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21話 - 僕だけ見て

 ミラは歩きながら、もじもじと身をよじっていた。

 繋いだ手から伝わる熱が、何ともむず痒い。

 ちらっちらっ、と何度も隣へ視線を向ける。


「何?」


 ふ、と笑いながら、指を絡ませた手にきゅっと力を込めるエリオットに、無言で真っ赤になるミラであった。



 久しぶりにミラとエリオットは、手を繋いでのんびりと昼間の街を歩いていた。


 ……が。


(おかしいな……パンツ買いに来た時とか……その後買い物来たときも、こんなに心臓ばっくばくしてたかな!?)


 ミラの内心は忙しかった。



 そんなミラの内心を知ってか知らずか、エリオットが、さらっと髪に触れた。

 どきっ! と大きく胸が跳ねる。


「今日の髪型、かわいい」

「……エリオットが、結んだんじゃん」


 所々編み込まれ、下の方で器用に2つのお団子にされた髪型を鏡で見た瞬間、かわいい……としばし見とれたことを思い出す。


「何か僕好みの格好してたから。僕好みの服しかないけど」

「一緒にお出掛けするって言うから……かわいい奥さん風……を目指して……」

「…………」


 頭を抱えるエリオット。


「……ほんとミラ…………突然理性削りにくるよね……!」

「削りにいってません」

「目眩したんだけど、今……!」

「何で!?」


 もーエリオット! とミラは頬を膨らませた。



 昼間のトゥルヴォーの街は大層賑わいに溢れ、ミラは恥じらいながらもそわそわと視線を泳がせていた。

 しかし、その度にエリオットが頬やら指やらに触れ、意識が引き戻される。

 何だかいつもよりも静かなエリオットに、ミラはいたたまれなくなって思わず聞いた。


「……何でエリオット、一緒に街行きたいって言ったの? わ、私のことしか見てなくない?」


 うん、と当然といった返事が来ると、帽子にキスが落とされる。


「デートしたかったから」

「…………」


 聞くんじゃなかった……、とミラはまた真っ赤になったのだった。



 とある雑貨店から出て、再び街を歩き出すミラたち。

 少しだけ状況に慣れてくると、ミラはるんるんと足を弾ませる。

 そんなミラへ、エリオットは楽しそうな目を向けていた。


 その時。

 見慣れた制服がミラの目に入り、表情をぱっと明るくする。


「あっ、守備隊! ダニーいるかな――」



 ぱっ。



 その視界が、急に塞がれた。



(――え)


 そのまま、ぐいっと背後へ引き寄せられる。


(なな……な、なななな――!?!? こ、これエリオット!?)


 語彙力を消失して頭が真っ白になったミラの首に、エリオットはそのまま背後から、するっと腕を絡めた。


「……――!?!?」


 突然の出来事に、内心パニックになるミラ。


「エ、エリ、あの、えとえと、あの――」

「ミラ」


 ぎゅうっと腕の力が強まる。

 

「……そっち……見ないで」

「ど、どっち!? 突然どうしました!?」

「お願いミラ…………僕…………――」


 エリオットの憂いを帯びた艶かしい声に、ミラの身体が一気に熱くなる。

 だめだめ、だめですエリオット……!!! と、声にならない声を漏らす。


「こんなところで、いいいけません……――!」


 顔を真っ赤にしてぎゅっと固く目を伏せるミラ。その時――

 

 ずし、とミラに体重がかかる。


 え、とミラは固まった。


「え…………重……」


 どんどんミラの肩へと沈んでいくエリオット。


「エリオット、重い重い……! 重…………エリオット!? 大丈夫!? エリオッ――」

「眠……」

「エリオット!?」


 ミラにぎゅー! とくっついたまま、すや……と目を伏せて身体を預けるエリオットに、こ、ここで寝ないでエリオット!!! もしかしてお熱ですか!? と戸惑いながら叫ぶミラであった。



 その様子を、ダニーが少し離れた建物にもたれ、暗い表情で見つめていた。


(……ほんと…………ずりーな)


 おーいダニー行くぞー、と同僚の声で身体を起こすと、名残惜しそうに視線を外した。

 たっと駆け出す。

 

 その時。


「……あれ? 噂の錬金術師さんの奥さん……」

「一方的に押しかけてるって聞いたけど」

「突然現れたらしいわよ。不釣り合いよねぇ」

「よく思ってない子は多いみたい」


 すれ違いざまに聞こえた噂話に、ダニーは首をかしげる。


(一方的に?)


 なんだそれ、とダニーは思わず吹き出す。


(噂って、当てになんねーな……!)


 エリオットの本性、声を大にして言いてーわ……! と笑いながら、ダニーはその場を後にしたのだった。




 一方のミラは、エリオットを背負ったまま半ば引きずるように何とか家へと戻っていた。

 寝室へ連れていった途端、エリオットはミラをぎゅっと抱き締めたまま、ベッドへ倒れ込む。


 きゃ――きゃ――!! と内心大パニックのミラ。

 何とか引き剥がそうとするも、離れない。


 仕方なくなすがまま抱き枕になっていると、背後からすやすやと規則的な寝息が聞こえてきた。


(……寝た?)


 腰に回されている腕を振りほどこうと身をよじると、簡単に動く。

 するっと抜け出した。


(寝不足……? エリオットが? 何か珍しい……隙がなさそうに見えるけど)


 眠るエリオットの髪を、さらっと撫でた。

 キレイ……と呟きながら、思考を巡らせる。


(……私がご飯を作るようになって……やっぱりあんまり美味しくないとか、栄養が足りてないとか? ていうか、そもそも私分まで働いてくれてるんだから、その無理がたたったんじゃ……)


 どうしよう……と眉を下げる。


 ふとエリオットの顔に目が留まる。

 しばらく、そのままぽやっと見惚れていた。


(寝顔かわいい……)


 無意識に目を細めると、はっと我に返る。


(み、見とれてる場合じゃない! しょげてる場合でもない!)


 そう言いつつも、またエリオットの寝顔に目が惹きつけられた。


(……エリオットも、倒れるんだ…………何か人間味)


 くすっと笑みが漏れる。

 はっ!? と再び我に返った。


(何してるの私!! しっかりしなきゃ! 倒れるまでエリオットに無理させてるのは私なんだから! 私が何とかしないと!)


 今のうちに買い物! と内心息巻くと、ぱっと立ち上がる。

 そっと部屋を出たとき、ふとソファに目を留めた。




 寝不足で倒れるなんて、いつぶりだろう。

 ミラがいなくなったとき以来だろうか?


 ミラにもうすぐ会える、という高揚感から眠れなくなり、ミラが戻ってきてからはそのあまりの無防備さと焦燥感で、やっぱり眠れなかった。


 特に、昨日は。



 恋愛が苦手なミラに、「恋愛らしき感情」が芽生えていたことに、少なからず衝撃を受けた。

 でも、それならいっそ、認めて、受け入れて、恋愛に前向きになってくれたら。

 そう思った。

 そうすれば、この押さえきれない位の想いに逃げずに向き合ってくれるんじゃないか、と。


 それが、まさか――


(……僕以外の人に向くかもしれないなんて…………考えもしなかった)



「……ミラ……――」


 そう呟いて目を覚ます。


 腕の中にミラの姿がなく、落胆する。

 その代わり、腕の中にハートのクッション(※恐らくミラが差し込んだもの)が収まっていて、はたと固まる。


(…………何それ…………尊……!!)


 エリオットは悶えると、ふるふる震えた。


 朝からずきずきと痛んでいた頭は、少しすっきりとしていた。


(……寝てた?)


 ミラと出掛けていたはず、とそこで、ミラが守備隊に目を向けた瞬間、大きく目眩を感じたことを思い出した。

 あれは、寝不足だったからだろうか。


 ベッドから起き上がる。


 空は陽が落ちかけて薄暗かった。

 なのに、部屋は暗いままだった。

 やけに静かな室内には、森の静かなざわめきと遠くからの鳥の鳴き声のみが響く。


 ――この、「起きても誰もいない」空気を、知っていた。


「ミラ?」


 いつもなら、キッチンでフリフリとかわいらしいエプロンを揺らし、食材と睨みあっている時間だ。

 なのに、どこにもその姿がない。


 エリオットは、息を止めた。

 途端に、息苦しくなる。

 身体が絡め取られたように動かなくなった。


「………………ミラ……?」




 ――その数時間前。


 ミラは肉と睨み合っていた。


(元気を出すには肉……アーヴィン、すごいお肉好きだったな。って今アーヴィンとかどうでもいいから。高くて美味しいお肉……どれ――)


 そこまで考えて、はたと握りしめている財布に視線を落とした。


(……エリオットのお金なんだけどな)


 ちっとも自立できてないから、ちっとも返せない……と悲しくなり、しょぼんと眉を下げる。

 すぐ、ふるふると首を振った。


(そんなのは後! まずはエリオットに元気になってもらわないと――)


「やあ、かわいい奥さん! どの肉にする!?」

「おすすめください!!!」


 きゃ! と、ミラはいい返事をした。




(お肉と、お野菜と…………これ足りる? 10年で、エリオットの好み、変わってるかな? 今日聞いてみよっと!)


 買い物を終えたミラは、ずっしりと重い買い物用のカゴバッグを手に、家路を急いでいた。


 街を後にし、森の入り口で人とすれ違う。

 ミラはエリオットのことで頭がいっぱいで、気にも留めない。



「あの」



 そう声をかけられ、ミラは驚いた。



「は、はい!? ――!」


(――たゆん)


 振り返ると、涼しい顔をした女性が立っていた。

 エリオットを頼ってよく来る客であることに、すぐ気がつく。

 

「貴方、錬金術師さんのところにいる方……ですよね?」


 その、なんとも言えない不自然な言い回しに、ミラは思考がついていかない。

 遅れて、はっ!? と目を丸くする。


「はい! そ、そうですが!?」

「錬金術師さんが、錬金術の素材を取りに行くと森に入ったっきり……戻って来ませんの」

「もう仕事してるの!?」


 ミラの大声に、その女性がわずかにびくっと身体を震わせた。


「何で……? エリオット、あんな辛そうだったのに……! 何でそんなに無茶するの……?」

「…………あ、あの」


 はっ!? とミラは顔を上げた。


「はい!?」

「貴方が……森まで、様子を見に行っていただけませんか?」


 女性はそう言って、心配そうな顔をミラへ向けた。


(様子を……? ……素材……?)


 聞いた瞬間、いまいちピンと来ず、ぽかん……と口を開いていたミラ。


(わざわざエリオットが……? そんなこと初めてだな。でもエリオットなら、普通に戻ってくるよね。少し手間取ってるだけのような気もするけど……。でも今日様子が変だったから、ちょっと心配かも。また倒れたりしてたら……?)


 ふと、エリオットらしからず無防備に寝ていったその寝顔が脳裏に浮かぶ。

 わずかに不安の色を浮かべると、ミラは、こくっ! と大きく頷いた。


「はい! 探して来ます! ……あ」


 はたと手に持つ籠へ目をやる。


「これだけ、小屋の前に置いてきてもらえますか?」


 ミラはたくさんの食材の入ったカゴバッグを女性の目の前に掲げる。

 丁寧な仕草でそのバッグを手に取ると、女性は微笑んだ。


「はい、置いておきますわ。お願いいたしますね」

「わかりました!」


 走り出そうとして、ミラはぱっと振り返る。


「あっ……と、エリオット、何を取りに行くって言ってましたか?」

「えっ? ええと、何か、石? とか」

「…………いし……?」


 なにそれ……、と、またぽかんと口を開けたまま目を瞬くミラ。

 不思議そうに首をかしげながらも、とりあえず行ってみます! と踵を返すと、森の奥深くへと向かっていった。



 ――その姿をにこやかに見送りながら女性は、にや……と、静かに冷たい笑みを浮かべたのだった。

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