24話 - 何があったの?
ばん!
と、マオの家の扉が大きく音を立てて開く。
同時にエリオットは外へと出た。
「どこへ行く?」
「森。探しに行く」
「?」
背後から後を追ってゆっくり出てきたマオが、不思議そうに首を傾げる。
「なぜだ……?」
「ピ……?」
「ものすごく腹立つ」
何なの、その鳥……! とわなわな震えるエリオットに、トリコ、と呟くマオ。
「……マオおまえ、ミラが心配じゃないのか……?」
「何のだ」
「え?」
「ミラはしっかりしている。ダニーもいる」
「――!」
「おまえは、何が心配なんだ」
言葉に詰まるエリオット。
「……何、が……――」
その時。
森の奥からかすかに話し声が聞こえ、エリオットは動きを止めた。
森の小道へ顔を向けた、その瞬間――
「エ、エリオット!?」
「はい、到着ー」
ダニーにおんぶされたミラが姿を現し、エリオットは息を止めたのだった。
よっ、とダニーの背から降ろされたミラは、わわ! と小さく声を漏らした。
「あ、ありがとう、ダニー……!」
「家までおぶってったのに」
「はず、はずかしいから……! もう足は痛くないし――」
ふ、と柔らかく微笑むダニーに、きゅうっとミラは口をつぐむ。
「……ダニー――」
言いかけて、突如横から腕を強く引かれた。
思わずよろけたミラは咄嗟に顔を上げ、目を丸くする。
「――ミラ」
そこには、珍しく泣きそうな困惑したような表情のエリオットの姿があった。
どきー! と大きく胸が弾む。
その勢いのまま、思いきり抱き締めるエリオット。
途端に、ミラの顔が耳まで一気に染まった。
「エリオット!?」
「……ミラ……!」
「エリ、エリオッ……エリオット!? あの、あのあの、えと……」
その瞬間。
ダニーが迷わずエリオットをミラから引き剝がした。
はたと固まる2人。
「何してんの、おまえ」
「…………」
エリオットが、す……と冷たい目をダニーへ向ける。
「急に何? ダニー」
「別に」
「ていうか、」
がしっ! とダニーの肩を掴むエリオット。
「ダニー、仕事中だよね……?」
「いやいや、怪我人救助も仕事のうちだから」
「……怪我人?」
はっとエリオットがミラを見下ろす。
ダニーもミラへ顔を向けた。
2人に視線を向けられたミラは、え、と固まった。
(エリオット(※10歳の時から好きだったと告白され済みの気になるイケメン)……と、ダニー(※友人だと思ってたらさっき告白された爽やかイケメン)……が――!?!?)
なにこれ……なにこの状況……!? とぷるぷる震えるミラ。
「…………むり」
「え?」
真っ赤な顔を両手で覆う。
容量オーバーしたミラの頭は、ぷしゅ――……! とショートしたように動かない。
どうしていいかわからず、うる……、と瞳を潤ませると、咄嗟にマオへ手を伸ばした。
「……マオ……」(←現実逃避)
「ミラ……(きゅん)」
「なんで」
「なんでだよ」
思わず声を揃えたエリオットとダニーであった。
事の顛末を話しながら、ミラ、エリオット、ダニーは家へと向かっていた。
「……女性客……?」
エリオットは首を傾げた。
「おまえのせいとまでは言わないけど、ちゃんと距離を取るとか線引きしたほうがいいと思う。昔っから思ってたけど。おまえモテること自覚して、まじで」
「自覚はしてるけど」
「腹立つな、それはそれで」
「…………線引き……? してたけどなあ」
「してたら、あんな噂立たないから」
「噂?」
申し訳なさそうにおずおずと歩いていたミラが、2人の顔を覗き込む。
「ミラが、エリオットの奥さんっていう噂」
「おく…………」
きゃー! と思わず躓いたミラを、咄嗟に受け止めるダニー。
はた、と固まるミラ。
きゃー! と赤い顔で思わず離れた。
「ごっ、ごめん、ダニー……!」
すると、ダニーがぷっと吹き出した。
「気にしすぎ……!」
「そそ、そんな、そんなことない……!」
(……?)
その会話に、エリオットの胸に言いようのない不安がよぎる。
咄嗟に頬へ手を伸ばすと、ミラの身体がわずかに跳ねた。
「ごめん……ミラ」
「な、なんで!? エリオットのせいじゃないし……」
「いや、エリオットが『奥さん』とか言ってたせいではあるから」
すかさず突っ込むダニー。
あわあわと横に振っていたミラの手をダニーは、優しく掴んだ。
「手首、俺が手当てしてい?」
「えっ……」
その手を、エリオットは間髪入れずに払いのける。
「ダニーは早く仕事に戻ったら」
「…………」
静かに睨み合う2人。
さっと視線をそらすと、ダニーはミラへ笑みを向けた。
その瞳が一瞬、憂いを帯びたように揺らぐ。
「明日、また来てもいい?」
「……えっ? も、もちろん……いつでも、どうぞ……」
「よかった」
ぽん、とミラの頭に手を置いた。
「じゃあ、また明日」
「あっ、うん……あの、ダニー、ほんとにありがとう……」
「いーえ」
ぽわっと頬を淡く染めながら、ダニーを見上げているミラ。
その様子を、エリオットはじっと見つめていた。
部屋へ戻ると、ミラはぱたん、と静かに扉を閉める。
そのまま、とん、と扉へ頭を預けた。
(やっと……戻ってこられた……なんか、疲れたな……)
長い一日だった……と遠い目をする。
(街や森を往復して…………ていうか……………………あ、あんな、あんなこと……――!!!)
『好き』
きゃ――――!!! と内心叫ぶと、ぷるぷる震えながら顔を覆った。
顔の熱は、ちっとも冷めない。
耳には、自分の速い鼓動が響く。
(真っ直ぐで……ダニーらしかった。全部。すっごくうれしかった……のに……――)
ミラの眉がみるみる下がる。
『困らせてごめん。今答えなくていいから』
月明りが差し込む川沿いで、光に照らされたダニーの優しい笑みが頭をよぎった。
(――…………私は一体……ダニーに何を言わせてるの……?)
私はわるいおんなです……と呟いた。
あの時、真っ直ぐに伝えてくれたダニーの言葉に。
ミラは答えられなかった。
ダニーはわかっていたかのように微笑んで、そう告げたのだった。
じわり、とまた涙が込み上げてくる。
(ダニーの気持ちに答えたい……けど…………そう思えば思うほど、どうしても、頭に――)
その時。
扉にすっと影が落ちる。
あっと思った、次の瞬間――
背後から、抱き締められた。
ミラの息が止まる。
その力は、今までのどの時よりも、強かった。
あれやこれやと考えていたことが、一瞬にして吹き飛ぶ。
耳元で聞こえる吐息に、全身が熱くなり、意識が持っていかれた。
「ミラ……」
その声に、堪えていた涙が、瞳に溜まった。
「……エリオット」
「ミラ」
「エリオット……もう……大丈夫なの……?」
「うん」
「うそつき……」
「嘘じゃないよ。ミラがいれば」
どき、とミラの胸が大きく跳ねる。
「もう……どこにもいかないで……ミラ……!」
はっ、とミラは息を呑んだ。
(……どこにも……? もしかして、エリオットは……また、私がいなくなったと思ったの?)
一緒に街へ出かけて、家に戻って、夜、真っ暗の中1人家に残されていたら、そう思うのかもしれない。
10年前、それを経験しているはずだから。
(エリオットのためにって思って……街へ行ったのに……エリオットを不安にさせてたの?)
きゅうっと口をつぐむと、エリオットの腕に触れる。
すると、わずかに腕の力が弱まった。
(ダニーの想いにも答えられない……エリオットも不安にさせて…………ほんと……――)
ゆっくり振り返る。
泣きそうになるのをぐっと堪えながら、エリオットを見つめた。
「……なんで……うまくいかないの……?」
エリオットの瞳が、わずかに見開かれた。
静かに見つめ合っていると、その瞳が、わずかに揺らぐ。
「…………そんな顔……今までしなかったのに」
「えっ?」
小さく呟いた言葉を聞き返そうとした瞬間――
今度は正面から、覆いかぶさるように、抱き締められた。
「――!?!?」
その勢いに、どん、と背後の扉に身体がぶつかる。
「何、してたの?」
「ええっ!?」
「森で。ダニーと」
「ええっ!?!? なに、なにも、エリオット、探して」
「ふうん?」
どんどん身体に体重がかけられる。
背を指が伝う感覚に、足に力が入らない。
「ほんとに?」
「ほんと……かな? た、たぶん……」
「多分って、何」
耳元で囁く妙に色気のある声に、思わず腰が抜けた。
ずるずると体勢が崩れていく。
ぺたん、と座り込んでもなお離れない。
「エリ、エリオット……! おもい、苦し……足いたい……!」
恥ずかしまぎれにわあわあと捲し立てると、エリオットの身体が少しだけ離れた。
至近距離で目が合い、ミラはその瞳から目が離せない。
エリオットは、さらっとミラの髪を撫でた。
あっ、とミラは目を見開く。
「あの、髪……エリオットが、結んでくれたのに……ごめん……崩れちゃった……」
「また結んであげるよ」
「でも……せっかくかわいかったのに……服も、汚れちゃった……」
「洗えばいいって。何でそんなに泣きそうなの」
「悲しくて……! エリオットが、せっかく……かわいく……」
するとエリオットが、くすっと笑った。
「ほんと、ミラって……」
ぐちゃぐちゃになった髪を手櫛で梳くと、エリオットはその髪先にキスを落とす。
「怪我、したんだって?」
「……え? そう……――!?」
次の瞬間、ためらいもなくスカートを膝まで上げるエリオット。
ミラはピシ、と固まった。
「エリ……エリオットさん? あの、何して――」
「膝も怪我してる」
さりげなく、さらさらと足を撫でるエリオットに、思考がついていかない。
「……や……あの…………汚れてるから……」
「転んだの?」
「そう、そうです……あの」
「他は?」
「他? えっと、手首……足首は、だいぶ動かせるようになってきたんだけど……手首は、完全に痛めたかも」
「じゃあ、手伝ってあげるね」
「えっ? 何――」
そう言いかけて、言葉に詰まる。
目が離せずにいたエリオットの表情が、にや、と艶っぽい笑みに変わったからだ。
息を止めたまま視線を逸らせずにいるミラの瞳を甘く見つめると、エリオットは耳元へ口を近づけた。
「お風呂」




