ったように笑うと、ぽんぽん、とミラの頭に触れた。
「エリオット、家で寝てるよ」
「…………」
ぱちぱち、とミラは目を瞬く。
「……え?」
「家にいるって。大丈夫」
「いえにいる……」
「家にいるし、別に働いてもないし」
ははっ! とダニーは笑った。
「騙されたんじゃね? ミラ」
だまされた……、と呟くミラを、ダニーはじっと見つめる。
「ミラ迷わそうした感じ? エリオットファンって、ちょっと、何つーか、過激? 性格悪い? 女性が多いっつーか。昔から」
「むかしから……」
「エリオット、そういうのほんと気にしないんだけど、ちょっとは気にしろよなーまじで……! ミラこんな目に合わせて」
きょとんとしたミラの頬を、むにっと摘まむ。
「気づくの遅れて、ごめん。まあ、大丈夫だから」
「だいじょうぶ……――!!」
ミラの表情が晴れると、瞳が輝く。
途端に、わあっ……! と、再び目から涙が溢れ出た。
「よ、よかった……流されてない? エリオット……!」
あはは……! と大きく笑い声を上げるダニー。
「どういう想像!?」
「川に……流されてるかと……」
「逆に見たいわ、それ……!」
「や、やだ!」
笑みを浮かべながら、優しく涙を拭う。
「やなの? エリオットいなくなんの」
「やだ……!」
「心配で? エリオットのためになりたいの?」
「そうなの……! なのに、ちっとも私……――」
「ふーん?」
――その時の。
そう言って眉を下げながら笑みを向けるダニーの、甘くてどこか悲しげな表情に、不意に目が離せなくなった。
きゅっと胸が苦しくなる。
じっと逸らさないその視線に、どきどきとなぜだか鼓動が速まった。
(……なんで)
涙を拭っていた手が、頬に触れた。
「ミラらしいな」
そう言うと。
浮かんでいた笑みがすっと引き、真剣みを帯びた瞳が真っ直ぐ向く。
ミラの鼓動が大きく打つ。
(……なんで……そんな顔……――)
ダニーは優しく腕を引いた。
ぽすっとダニーの腕に収まるミラ。
わわっ、と小さく声が漏れる。
「ダニー――」
「好き」
森の静かなざわめきの中、芯のある声が真っ直ぐ届く。
ミラは、息を止めた。
「……ごめん」
ぎゅっ、と、腕に力がこもる。
「俺、ミラが好きだわ」




